好感度“反転”、思った以上に地獄説

袋池

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Chapter.1 【名も無き洞窟】

03.三年ぶりの邂逅

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「い、いやああああああああああああぁッッ!!」

 少女の叫び声が、田畑が広がる田舎道に残響する。その叫び声に含まれる恐怖感、嫌悪感は今まさに魔物に襲われんとするソレだ。

「お、俺があの勇者なわけないだろ!? こんな所に勇者がいるわけないじゃないか!」

「それこそ嘘よぉ!! あんな常人からかけ離れた動き、勇者じゃなきゃ出来ないでしょ!? それに加えてあの極悪人と同じ名前なんだもの、勇者しか有り得ないじゃない!!」

 喉が裂けんばかりに大声を張り上げる少女の瞳には、死を覚悟した戦士にも似た色が映る。
 ソレイユとルナが下山して数刻、早くもソレイユは心の底から自分の行いを後悔していた。

          ☆

「信仰国家リュミエール公国、ニャ。ソレイユとルナが出会った思い出の地でもあるニャァ」

「ああ、そうだったな。勇者として宣託を受けて、まず最初に俺が連れて行かれた場所だ。魔王討伐に何で宗教の座学が必要だったんだか……」

「勇者の通過儀礼ニャ。ソレイユみたいな田舎者は必ず光教について叩きこまれるんだニャ」

「へいへい、どうせロクに物を知らない田舎者でしたよ。……ま、あの場所だからこそ出会えた奴もいたんだけどさ」

 ソレイユ達は日の出と共に洞窟を出立し、丸一日かけて下山を完了しようとしていた。洞窟を出てから二度目の朝日が昇る頃、二人はまさに大陸南方、人間の領土へと足を踏み入れていた。
 近場の景色は勿論、地平線の彼方にまで広がる牧草地帯。大陸全土の半分以上の食料を賄っていると言われる南方の風景は絶景と呼ぶにふさわしい。
 ソレイユは過去の記憶に思いを馳せながら、一人の少女の顔を思い浮かべた。

「リスティ、か。元気にしてるかな」

「ああ、あの神官の女の子かニャ。あれからもう十年くらい会ってないニャ?」

「俺もリュミエールには座学で一年滞在しただけだったからなぁ。それから考えると、もう十年も経ったのか」

 突然勇者として任命され、知らない土地に連れて行かれ、勉学を強制された。不安に押しつぶされそうだった毎日、俺を救ってくれたのは一人の女の子だった。
 名前はリスティリア・フロストバイン。水色の美しい髪の毛が特徴で、美人の多い神官の中でもとびぬけて可愛らしい少女だった事を覚えている。仲間として共に魔王を戦ったわけではないが、俺が勇者として旅立つには彼女の助力は必要不可欠だった。

「しかし大丈夫かニャ。世では、聖剣を持ち逃げした非道の勇者と思われてるニャ」

 ルナのため息交じりの返答は、俺も頭を痛めた問題だった。
 呪いにより反転した好感度は実に厄介なのだ。この呪いを受ければ、特に理由も無く俺の事を嫌いだす。過程をすっ飛ばし、嫌いという結果だけを受け付ける。すると人々は、俺を嫌いになった理由を探し始めるのだ。
 作り話ならばまだ良いが、俺が皆を救う為にした事さえも全て逆手に取られ、悪と断定される。特に光教の伝説を重んずるリュミエールでは、酷い有様だった。

「だがそれもちゃんと考えてるよ。リスティと過ごした時間は短かったけど、必ず彼女なら協力してくれる筈だ。……呪いが解ければ」

「解く事が何よりも難しいニャ。フロストバインといえば、公国の中では宰相の位に就いていた筈ニャ」

「今のリスティがどうだかは知らないが、重要な役目には就いてるだろう。それも含めて任せておけって」

「何だか不安になるニャ……」

「おいおい、俺はいつだって──ん?」

 ルナの不当な茶化しに文句を言いかけた折り、視界の端に奇異な物が映る。
 ソレは二足歩行で立ち、衣服を着用している。手には木製の籠を持ち、中には果物や穀物が幾つか入っているようだ。顔には二つの瞳に一つの鼻と口、顔の左右には耳が二つ備わっていた。

「……人だニャ」

「ひ、人ォッ!?」

 即座に近場の木の陰に隠れる。
 三年間、全然他人との交流を疎かにしていたが故に、半ば反射的に姿を隠してしまった。

「普通の女の子だニャ。……完全に拗らせてるニャ」

「や、やかましい! 急に他人とエンカウントは難易度高すぎるだろ……!」

 何せ殺されかけてるからな、農民にさえ。

「ただ歩いてるだけみたいニャ。近場の村にでも住んでるのかニャ?」

「さてな。リュミエールの方角じゃないなら、ここは一旦やり過ごして……」

 何もわざわざ見知らぬ農民と関わる必要はない。保険の為に解呪を試してみても良いかもしれないが、それでは俺が自分の魔法に自信が無いみたいに思えてしまう。自信が無い魔法を、農民相手に実験で使う何て俺自身が許せない。
 ならばやる事は一つ。バレずに、逃げれば良い。
 勇者として培った技術をフル動員させれば、例え農民が百人居ようと簡単に姿を消せるのだから。

「きゃああああっ!?」

 ──しかしそんな考えも、刹那で吹き飛んでしまった。
 突如声を挙げたのは、先ほど俺の前方に居た農民の女の子。その子の視線の先には、一体の禍々しい魔物が一匹。

「ニンゲン、ニク!!!」

 歪な声色で語るソレの身長は一メートル程。二本脚で立ち、何処かの木々を切り取って作ったのだろう、木製の棍棒を手に持つ小柄な魔物。名を、ゴブリン。
 普段魔物を見かける事が少ない南方付近で遭遇するのは、実に不運と言えるだろう。

「やめて、来ないでぇっ!!」

 後ろに尻餅を尽き、少しでも後ろに下がろうとする少女。
 いくら小柄なゴブリンとは言えど、その一歩の歩幅は少女の動きより格段に速い。あと十歩でも前に進み、棍棒を振り上げ、下げる。それだけで少女の命は簡単に消え去るだろう。

「……っ!!」

「ニ、ニャァ!?」

 突如、思い切り地面を蹴り飛ばす。鞄の中に入っていたルナが素っ頓狂な叫び声を挙げるが、気にしない。
 俺とゴブリンの距離は約三十メートル程。これならば、二歩で詰められる距離だ。
 目を瞑り、祈るように手を合わせる少女を背に、辿り着く。腰から剣を引き抜き、振り上げた棍棒ごとゴブリンの身体を真っ二つに引き裂いてみせる。

「──え?」

 僅か一瞬で、一転した目の前の出来事に、少女は目を白黒させた。
 俺はなるべく平静を装いながらも、剣を鞘へと納める。仮面で隠れているが、それでも精一杯の笑みを作って少女へと振り返る。

「大丈夫だったかい?」

 良し、大丈夫。あんまり声は震えてない。
 ぱちくりと瞬きをし、自分が生きている事を確認した少女は俺に破顔して見せる。

「あ、ありがとうございますっ! お陰で助かりました!!」

「いやいや。何とか間に合ったようで良かったよ」

「本当に何とお礼を言ったら良いか……!」

「こういう時は持ちつ持たれつってさ。気にしないでくれよ」

「そんなお言葉まで……! どうか、どうかお名前だけでも!」

「ああ、それくらいなら。俺の名前はソレイユって言うんだ」

「──ソレ、イユ?」

 先ほどまで満面の笑顔を浮かべていた少女の顔に、陰りが見える。
 しまった。全く想定していなかった事態に、思わず本名を名乗ってしまった。そう後悔するのもつかの間、目の前の少女の瞳にはじわりと涙が浮かび上がり。

「い、いやああああああああああああぁッッ!!」

 俺とルナが下山して数刻。
 ──俺は早くも、自身の行いを後悔し始めていた。
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