好感度“反転”、思った以上に地獄説

袋池

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Chapter.1 【名も無き洞窟】

04.一難

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「それ以上近づかないでッ!! 少しでも素振りを見せたら……!!」

「わ、わかった! もう絶対に近づかないから!!」

 常軌を逸した色を宿す瞳に、思わず固唾を飲みこんでしまう。
 目の前の少女は放り投げられた木製の籠からおもむろに小さなナイフを取り出すと、それを自分の首元に宛がった。
 戦力差は歴然。害を喰らうくらいならば自刃を──相手が魔物ならばそれも一つの選択と言えるが、実際に自分がその対象になるとクる物がある。

「ほ、本当に極悪人ソレイユなのね……うっ!!」

 ナイフを持った手とは反対側の手を口元に当て嗚咽を堪える少女に、心が破裂しそうになる。

「だから何度も言うけど、それは何かの勘違いで……」

「騙されないわよ……! 田舎娘だからって馬鹿にしないで!! こんな場所に住んでる私にだって分かるんだからッ!!」

 涙が混じる声を震わせ、少女は怒気を孕んだ瞳で俺の手に持った一振りの剣を指差した。

「それは教会に奉じられた伝説の聖剣でしょう!? 極悪人が持ち逃げした物じゃない!!」

「……あっ」

 そういえばそうだった。どれだけ外見を繕ったとしても、俺と同じくらいネームバリューがある曰くつきの代物を持っていたのを忘れていた。
 大陸中で信仰される、光教。その伝説で語り継がれる、双子の女神が与えたもうた<光の鏡>に次ぐ人間達の最終兵器。
 それが、聖剣ルナファリアに他ならなかった。

「しまったーー!! 鞘も何も変えてなかったーー!!」

「馬鹿ソレイユ!! 細かい所がガバガバニャッ!!」

 突如俺の下げる鞄から飛び出した黒猫ルナ。
 そのままルナは一直線に少女の元に駆け寄り、グリーンの二つの瞳で少女の顔を覗き込む。

「猫が、喋っ……た……?」

 更に降りかかる突然の出来事に狼狽する少女の語尾が、落ち着いていく。
 その驚きを表現しきる前に、少女の瞼はゆっくりと落ちて行き。
 そして、倒れた。

「……睡眠魔法か」

「基礎中の基礎ニャ。やっぱりソレイユ、魔法に関しては機転が利かないニャァ」

「本当に助かった。正直、頭の中が大パニックでさ……」

 静かに眠りこけた少女の傍で、盛大にため息をついて見せる。ルナもまた呆れたように息を吐けば、倒れた少女の頬を小さな前足で突いた。

「また“貸し”一つニャ。それで、この子はどうするニャ?」

「なるべく穏便に済ましたいけど、俺の情報を村に持ちかえられるのもな」

「ならこの数分間の記憶を消すのが一番だニャ」

「悪いな、頼むよ」

「……増えた“貸し”、絶対に忘れちゃ駄目だニャ」

          ☆☆☆

「す、すみません……! 恩人の前で、急に倒れてしまうなんて……!」

「気にしないでくれよ。目の前で魔物を斬っちゃった俺も悪いんだ」

「何から何までありがとうございます! せめて、お名前だけでも」

 少女の懇願するような瞳に、思わず冷や汗が流れる。
 下げた鞄からはルナの「二度目は無い」という無情な視線を感じ、乾いた喉を絞り出して答えた。

「俺の名前は、ライト。一人で旅をしている放浪者だ」

 魔法言語で“光”を意味する、この大陸では良くある名前の一つだ。
 光教の伝説にあやかり、偉大な人物になるようにという意味が込められる事が多い。

「まぁ、素敵なお名前です。ライト様、この御恩は一生忘れません」

 先ほど数分間の記憶をすっかり失った少女が、新たな記憶を刻み込む。
 正直罪悪感は無くも無いが、あのまま極悪人と過ごした記憶を村に持ち帰るよりかはマシだろう。

「私はすぐ傍のラダの村に住んでいます、メリダと申します。……その、お礼もしたいので、是非とも立ち寄っては頂けませんか?」

「す、すまないメリダ。俺には急務があって、これからリュミエール公国に向かわなきゃいけないんだ」

「まぁ、公国に! やはりライト様は、聖騎士様でいらっしゃったのですね?」

 聖騎士とは、信仰国家リュミエール公国が保有する独自の騎士隊を指す。
 冒険者や他の国の兵士と比べ、分厚い鎧に身を包み、“神の御業”とも呼ばれる回復魔法を習得した強者達だ。

「そんな所かな。そういうわけで、またの機会を楽しみにしているよ」

「えぇ、分かりました。ライト様の旅の御運をお祈りしております」

 どこか顔を赤らめたメリダは、そういって微笑んだ。
 俺はメリダが見えなくなるまで見送ると、メリダとは逆方向──信仰国家リュミエール公国の方角へと足を向ける。

「ライト……ライトねぇ」

「何だよルナ。文句あるのか?」

「んニャ、まぁ咄嗟にしては悪くない偽名だニャ。それこそ教会に向かうのなら、都合のいい名前とも言えるニャ」

「名前一つで印象が変わるとは思えないけどな」

「ソレイユって答えるよりも千倍はマシだニャァ」

 全く以てその通りだった。
 メリダはあの時、俺の名前を聞いて初めてひきつった顔を浮かべたのだ。そしてその事実に紐づけをするように、俺の剣士としての動き、そして持っていた聖剣に気が付いた。
 つまり、最早“ソレイユ”という名前は、「名前を言ってはいけないあタブー中のタブーの人」レベルの効果を持っていると言える。

「外見と名前は良いとして、聖剣はどうするつもりニャ。例え鞘だけ入れ替えても、抜き身になったらすぐにバレるニャ」

「それに関しては打つ手無しだな。別の剣に持ち帰るしかないだろ」

「ル、ルナを捨てるつもりかニャ!?」

「馬鹿言うなっての! 肌身離さす持つつもりだよ。……元は二刀流とでも言えば、抜かずに持ってる事にも説明はつくだろ」

 ルナは「ならば良い」と言わんばかりホッとした息を漏らした。
 聖剣の精霊でもあるルナは、この聖剣ルナファリアから基本的に離れる事は出来ない。勇者である俺も、自分の力を最大限発揮するには聖剣でなければ強度が足りない。
 基本は抜かずに、持ち歩く。鞘さえ別の物を代用すれば、バレる心配もないだろう。

「というか、そろそろ教えるニャ」

「何を?」

「公国に着いたら、どうするつもりニャ? フロストバインに簡単に近づけるとは思えないニャ」

「ふっふっふ……」

 ルナの疑問に、不敵に笑って返してみる。
 あからさまに眉間に皺を寄せる貴重な黒猫の表情を拝む事が出来たが、それと同時にいたたまれない気持ちに苛まれた。

「説明してやるからよく聞けよ。──俺の、完璧な作戦をな」
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