【完結】王国魔法騎士団の赤い薔薇 〜男前騎士団長は幼馴染の聖女(男)から狙われてます〜

葉瀬満月(はせみつき)

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第1輪 密室で育まれない恋

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 雲のない漆黒の闇が広がる空の上から、赤い薔薇のような艶のある髪を靡かせる男がいた――。

 まだ夜が明けず、静まり返った都市の中心で空へ高く伸びた一本の白い柱が聳え立っている。一番高い部分は星型に形成され、透明な文字盤を白い針がカチカチと音を立てていた。魔法のあるこの世界でも一際ひときわ見た目に拘ったといわれる魔法の時計台が、星の瞬きを受けて文字盤を青く染め上げ主張する。
 そんな闇の中。旧市街にある古城へ賊が侵入したとの情報を得た王国が誇る魔法騎士団は、五人の少数精鋭で任務へ当たる。
 だが賊の侵入は、この世界すべてに反旗を翻す【】の罠だった――。


「どこに消えやがった⁉」
「相手は魔法使いだからな――」

 誰かを探す声に、廊下を走る複数の足音が遠ざかっていく。男たちが去った廊下の寂れた部屋の片隅に、一つだけ取り残され埃を被ったクロゼットが佇んでいた。
 キーッという軋む音をさせ、少しだけ中から扉が開かれる。追手から逃れるように大きめなクロゼットへ身を隠した二人の男が、窓ガラスから覗く月明かりで暗い影より姿をみせた。襟に掛からないほどの長さで、炎のように赤く染まった外に跳ねた髪をした男が外へ顔を出そうとしたとき、もう一人が腕を掴んで引きずり込む。体格からして明らかに狭い空間で、身を屈めるような男の手が暴れる腰を掴んだ。
 中にいる男の弾む声から緊迫感のなさが垣間見える。

「足音が消えたからって、まだ外を確認するのは危ないってば~」
「うるせぇ! 団長の俺に指図するな――つか、何か妙なモノが当たってんぞ……」
「あっ、分かっちゃったー?」

 引きずり込まれたことで中にいた男の体と更に密着した体勢になって、臀部へ何かが当たっているのに気づいたイグニスは心底嫌そうな低い声で吐き捨てた。
 暗い中で表情は読み取れないが、わなわなと震える体は恐怖や緊張などではなく――怒りである。

「てめぇ……こんなところで、おっ立ててんじゃねぇ‼」
「えー。だって、雰囲気出てるからさー」
「まったく出てねぇだろうが‼」

 此処は、リトス王国の土地である近未来、魔法都市アヴニール。二人はこれでも王国魔法騎士団長と副団長だ。
 二人が選んだ団員三人に二十分後の合図で潜入しろと命じたイグニスは、旧王城に到着してすぐ、敵が仕掛けた閃光弾によって潜伏していた賊に囲まれてしまった。問答無用で攻撃魔法を展開しようとしたイグニスは、赤いカーペットが敷かれた廊下から空き部屋に連れ込まれ、強引にクロゼットへ押し込まれて現在いまに至る。

「てめぇ……あとで殺す泣かす
「えー。もしかして、誘い受け? それなら大歓迎だけど……」
「んなわけあるか‼ 誰がてめぇなんかと……死んでもごめんだ!」
「ヒドイなぁ……そこまで否定しなくてもいいのに」

 口の悪さや気性の激しさと髪の色も相まって、誰もがおののく炎のようで氷の男と呼ばれ、実力故に団長へ任命されたイグニス・ローゼンだ。
 ただし、容姿端麗な顔立ちをしているため、意外に女性からの人気がある。一部では男からも――。
 そんなやからは副団長であるグラキエス・メディシーナによって粛清されているという黒い噂も流れている。

 ちなみに副団長のグラキエスは風貌から遊び人扱いされるが、これでも国が誇る“男の聖女”と呼ばれる回復魔法使いだ。ただ、普段イグニスに見せる姿とはかけ離れているため、“笑顔の裏に氷の仮面あり”と恐れられている。一部の部下を奴隷の如く扱って、自分が別行動を強いられた際にイグニスの行動を見張らせているとかいないとか――。

「そんなことよりも、作戦を言う。俺が魔法で蹴散らすから、てめぇは援護しろ」
「あー、うん。まったく作戦になってないやつね。りょーかい!」
「てめぇ……俺を馬鹿にしてねぇか」
「えー、してないよ。かわい――尊敬してるってー」

 明らかに別な言葉を口にしようとしてはぐらかすグラキエスを、冷ややかな眼差しで舌打ちするイグニスは腹部で這う手を捻り上げる。口は悪いが繊細な魔法を使うことでも知られているイグニスは、思い切り扉を蹴って開けると同時に魔法を展開した。

「――道を示し、照らし出せエールヘレン・ディレクション!」

 床へ降り立った直後。イグニスの足元に、赤い薔薇の結晶が現れて花弁が宙へ舞う。硝子のように透き通る花弁はキラキラと輝いて、足元から伸びる無数の蔓が光の速さで床を這っていった。

 面倒臭そうに前髪を上げるイグニスは、金糸の刺繍がされた白いローブを翻し、革靴を鳴らして扉へ向かう。仕方ないとばかりにクロゼットから出てきたグラキエスはイグニスより十センチほど背が高く、線の細いすらっとした体格をしていた。
 イグニスと同じ金糸の刺繍がされた白いローブ姿に白銀で、肩に掛かるフワフワした髪が揺れる。透き通った空色の垂れ目が一心にイグニスへ向けられていた。

「イグニスの魔法はいつ見ても華やかで素敵だよねー。まるで、本人の心を映してるような……」
「……てめぇが言うと気色悪い。よく言われるのは薔薇じゃなく、棘だけどな」
「――見る目がないれ者共が……。それで、位置は把握出来たんでしょ?」
「サラッと聞きたくねえことは流しやがる……。ああ、一気に叩くぞ」

 先ほどまで隠れていた人物とは思えないほど、歪んだ笑みを浮かべるイグニスは、自分だけが見えている世界を確認するように走り出す。
 廊下へ出て入り口に戻ると、壁側に二階へ続く階段があった。上の方から聞こえてくる複数の足音は、先ほど廊下から聞こえたのと同じ。魔法を使ったことで、イグニスの赤い瞳は宝石のようにキラキラと輝いていた。

 先ほどの呪文は広範囲探知魔法で良く使われるが、イグニスが使うと洗礼され化け物級に生まれ変わる。イグニスの目に映る古城は、構造が丸分かりな透明で大きい箱と化していた。賊の命運はすでにイグニスの手中にある。
 音を消す魔法で階段を駆け上がると、賊が入り込んだ部屋の横で立ち止まった。中にいるのは全部で七人の武装集団。イグニスはローブを翻し、コツコツと革のブーツを鳴らして開かれた扉から中へ入る。

「――穢れた魂に拠り所なく、花弁に映すは醜い心のみ。肉体は蝕まれ、更正の余地はなく枯れるだけ――」
「あ? どこに隠れてるかと思ったら、自ら出てくるとはなァ!」

 賊程度だと仲間に魔法使いはいない。賊を雇った闇魔法結社は違うが、奴らは基本的に表へ出て来ない臆病者だ。

 全員がイグニスに向かって各々得物を構える。二人は王国の魔法騎士団に属しているが、得物は魔法だけ。リトス王国では魔法使いが騎士を名乗っており、他の国よりも魔法に長けていた。

 統率力はあるようで、いっせいにイグニスへ得物を向けてくる賊が刃物を振り下ろした瞬間、見えない何かに弾かれる。そこで初めてイグニスの前に軽く手をかざしているグラキエスの姿が賊の目に留まった。驚く賊は騒ぎ立てるが、次に異様な光景を目の当たりにして後退る。

 気づいたときにはもう遅く、無数の赤い薔薇が賊の周りを囲むように浮いていた。仄かに妖しく輝いている花弁は、イグニスの言葉で反応するように輝きを増していく。
 
「――美しい薔薇にはシェーンローゼ・棘があるスピーナ!」

 その瞬間、賊の中央へ巨大な赤薔薇が現れた。だがそれは一瞬のことで、すぐに茶色く枯れていき、血のような赤い花弁が炎へと身を焦がし、触れた賊は炎に包まれ叫びだす。一瞬で地獄絵図へと変わる景色にも関わらず、満足した様子で口角が上がるイグニスは、まさしく棘が本体でもおかしくない薔薇のようだった。

 ただ、そんなイグニスを高揚した表情で眺めるグラキエスはパチンと指を鳴らす。炎に包まれ悶え苦しむ賊が、みるみるうちに再生していき、黒い煙をあげて地面へ突っ伏していった。

「ば、バケモノ……‼」
「イグニス、駄目だよー。これじゃあ、穢れちゃう……」
「手加減したぞ。それに、あれくらいじゃ死なねぇだろ」
「いいや、アレ。僕が回復させなかったら死んでたからねー?」

 イグニスが放ったのは究極魔法と呼ばれ、魔法界で唯一詠唱のある魔法だ。この国で使える魔法使いはイグニスしかいない。上級魔法のさらに上だ。

 ジリジリと歩み寄ってくるグラキエスは倒れている賊など気にすることなくイグニスの腰へ手を伸ばす。すべてを見据えている赤い双眸そうぼうが気づかないはずもなく、触れる前に色白で男らしい骨ばった手をはたいた。
 パチンという音が部屋に響き、耳と尻尾が生えた種族だったなら垂れ下がっているほど絶望した顔で、下を向いたグラキエスに盛大なため息がこぼれる。

 この程度は日常茶飯事で、グラキエスが傷つくはずもなく、満面の笑みを浮かべて高揚したまま叩かれた自分の手に唇を当てていた。

「もう……愛情表現が激しいんだから。照れなくてもいいのにー。いつも僕がイグニスの拭いしてるんだよー?」
「……誰のケツを拭いてるって? てめぇが言うと卑猥にしか聞こえねぇ」

 頬に手を当てるグラキエスに心底嫌そうな表情をするイグニスは賊を放置して部屋を出ていく。直後「ギャー!」という賊の声がしてからケロッとした表情で出てきたグラキエスは、イグニスがしなかった拘束魔法を使ったと笑った。拘束魔法くらいで悲鳴が上がるはずもなく、敢えて聞くことはせず、コツコツと革のブーツを響かせて階段を降りていく。
 隣に並んで歩くグラキエスは終始笑顔を向けてイグニスより高く透き通る声を響かせた。
 
「炎魔法の熱気で汗かいたでしょー? 今日は久しぶりに湯浴みしようよー」
「いまのやり取りで一緒に湯浴みするって言うと思ってんのか?」
「えー……いいでしょー? 小さい頃はよく入ってたのに」
「てめぇが、まだ・・まともだったからだ」

 小さい頃というのは本当にまだ年端もいかないときの話だった。グラキエスはある事情で、イグニスの家に八歳で養子として迎えられている。二歳年上として世話していたイグニスたち二人は俗に言う幼馴染だ。なぜか無言のまま歩いていたグラキエスは古城を出る手前の扉で立ち止まる。
 
「えっ? 八歳だった僕の話だよね?」

 ずっと無言だった男から出てきた言葉は疑問形の一言だけ――。だが、その一言はイグニスにとって重い言葉であり、心底聞きたくない様子で冷めた目を向ける。
 
「……てめぇが、俺を意識したのはいつからだ」

 嫌々絞り出した言葉は普段よりも重低音で、蔑む声だった。それにも関わらず、イグニスの反応だけで高揚した目を向けるグラキエスに一歩引く。

「うーん……初めて会った・・・・・・、あの日から?」
「……八歳から十歳までは、一緒に湯浴みしてたぞ――俺に近寄るんじゃねぇ」
「えー。あっ、ちょっと待ってよー。怖がらなくても、ゆっくり一から教えてあげるからさー。――本当は、キミが僕のヒーローになったときからだけどね……」

 消え入りそうなグラキエスの本音は聞こえない。ローブを翻したイグニスは外へ出るとすぐに宙へ浮かび上がる。合図を待って外で待機していた三人は呆気に取られていたが、それもいつものことで「賊を運べ」と指示を受けて中へ入っていった。

 障害物のない澄み切った上空から見える現在いまはまだ眠った都市を見据え、一瞬だけ古城の一点へ視線を投げる。白銀のふわふわした髪を揺らし笑顔なグラキエスを残して、引きつる顔で遠くに見える青い城目掛けて飛んでいった。
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