彼女が残した物語

藤代みのこ

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第3章 別れと約束

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― ラウス視点 ―

午前の空が、妙に眩しかった。
町の広場で煌びやかな金色の馬車が遠ざかる様を、ラウスはただ黙って見ていた。

拳はポケットの中で固く握られていた。
その中には、小さな銀の指輪――
ネフェルに渡すはずだったものが、掌の中で冷たく沈黙していた。

「……結局、言えなかったな」

誰に言うでもなく、ラウスは呟いた。
唇の裏に、まだ言葉が残っている気がした。
だけど、それを吐き出すにはあまりにも、彼女は眩しすぎた。

あの夜。屋根の上で。
自分なりに精一杯、想いを込めた言葉を告げたつもりだった。

けれど。

「ありがとう、ラウス」

そのひと言の重さを、今、ようやく理解していた。
ネフェルは、自分の想いに気づいていた。
それでも、背を向けた。町のために、笑って去っていった。

「……馬鹿だな、俺」

ポケットから指輪を取り出し、陽に透かす。
ぎこちなく彫られた模様。最初に自分の手で作った作品だ。
あの時から決めていた――この指輪は、彼女に渡すと。

けれど今、それは渡されることなく、掌の中でただ重かった。



その夜のことだった。

町の鐘が、深夜にも関わらず打ち鳴らされた。
それは災いの音。
誰かが叫んだ。

「隣国の兵士が……! こっちに向かってきている!!」

火が上がったのは、町の東側からだった。
風が強く、炎はあっという間に広がった。
悲鳴、怒号、赤ん坊の泣き声。
ラウスは我を忘れて駆け出した。

町の武器庫から槍を取り、火に包まれた家の中へ躊躇なく飛び込む。
子どもを抱えたまま倒れていた母親。
その手を引き、崩れた梁を肩で持ち上げ、外へと出た。

「こっちだ、こっちに水を!」

「隣国の兵士が、もう東の門を突破したぞ!」

守り切れない。
火は容赦なくすべてを焼いていく。
町の人々の誇りも、歴史も、夢も。

ネフェルが命をかけて守ろうとした町が――
彼女が犠牲になった意味さえ、あざ笑うかのように、炎は燃え広がっていく。



どれほど走ったか、どれほど人を運んだか。
気がつけば、ラウスの身体は焼け焦げた瓦礫の中に横たわっていた。

咳き込み、血の混じった息を吐く。
耳の奥では、まだ人々の叫びが聞こえる。

助けなきゃ。守らなきゃあいつが帰ってくるまで……この町を。
だめだ。意識が遠い。

誰かの声が聞こえた気がした。
いや――いや違う。
これは……ネフェルの声だ。
「ラウス!!!」

「……ネフェル…」
かすれる声で、彼は彼女の名を呼んだ。

「喋らないで。すぐ水を……!」
ネフェルの袖を掴んだ。

「守ろうとしたんだ…でも、俺ではダメだった…」
「そんな……」

ネフェルの顔が歪み、涙がこぼれる。
俺はお前にそんな顔をさせたくないんだ。。。

「ずっと……好きだったんだ。ほんとはあの夜…伝えたくて行くなって」
だから、ここにいてくれ…俺の、俺たちのそばに。
痛みで意識が保てず、言葉を紡ぐこおができなかった。

雷のように響き渡る、咆哮。

「あ……ああああああーーーーーー!!!!!!」

叫びと同時に、空が裂ける。
雲が泣き出し、豪雨がすべてを打ち消す。

炎が、音を立てて鎮まっていく。
まるで、彼女の叫びに空が応えたかのように。

そして。

体の痛みが少し和らぎ、目を薄っすらと開けると明け方の空の中で、ラウスは見た。

炎の揺らめく空へと――
金色の羽を広げ、飛び立つ赤髪の少女の背中を。

それは夢か、幻か。
だが、確かに目に焼き付いた。

眩しくて、切なくて、届かなくて。
だけど、救われるような光。

「……ネフェル……」

最後の力で名を呼び、彼は瞼を閉じた。

そしてそれが、ラウスの知る“町”の最後の光景だった。
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