彼女が残した物語

藤代みのこ

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最終章 花咲く丘で、また

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― 語りと再会、そして未来 ―

季節は、春だった。
かつて“炎”がすべてを焼き尽くしたその場所には、今、花々が咲き乱れていた。

赤、黄、白、青――
誰が植えたとも知れぬその花畑は、町の墓石を静かに囲み、
風に揺れるたびに、まるで歌うように囁いている。

──もう、大丈夫だと。

小さな町は、いまや巡礼者の集まる場所となっていた。
火の娘“ネフェル”の伝承を信じる者たちが、彼女を祀り、
子どもたちは墓のまわりで花を摘みながら、こう話す。

「きっと、また戻ってくるよ」
「羽が光ってるときだけ、見えるんだって!」

そんな声を聞きながら、一人の老人が花畑の中に立っていた。

白い髭の、あの“語り部の爺さん”――
ラウスの末裔だった男。

手には、杖。
膝はもう弱く、腰も曲がっていたが、眼だけは、鋭く空を見ていた。

「さて……約束じゃったな、ネフェル様。墓にご案内すると申してあった」

墓は、町人すべての名前を記した石碑。
そしてその中心に、ラウスの名が刻まれていた。

「わしは……渡したい言葉があった。
いや、祖先の代わりに、伝えたい気持ちがあるんじゃ」

石碑にそっと手を置く。

風が静まり、空が一瞬だけ眩しく光った。

……そして。

「遅くなって、すまない」

その声に振り返ると、
花畑の向こう――光の中から、赤髪の少女が歩いてきていた。

変わらぬ姿。
変わらぬ瞳。
あの日、荷馬車で出会ったあの時と、まったく同じ姿のまま。

「ネフェル様……!」

老人は杖を落とし、震える足で駆け寄ろうとした。

「もう、“様”はやめてくれ。私も、ただの旅人さ」

ネフェルは微笑み、手を伸ばす。
その手には、ラウスの指輪。

「やっと、返しに来たよ。ずいぶん長い時間、預からせてもらったけど」

老人の目からは、また涙がこぼれた。

「返すだなんて……いえ、どうか、そのまま」

ネフェルは小さく首を横に振る。

「いや、私はもう行くんだ。
この地は、“人間の世界”として、もう平和であるべきだと思っている。
だから、この“想い”はここに置いていくよ。」

「それでも、皆……あなたを忘れないでしょう」

「あぁ。忘れなくていい。でも、縛られないでほしい。
あの日、私がしたことは、“始まり”のためだったんだ。
――終わらせるためじゃなくてね」

ネフェルはそっと、ラウスの墓の前に膝をついた。

「ありがとう、ラウス。
私はきみの行動や言葉に救われた。
そして、この指輪のおかげで“わたし”でいられた。
……もう行くよ。元気で、またいつか。」

暖かい風がほほを撫でた。
ネフェルの背に羽は、もう消えていた。
けれど、その背中には、見えない何かが確かに宿っていた。

ネフェルは立ち上がり、風を背に、空を見上げた。

「さてと、次はどこへ行こうかな。
困ってる誰かがいるなら、ちょっと手を貸すくらいのことは、してもいいかもね」

「……あなたはこれからも、旅を?」

「うん。語られなくてもいい物語を、少しずつ歩いていくのさ」

そして、彼女は背を向けた。

遠く、町の入り口で、子どもたちの笑い声が響いていた。
それが、彼女を見送る祝福のようだった。

ネフェルの背を見つめ、老人はそっと目を閉じた。

「……先祖ラウスよ。貴方の想いは、ちゃんと届きましたよ。
あの方は、今でも貴方が願った姿のまま生きていました。あの日のまま、強くて、優しいまま……」

風が吹き抜ける。
花畑がそよぎ、空に花びらが舞い上がった。まるで色とりどりの羽のように。

やがて空の彼方に、彼女の影が溶けてゆく。

──その姿を、誰が見たかは分からない。

けれど。

人々の心の中には、確かに彼女がいた。
その旅路が、いつかまた誰かを救うと、誰もが信じていた。

物語は終わった。
そして、これからも続いていく。

終わりは、始まり。
一つの火が、たくさんの光を灯すように――
昔々、ある町に美しく勇敢な娘ネフェルがいた。隣国の王子が彼女に求婚するが、彼女は町や人々を守るためにそれを断る。怒った王子は町を焼き払うと脅し、ネフェルは町を守るために自ら隣国へ嫁ぐことを決意する。

だが、旅の途中で馬車の御者が去り、ネフェルは一人で町に戻る。そこで目にしたのは、炎に包まれた町と焼かれた人々の姿だった。大切な人たちを失った彼女は嘆き叫び、その力により激しい雨が降り注ぎ炎は消えた。しかし隣国はその後、天災や内乱に見舞われて滅びてしまう。

―――しかし、この物語には続きがある。1人の男が城の中から立ち上がり、民衆に声をかけ、国の復興へと力をそそぐ。
のちに、アルストリア=カーヴェルではなく、ただのアルストリアとして稀代の王として人々から慕われ続けた。のは平和な世の中には語られることはないお話。

その伝説は語り継がれ、やがて現代、語り部の老人が旅の荷馬車の中でその物語を語る。物語の終わりに、伝説のネフェル本人と思しき赤髪の少女と出会い、伝説と現実の境が揺らぐ。

ネフェルは今も、誰かの記憶の中で生き続けている――。


〔完〕
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