ミステリーSS集

奇妙な依頼

３

「そんなはずはありません！」

 夫人は、感情的な声で叫んだ。



 「夫は、今週ずっと家にいました。」

 「ですが、ご主人は間違いなく研究所に通われています。
 週末も休むことなくずっとです。」

 「それじゃあ、あなたは主人が二人いるとでもおっしゃるの！？
じゃあ、家に来て、確かめるとよろしいわ。
 主人はいつも家にいますから。」

 半ば、喧嘩のようになり、夫人は家に戻って行った。
 一体、どういうことなのか？
 私にはまるで意味がわからない。
 夫人はまともに見えるが、何か精神的な病にでもかかっているのだろうか？



 次の日の朝、私は、いつものように飯田の家の近くで待機した。
いつもと同じ７：３０に、扉が開き、飯田が出勤する。
 私は、夫人に電話をかけた。



 「今、ご主人が出勤されましたよね？」

 「はい。出て行きました。
でも、すぐに戻って来ます。
そうですね…１時間くらいした頃かしら？」



 私は、庭の片隅に身を潜めた。
そんなことをしても、無駄だ。
 飯田は戻っては来ないだろう。
そう思いながらも、私はじっとその場で待ち続けた。



 （えっ！？）



その時…私の目の前で信じられないことが起きたのだ。
 何もない所に空気の揺らめきのようなものが現れたかと思ったら、空間を切り裂くようにして、そこから飯田が現れたのだ。



 飯田は何もなかったかもように、玄関のチャイムを押す。



 夫人の言ったことは本当だった。
 飯田は確かに家に帰って来た。



 私はすぐさま研究所に電話をかけた。
 飯田は、研究所にいた。
そんなはずがない。
 飯田は今、家にいるのだから。



いや、それよりもさっきのは何だ？
 何もないところから、飯田は突然現れた。
そんな馬鹿な話があるか！



 私は、窓からそっと飯田家のリビングをのぞいた。
 確かに飯田がいる。
 飯田に間違いない。
ただ…尾行した飯田とは少し印象が違う。
 家での飯田は笑顔を絶やさない。
 普段は、愛想のない顔をしてるのに…
でも、通勤中ににこにこしてるのもおかしい。
 家ではいつもこんな感じなのか？
 混乱した心を抱えながら、私はその場を後にした。