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暗闇の中で ※ 精神崩壊、サイコパス注意

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黒。黒。黒。
視界が全て黒に染まっている。

本当に光が一切入ってこない真っ暗な闇の中では自身の手すら見えず、まるで身体が闇の中に溶け、自分がなくなってしまうような恐怖が身体を駆け抜ける。

「爺様ッ。爺様ッ。もう失敗しません。だから、だから…ここから出してッ!! 」

もうこの闇の中に何日いるのか分からない。
時間感覚も狂い。まるで永劫の時を闇の中に閉じ込められているような気さえする。

ー 何でボクはこんな闇の中に閉じ込められているのだろう。


簡単な仕事の筈だった。
《仕込み針のシグリ》と仲間内で呼ばれていた爺様のお気に入りの一人の処分。
爺様は必ずシグリは自ら処分されに来ると言い切り、確かにシグリはボクの前に現れた。

久々に会った兄と敬愛する暗殺者。

あの琥珀色の瞳がボクを映した時は思わず、抱き付かずにはいられなかった。

ああ、敬愛する貴方の命の火をこの手で消せるなんて。死体は鳥に喰わて処分しろと命令されたけど、一本くらい骨を持ち帰ってはダメだろうか。


《仕込み針のシグリ》は組織に組する暗殺者の中でも潜入の難しい標的を受け持ち、暗殺の痕跡を一切残さず遂行する。
爺様からも信頼を得ていて、表の顔を持つ事の許された一人。

ナイフ使いシグリという華やかな売れっ子芸人の顔を持ちながら夜は淡々と仕事をこなす。

「えっ、僕は二流っすよ。」

褒めればそう目を細めてカラカラと笑う。

謙虚で笑顔の愛らしいシグリ。
暗殺者の中でも本当に楽しそうに笑うのはシグリだけ。
暗殺者としての歴は短いがボクも本当の笑顔なんてとっくに作り方を忘れてしまっている。


だから最期は大好きなシグリに笑顔で終わらせてあげようと《聖女》奉還用の毒まで無理を言って取り寄せたというのに。
最期は優しく手折ってあげようと思ったのに。
いきなり現れたあの男が……。

亜麻色の髪を風に靡かせ、《聖女》より聖女らしい何処かいけすかない男。

あの男の命令をあのシグリが聞いて動いて、あの男を助けるような動きをする。

ー 爺様の支配は完璧な筈だ。

爺様のお気に入りは組織の暗殺者の中でも爺様の洗脳の影響が強い。だから自分の意志で裏切ったとは考え難い。

あの男により強い洗脳魔術を掛けられたか。より強い隷属魔術を掛けられているか。

『アルト。』

シグリはそうあの男を読んでいた。

「爺様ッ。シグリはなんらかの魔術で隷属させられていました。その者は魔術に長けているようで恐ろしい程大きく威力の強い火球を作り出せる魔力を有してます。名は…アルト。シグリはアルトと呼んでいました。長い亜麻色の髪と青い瞳で、眼鏡を掛けた男です。」

情報を提供してなんとか早くこの暗闇から出してもらおうと叫ぶが返事はない。

まさか誰もいないのだろうか。
ボクがここに入れられている事なんて忘れて去られていてボクは一生ここから出られないんじゃないだろうか。

自身の身体は見えないが血の気が引いていくのは感覚で分かる。
カチカチと恐怖で歯の根が合わない。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

「お願いしますッ。もう一度チャンスを下さい。決して次は失敗しません。シグリを次こそは…。あの男もこのボクがッ!! 爺様ッ。爺様ぁッ!! 」

しかし誰もボクに言葉を返してくれない。
この暗闇の外には誰も本当にいないのだろうか。

………。
あれ? 
ボクは本当にまだ生きてる??
本当にボクはボク?

必死に自身の保つ為に頭を動かす。

ボクはまだ生きている。
ボクはあのアルトとかいう男の所為でこんな暗闇に閉じ込められてしまったんだ。
あの男さえ、あの男さえ居なければ。

ー ああ、シグリ…会いたい。今度こそボクの手で……。

あの男への殺意とシグリへの愛情で頭と心が一杯になる。

「あはは、あははははははは。」

何故だか笑いが止まらない。
笑い方なんて忘れてい筈なのに笑いが止まらない。



折檻房の中から笑い声が響く。

その狂ったかのような笑い声を聞きながら一人の老人と一人の男が折檻房の前から去っていく。

「帝国で長けた魔術の使い手。亜麻色の髪に青い瞳。眼鏡を掛けたアルトと名の男…ですか。」

何者でしょうかと男が首を傾げて思案していると老人がフンッと鼻を鳴らした。

「アルトワルト・ハープナー。容姿の特徴と魔術に長けた人物から考えるに帝国では宮廷魔術師の小僧しか当てはまらん。」

「へぇ、アルトワルト・ハープナーですか。またまた面倒な相手ですね。」

やれやれと溜息をつくが男は何処か楽しそうでチラチラと老人を見る。

「……お前には任命せんぞ。」

「ええー。だって彼、とびっきり美人じゃないですかー。是非とも俺がやりたいなぁ。」

「お前は足の付く派手なやり方しか出来ないだろう。お前にはここの番が似合いだ。」

残念とプクッと頰を膨らましながら折檻房から聞こえる笑い声に耳を澄ます。

ああ、なんて人が壊れていく音は美しいのだろうとゾクゾクと身体に甘美な刺激を感じながらも爺様の話を聞き逃さないように耳を傾ける。

「オルニはもう出してあげます? もう充分反省してますし。」

そう爺様にお伺いをたてる。
しかし本当はあのまま出して欲しくない。
あの甘美な声が消えるまでずっと折檻房の扉の前で聴いていたい。

爺様は少しだけ思案したが冷淡な声で男に告げる。

「後四日だ。廃人になるすんでの所で解放してやれ。そしてオルニが欲っする情報を与えてやれ。」

「後四日ですか。エゲツないですね。…で、精神ガタガタなオルニを何に使うんです? 気になるなぁ。」

そう聞いてみるものの正直使い道なんて興味はない。
ただ、後四日はあの声が聞けるんだという喜びが心を占めている。

「《聖女》はどうするんです? またお気に入り投下ですか? 」

「《聖女》はフックスに任せる。時間は掛かるが奴なら確実に城に忍び込めるだろう。」

「シグリの次に適任ですね。あーあ、シグリも俺が始末したかったなぁ。美人じゃないけどあの笑顔が壊したくなるんだよねー。まるで本当に楽しそうに笑うからさ、彼。」

「暗殺に快楽を求めるからお前は二流以下なのだ、フォルター。」

「手厳しいなぁ。」

ニコニコと笑いながら爺様をお見送りする。
我らが長の爺様を丁寧にお見送りしながらも内心は早くオルニの房の元へ帰りたくてしょうがない。

やっと爺様が見えなくなるとスキップしながら房へと戻る。

後四日もあの甘美な声を聞けると思うとトキメキが止まらない。
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