それは底無しの沼よりも深く

きっせつ

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別に会いたい訳じゃないんすからね!!

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バンッとラエルの手元が爆発する。

「あぁあああーーッ!? また、またやっちゃったぁああ!! 」

ガタガタと緊張しながら魔術式を構築していたラエル。あがり症の彼はちょくちょく試験中の魔術を爆発させる天才だ。

「また、やったのか!? やるときゃあ深呼吸してからやれって言っただろう!! 」

「ごめんなさいぃいいいッ。深呼吸所か呼吸すら忘れてましたぁあッ!! クビにしないでぇぇええッ。」

「叫ぶくらいなら今、深呼吸して落ち着けやッ。」

そんな愉快なラエルくんと副師長の会話に笑いを堪えながら聞く。

アルトワルト案件で爆弾を投下されながらも(ラエルに)手に入れた仕事をユージスに教えてもらいながら取り組んでいる。

まさかダメ人間の僕が嬉々として仕事をやる日が来るとは思わなかった。

「この書類はこのファイルに纏めれば良いんすかね? 」

そうユージスの顔を覗き込み聞くと目を逸らしてコクリと頷く。

ユージスは関わってみるとかなりシャイな性格のようで同僚でさえあまり目を合わさない。何か話し掛けたい時もちょんちょんと指で肩を突いてくる。

ガタイがこの中では一番良く、男らしいのに何だか可愛らしくて面白い。

やはり面白い事は楽しい。
どっかの恋する乙女のように悶々としてるより仕事してる方がマシ。それに何かに集中していれば爺様の声も聞こえないので一石二鳥だ。

人生で初めて仕事が楽しい。

ー 団長に言ったら怒られそうっすね。

わたすのサーカス団は楽しくなかったって言うの? とダイヤモンド並みに硬い拳骨が降って来たそうだ。


「そろそろ昼だな。」

副師長が時計を見てソワソワしている。
オムライスが早く食べたくてしょうがないのだろうか。針が十二時を指したら今にも食堂に走っていきそうな雰囲気で時計を見てる。


「ユージスくんはお昼は何を食べるんすか? 」

お昼の話を聞いて、少ーしだけ仕事に飽きて来たのでそう話し掛けるとユージスはボソリと「パンケーキ。」と答えた。

何だろう。
そのガタイで小さなパンケーキを食べている姿を想像すると愛らしい。
ちょっと食べてる姿を見てみたい。


「お昼一緒しても良いっすか? 」

「大丈…。」

「だ、ダメですよッ!! 」

ユージスをお昼に誘ったら、ユージスが答える前にラエルが叫んだ。
…まさかのラエルに断られた。

ラエルは目をウルウルさせて、身体をフルフル震わせながらダンッと僕が仕事をしていたディスクを力強く叩いた。…だが、叩いた後に手が痛かったのか涙がちょちょ切れていた。

「し、師長が《聖女》様の部屋に仕事に行ってもう五日です。」

「…そうっすね。」

それが一体どうしたのか?
それとユージスとお昼を一緒する事は関係ないと思うが…。

首を傾げるとむぅとラエルが不満げな顔を浮かべる。

「わ、私はシグリさんを応援してます。食堂で《聖女》様に言い返した時もかっこよかったです。」

「…そりゃあ、どうも? 」

「負けちゃダメです。」

「何に? 」

むうぅと更に不機嫌になるラエル。
今の会話で言いたい事を解れというのか。
僕の周りはアルトワルトを筆頭に言葉が足りない人が多い。

「き、きっと師長。ご飯抜いてます。」

「でしょうね。」

「し、シグリさんの出番だと思います。」

「……もしや、お昼を届けて一緒に食べろと言ってるんで? 」

そう、それです、とラエルが満面の笑みでコクコクと頷く。横のユージスは小声で「《聖女》様の部屋って許しがないと近づけないんじゃ…。」と意見している。だが、蚊の鳴くような声なのでラエルには届かないが。

「……《聖女》様の部屋って厳重に騎士に守られてるんじゃないっすかね。そんな所に許可なく近づいたらまずいんじゃないっすか? 」

「あ…、そうですね。」

ユージスが伝えたかった事を伝えるとラエルが残念そうな表情を浮かべる

しかしこればかりはどうしようもない。
腐っても《聖女》。奇跡の治癒魔術の使い手。

この世に《聖女》は一人だけ。
エードラム教からすれば神に等しい存在の部屋がアポ無しで通れる程、ずさんな警備じゃ示しが付かない。

だが……。

ー まさか五日もご飯抜いたりしてないっすよね…。

睡眠も食欲も魔術探求欲の上では邪魔だと言い切りそうなアルトワルト。冗談じゃなくて本気で五日ご飯抜いてそうで考えただけで僕は恐ろしい。

美味しいご飯を五日も食べないなんてッ。
狂ってやがる!!


ー 人間って水だけで何日生きられるんでしたっけ。

何を隠そう。
僕は心の広い人間だ。
例え、相手が僕を観察対象としてまるでストーカーのように生活を盗み見ていたとしてもそんな相手を心配出来るような男だ。
だから……。

「でも、《聖女》付きの騎士にアルトへの差し入れ渡す事は出来るかもしれないっすね。」

そう残念そうな表情を浮かべるラエルに述べるとパァアッと明るい顔になって、「や、やっぱりシグリさんも寂しかったんですね。」と話が飛躍する。

違う。僕は心が広い男なのでアルトワルトの身体を気遣って、『嫁』としての牽制の役割もあるので行くだけだ。

差し入れに乗じてもしかしたら会えるかもなんて乙女な事は思ってない。
…思ってないよッ!?
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