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帝国巡回ツアー
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ガタガタと馬車が揺れる。
揺れる馬車の中、不機嫌なアルトワルトが馬車の外を睨んでいる。
外ではアルトワルトと同じように不機嫌な顔で緑色の瞳がアルトワルトを睨み返していたが、こちらと目が合うと甘い笑顔を浮かべてくる。その笑顔を見ると途端にアルトワルトの機嫌が更に悪くなり、ただでさえ悪い空気が更に悪くなって行く。
「ねぇ、この人選は私への嫌がらせ? 」
何時もと違いスッピンな《聖女》がまだ王城から出て一時間だというのに疲れた顔を浮かべて、僕に問う。
「いや、これは僕への嫌がらせっすかね。」
「…オレへの嫌がらせだろ。」
苛立つアルトワルトがクラヴィスとは反対側の窓を見ると馬車の周りを警戒しつつも、アルトワルトの視線に気付くとアーティハイトが嬉しそうに手を振っていた。そんなアーティハイトを見て、不機嫌通り越してアルトワルトは苦痛に表情を歪ませた。
疲れた顔の《聖女》に、不機嫌なアルトワルトとクラヴィスくん。ご機嫌なアーティハイトと何だかその後ろを絶望の顔でついてくるレンリくん。そして更にその後ろには緊張した面持ちで付いてくる新顔の騎士。
謎の組み合わせの殺伐とした馬車の旅。
「人選ミスよ。」
《聖女》が馬車の外にも聞こえる声で叫んだ。
◇
「じゃあ、この日から《聖女》の護衛お願いねー。日程はお手元の資料で確認してねー。」
例の如く、ふらりと魔術課に現れた偽宰相が僕に淹れさせた紅茶を飲みながらニコニコと僕に告げる。
紅茶とトレードと言わんばかりに渡された『ワクワク!《聖女》と行く帝国巡回ツアー』と書かれた冊子を開くと帝国を巡る日程や持ち物の他に巡る土地の名産物なども書いてある。…旅行冊子かな?
「君の使用していい武器はこちらが用意したもので、お土産は私は甘いものは苦手だから地酒をお願いしようかな。」
「《聖女》の護衛を僕がする事は決定なんすか…。言いたい事は山程、あるっすけど、もう突っ込まないっすよ。」
暗殺者との交戦必須。
絶対、気の抜けない護衛の任を旅行扱い。
嫌だな、とても行きたくないなと溜息を吐くと魔術を展開しながらも聞いていたアルトワルトが魔術で起こした風で僕が読んでいたふざけた冊子を取り上げた。
「コイツはオレが隷属させている。《聖女》に貸してやるつもりはない。」
「私は貸すなんて一言も言ってないよ。資料の二十ページの小隊の参加者の欄を見てみなよー。」
ニコニコと楽しそうな偽宰相に苦虫を噛み潰したような表情でアルトワルトは冊子の二十ページを開いた。気になってヒョイっとアルトワルトの後ろから覗くと参加者の中にはアルトワルトの名も記されていた。
「…………。」
「心底嫌そうな顔で睨まないでよ、アルちゃん。狙われてる人間は固めておいた方が騎士も守りやすいと判断したんだよー。それにアルちゃんが魔術で守ってくれたら《聖女》の生存率も上がるし。これは決定事項だよ。」
「雨降らしの魔術……。」
「別に理論だけ組み上げれば後はルーシェ達で出来るでしょ? 理論だけなら旅先でも充分出来る。ねぇ、ラエルくん。」
「ひゃ、ひゃい!? 」
何気なく扉の隙間から覗き見してたラエルに偽宰相がニッコリ笑い掛ける。ラエルはフルフルと震えてその場でワタワタしていたが、その後三人の話し声が聞こえた。
「今、人が少ない魔術課で。」と否定的な声が最初は聞こえてきた。が、「あれ? 師長旅先で何時も通り仕事してくれるなら別に構わないんじゃ。」と聞こえてきたかと思えば、「寧ろ、居ない方が仕事が捗るんじゃ。」とどんどんアルトワルトを追い出す方向で話が外では進んでいく。
身から出た錆とはいえ、なんとも悲しい。
流石にここまで邪険にされてるのは可哀想だとアルトワルトを見るが、アルトワルトはどうでも良さそう。心臓に毛でも生えてるんだろうか?
「オレは行かな…。」
「帝国巡回にはあの避暑地として有名な貝殻の町も入ってるんだけどね。そこには空を飛ぶ魔術の研究をしているご老人がいるらしいよ。」
アルトワルトの言葉を遮り、そう偽宰相が述べる。
すると途端にアルトワルトの目の色が変わり、パタパタと持っていく資料の餞別をし始めた。なんて分かりやすい。
うわぁ、完全に偽宰相の手の上で操られているよと苦笑いを浮かべていると、偽宰相がこちらを見てニッコリと笑った。
「帝国巡回で通る街にオネイロサーカス団が公演を予定する街も通るそうだよー。もしかしたら会えるかもしれないね。」
皇帝すら傀儡にしてしまう偽宰相。
奴は僕達の心を的確に揺さぶりにかかる。
「団長に会えるかもしれない…。」
あのプルンプルンと揺れる魅惑の尻顎に、もう一度会えるかもしれない。そう思うと会いたい気持ちが膨らんでいき、スンッと鼻を鳴らした。
ポンッと優しく偽宰相が僕の肩に手を置く、その顔は慈愛に満ちている。
「君がもし、護衛の仕事を呑んでくれるって言うならスケジュールに組み込んであげられるよ。団長さんに会う時間を…。」
「さ、宰相閣下…。」
この時、初めてこの偽宰相…いや、宰相閣下を心の底から良い人だと思った。「是非、やらしてください。」と根っからのサボり癖のある僕が宰相閣下の手を握り、懇願するくらいに心掴まれていた。
「君達って案外チョロいよね。」という呟きも耳に入らない程には。
揺れる馬車の中、不機嫌なアルトワルトが馬車の外を睨んでいる。
外ではアルトワルトと同じように不機嫌な顔で緑色の瞳がアルトワルトを睨み返していたが、こちらと目が合うと甘い笑顔を浮かべてくる。その笑顔を見ると途端にアルトワルトの機嫌が更に悪くなり、ただでさえ悪い空気が更に悪くなって行く。
「ねぇ、この人選は私への嫌がらせ? 」
何時もと違いスッピンな《聖女》がまだ王城から出て一時間だというのに疲れた顔を浮かべて、僕に問う。
「いや、これは僕への嫌がらせっすかね。」
「…オレへの嫌がらせだろ。」
苛立つアルトワルトがクラヴィスとは反対側の窓を見ると馬車の周りを警戒しつつも、アルトワルトの視線に気付くとアーティハイトが嬉しそうに手を振っていた。そんなアーティハイトを見て、不機嫌通り越してアルトワルトは苦痛に表情を歪ませた。
疲れた顔の《聖女》に、不機嫌なアルトワルトとクラヴィスくん。ご機嫌なアーティハイトと何だかその後ろを絶望の顔でついてくるレンリくん。そして更にその後ろには緊張した面持ちで付いてくる新顔の騎士。
謎の組み合わせの殺伐とした馬車の旅。
「人選ミスよ。」
《聖女》が馬車の外にも聞こえる声で叫んだ。
◇
「じゃあ、この日から《聖女》の護衛お願いねー。日程はお手元の資料で確認してねー。」
例の如く、ふらりと魔術課に現れた偽宰相が僕に淹れさせた紅茶を飲みながらニコニコと僕に告げる。
紅茶とトレードと言わんばかりに渡された『ワクワク!《聖女》と行く帝国巡回ツアー』と書かれた冊子を開くと帝国を巡る日程や持ち物の他に巡る土地の名産物なども書いてある。…旅行冊子かな?
「君の使用していい武器はこちらが用意したもので、お土産は私は甘いものは苦手だから地酒をお願いしようかな。」
「《聖女》の護衛を僕がする事は決定なんすか…。言いたい事は山程、あるっすけど、もう突っ込まないっすよ。」
暗殺者との交戦必須。
絶対、気の抜けない護衛の任を旅行扱い。
嫌だな、とても行きたくないなと溜息を吐くと魔術を展開しながらも聞いていたアルトワルトが魔術で起こした風で僕が読んでいたふざけた冊子を取り上げた。
「コイツはオレが隷属させている。《聖女》に貸してやるつもりはない。」
「私は貸すなんて一言も言ってないよ。資料の二十ページの小隊の参加者の欄を見てみなよー。」
ニコニコと楽しそうな偽宰相に苦虫を噛み潰したような表情でアルトワルトは冊子の二十ページを開いた。気になってヒョイっとアルトワルトの後ろから覗くと参加者の中にはアルトワルトの名も記されていた。
「…………。」
「心底嫌そうな顔で睨まないでよ、アルちゃん。狙われてる人間は固めておいた方が騎士も守りやすいと判断したんだよー。それにアルちゃんが魔術で守ってくれたら《聖女》の生存率も上がるし。これは決定事項だよ。」
「雨降らしの魔術……。」
「別に理論だけ組み上げれば後はルーシェ達で出来るでしょ? 理論だけなら旅先でも充分出来る。ねぇ、ラエルくん。」
「ひゃ、ひゃい!? 」
何気なく扉の隙間から覗き見してたラエルに偽宰相がニッコリ笑い掛ける。ラエルはフルフルと震えてその場でワタワタしていたが、その後三人の話し声が聞こえた。
「今、人が少ない魔術課で。」と否定的な声が最初は聞こえてきた。が、「あれ? 師長旅先で何時も通り仕事してくれるなら別に構わないんじゃ。」と聞こえてきたかと思えば、「寧ろ、居ない方が仕事が捗るんじゃ。」とどんどんアルトワルトを追い出す方向で話が外では進んでいく。
身から出た錆とはいえ、なんとも悲しい。
流石にここまで邪険にされてるのは可哀想だとアルトワルトを見るが、アルトワルトはどうでも良さそう。心臓に毛でも生えてるんだろうか?
「オレは行かな…。」
「帝国巡回にはあの避暑地として有名な貝殻の町も入ってるんだけどね。そこには空を飛ぶ魔術の研究をしているご老人がいるらしいよ。」
アルトワルトの言葉を遮り、そう偽宰相が述べる。
すると途端にアルトワルトの目の色が変わり、パタパタと持っていく資料の餞別をし始めた。なんて分かりやすい。
うわぁ、完全に偽宰相の手の上で操られているよと苦笑いを浮かべていると、偽宰相がこちらを見てニッコリと笑った。
「帝国巡回で通る街にオネイロサーカス団が公演を予定する街も通るそうだよー。もしかしたら会えるかもしれないね。」
皇帝すら傀儡にしてしまう偽宰相。
奴は僕達の心を的確に揺さぶりにかかる。
「団長に会えるかもしれない…。」
あのプルンプルンと揺れる魅惑の尻顎に、もう一度会えるかもしれない。そう思うと会いたい気持ちが膨らんでいき、スンッと鼻を鳴らした。
ポンッと優しく偽宰相が僕の肩に手を置く、その顔は慈愛に満ちている。
「君がもし、護衛の仕事を呑んでくれるって言うならスケジュールに組み込んであげられるよ。団長さんに会う時間を…。」
「さ、宰相閣下…。」
この時、初めてこの偽宰相…いや、宰相閣下を心の底から良い人だと思った。「是非、やらしてください。」と根っからのサボり癖のある僕が宰相閣下の手を握り、懇願するくらいに心掴まれていた。
「君達って案外チョロいよね。」という呟きも耳に入らない程には。
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