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貝殻の町⑥
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「うーん。夜闇に紛れて上手く隠れてたんだけどな。久々の外での任務だから腕鈍ったかな? どう思う? シグリ。」
まるで久々に会った友人のように気さくにフォルターが話し掛けてくる。しかし、目は獲物を狙う肉食獣のようで、ぞわりと肌が粟立つ。
「鈍ったんじゃないっすかねぇ。どうぞ、地下にお帰りになったら良いんじゃないっすか? きっと地下がお似合いなんすよ。」
思いっきり、負けじと嫌味をお見舞いしてやる。
ニィッコリと嫌味たっぷりに笑い掛けてやると、フォルターもニィッコリ笑い掛けてくる。
「相変わらず気持ち悪い笑みっすね。」
「相変わらず、底抜けに明るいね。今すぐぶっ壊したくてしょうがないよ。ちょっと俺に捕まってみない? 」
「お断りするっす。宿で旦那が待ってるんで。」
そうカラカラと答えてやると、随分と幸せそうだなぁ、とフォルターが嗤う。
「じゃあ、その旦那と君の命を保証してあげるから今からでも《聖女》を始末してこいって言ったらどうする? 」
その言葉に思わず面を喰らう。
何故、裏切り者にそんな事を持ち掛けるのか。
「……何を企んでいる。」
「うーん? それは爺様に言って欲しいな。これは爺様の言伝だから。」
「はぁ? あの爺様がそんな事言う筈がない。」
「俺も切にそう思うよ。だからね…。」
ブォンッと顔に風が掛かり、モーニングスターの鉄球が目の前を埋める。後ろに身体を逸らし避けながら針を投擲するが、その針を鎖で防ぐ。
「早い内に不穏の芽を摘んでおこうと思ってね。俺、実は君のその瞳の色と髪の色嫌いだし、丁度良いかなって。」
さらりと何時の間にかに距離を詰めたフォルターの手が僕の髪を梳いたかと思うと乱暴に髪を掴み引っ張り、そのまま指で目を潰そうと……。
「エゲツない!! ホンット、元同僚はどいつもこいつもエゲツないッ。」
フォルターの腹を蹴って、無理矢理引き剥がす。
目を潰す為に地面に落としていたモーニングスターを倒れ様に拾い、すぐさま攻撃に移行してくる。
「だからホント、嫌なんすよッ。組織の古参は。」
「そう言いながらも擦り傷一つ付けずに避ける所が中々、頭にくるよ。」
「逃げるのは得意なんすよねー。二流なもんで。」
と、言いつつもギリギリで避けて、内心、心臓バックバク。
昔から攻撃を避けるのは得意だ。
死にたくなくて必死に目を凝らしてるからか、何時もより全てがゆっくり見えて、かわしやすいから。
しかし、ヒョイっとモーニングスターを避けながら考える。これ、どうやったら勝てるんでしょう?
相手も相手で僕の不意打ちに放った針を避けるので全く勝負がつかない。持久戦に持ってからたら確実にフォルターより劣っている僕が負ける。
「まさか、俺に勝つ気? 」
勝つ方法を考えているとフォルターの瞳に怒りの感情が浮かぶ。何時もニコニコ笑い、人が壊れるさまで愉悦の表情を浮かべる悪魔が人間のように怒ってる。
ー 何だ?
フォルターの攻撃が途端に怒りで単調になっていく。
「その目が嫌いだ。その髪が嫌いだ。あの女と同じ目、あの女と同じ髪色。」
あの女? その言葉に一体誰の事を言っているのかと考えそうになったが、頭を振って思考を落とす。それよりも攻撃が単調になって出来た隙を突く方が先決だ。
隙を見つけ、針を投げようとした瞬間…。
「何をやってるのかしら、フォルター。」
聞き覚えのある女の声が響いた。
女の手が針を投げようとした僕の手を叩き落とす。そして女はフォルターを流れるように拘束した。
「…離せ。フックス。」
「アンタの仕事は折檻房の番の筈だけど? 何時、外に出て良いと許可が出た? これは私の仕事だ。」
「だがッ……。」
フォルターはフックスに反論して噛み付こうとしたが、僕をキッと睨むと大人しくなった。
「……はぁ。時間切れ…ね。」
「私の仕事の邪魔しないで頂戴。」
フォルターの怒りの感情がフッと消え、何時もの気持ち悪い笑みが戻ってくる。そんなフォルターの姿にやれやれと疲れた表情を浮かべていたフックスが僕に向き返った。
「最後のチャンスをあげる、シグリ。あの《聖女》を始末しなさい。そうすれば貴方と大切な人の命は保証してあげる。」
フォルターと同じ言葉を口にするフックス。
どうやらあの言葉はフォルターではなく、フックスが伝えにくる手筈だったらしい。
「アンタも分かってるでしょ? 組織にはエードラム教には勝てない。これは最後の慈悲よ。よく考える事ね。」
そう言い終えると音もなく、フックスとフォルターは闇の中へ消えていった。本当にそのまま何もせずに帰ってくれるようで、一気に肩の力が抜けた僕はザブンッと塩湖にへたり込んだ。
「流石に古参二人相手は無理だった。危な…。」
押し込んでいた死の恐怖が今更、戻ってきて手が震える。
「帰ろ…。アルトが待ってる。」
やっと震えが収まった身体を起こしてフラフラと宿へと帰った。
◇
暗闇の中を駆ける。
走っている間は何もする事がなく、力強く俺を見る琥珀の瞳を思い出し、苛立ちがぶり返してくる。
「何でそんなに苛立っているの。アンタらしくない。」
はぁーと溜息をつきながらフックスが湧き上がる俺への殺意を抑えているのを感じた。だが、俺は悪いとは一切思っていない。
「俺は爺様の今回の命は容認出来ない。」
「容認なんて必要ない。アンタは言われた事をやっていればいいの。爺様の言葉は絶対よ。」
「…フックスは爺様が言ってる事に違和感を覚えなかったの? 」
「はぁ? 違和感?? 」
その言葉に目に見えて嫌悪感を表情に出すフックス。
「爺様の言葉は何時だってお考えがあっての事よ。アンタみたいな若造が爺様の意図を読める訳がないからそう感じるのよ。アホらしい。」
そう鼻で嗤い始めるフックスに、この女は本当に何処までも爺様の忠実なる僕でしかないのだなと溜息をついた。
組織に組するものは誰しも爺様に逆らわない。特にお気に入りはその傾向が色濃い。
お気に入りにはより強い爺様への恐怖が植え付けられているから。
ー それなのにシグリは裏切った。
そもそもシグリが裏切る時点で俺の違和感が始まっている。そしてその違和感が更に爺様の言動で深まっていく。
『シグリを生捕にする。あれはまだ使える。』
そう爺様は俺とフックスに命を出した。
フックスはこの命に対して、きっとシグリに《聖女》を始末させて、命乞いしてきた所で、アルトワルトを目の前で始末し、最後にシグリを始末するんだと光悦の表情で語っていた。俺はただひたすら言いようのない違和感しか湧かなかった。
ー あれはそこまで馬鹿じゃない。爺様も分かっている筈だ。
試しにフックスの仕事を奪って、シグリに交渉を持ち掛けてみたが、その表情は揺るぐ事はなかった。《聖女》を始末しても自身やアルトワルトが始末される事を分かってる顔だった。
ー そもそも何故、あれがお気に入りなんだ。
考え出したらもうそこからおかしい。
あれは何処まで行っても甘ったれで、どんな状況でも普通に明るく笑っていた。
そんな人間が暗殺者に向いているとは思えない。シグリが裏切ったのはたまたまではなく、必然のように感じるのだ。
そしてあの今日、見たシグリの強い意志が宿る琥珀の瞳に言いようのない不安を感じた。
あの瞳が色だけではなく、その力強い意志まであの女に似ていたから。
『私はまだ負けてない。負けるのはアンタ達だ。』
どんなに絶望に叩き落としても、絶望に染まらない琥珀の瞳。その瞳は愛していた弟に裏切り、手に掛けられても絶望する事はついぞ、なかった。
ー 始末しないと…。
あの瞳はダメだ。
爺様がなんと言おうと始末しなければ。
でないとこの違和感を、感じた不安を拭い去れない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
登場人物紹介
シグリ・ハープナー
元エードラム教の暗殺組織の暗殺者。異世界人で能力は物凄く視力が良い。遮蔽物がなければ何処までも見える。
フォルター
エードラム教の暗殺組織の折檻房の番。人が壊れる瞬間を見る事に喜びを覚える狂人。爺様を恐れない組織の中でも稀な人材。暗殺者としては自身の快楽を殺しに求めてしまうタイプで派手な方法を好む為、折檻房の番にされている。
フックス
超音波の能力を持つ、古参の暗殺者。爺様に心酔していて、他の暗殺者達とは違う意味で爺様の命令は絶対。自身のシナリオ通りに進める事を好み、シナリオの為なら仲間ですらも使い捨てる。
爺様
硝子玉のような感情のない瞳の老人。組織の暗殺者達からは畏怖され、逆らうものはいなかった。
まるで久々に会った友人のように気さくにフォルターが話し掛けてくる。しかし、目は獲物を狙う肉食獣のようで、ぞわりと肌が粟立つ。
「鈍ったんじゃないっすかねぇ。どうぞ、地下にお帰りになったら良いんじゃないっすか? きっと地下がお似合いなんすよ。」
思いっきり、負けじと嫌味をお見舞いしてやる。
ニィッコリと嫌味たっぷりに笑い掛けてやると、フォルターもニィッコリ笑い掛けてくる。
「相変わらず気持ち悪い笑みっすね。」
「相変わらず、底抜けに明るいね。今すぐぶっ壊したくてしょうがないよ。ちょっと俺に捕まってみない? 」
「お断りするっす。宿で旦那が待ってるんで。」
そうカラカラと答えてやると、随分と幸せそうだなぁ、とフォルターが嗤う。
「じゃあ、その旦那と君の命を保証してあげるから今からでも《聖女》を始末してこいって言ったらどうする? 」
その言葉に思わず面を喰らう。
何故、裏切り者にそんな事を持ち掛けるのか。
「……何を企んでいる。」
「うーん? それは爺様に言って欲しいな。これは爺様の言伝だから。」
「はぁ? あの爺様がそんな事言う筈がない。」
「俺も切にそう思うよ。だからね…。」
ブォンッと顔に風が掛かり、モーニングスターの鉄球が目の前を埋める。後ろに身体を逸らし避けながら針を投擲するが、その針を鎖で防ぐ。
「早い内に不穏の芽を摘んでおこうと思ってね。俺、実は君のその瞳の色と髪の色嫌いだし、丁度良いかなって。」
さらりと何時の間にかに距離を詰めたフォルターの手が僕の髪を梳いたかと思うと乱暴に髪を掴み引っ張り、そのまま指で目を潰そうと……。
「エゲツない!! ホンット、元同僚はどいつもこいつもエゲツないッ。」
フォルターの腹を蹴って、無理矢理引き剥がす。
目を潰す為に地面に落としていたモーニングスターを倒れ様に拾い、すぐさま攻撃に移行してくる。
「だからホント、嫌なんすよッ。組織の古参は。」
「そう言いながらも擦り傷一つ付けずに避ける所が中々、頭にくるよ。」
「逃げるのは得意なんすよねー。二流なもんで。」
と、言いつつもギリギリで避けて、内心、心臓バックバク。
昔から攻撃を避けるのは得意だ。
死にたくなくて必死に目を凝らしてるからか、何時もより全てがゆっくり見えて、かわしやすいから。
しかし、ヒョイっとモーニングスターを避けながら考える。これ、どうやったら勝てるんでしょう?
相手も相手で僕の不意打ちに放った針を避けるので全く勝負がつかない。持久戦に持ってからたら確実にフォルターより劣っている僕が負ける。
「まさか、俺に勝つ気? 」
勝つ方法を考えているとフォルターの瞳に怒りの感情が浮かぶ。何時もニコニコ笑い、人が壊れるさまで愉悦の表情を浮かべる悪魔が人間のように怒ってる。
ー 何だ?
フォルターの攻撃が途端に怒りで単調になっていく。
「その目が嫌いだ。その髪が嫌いだ。あの女と同じ目、あの女と同じ髪色。」
あの女? その言葉に一体誰の事を言っているのかと考えそうになったが、頭を振って思考を落とす。それよりも攻撃が単調になって出来た隙を突く方が先決だ。
隙を見つけ、針を投げようとした瞬間…。
「何をやってるのかしら、フォルター。」
聞き覚えのある女の声が響いた。
女の手が針を投げようとした僕の手を叩き落とす。そして女はフォルターを流れるように拘束した。
「…離せ。フックス。」
「アンタの仕事は折檻房の番の筈だけど? 何時、外に出て良いと許可が出た? これは私の仕事だ。」
「だがッ……。」
フォルターはフックスに反論して噛み付こうとしたが、僕をキッと睨むと大人しくなった。
「……はぁ。時間切れ…ね。」
「私の仕事の邪魔しないで頂戴。」
フォルターの怒りの感情がフッと消え、何時もの気持ち悪い笑みが戻ってくる。そんなフォルターの姿にやれやれと疲れた表情を浮かべていたフックスが僕に向き返った。
「最後のチャンスをあげる、シグリ。あの《聖女》を始末しなさい。そうすれば貴方と大切な人の命は保証してあげる。」
フォルターと同じ言葉を口にするフックス。
どうやらあの言葉はフォルターではなく、フックスが伝えにくる手筈だったらしい。
「アンタも分かってるでしょ? 組織にはエードラム教には勝てない。これは最後の慈悲よ。よく考える事ね。」
そう言い終えると音もなく、フックスとフォルターは闇の中へ消えていった。本当にそのまま何もせずに帰ってくれるようで、一気に肩の力が抜けた僕はザブンッと塩湖にへたり込んだ。
「流石に古参二人相手は無理だった。危な…。」
押し込んでいた死の恐怖が今更、戻ってきて手が震える。
「帰ろ…。アルトが待ってる。」
やっと震えが収まった身体を起こしてフラフラと宿へと帰った。
◇
暗闇の中を駆ける。
走っている間は何もする事がなく、力強く俺を見る琥珀の瞳を思い出し、苛立ちがぶり返してくる。
「何でそんなに苛立っているの。アンタらしくない。」
はぁーと溜息をつきながらフックスが湧き上がる俺への殺意を抑えているのを感じた。だが、俺は悪いとは一切思っていない。
「俺は爺様の今回の命は容認出来ない。」
「容認なんて必要ない。アンタは言われた事をやっていればいいの。爺様の言葉は絶対よ。」
「…フックスは爺様が言ってる事に違和感を覚えなかったの? 」
「はぁ? 違和感?? 」
その言葉に目に見えて嫌悪感を表情に出すフックス。
「爺様の言葉は何時だってお考えがあっての事よ。アンタみたいな若造が爺様の意図を読める訳がないからそう感じるのよ。アホらしい。」
そう鼻で嗤い始めるフックスに、この女は本当に何処までも爺様の忠実なる僕でしかないのだなと溜息をついた。
組織に組するものは誰しも爺様に逆らわない。特にお気に入りはその傾向が色濃い。
お気に入りにはより強い爺様への恐怖が植え付けられているから。
ー それなのにシグリは裏切った。
そもそもシグリが裏切る時点で俺の違和感が始まっている。そしてその違和感が更に爺様の言動で深まっていく。
『シグリを生捕にする。あれはまだ使える。』
そう爺様は俺とフックスに命を出した。
フックスはこの命に対して、きっとシグリに《聖女》を始末させて、命乞いしてきた所で、アルトワルトを目の前で始末し、最後にシグリを始末するんだと光悦の表情で語っていた。俺はただひたすら言いようのない違和感しか湧かなかった。
ー あれはそこまで馬鹿じゃない。爺様も分かっている筈だ。
試しにフックスの仕事を奪って、シグリに交渉を持ち掛けてみたが、その表情は揺るぐ事はなかった。《聖女》を始末しても自身やアルトワルトが始末される事を分かってる顔だった。
ー そもそも何故、あれがお気に入りなんだ。
考え出したらもうそこからおかしい。
あれは何処まで行っても甘ったれで、どんな状況でも普通に明るく笑っていた。
そんな人間が暗殺者に向いているとは思えない。シグリが裏切ったのはたまたまではなく、必然のように感じるのだ。
そしてあの今日、見たシグリの強い意志が宿る琥珀の瞳に言いようのない不安を感じた。
あの瞳が色だけではなく、その力強い意志まであの女に似ていたから。
『私はまだ負けてない。負けるのはアンタ達だ。』
どんなに絶望に叩き落としても、絶望に染まらない琥珀の瞳。その瞳は愛していた弟に裏切り、手に掛けられても絶望する事はついぞ、なかった。
ー 始末しないと…。
あの瞳はダメだ。
爺様がなんと言おうと始末しなければ。
でないとこの違和感を、感じた不安を拭い去れない。
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登場人物紹介
シグリ・ハープナー
元エードラム教の暗殺組織の暗殺者。異世界人で能力は物凄く視力が良い。遮蔽物がなければ何処までも見える。
フォルター
エードラム教の暗殺組織の折檻房の番。人が壊れる瞬間を見る事に喜びを覚える狂人。爺様を恐れない組織の中でも稀な人材。暗殺者としては自身の快楽を殺しに求めてしまうタイプで派手な方法を好む為、折檻房の番にされている。
フックス
超音波の能力を持つ、古参の暗殺者。爺様に心酔していて、他の暗殺者達とは違う意味で爺様の命令は絶対。自身のシナリオ通りに進める事を好み、シナリオの為なら仲間ですらも使い捨てる。
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