寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ

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朧げな世界で

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熱い……。寒い。
暗い。痛い。
気持ち悪い。寒い。痛い。



はっきりとしない意識の中。
誰かの呻き声と何かを呼ぶ声、誰かが泣く声が遙か遠くから聞こえた。




それも段々と遠ざかり、視界に薄暗い空が広がる。

薄暗い空からは白いフワフワしたものが絶えず降り、でもその白いフワフワは私の上に落ちると真っ赤に染まった。

冷たいコンクリートの上で、命が赤い液体になり、溢れ落ちていく。それでも不思議と恐怖はなく、ただ「守れた。」という安堵感が心を占めていた。

それでも目の前で泣き続ける女の子を視界に映ると悲しい気持ちがふと、湧いてくる。

ー 泣かないで。もう、大丈夫。

女の子は泣き続ける。
雪が降るその中で、手を私の血で真っ赤にしながら。





「泣かないで……。」

濡羽色の髪を優しく撫でる。
充血した緑色の瞳が私を見つめる。

「だい…じょうぶ…だから、もう…、泣かないで……。」

大丈夫だと言っているのに一層その顔は悲しみの色に染まり、誰かの名を呼び、痛む身体に抱き付く。

「ごめんなさい。ごめんなさいシュネーッ!! 俺が、俺がッ!! 」

シュネー?
それは誰?


コンクリートだった筈の地面が柔らかい。あの女の子も居ない…。

あれ?
コンクリートって?
あの女の子って何?
私は何?


痛い。苦しい。
気持ち悪い。熱い。寒い。


ガンガンと響く頭痛が全てを押し流していく。ぼんやりとした意識もあの記憶も、霞む視界すらも。



目を覚ますと私は病院のベッドの上。

兄とシュヴェルト達が泣きそうな程嬉しそうに駆け寄り、目を腫らしたゲルダがリヒト王子に寄り添われて、立っていた。

意識がない間に何か夢を見た気がしたが、どんな夢だったかは思い出せなかった。

私はどうやらあれから五日間、昏睡状態だったらしい。

私の身体の毒は何故か解毒方法を吐かされる前に、自ら解毒方法を黒装束の男が吐いた為、かなり早い段階で解毒されていた。しかし中々目を覚まさなかったらしい。

毒と手の怪我で身体がダメージを受けていたのが原因だと思われるが、早い段階で解毒したので毒の後遺症はなし。

手の怪我は太い血管と神経を切ってしまっている為、元どおりに動かすのは難しいと医師は言っていたが利き手ではないので問題ない。

私の武器は片手剣で片手は利き手を少し添えて補助する程度にしか使ってないので指が動かなかろうが握力が無かろうがこちらも問題ない。

まあ、縫って包帯ぐるぐる巻きなので包帯が取れるまでは騎士の仕事もしばらくお休みだが。

五日、昏睡状態だった割には身体が軽い。騎士の仕事は出来なくとも学園には通えそうだ。

そう思ったのだが、「阿保!! 」とジョゼフに怒られ、止められた。

「とにかく、安静にしてろッ。一週間は休め!! 」

「でも怪我は手だけ…。」

「うるせぇ、休めッ!! 」

粘ったが、更に怒られた。

まさか、剣振るのも一週間禁止か!?
一週間、何してろと!?

アルヴィンやシュヴェルトにジトッとした目を向けられる。その目は呆れ半分、可哀想なものを見るような感じが半分。

そんなに酷い状態なのか!? 
身体は元気なのに…。


「黒装束の奴がヤケにあっさり、自分から解毒方法を吐いたのが怪しいんだよ。何か身体に異変があるかもしれない。検査入院だ。」

「黒装束はどうなるんで? 」

「どうせ、『刑受けいじゅの森』行きだろ。寧ろならなきゃおかしい!! 」

珍しく機嫌の悪いシュヴェルトがドカッと私のベッドの上に座る。私のぐるぐる巻きの手を見て、唇をグッと噛んだ。

刑受けいじゅの森』
フォルメルン王国西方、『メールフォルスト』の最奥地にある高い塀の中にある森だ。『メールフォルスト』より更に危険な魔獣達が生息しており、一度入ったものは帰って来れないと言われている場所。死刑制度のないフォルメルン王国では古くから重い罪を犯したものは例外なく、この森に流刑される。


話を聞くに第二王子を狙っていた事と、何人も毒で屠ってきたとの事だから、間違いなく『刑受けいじゅの森』行きだろう。


シュヴェルトは何か言いたげにぐるぐる巻きの手を触る。

ちょっ、痛いよ。
そこ傷口だよ。

思わず顔を顰めると今度は悲しげな表情に染まる。


「ごめんなさい。」

腫らした目からまた涙を流し、ゲルダが謝ってくる。

別に手を切り落とされたんじゃないんだからそんなに気にする事ないのに。

寧ろ泣かれる方が辛い。
泣き顔を見ると心臓を掴まれたようにギュッと苦しくなる。

「これが私の仕事だから。言っておくけど労災だから。ゲルダが気にする事じゃない。」

「でも…。」

ぐすぐすと「でも、でも。」と泣く。
そんなゲルダをちょいちょいっと無事な方の手で招く。

「な…に? 」

グニンッ

ゲルダの柔らかい頬っぺたを片手でグイッと上に引っ張る。泣き顔が片面、口角が上がり、無理矢理笑顔になる。

「にゃに…お。しゅにぇー? 」

「私は泣かれるのは苦手だ。笑え!! 私に少しでも恩を感じてるならニコニコしてろ。」

「でぇ…も。」

「舐めるなよ。こんな手の怪我、一年以内にもとに動くように戻してやる。」

頬っぺたを離すと片頬にしっかりと指の跡が付いている。ヒリヒリと痛そうな頰でゲルダは無理矢理笑って見せた。

「よく出来ました。」

ニッと悪戯な笑みを浮かべる。
するとゲルダは顔を何故か真っ赤に染めて背けた。無理矢理でも見たくない顔を撲滅して私は今、何も後先考えず満足している。

このままゲルダに罪悪感を植え付けて、離れて貰った方が関わらないで済むから良かったのでは? とも後に考えたのは今更である。

そしてそれが自身を崖っぷちに立たせるとは思わずに。


「シュネーは本当に良い子だね。」

私達のやり取りを見て、兄はニッコリと笑う。慈愛の満ちた目で優しく私の頭を撫でる。

「兄上、私はもう十四歳です。」

「十四歳でも良い子は撫でられるものだよ、シュネー。シュネーは弟だから。」

ふわりと包み込むように抱き締められる。

「そう、シュネーは僕の……。」

小さく兄は呟き、ポンポンっと背中を優しく撫でた。そして何時もの優しい笑みを浮かべた。

「シュネー。検査入院が終わったら家に帰ろう。シュネーは頑張り過ぎる所があるから少し休もうね。」

「えっ、ですが兄上。」

「そうだなぁ。相棒は無茶を無茶だと思ってないからなぁ。」

「……休んだ方が良い。」

全員が兄の意見に頷く。

全然会話に絡んでこなかったリヒト王子すらもコクコクと頷く。

私を何時までベッドに括り付ける気だ。
元気なんだって。

兄の顔が近付く。
自分のまつげの色より少し灰色がかった長い睫毛が兄の頰に陰を落としている。

さらりと私の前髪を掻き上げて、額にチュッと音を立てて、口付けを落とした。
まるで幼い子供にするように…。

「 あ…、兄上ッ!! もう十四歳ですよ!? 幼い子供じゃないです!! 」

にっこりと兄は笑う。
その笑顔に少し違和感を覚えた。
…覚えたが、人前で額にキスされた恥ずかしさから頭からすっぽ抜ける。

「僕も。一週間後にね…。」

ー 何を? 

そう言うと兄はまた私を抱き締める。
名残惜しそうに抱き締めて、兄は一週間後の退院の日まで面会に来る事はなかった。
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