第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ

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俺がティモと出会ったのは五年前。

第二王子に干ばつの起きたトロッケ島の救援指揮を押し付けられ、赴いた時だった。


干ばつの影響で作物が取れず、食糧難の状態で、俺が島に着いた時、ティモが村の子供達とともに革靴を焼いて食べようとしていた所だった。


勿論、慌てて俺は止めた。
他の子供は革靴を食べようとするのをやめたが、ティモは最後まで粘った。

革靴は食べるもんじゃない。救援物資は持ってきたからと必死に止めたが、「これは貴重さ、食料だ。」「止めんでくれ。」とあまりにも頑なに拒否したので、俺は革靴をぶんどりぶん投げ捨てた。

初めての出会いはあまりいいものじゃなかったが、そこから救援している間に仲良くなり、最後にはティモが涙ながらに俺に会いにいく事を約束してサヨナラしたのだ。そして第六王子に押し付けられる形で再会を果たした。

ついでに何でこんな話をしているかというとティモとの出会いを語りたかった訳じゃない。ティモが変な所で頑固だという事を言いたいんだ。



「嫌です。それじゃあ、島から出てきた意味さ、ないじゃないですか。」

そう全力で拒否するティモにそんな初めて出会った頃を重ねて、苦い笑みを溢れる。
洗濯物を取り上げようとするがティモは決して洗濯物から手を離さない。

「あのさぁ、ティモ。第一妃も言ってたよね。血を吐く様な努力が必要だって。」

「勿論です。血を吐く様な努力さ、します。でも死にかける様な努力なら侍従の仕事さ、兼任してできると思います。」

「それ言葉のあやじゃなくて本気だよね!? 何時も何時も言ってるけどオーバーワークって知ってる? 侍従の仕事は当分お休み。分かる? お・や・す・みッ!! 」

互いに譲らず睨み合うが全くティモが折れる気配がない。

何故、二人で言い合いをしているかというと、今日からティモの王配としての教育が始まるからだ。

あの後、流石にこれ以上巻き込むのはまずいと、ティモに「もう付き合わなくていいよ。後は俺が何とかするから。」と告げて、終わらせようとした。

しかし、まさかの巻き込んでしまった筈のティモが「最期までお付き合いさせてください。」と頭を床に擦り付けて土下座してこようとしたので、協力を続行してもらう事になった。

実際に結婚するのは俺が学園を卒業する二年後。
それまでに俺よりも王座を押し付けられそうな人材を親戚やらの中から見つけ出す。

ティモには悪いがその間、第一妃曰く、血を吐く様な努力が必要な王配教育を受けてもらうので、侍従の仕事はしなくていい事を伝えたらこのザマだ。


「で、でも、もっとお役にさ、立ちたいですし。ツェーン殿下の侍従は私一人ですし。せめて休みの時間に侍従の仕事を…。」

「充分、お釣りを返したくなるくらい役に立ってるからこれ以上頑張んなくていいって。…後、兄達が居なくなって、人材がこっちに回してもらえる様になったからティモは安心して行ってきて大丈夫だから。」

「新たな人材!? 私さ、もう用済みですかッ!! やっぱり、この間の失敗さ、所為ですか。」

「何でそうなる!? だから、休みだって言ってんでしょ。それと王子相手に侍従が一人だけってのがそもそもおかしかったのっ!! 」

「でも…、それだとツェーン殿下といる時間さ、少なくなる……。」

スンッと鼻を啜って、愚図るティモ。
自分より四つ上なのに、何時までも人懐っこさと少年の心を忘れないこの青年は割りかし涙腺が弱い。

そして滅法、俺はこの涙に弱い。
なんか子供泣かしてる気分になる…。


「……ティモ。実はティモの部屋移動になったんだ。」

「ぐすっ…。何処さ、移動ですか。まさか部屋もこれ以上、ツェーン殿下と離れるさ、言わないですよね…。」

ぐすぐすと泣く、ティモをなるだけ優しい声色でなだめながら手を差し出すと、ティモはギュッと俺の手をにぎにぎする。そうすると少し気持ちが落ち着くらしい。なんかちょっと表情が幸せそうだ。

「俺とティモは今、一応婚約者って事になってるだろ。だから俺達、隣部屋で、部屋と部屋が扉で繋がってて自由に行き来、出来るそうだよ。」

「!! じゃあ、五年前みたいに、一緒さ、寝れるですか。」

パァアッとその言葉に顔が綻び、ティモの後ろに犬の尻尾が揺れる幻覚が見えた。

思わず頭を撫でそうになるのをグッと我慢して、ニッコリと微笑みかける。

「きちんと侍従の仕事を休んでくれるって約束してくれるなら毎日お布団一緒でもいいよ。」

「ま、毎日!? 毎日、ギュッとして寝てさ、いいの!? 」

「いいよ。後、侍従の仕事を休んでいる間は主従関係は発生しないから呼び捨てで呼んでいいんだけどなー。…呼び捨てで呼び合えたらティモともっと仲良くなれるのになー。……でも、ダメだよね。だって、ティモは侍従の仕事休みたくないんだもんねー。」

「ゔっ。…侍従の仕事さ、休んだら日中一緒の時間が…。でも、休んだら毎日お布団一緒で、呼び捨てで、仲良し……。…呼び捨てで仲良し。」

分かり易くぶら下げた餌の前で食いつこうか、食いつかぬまいか、揺れるティモ。

全く、本当に世話が焼ける。
これで、阻止しなかったらティモは言葉のあやじゃなく、本気で死ぬような努力をする。

ティモは何時だって本気だ。
真っ直ぐで全力。


「呼んで欲しいなぁ、ティモに。」

そう小さな声で呟くと、ボッとティモの顔が真っ赤になった。

出会った頃から俺の事をティモは呼び捨てで呼んだ事がない。五年前は「王子さん。」と呼び、今は「ツェーン殿下」と呼ぶ。

一応、生真面目なティモはティモなりに俺の立場を考えて、一歩引いているのだ。だが、この反応を見て分かると思うが、ティモは呼び捨てで呼び合うのに憧れを持ってる節がある。


分かり易く動揺するティモの手が俺の手を先程よりもいっぱいにぎにぎする。
真っ赤な顔を逸らすとボソリッと蚊の鳴くような声で、「…ツェーン。」と俺の名を呼んだ。

……やっと、折れたよ。


安堵の笑みを溢すともう既に真っ赤なティモの顔がもっと赤みが増す。今にもオーバーヒートしそう。

「ティーモ。じゃあ、洗濯物放そうか。これは他の侍従に渡しとくから。」

「はうっ。…幸せ過ぎる。おい、もしかして明日死ぬんじゃ…。」

一人称が私から本来のおいに戻る程の喜びよう。
やっと、洗濯物を放したが放心状態だ。
どれだけ、呼び捨てに憧れてたんだ…。

顔の前で手を振るが反応がないのがとっても心配だが、俺は今日、王太子の仕事以外で予定がある。王太子の一件で休学してた学園に行かなければいけないのだから。


「ティモ。俺、今日は学園に行って、その後、政務だから夜まで会えないけど、大丈夫? 」

「…………おいは一体、前世でどんな善行さ、積んだんだろ。近くさ、居るだけで幸せだったのに…。」

「ティモ。ティーモ!! …うーん。ダメだこりゃ。後、お願い出来る? 」

「畏まりました、殿下。」

放心状態のティモを元に戻すのを早々に諦め、扉に話しかけると微笑ましそうに笑う侍従が入ってきた。

彼は新たに俺達付きの侍従として入る一人で、おそらく結構早い段階で到着していたようだが、気を遣って外で待ってくれていた様子。

「……入って来ても良かったんだよ。」

「夫婦喧嘩は犬も食わないって言いますから。」

「まだ夫婦じゃない…。」

「これは…失礼しました。あまりに微笑ましかったもので。」

とっても暖かく見守ってくる侍従に小っ恥ずかしくむず痒い感情が沸々と湧き上がる。
とにかく、さっさとここを出たくて、洗濯物とティモを押し付ける。

「ティモ様の事はお任せください。第一妃から全面的にサポートせよ、とお達しを受けていますので。」

「……さっきのやり取りを聞いて分かったと思うけど、無茶を無理矢理通す性格だから頑張り過ぎないように目を光らせておいて。」

「ふふっ…。その場合は殿下の事をチラつかせればいいのですよね。」

「……本当に遠慮せずに最初から入って来て良かったんだよ。」

「あまりに微笑ましかったもので…。」

だからって聞き耳を立てるのはやめてくれ、そう心の中で溜息をつきながら扉を開けると……。

「うわっ!? 」

新しく俺達に付く侍従達が廊下で尻餅をついて部屋に転がり込んだ。
中には額にタンコブを作ってるものもいる。

そんな侍従達を見て、もう俺は顔を覆うしかなかった。

「「「わ、私達は第三妃にお二人の仲を見守るようにと言伝を受けてきました。よろしくお願いします!! 」」」

「……お引き取り下さい。」
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