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第1章 出会い編
出会いの夜
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「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
闇夜の中を、一人の少女が走っている。
月の光を浴びて金色に輝く髪を振り乱し、緑玉のような瞳に涙を溜めながら不格好に走り続ける。
薄桃色の唇は固く結ばれ、必死に腹の底から這い上がってくる恐怖に抗っているが――。
「――きゃっ!」
少女の足元に、何かが風を切りながら通り過ぎて地面に突き刺さる。
それは研ぎ澄まされた銀のナイフだった。ナイフは、少女の染み一つない太腿を狙って放たれたもので、刺さるようなことはなく、わずかなかすり傷を作るだけに終わった。
しかし、それで十分だった。
「あ、れ」
緊張で固くなっていた身体から力が抜け、少女はその場に倒れ込んでしまう。
急いで立ち上がろうと両腕に力を込めるが、糸の切れた人形のように身体がいうことを聞きはしなかった。
「たく、手間かけさせやがって」
草木を掻き分けて現れたのは、暗闇にも負けないほどに薄汚れた服を着た数人の男たちだった。
男たちは倒れ伏している少女を嘲笑いながら、その肢体を舐るように見つめる。
服の上からでも分かるほどに膨らんだ乳房に、健康的で穢れを知らない真っ白な肌。身体付きは平民のガリガリなものとは違う本物のスレンダーな体型をしている。
顔つきも、間違いなく極上と呼ぶにふさわしいものだ。パッチリと開いた目に綺麗な卵型をした顔付きが、今は恐怖で歪んでいる。
「いいねぇ、その顔。このまま依頼主の豚野郎に渡しちまうには惜しいな」
男たちの先頭にいた男が、ペロリと舌なめずりをすると、少女の身体に鳥肌が立った。
「い、嫌です! それ以上近づかないでください!」
「ははっ! そんなに尻を揺らして誘ってんのか!」
男がそういうと、周囲の仲間も下卑たる笑い声をあげる。
少女は蜘蛛の巣に囚われて哀れな獲物である。抵抗などできることもなく蜘蛛に捕食されるしかない。
そうなるはずだった――ほんの数秒前までは。
「おい、やめろ馬鹿共」
リーダー格の男が少女が着ているものを剥ぎとるために伸ばした手は、どこからともなく聞こえた声によって止められた。
「あん? 誰だよ! 俺の邪魔するとはぶっ殺されてぇか!」
リーダー格の男は威嚇するように声に魔力を集めて大声を上げる。その怒声は森に響き渡り、眠っていた鳥たちが驚きで目を覚まして飛び出すほどだ。
近くで聞いた少女も、身体をすくみ上らせ、怯えながらいうことの利かない身体を縮こまらせる。
そんな暴力的な声を聞きながらも、声の主は変わらず言葉を紡ぐ。
「そう怒るなよ兄弟。カルシウムが足りてねえぞ」
「……テメェは同業者か?」
あまりに気安い声掛けと、自分に怯えない様子から、リーダー格の男は意識を切り替えて油断なく問いかけると、声の主が肩を竦めたのが見えずとも気配でわかった。
「俺が傭兵崩れと同じ? 冗談は髭だらけの顔だけにしてくれ」
小馬鹿にしたような返答に、部下たちは憤慨して罵声を浴びせるが、リーダー格の男だけは冷静に周囲の気配を探り続ける。
「ああ、そんな狡いマネしなくても姿くらい見せてやるよ」
一瞬、月明かりが何かの影に遮られたかと思えば、一人の青年が少女と男の間に割って入るように木の上から降ってきた。
皮の胸当てにボサボサの黒髪、鋭く細められた瞳。顔つきはこの辺りの国で見かけないもので、彫の浅い平坦な顔つきをしている。
「おーお。思ったよりもいるな」
間に割って入ってきた青年は、男たちの数を数えていく。
そのどこか小馬鹿にしたかのような余裕な態度に、部下の男たちがキレた。
「ガランドの兄貴! こんな優男さっさと殺しちまいましょうぜ!」
「……ああ、そうだな」
ほんの少しだけ、ガランドと呼ばれた男は逡巡する様子を見せたが、すぐに部下の言葉に同意を示した。
「――というわけでだ正義の味方の兄ちゃん。人助けのために出てきたところ悪いが、さっさと死んでくれないか?」
「俺だって正義感で動いているわけじぇねえよ。ただ、胸糞悪いから割って入っただけだ」
「に、逃げてください! その人たちは雇われた傭兵ですっ!」
取り囲むように動く男たちを見た少女が、青年に向けて叫ぶ。青年子は、そんな少女の気遣いに対し、振り向いて笑ってみせた。
「安心しろ。すぐに終わる」
「やれ!!」
ガランドにかけ声と共に、何人かの男たちが飛び出してくる。
*******
「危ない!」
少女――リリアは自分を助けにきた青年に襲い掛かる男たちを見て反射的に叫ぶ。
助けに割って入ってくれたということは青年もそれなりの実力者なのだろう。しかし、たった一人でこれだけの数の男たちに襲われれば一溜りもないはず。
リリアは目の前に広がるであろう一方的な惨殺を想像をして目を瞑るが、聞こえてきたのは男たちの野太い声だった。
「――えっ?」
目を開けて先に広がっていたのは、なぎ倒されていく男たちの姿だった。
左右からまるで挟み込むように襲い掛かる男たちを、青年はいつの間に抜いたかわからないほどに素早い動きで抜剣すると同時に、男を切り伏せた。
「なっ!」
男たちが驚きで声を上げている隙に、青年は一気に距離を詰め、隙だらけの胴体を切り伏せる。
血が吹き出し、真っ暗闇の森が一瞬だけ赤く染まる。
少女の目には、青年の姿が消えた瞬間に男が倒れているようにしか見えなかった。それほどのまでの早業だった。
「て、てめっ!」
三人目の仲間が切り捨てられたところで、顔を真っ赤にした男が引き抜いた短刀を振り下ろす。四人目の男に振り下した剣が肉に絡まりわずかばかり、青年の動きが止まっていた。
「あぁっ!」
攻撃の隙に存在する硬直を狙われては、いくら青年が素晴らしい技量を持っていたところで避けることは無理だろう。
少女だけでなく、短刀を振り下ろした男もそう思ったのか、ニヤリと笑うが、その表情はすぐに凍りつく。
「ふんっ!」
青年は、死体に剣が刺さったまま横なぎに振りかぶったのだ。その強引な剣筋は、人の肉体という重荷があるにもかかわらずまったくブレない。
「な、なんだそりゃ! ごふっ!」
男が叫ぶと同時に、肉の塊がどてっぱらにぶつかって吹き飛ばされる。不意を突いたはずの男が、逆に力任せの不意打ちを食らってしまった。
当然、身構えていなかった一撃を受けた男は痛みに咳き込む。その間に剣を引き抜いた青年は、躊躇なく咳き込んでいる男の首を刎ねた。
「な、なんなんだよお前は!」
瞬く間に四人の仲間が惨殺されたことで、残った男たちは半狂乱になりながら手に持った武器を振るうが、それらは青年に掠ることさえなかった。
一の太刀で腕を切り落とされ、二の太刀で首と胴が泣き別れる。
闘いではなく、さりとて青年にとってこれは殺し合いでもない。
人が虫をなんの感情も抱かずに踏みつぶすように、青年は淡々と作業染みた動きで男たちを解体していく。
立っていた男たちが全て動かなくなったのを確認してから、ようやく青年の動きは止まる。
そして、青年は少女へと振り返る。
「ひっ!」
助けてくれたはずの恩人な筈なのに、少女は青年がこちらを向いたとき恐怖で顔を引きつらせてしまう。
怖かった。自分を襲ってきた男たちよりも目の前の青年のほうが遥かに恐ろしい。
青年が一歩踏み出して近づいてくると、少女は積み重なってきた疲労と緊張、威圧感と恐怖で意識を落としてしまった。
******
(あっけないな)
青年は肩を竦めると、手に持った剣を鞘へと戻す。
そのまま襲われていた少女へと振り返った。
少女は尻餅をついたまま青年のことを見上げている。青年は少女に近づいて手を差し伸べると、少女は「ひっ」と声を上げながら後ずさっていく。
(怖がられている?)
恐怖に引きつった、まるで化け物でも見るかのような表情を浮かべて少女は気絶してしまった。おかげで差し出された手は行き場を失い、宙ぶらりんになってしまう。
手持無沙汰になった手を引っ込めると、青年は頭を掻く。慣れているとはいえ、この反応はやはり気持ちのいいものではなかった。
(まあ、仕方ねえか)
見た所少女の服装はかなり上等なものだった。人の生き死になどこれっぽっちも体験したことがないお嬢様なのだろう。
そんなお嬢様の前で、襲われていたとはいえ男たちを解体したのだ。恐れられるのも当然である。
(さて、どうするか)
青年は腕を組んで考える。
少女を助けるという当初の目的は達成した。偶々降ってわいた僅かな自己満足と正義感は満たせたのだから、このまま気絶した少女を置いて帰ってもいいが、それでこの少女は魔物か野犬に喰われてしまうだろう。
それでは助けた意味がない。
(ってことは、家に連れて帰るしかないよな)
元々割り込んできたのは青年である。気まぐれとはいえ、少女の命を助けた以上はその命を守る義務がある。
こんな考えをする青年に対し、彼の相棒がこの場にいればいつものように苦言を呈するのだが、生憎とその相棒の姿はここにはない。
(しかし、なんて言われるやら……)
青年は今日も相方の機嫌を損ねてこんなに夜遅くまで外に出ることになったのだ。それなのに、また面倒事を持ち込めばなんといわれるかなど目に見えていた。
(けど、まあ俺が選んだことだしな)
青年は文句を胸の内に飲み込むと、少女を軽々と担ぎあげて森の奥へと消えていった。
******
森の奥の奥の奥。最奥ともいえる場所に青年とその連れ合いの家はあった。
下手な魔物など寄り付けぬような神聖な空気が漂う中、青年は大きく息を吸い込んだあとにドアをノックする。
すると、家の中から外に聞こえるほどの大きな足音が聞こえてきたかと思えば、ドアが思いっきり開かれた。
現れたのは真っ白な白髪に紅い瞳、角と尻尾を生やした幼女だった。
「おお! よく帰ってきた! 心配したのじゃぞ? 朝の件は妾も悪かったと思うておる。すまんかったのう。じゃが、主様も悪かったのじゃぞ? みだりに妾以外の女なんぞ……女なんぞ」
「あ、あははは」
飛び出してきた幼女の視線が青年が抱いている少女の所で止まると、笑っていた可愛らしい表情が無表情になる。
「主様」
「な、なんだ?」
「こ、こ、こ」
「コケコッコー?」
「このうつけものがああああああああああああ! 女なんぞ連れ込みおってええええええええええええええ!!!」
鼓膜を突き破るような少女の咆哮が、森の中に木霊した。
闇夜の中を、一人の少女が走っている。
月の光を浴びて金色に輝く髪を振り乱し、緑玉のような瞳に涙を溜めながら不格好に走り続ける。
薄桃色の唇は固く結ばれ、必死に腹の底から這い上がってくる恐怖に抗っているが――。
「――きゃっ!」
少女の足元に、何かが風を切りながら通り過ぎて地面に突き刺さる。
それは研ぎ澄まされた銀のナイフだった。ナイフは、少女の染み一つない太腿を狙って放たれたもので、刺さるようなことはなく、わずかなかすり傷を作るだけに終わった。
しかし、それで十分だった。
「あ、れ」
緊張で固くなっていた身体から力が抜け、少女はその場に倒れ込んでしまう。
急いで立ち上がろうと両腕に力を込めるが、糸の切れた人形のように身体がいうことを聞きはしなかった。
「たく、手間かけさせやがって」
草木を掻き分けて現れたのは、暗闇にも負けないほどに薄汚れた服を着た数人の男たちだった。
男たちは倒れ伏している少女を嘲笑いながら、その肢体を舐るように見つめる。
服の上からでも分かるほどに膨らんだ乳房に、健康的で穢れを知らない真っ白な肌。身体付きは平民のガリガリなものとは違う本物のスレンダーな体型をしている。
顔つきも、間違いなく極上と呼ぶにふさわしいものだ。パッチリと開いた目に綺麗な卵型をした顔付きが、今は恐怖で歪んでいる。
「いいねぇ、その顔。このまま依頼主の豚野郎に渡しちまうには惜しいな」
男たちの先頭にいた男が、ペロリと舌なめずりをすると、少女の身体に鳥肌が立った。
「い、嫌です! それ以上近づかないでください!」
「ははっ! そんなに尻を揺らして誘ってんのか!」
男がそういうと、周囲の仲間も下卑たる笑い声をあげる。
少女は蜘蛛の巣に囚われて哀れな獲物である。抵抗などできることもなく蜘蛛に捕食されるしかない。
そうなるはずだった――ほんの数秒前までは。
「おい、やめろ馬鹿共」
リーダー格の男が少女が着ているものを剥ぎとるために伸ばした手は、どこからともなく聞こえた声によって止められた。
「あん? 誰だよ! 俺の邪魔するとはぶっ殺されてぇか!」
リーダー格の男は威嚇するように声に魔力を集めて大声を上げる。その怒声は森に響き渡り、眠っていた鳥たちが驚きで目を覚まして飛び出すほどだ。
近くで聞いた少女も、身体をすくみ上らせ、怯えながらいうことの利かない身体を縮こまらせる。
そんな暴力的な声を聞きながらも、声の主は変わらず言葉を紡ぐ。
「そう怒るなよ兄弟。カルシウムが足りてねえぞ」
「……テメェは同業者か?」
あまりに気安い声掛けと、自分に怯えない様子から、リーダー格の男は意識を切り替えて油断なく問いかけると、声の主が肩を竦めたのが見えずとも気配でわかった。
「俺が傭兵崩れと同じ? 冗談は髭だらけの顔だけにしてくれ」
小馬鹿にしたような返答に、部下たちは憤慨して罵声を浴びせるが、リーダー格の男だけは冷静に周囲の気配を探り続ける。
「ああ、そんな狡いマネしなくても姿くらい見せてやるよ」
一瞬、月明かりが何かの影に遮られたかと思えば、一人の青年が少女と男の間に割って入るように木の上から降ってきた。
皮の胸当てにボサボサの黒髪、鋭く細められた瞳。顔つきはこの辺りの国で見かけないもので、彫の浅い平坦な顔つきをしている。
「おーお。思ったよりもいるな」
間に割って入ってきた青年は、男たちの数を数えていく。
そのどこか小馬鹿にしたかのような余裕な態度に、部下の男たちがキレた。
「ガランドの兄貴! こんな優男さっさと殺しちまいましょうぜ!」
「……ああ、そうだな」
ほんの少しだけ、ガランドと呼ばれた男は逡巡する様子を見せたが、すぐに部下の言葉に同意を示した。
「――というわけでだ正義の味方の兄ちゃん。人助けのために出てきたところ悪いが、さっさと死んでくれないか?」
「俺だって正義感で動いているわけじぇねえよ。ただ、胸糞悪いから割って入っただけだ」
「に、逃げてください! その人たちは雇われた傭兵ですっ!」
取り囲むように動く男たちを見た少女が、青年に向けて叫ぶ。青年子は、そんな少女の気遣いに対し、振り向いて笑ってみせた。
「安心しろ。すぐに終わる」
「やれ!!」
ガランドにかけ声と共に、何人かの男たちが飛び出してくる。
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「危ない!」
少女――リリアは自分を助けにきた青年に襲い掛かる男たちを見て反射的に叫ぶ。
助けに割って入ってくれたということは青年もそれなりの実力者なのだろう。しかし、たった一人でこれだけの数の男たちに襲われれば一溜りもないはず。
リリアは目の前に広がるであろう一方的な惨殺を想像をして目を瞑るが、聞こえてきたのは男たちの野太い声だった。
「――えっ?」
目を開けて先に広がっていたのは、なぎ倒されていく男たちの姿だった。
左右からまるで挟み込むように襲い掛かる男たちを、青年はいつの間に抜いたかわからないほどに素早い動きで抜剣すると同時に、男を切り伏せた。
「なっ!」
男たちが驚きで声を上げている隙に、青年は一気に距離を詰め、隙だらけの胴体を切り伏せる。
血が吹き出し、真っ暗闇の森が一瞬だけ赤く染まる。
少女の目には、青年の姿が消えた瞬間に男が倒れているようにしか見えなかった。それほどのまでの早業だった。
「て、てめっ!」
三人目の仲間が切り捨てられたところで、顔を真っ赤にした男が引き抜いた短刀を振り下ろす。四人目の男に振り下した剣が肉に絡まりわずかばかり、青年の動きが止まっていた。
「あぁっ!」
攻撃の隙に存在する硬直を狙われては、いくら青年が素晴らしい技量を持っていたところで避けることは無理だろう。
少女だけでなく、短刀を振り下ろした男もそう思ったのか、ニヤリと笑うが、その表情はすぐに凍りつく。
「ふんっ!」
青年は、死体に剣が刺さったまま横なぎに振りかぶったのだ。その強引な剣筋は、人の肉体という重荷があるにもかかわらずまったくブレない。
「な、なんだそりゃ! ごふっ!」
男が叫ぶと同時に、肉の塊がどてっぱらにぶつかって吹き飛ばされる。不意を突いたはずの男が、逆に力任せの不意打ちを食らってしまった。
当然、身構えていなかった一撃を受けた男は痛みに咳き込む。その間に剣を引き抜いた青年は、躊躇なく咳き込んでいる男の首を刎ねた。
「な、なんなんだよお前は!」
瞬く間に四人の仲間が惨殺されたことで、残った男たちは半狂乱になりながら手に持った武器を振るうが、それらは青年に掠ることさえなかった。
一の太刀で腕を切り落とされ、二の太刀で首と胴が泣き別れる。
闘いではなく、さりとて青年にとってこれは殺し合いでもない。
人が虫をなんの感情も抱かずに踏みつぶすように、青年は淡々と作業染みた動きで男たちを解体していく。
立っていた男たちが全て動かなくなったのを確認してから、ようやく青年の動きは止まる。
そして、青年は少女へと振り返る。
「ひっ!」
助けてくれたはずの恩人な筈なのに、少女は青年がこちらを向いたとき恐怖で顔を引きつらせてしまう。
怖かった。自分を襲ってきた男たちよりも目の前の青年のほうが遥かに恐ろしい。
青年が一歩踏み出して近づいてくると、少女は積み重なってきた疲労と緊張、威圧感と恐怖で意識を落としてしまった。
******
(あっけないな)
青年は肩を竦めると、手に持った剣を鞘へと戻す。
そのまま襲われていた少女へと振り返った。
少女は尻餅をついたまま青年のことを見上げている。青年は少女に近づいて手を差し伸べると、少女は「ひっ」と声を上げながら後ずさっていく。
(怖がられている?)
恐怖に引きつった、まるで化け物でも見るかのような表情を浮かべて少女は気絶してしまった。おかげで差し出された手は行き場を失い、宙ぶらりんになってしまう。
手持無沙汰になった手を引っ込めると、青年は頭を掻く。慣れているとはいえ、この反応はやはり気持ちのいいものではなかった。
(まあ、仕方ねえか)
見た所少女の服装はかなり上等なものだった。人の生き死になどこれっぽっちも体験したことがないお嬢様なのだろう。
そんなお嬢様の前で、襲われていたとはいえ男たちを解体したのだ。恐れられるのも当然である。
(さて、どうするか)
青年は腕を組んで考える。
少女を助けるという当初の目的は達成した。偶々降ってわいた僅かな自己満足と正義感は満たせたのだから、このまま気絶した少女を置いて帰ってもいいが、それでこの少女は魔物か野犬に喰われてしまうだろう。
それでは助けた意味がない。
(ってことは、家に連れて帰るしかないよな)
元々割り込んできたのは青年である。気まぐれとはいえ、少女の命を助けた以上はその命を守る義務がある。
こんな考えをする青年に対し、彼の相棒がこの場にいればいつものように苦言を呈するのだが、生憎とその相棒の姿はここにはない。
(しかし、なんて言われるやら……)
青年は今日も相方の機嫌を損ねてこんなに夜遅くまで外に出ることになったのだ。それなのに、また面倒事を持ち込めばなんといわれるかなど目に見えていた。
(けど、まあ俺が選んだことだしな)
青年は文句を胸の内に飲み込むと、少女を軽々と担ぎあげて森の奥へと消えていった。
******
森の奥の奥の奥。最奥ともいえる場所に青年とその連れ合いの家はあった。
下手な魔物など寄り付けぬような神聖な空気が漂う中、青年は大きく息を吸い込んだあとにドアをノックする。
すると、家の中から外に聞こえるほどの大きな足音が聞こえてきたかと思えば、ドアが思いっきり開かれた。
現れたのは真っ白な白髪に紅い瞳、角と尻尾を生やした幼女だった。
「おお! よく帰ってきた! 心配したのじゃぞ? 朝の件は妾も悪かったと思うておる。すまんかったのう。じゃが、主様も悪かったのじゃぞ? みだりに妾以外の女なんぞ……女なんぞ」
「あ、あははは」
飛び出してきた幼女の視線が青年が抱いている少女の所で止まると、笑っていた可愛らしい表情が無表情になる。
「主様」
「な、なんだ?」
「こ、こ、こ」
「コケコッコー?」
「このうつけものがああああああああああああ! 女なんぞ連れ込みおってええええええええええええええ!!!」
鼓膜を突き破るような少女の咆哮が、森の中に木霊した。
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