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第2章 辺境伯編
道中と奴隷商
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勇人たちが慣れ親しんだ森を出てから早くも三日が経とうとしていた。
三人は、マルセイユ辺境が住む街であるローティアを目指して街道を進んでいる途中のだが、いまは勇人とリリアの二人だけでぼけっと街道に突っ立っている。
「んっ。ゆ、勇者様。なぜさっきほどからお尻を撫でているんですか? や、止めくださいっ」
「そこに美尻があるのだから、撫でるのに理由なんて不要だ。後、俺のことはユーキって呼んでくれって言っただろ」
シェロがトイレに行き、リリアから離れたことをいいことに、勇人はリリアを抱き寄せると服の上から健康的な桃尻を擦ったり揉んだりしている。
「ひぅっ……シェロちゃんにあれだけ言われているのに、うくぅっ、まったく懲りないですねっ! それ、と、名前で呼ぶのは、その、まだ恥ずかしいです」
何度も身体をよじったりして振りほどこうとしたが、勇人が万力のように固く抱きしめているせいか、離れる気配はない。
無意味だと知っても、リリアは抵抗を続けていると、勇人は面白くなさそうに顔をしかめた。
だが、すぐに悪だくみを思いついた表情をしてリリアのスカートに手を突っ込むと、尻の奥にある菊穴を撫で上げる。
「ひゃっ! ちょ、そ、そこは違いますっ! いや、やめてくださいっ!」
不浄な穴ということもあり、リリアの抵抗が強くなる。
「まあまあまあ。ちょっと触るだけだから」
「そんなとこ、汚いっ、いひっ」
勇人が数えるように尻穴の皺をなぞると、リリアは羞恥で顔を真っ赤にして身体を震わせる。
「ほらほら、逃げないと奥にも入れるぞ」
「くぅぅぅぅっ! 勇者様の、変態っ! 馬鹿!」
「そんな可愛らしい顔で言われてもなぁ……だけど、そうだな。俺のことをユーキと呼んでくれるなら、止めてやる」
「~~! ユっ」
「ユ?」
「ユー、キ……さん」
荒い呼吸をしながら、上目づかいで自分の名前を呼んでくれるリリアは、その場で押し倒したくなるほどに可愛らしかった。
「もう一回! もう一回言ってくれ!」
「ええっ? ゆ、ユーキさん」
「うんうん。やっぱり名前で呼ばれるのはいいな」
「ほう? なにがよいのじゃ」
「リリアが名前を呼んでくれるのが――……えっと、シェロさん。いつの間にお戻りになられたのでしょうか?」
「いつじゃろうな。少なくとも主様が嫌がるリアの尻穴を弄っている時にはおったぞ?」
「あは、あははは。謝ったら許してくれる?」
シェロは、天真爛漫な笑みを浮かべると、ハサミでチンポを切り落とすジェスチャーを見せた。
「ひぃぃぃぃぃ! すまん! 自分調子に乗ってました!」
リリアから離れた勇人は、それはもう見事なスライディング土下座でシェロに謝る。
そんな勇人の首根っこを、シェロは掴む。
「主様の処遇に関しては追々考えるとして、いまは先に解決したい問題があるのじゃ。リアも着いて参れ」
「いだだだだだ! 引きずってる! ダメだから! チンコが地面で擦られて摩り下ろされてる! らめぇぇぇぇぇぇぇ!」
「あはははは……」
今までにない悲痛な叫びを上げながらシェロに引っ張られていく勇人の後ろをリリアが、少しばかりドン引きしながら歩いていく。
途中から、勇人が打ち上げられて死にかけている魚のようにビクビクとしか反応しなくなった所で、シェロの足が止まる。
「こ、これは……」
リリアも立ち止まり、目の前に広がる惨状に絶句する。
そこには、大量の死体と、傷一つない奴隷商の荷馬車たちがあったのだ。
******
時間は少し遡り、シェロの勇人たちから離れた直後のことである。
(ここならば、いいじゃろう)
勇人たちが待っている場所よりやや離れた場所に背の高い草が生えた茂みを見つけたシェロは、迷わず飛び込むと、紅い旗袍の裾を持ち上げて咥え込み、しゃがむ。
(……んっ)
我慢の限界だった膀胱から、チロチロと勢いよく黄色の小水を吐き出てくる。恍惚とした表情で排泄を終えたシェロは、身体をブルリッと震わせる。
(ふう……スッキリしたのじゃ)
貯まっていた小水を出し終えたシェロは、生活魔法で汚れた部分を綺麗にした後、立ち上がろうとして動きを止めた。
(誰か近づいてきておるのう。この感じ、あまりいい良い輩とは思えぬ気配じゃな)
どうするべきか考えたシェロは、一応様子見をすることにした。
移動ルートが被るようならば、この場で始末することさえ視野に入れながら気配が来るのを待っていると、大きな馬車が何台も近づいてくる。
貴族や商人というにはあまりにも柄が悪い連中に囲まれている檻のような荷馬車を見て、シェロは顔をしかめる。
(ふむ。奴隷商か)
アリステラ王国にも、奴隷制度というものは存在する。
それらは犯罪者や、借金を返せない者がたちが自身の身体を使ってお金を返していくというのが本来の物である。
だが、エドモンドが政務を取り仕切るようになってからは無理矢理に奴隷に落とされる者が多くなったのだ。無論、いままでも裏ではそういうことはあったが、それがより顕著になってしまったのである。
そういう事情をリリアから聞いているシェロは、奴隷商というものに好感情を抱くのは無理なことであった。
シェロは、目障りな蝿を即座に消し去るため、魔法を練り上げた所で、ふっと動きを止めた。
(馬車、馬車のう。妾たち二人ならいいが、貴族であるリアをこのまま歩かせるのは酷じゃな。あの馬車を一台くらい拝借するのも悪くはないかもしれんのう)
馬車を無傷で手に入れるのなら、練るのは威力の高い魔法よりも確実に相手を殺すことのできる研ぎ澄まされた魔法だろう。
(御者と護衛も含めて十人といったところかのう。この程度の数ならば、速殺できるじゃろ)
シェロは一瞬で魔力構築を完了させると、迷うことなく魔法を発動させた。
******
男が攻撃に気が付いたのは、仲間の一人が倒れてからだった。
「ん? ――ぎゃっ!」
アイスピックのように尖った氷が、雨のように降り注いで次々と仲間の額を打ちぬいていく。
「ちっ! そこの茂み魔法使いがいるぞ!」
奴隷商を守っている男が叫ぶ。
声に従い、何人かの護衛は、迫ってくる氷を打ち落とし、氷の雨を突き進みながら護衛が茂みに足を踏み入れた瞬間、顎から襲う衝撃に首が跳ね上げられて折れ曲がる。
「やれやれ、下手に抵抗しおって。手間がかかるではないか」
茂みから飛び出した少女が、不服そうに唇を尖らせる。
男たちは、自分たちを襲ったのがこんなにも小さい子なのかと驚愕し、少女の容姿を見てから納得した。
小さいながらにも艶やかさを感じられる容姿に、頭のてっぺんから生えた金色に輝く角、腰元から生えた尻尾は、光を飲み込みながら鈍く輝く見事な光沢をしている。紅く、魔力の詰まった宝石のような瞳がすっと細められ、男たちを睥睨する。
「……龍人」
男たちは、ごくりと生唾を飲み込む。
龍人やエルフといった種族は、持っている力の大きさに比例して老化が遅くなる。子供だと侮り、返り討ちにあった話などごまんと存在する。
そして、自分たちの目の前にいる幼子としか思えない少女が発する圧力は、見た目通りの年齢ではないと裏付けるのに十分なものだった。
どんな理由で襲い掛かってきたのかわからないが、瞬時にこちらの戦力を半壊させる力を持つ相手となど、まともに戦ってなどいられない。
すぐに逃げの一手を打つべきである。だというのに――。
「おお! あそこまで美しい龍人は初めて見たぞ!! おい! アレを捕まえろ!」
(――は?)
依頼主の奴隷商が喚く。自分たちと少女との力量差が理解できていない愚鈍な発言に、男は正気を疑った。
(いま生きていることさえ奇跡だというのに、なにを言っているんだコイツは。クソッ! だから嫌だったんだ!)
男はこの依頼を受けたことをいまは死ぬほど後悔している。過去に戻れるのなら、自分の腕の一本くらい切り落としてでも止めている所だ。
「安心せい。こちらにはこれがある」
奴隷商は、胸を逸らしながら懐から一粒の宝石を取り出した。
その宝石は、黒曜石や黒真珠といった物のように黒いが、その黒さがまったくの別物であった。見ているだけで正気を削られるような、深淵が如き禍々しさを放つ宝石は明らかに普通のものではない。
「……それは?」
「魔力を吸収する魔道具だ。さるお方から下賜された物で、これさえあれば龍人の一人や二人捕まえるくらい造作もない!」
確かに魔力を体内で循環させ、驚異的な身体能力を発揮する龍人には効果のある魔道具である。
(だが、あれは本当に使っていいものなのか?)
長年培ってきた本能が、アレはよくないものだと告げている。さりとて、既に目の前の少女を抱くことしか頭にない奴隷商が、諦めるとは思えない。
(仕方ない、か)
男も腹をくくって覚悟を決めた瞬間、奴隷商が魔道具を発動させた。
******
(面倒じゃのう)
一瞬で男たちを殲滅できなかったシェロが抱いた思いはそれに尽きる。男たちは、ちょっと威圧しただけで、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる程度の実力しかないことが、面倒だという思いを抱くのに拍車をかけている。
なにか下品に喚いている声が聞こえるが、聞く価値は無いと判断し、馬車に視線を移す。
(さてどうしたものか)
障害にもなりえない者たちを放っておいて、シェロは馬車を吟味していく。
どれが一番綺麗で使いやそうなのものなのか、一つ一つ見聞していき、この中では一番強い男が守っている馬車に目がついた。
無駄にゴテゴテとした装飾がついていて気持ちが悪いが、作り自体はかなり上等な物であった。
(あれに決めたのじゃ。では、手早く片づけるかのう)
今度は絶対に撃ち落とされないくらいの魔力を込めて術式をくみ上げる。
上空に犇めく氷の槍が、絶望の表情を浮かべた男たちに撃ちだされる直前に、魔法が崩れていく。
「むっ?」
それと同時に、体内の魔力が乱れているのをシェロは感じた。
「くくくっ! どうだ、魔法が使えまい! こうなっては龍人といえどもただの人よ!」
シェロが眉根を潜めたのを見て、豪華な馬車から恰幅のいい男がニヤケ面を晒して降りてくる。
顔は吹き出物で覆われ、樹の幹のように無骨で太い指には、様々な宝石が嵌っている。
「すぐに捕まえて、儂のチンポなしでは生きられない身体にしてやろう!」
(なんじゃこいつ)
見るからに不健康そうな男が、したり顔でなにかを言っている。確かに、少しばかり魔力が乱れているが、しょせんはそれだけである。
泉の水をコップですくった所で、意味がないのと同じである。つまり、シェロは戦闘になんら支障などなかった。
「さあ、お前たち! 早くその龍人の小娘を捕えよ!」
恰幅のいい男が高らかに宣言するのと同時に、シェロは崩れた魔法式を再展開させた。
「なぁ!? なぜ魔法がっ!」
「お主がなにをしたのかわからぬが、その顔を見ていると妾は不愉快になる。疾く去ぬがよい」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!」
男たちに、今度こそ氷の槍が降り注ぐ。先ほどと同じように叩き落とすことが叶わなかった氷の槍に、男たちは全員絶命することになった。
「……ふぅ。思ったよりも時間がかかったわい」
散らばる死体を冷めた目で眺めながら、シェロは戦利品である馬車に近づく。
「おお、見た目は悪いが中は良いではないか。これならば、リアも満足するじゃろう」
馬車にはしっかりとサスペンションがついており、揺れが少ないように出来ていた。内装も、一介の奴隷商のものとは思えぬほど高級な物が揃っている。
「さて、あとは残った馬車じゃが」
シェロは、旅の食糧が詰んである馬車と、奴隷が詰まれている馬車を見やる。
「このまま逃がすか? ……いや、一応二人に話を通しておくかのう」
念のため防護魔法をかけてから、シェロは勇人たちが待っている場所へと戻るのだった。
三人は、マルセイユ辺境が住む街であるローティアを目指して街道を進んでいる途中のだが、いまは勇人とリリアの二人だけでぼけっと街道に突っ立っている。
「んっ。ゆ、勇者様。なぜさっきほどからお尻を撫でているんですか? や、止めくださいっ」
「そこに美尻があるのだから、撫でるのに理由なんて不要だ。後、俺のことはユーキって呼んでくれって言っただろ」
シェロがトイレに行き、リリアから離れたことをいいことに、勇人はリリアを抱き寄せると服の上から健康的な桃尻を擦ったり揉んだりしている。
「ひぅっ……シェロちゃんにあれだけ言われているのに、うくぅっ、まったく懲りないですねっ! それ、と、名前で呼ぶのは、その、まだ恥ずかしいです」
何度も身体をよじったりして振りほどこうとしたが、勇人が万力のように固く抱きしめているせいか、離れる気配はない。
無意味だと知っても、リリアは抵抗を続けていると、勇人は面白くなさそうに顔をしかめた。
だが、すぐに悪だくみを思いついた表情をしてリリアのスカートに手を突っ込むと、尻の奥にある菊穴を撫で上げる。
「ひゃっ! ちょ、そ、そこは違いますっ! いや、やめてくださいっ!」
不浄な穴ということもあり、リリアの抵抗が強くなる。
「まあまあまあ。ちょっと触るだけだから」
「そんなとこ、汚いっ、いひっ」
勇人が数えるように尻穴の皺をなぞると、リリアは羞恥で顔を真っ赤にして身体を震わせる。
「ほらほら、逃げないと奥にも入れるぞ」
「くぅぅぅぅっ! 勇者様の、変態っ! 馬鹿!」
「そんな可愛らしい顔で言われてもなぁ……だけど、そうだな。俺のことをユーキと呼んでくれるなら、止めてやる」
「~~! ユっ」
「ユ?」
「ユー、キ……さん」
荒い呼吸をしながら、上目づかいで自分の名前を呼んでくれるリリアは、その場で押し倒したくなるほどに可愛らしかった。
「もう一回! もう一回言ってくれ!」
「ええっ? ゆ、ユーキさん」
「うんうん。やっぱり名前で呼ばれるのはいいな」
「ほう? なにがよいのじゃ」
「リリアが名前を呼んでくれるのが――……えっと、シェロさん。いつの間にお戻りになられたのでしょうか?」
「いつじゃろうな。少なくとも主様が嫌がるリアの尻穴を弄っている時にはおったぞ?」
「あは、あははは。謝ったら許してくれる?」
シェロは、天真爛漫な笑みを浮かべると、ハサミでチンポを切り落とすジェスチャーを見せた。
「ひぃぃぃぃぃ! すまん! 自分調子に乗ってました!」
リリアから離れた勇人は、それはもう見事なスライディング土下座でシェロに謝る。
そんな勇人の首根っこを、シェロは掴む。
「主様の処遇に関しては追々考えるとして、いまは先に解決したい問題があるのじゃ。リアも着いて参れ」
「いだだだだだ! 引きずってる! ダメだから! チンコが地面で擦られて摩り下ろされてる! らめぇぇぇぇぇぇぇ!」
「あはははは……」
今までにない悲痛な叫びを上げながらシェロに引っ張られていく勇人の後ろをリリアが、少しばかりドン引きしながら歩いていく。
途中から、勇人が打ち上げられて死にかけている魚のようにビクビクとしか反応しなくなった所で、シェロの足が止まる。
「こ、これは……」
リリアも立ち止まり、目の前に広がる惨状に絶句する。
そこには、大量の死体と、傷一つない奴隷商の荷馬車たちがあったのだ。
******
時間は少し遡り、シェロの勇人たちから離れた直後のことである。
(ここならば、いいじゃろう)
勇人たちが待っている場所よりやや離れた場所に背の高い草が生えた茂みを見つけたシェロは、迷わず飛び込むと、紅い旗袍の裾を持ち上げて咥え込み、しゃがむ。
(……んっ)
我慢の限界だった膀胱から、チロチロと勢いよく黄色の小水を吐き出てくる。恍惚とした表情で排泄を終えたシェロは、身体をブルリッと震わせる。
(ふう……スッキリしたのじゃ)
貯まっていた小水を出し終えたシェロは、生活魔法で汚れた部分を綺麗にした後、立ち上がろうとして動きを止めた。
(誰か近づいてきておるのう。この感じ、あまりいい良い輩とは思えぬ気配じゃな)
どうするべきか考えたシェロは、一応様子見をすることにした。
移動ルートが被るようならば、この場で始末することさえ視野に入れながら気配が来るのを待っていると、大きな馬車が何台も近づいてくる。
貴族や商人というにはあまりにも柄が悪い連中に囲まれている檻のような荷馬車を見て、シェロは顔をしかめる。
(ふむ。奴隷商か)
アリステラ王国にも、奴隷制度というものは存在する。
それらは犯罪者や、借金を返せない者がたちが自身の身体を使ってお金を返していくというのが本来の物である。
だが、エドモンドが政務を取り仕切るようになってからは無理矢理に奴隷に落とされる者が多くなったのだ。無論、いままでも裏ではそういうことはあったが、それがより顕著になってしまったのである。
そういう事情をリリアから聞いているシェロは、奴隷商というものに好感情を抱くのは無理なことであった。
シェロは、目障りな蝿を即座に消し去るため、魔法を練り上げた所で、ふっと動きを止めた。
(馬車、馬車のう。妾たち二人ならいいが、貴族であるリアをこのまま歩かせるのは酷じゃな。あの馬車を一台くらい拝借するのも悪くはないかもしれんのう)
馬車を無傷で手に入れるのなら、練るのは威力の高い魔法よりも確実に相手を殺すことのできる研ぎ澄まされた魔法だろう。
(御者と護衛も含めて十人といったところかのう。この程度の数ならば、速殺できるじゃろ)
シェロは一瞬で魔力構築を完了させると、迷うことなく魔法を発動させた。
******
男が攻撃に気が付いたのは、仲間の一人が倒れてからだった。
「ん? ――ぎゃっ!」
アイスピックのように尖った氷が、雨のように降り注いで次々と仲間の額を打ちぬいていく。
「ちっ! そこの茂み魔法使いがいるぞ!」
奴隷商を守っている男が叫ぶ。
声に従い、何人かの護衛は、迫ってくる氷を打ち落とし、氷の雨を突き進みながら護衛が茂みに足を踏み入れた瞬間、顎から襲う衝撃に首が跳ね上げられて折れ曲がる。
「やれやれ、下手に抵抗しおって。手間がかかるではないか」
茂みから飛び出した少女が、不服そうに唇を尖らせる。
男たちは、自分たちを襲ったのがこんなにも小さい子なのかと驚愕し、少女の容姿を見てから納得した。
小さいながらにも艶やかさを感じられる容姿に、頭のてっぺんから生えた金色に輝く角、腰元から生えた尻尾は、光を飲み込みながら鈍く輝く見事な光沢をしている。紅く、魔力の詰まった宝石のような瞳がすっと細められ、男たちを睥睨する。
「……龍人」
男たちは、ごくりと生唾を飲み込む。
龍人やエルフといった種族は、持っている力の大きさに比例して老化が遅くなる。子供だと侮り、返り討ちにあった話などごまんと存在する。
そして、自分たちの目の前にいる幼子としか思えない少女が発する圧力は、見た目通りの年齢ではないと裏付けるのに十分なものだった。
どんな理由で襲い掛かってきたのかわからないが、瞬時にこちらの戦力を半壊させる力を持つ相手となど、まともに戦ってなどいられない。
すぐに逃げの一手を打つべきである。だというのに――。
「おお! あそこまで美しい龍人は初めて見たぞ!! おい! アレを捕まえろ!」
(――は?)
依頼主の奴隷商が喚く。自分たちと少女との力量差が理解できていない愚鈍な発言に、男は正気を疑った。
(いま生きていることさえ奇跡だというのに、なにを言っているんだコイツは。クソッ! だから嫌だったんだ!)
男はこの依頼を受けたことをいまは死ぬほど後悔している。過去に戻れるのなら、自分の腕の一本くらい切り落としてでも止めている所だ。
「安心せい。こちらにはこれがある」
奴隷商は、胸を逸らしながら懐から一粒の宝石を取り出した。
その宝石は、黒曜石や黒真珠といった物のように黒いが、その黒さがまったくの別物であった。見ているだけで正気を削られるような、深淵が如き禍々しさを放つ宝石は明らかに普通のものではない。
「……それは?」
「魔力を吸収する魔道具だ。さるお方から下賜された物で、これさえあれば龍人の一人や二人捕まえるくらい造作もない!」
確かに魔力を体内で循環させ、驚異的な身体能力を発揮する龍人には効果のある魔道具である。
(だが、あれは本当に使っていいものなのか?)
長年培ってきた本能が、アレはよくないものだと告げている。さりとて、既に目の前の少女を抱くことしか頭にない奴隷商が、諦めるとは思えない。
(仕方ない、か)
男も腹をくくって覚悟を決めた瞬間、奴隷商が魔道具を発動させた。
******
(面倒じゃのう)
一瞬で男たちを殲滅できなかったシェロが抱いた思いはそれに尽きる。男たちは、ちょっと威圧しただけで、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる程度の実力しかないことが、面倒だという思いを抱くのに拍車をかけている。
なにか下品に喚いている声が聞こえるが、聞く価値は無いと判断し、馬車に視線を移す。
(さてどうしたものか)
障害にもなりえない者たちを放っておいて、シェロは馬車を吟味していく。
どれが一番綺麗で使いやそうなのものなのか、一つ一つ見聞していき、この中では一番強い男が守っている馬車に目がついた。
無駄にゴテゴテとした装飾がついていて気持ちが悪いが、作り自体はかなり上等な物であった。
(あれに決めたのじゃ。では、手早く片づけるかのう)
今度は絶対に撃ち落とされないくらいの魔力を込めて術式をくみ上げる。
上空に犇めく氷の槍が、絶望の表情を浮かべた男たちに撃ちだされる直前に、魔法が崩れていく。
「むっ?」
それと同時に、体内の魔力が乱れているのをシェロは感じた。
「くくくっ! どうだ、魔法が使えまい! こうなっては龍人といえどもただの人よ!」
シェロが眉根を潜めたのを見て、豪華な馬車から恰幅のいい男がニヤケ面を晒して降りてくる。
顔は吹き出物で覆われ、樹の幹のように無骨で太い指には、様々な宝石が嵌っている。
「すぐに捕まえて、儂のチンポなしでは生きられない身体にしてやろう!」
(なんじゃこいつ)
見るからに不健康そうな男が、したり顔でなにかを言っている。確かに、少しばかり魔力が乱れているが、しょせんはそれだけである。
泉の水をコップですくった所で、意味がないのと同じである。つまり、シェロは戦闘になんら支障などなかった。
「さあ、お前たち! 早くその龍人の小娘を捕えよ!」
恰幅のいい男が高らかに宣言するのと同時に、シェロは崩れた魔法式を再展開させた。
「なぁ!? なぜ魔法がっ!」
「お主がなにをしたのかわからぬが、その顔を見ていると妾は不愉快になる。疾く去ぬがよい」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!」
男たちに、今度こそ氷の槍が降り注ぐ。先ほどと同じように叩き落とすことが叶わなかった氷の槍に、男たちは全員絶命することになった。
「……ふぅ。思ったよりも時間がかかったわい」
散らばる死体を冷めた目で眺めながら、シェロは戦利品である馬車に近づく。
「おお、見た目は悪いが中は良いではないか。これならば、リアも満足するじゃろう」
馬車にはしっかりとサスペンションがついており、揺れが少ないように出来ていた。内装も、一介の奴隷商のものとは思えぬほど高級な物が揃っている。
「さて、あとは残った馬車じゃが」
シェロは、旅の食糧が詰んである馬車と、奴隷が詰まれている馬車を見やる。
「このまま逃がすか? ……いや、一応二人に話を通しておくかのう」
念のため防護魔法をかけてから、シェロは勇人たちが待っている場所へと戻るのだった。
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