隠居勇者と聖女の契約 ~魔王を倒したその後のお話~

木炭

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終章 勇者と聖女編

救出のために

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 勇人が暴走してシェロを襲った晩から既に二日の時間が過ぎていた。
 冷静さが戻った勇人は、シェロに土下座して頭を下げると、シェロは疲れ切って足腰立たない状態のまま笑って許した。
 研究室に篭っていたフィアにも話を通す。フィアは、勇人から頼みこむ前に可能な限り大至急に術式を組むと、研究室にとんぼ返りしたのだ。
 そうして、王都へ来てからの二度の夜が過ぎ、三度目の朝に目の下に隈を作ってふらふらとした足取りをしたフィアが研究室から出てきた。

「お、おい。大丈夫なのか?」

 勇人が慌ててフィアを抱き留めると、全身から力を抜いて、軟体動物のようにぐでっとする。

「んぅ、ありがとうー。なんか久しぶりにここまで頭使った気がするよ」

 勇人の腕の中で、自力での歩行を放り投げてもたれかかっている。半分は疲労から、もう半分は甘えたいからであった。

「完成は、したのか?」
「……うん。急造品の術式だけど、リリアちゃんとあの馬鹿だけを対象にした探知の魔法はしっかりと完成したよ」

 力強く、フィアがそういうと、勇人は安堵する。彼が知る限り、フィアがここまでハッキリと言い切るということは、魔法の効力も十分に信用できる。

「でも、ごめん。少しだけ寝させて。三日間も寝ないで魔力を使い続けたから疲れちゃった……」
「ああ。ゆっくり休んでくれ」

 錯乱している状態だったならば、無理を通してでも魔法を使わせただろう。
 しかし、シェロの身体を張った献身のおかげで、無事に感情を落ち着かせて理性を取り戻した勇人は、そんな酷なことをフィアには頼めなかった。

「うん……お休み」

 勇人の腕の中で寝息を立て始めたフィアの頭を撫でながら、部屋にある小さな簡易ベッドに横たえる。隣にはシェロも眠りこけている。
 そんな二人の頭を撫でながら、勇人は今一度冷静になって考える。

(もう少し、もう少ししたら助けに行くことができる。だから、あと少しだけ待っていてくれ)

 勇人が祈るように天井を見上げ、どこに行ってしまったのかもわからなリリアに思いを馳せる。

 ◆

 シェロやフィアが目を覚ますと、二人は早速とばかりにリリア救出へと動き始める。その張り切りようは、勇人に負けず劣らずのものだった。
 外へ出ると、リリアが攫われた日を思い出させるような月夜だった。
 そんな空を眺めてから、視線を地上へ卸すと、リリアが呪文の詠唱を終えて魔法を発動させた所である。

「……すまん」
「ん? なにが?」

 魔法陣を展開させ、魔法を操作しながら首だけでフィアが振り返る。

「今更、不安に覚えることがあるのかのう?」

 魔力の補助をしているシェロも、不思議そうに首を傾げた。

「そうじゃない。ただ、いつも俺の我儘に振り回していると思ってな」
「なにを今更。そのようなことで愛想が尽きるのならばとっくの昔に見放しておるわ」
「そうそう。それに、リリアちゃんのことは勇人に頼まれなくたって助けにいくよ。あの腐れ外道のポンコツド畜生の馬鹿眼鏡の傍になんて置いておけないからね」
「うむ。のう主様よ。いつも通りでいいのじゃ。アリアの時のように失うのを恐れているのはわかる。けれども、だからこそ主様はいつ通りにするのがよい」
「その通り。奪われたのなら奪い返せばいい。囚われのお姫様を救い出すのも勇者の役割だよ? 大丈夫。ユーキならできるよ。もし決まっている運命なんてあったとしても、全部ぶち壊せるって。そのための道は、私たちが切り開くから」

 二人がカラッと笑う。その姿を見て、勇人も自分の弱気を笑い、叱咤する。

「そう、だな。ああ、お前たちの言う通りだ。悩んだって、後悔だけを見つめて嘆いたって時間は戻らない。まだ失われてもいないのに、俺が勝手に決めつけるなんて馬鹿すぎる」

 リリアはもう、戻ってこないのではないのか?
 以前に一度アリアを失っているだけに、そんな気持ちがトラウマのように何度も鎌首をもたげていたがそれらを全て振り払う。
 もう、過去を嘆いてばかりでいる愚かな自分とは、あの墓の前で決別したのだから。

「――見つけたよ。けどここは……王宮内の、地下?」
「あの王宮にそんな場所があったか?」
「私の知る限りではなかったはずだけど、あの馬鹿が増設したのかな?」
「二百年も時間があったのじゃ。その可能性は十分にあるじゃろうな」
「とにかく、王宮内の地下にリリアがいるんだな?」
「うん。それは間違いないよ」
「ならば取るべき行動など決まっておろう――殴り込みじゃ」
「駄目よ」

 ニッと笑うシェロの提案に、フィアは即座に却下をする。

「むっ、なぜじゃ。正面から乗り込んでぶちのめすだけの戦力はあるでないか」
「だとしても派手な行動はしないほうがいいわよ。私たちの目的はこの国の壊滅ではなくてリリアちゃんの救出よ? マイヤーのやつの目的もこの国なんかじゃなくてリリアちゃんなんだから派手なことして気付かれて、逃げられちゃったらどうしようもないわよ」

 ぐうの音も出ないほどの正論に、シェロは唸り声を上げて黙り込んだ。

「どうせ私の魔法を見破れるのなんてマイヤーくらいなんだから普通に隠密の魔法で中に侵入していくのが一番よ。ある程度近くにさえよれば、改良した転移防止の結界を張るわ。これさえあれば、別の場所に逃げるのなんて不可能よ」
「……そうだな。目的をはき違えるわけにはいかない。リリアを取り返したら存分に暴れてもいいが、それまでは我慢だ」
「むぅ。わかったのじゃ」

 シェロを納得させ、どういう風に攻めるのか方針は決まった。
 あとは、実行に移すだけである。

(待ってろよ、賢者――いや、ロス。お前の顔をぶん殴りにいくからな)

 近くぶつかり合うであろう相手の顔を思い浮かべ、ギュッと拳を握りしめた。



 月が大きく欠け、天から降り注ぐ光量が少ない夜。月の代わり星々が懸命に地上を照らすために輝くが、それでもやはり月には敵わない。
 そんな、薄暗い夜の中で、二人の兵士が欠伸をしながら門の前に立っていた。

「ふぁっ。ねむぃ」
「おい。もう少しマジメに仕事をしろ」

 眠い目を擦りながら警邏をしているペアの男を、もう一人の男が肘で突く。

「いや、だってなあ。城を襲う奴らなんかいないだろ? それに今日はあまり眠れてないんだよ」
「どうせまた賭博をしていたんだろう。兵士が賭博をするなど堕落の極みでしかない。それで寝不足だと言われても自業自得だ」
「はっ、お堅いねぇ」
「なんだ? 隊長に喋ってほしいのか」
「うげっ。……へいへい。真面目に仕事をしますよ」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、しっかりと手に持った槍を同僚が構え直したのを確認してから男も周囲へと視線を向け直す。
 深夜の城外は静かなもので、時折聞こえる犬の鳴き声や、耳元で飛び回り虫の羽音以外には別段、目立った様子もない。
 それもそのはず。この城の城壁は、かつての英雄がその手で魔法をかけて作り上げた特注品だ。対魔、対物理に関して頑丈なだけでなく、下手な魔法使いの魔法など霧散させてしまう力も持っている。
 そのため、この城に関して奇襲をしかけることはまず不可能であるというのが兵士たちの認識だ。
 故に、同僚のように怠けた態度をする兵士が多くなっているのも事実である。しかし、だからこそ男は真面目に警邏へと取り組んでいる。
 近頃は反乱などで少し物騒になってきているのだ。周りが浮ついていても、自分だけは気を引き締めていようと思っている。
 かつて聞かされた英雄譚の勇者たちの話を聞いて育ち、憧れを抱いたまま兵士にまでなった男が、また欠伸を始めた同僚を無視して目を光らせていると、

「ん?」
「あ? どうした?」
「いや。いまなにかが通らなかったか?」
「なにか?」

 欠伸をしていた男が、辺りをグルリと見回してみるが、別段変わった様子はない。
 いつも通りの光景が広がっているだけだ。

「誰もいないぞ。身構えすぎじゃないか?」
「……そう、なのか?」
「そうに決まってるだろ。大体俺たちがこうして門を見張っているのに気づかれずに通れるわけがないだろ」
「……それもそうか」

 手をヒラヒラと振る同僚の言葉に同意して、男は少し肩の力を抜く。

「確かに、少し気持ちが空回りしていたかもしれないな」
「だろ? お前も少しは娯楽も楽しめよ。そうだ! 今度賭博に連れて行ってやるよ」
「それは遠慮しておく」

 そこだはハッキリと断ると、男は再び警備に戻った。結局、自分たちの目を欺き、通り過ぎていった者の正体には最後の最後まで男たちは気が付かけなかった。
 
 ◆

「無事に城内には辿り着いたな」
「うん。まだ私の部屋が残っていたことに驚きだよ」

 警備の男たちを隠密の魔法ですり抜けて、辿り着いた城内の一室。そこはかつてフィアたち研究員が使っていた場所であり、いまは魔道具の管理用物置となっていた。

「して、フィアよ。リリアの詳しい位置は掴めておるのかのう?」
「場所そのものは掴めているし、そこにいくまでの道のりも想像がつくよ」
「確か、王宮の地下だったな」

 勇人は、忍び込む前にフィアが言っていたことを思い出す。その時の記憶が間違っていなければ、確かにそう言ったはずだ。

「そうそう。さっきは地下のことわからないっていったけど思い出したことがあるの。恐らくだけど、アイツは王室の先にある地下通路にいるんだと思うよ」
「王室の地下通路? それって緊急用の脱出出口か?」
「似ているけど、違うかな。最初はそういうつもりで作られたんだけどね、何代か前の王に拷問趣味の変態がいてね。その時にその場所は改造されているのよ」
「まぁ、なんというかだな」
「うん。でね、その王様が使っていたそこは封鎖されて、次代の王家には伝わっていないはずなのよ」
「ではなぜフィアはそんなことを知っておるのじゃ?」
「そりゃ昔に探検したからね。この城の隅から隅まで調べ尽くしたのよ。その時に見つけた意味深な日記に書いてあったのよ。ま、大して興味もなかったしいまのいままで忘れていたけど」
「いまは理由はどうでもいい。フィアはその部屋までの道のりを覚えているか?」
「もちろんよ。ただ、ねえ」

 淀みなく話していたフィアが、口ごもる。

「どうした? なにか不安でもあるのか?」
「あの馬鹿――マイヤーにして少しずさんだと思ってね」
「罠だといいたいのじゃな」
「うん。正直その可能性もかなり考えているよ。だって、あいつの目的はリリアちゃんを手に入れること。それが達成された以上、馬鹿正直にここへ留まる理由なんてないでしょ? なのになんでさっさと王都から離れないのかと思ってね」
「ふむ……」

 フィアの不安を受けて、勇人は腕を組んで考える――が、答えは初めから決まっていた。

「関係ないな。罠なら内から食い破り、踏みつぶせばいい。どのみち手がかりがない以上は、俺たちはそこへ行くしかないんだからな」
「それに、この面子ならば余程のことが無い限り大丈夫じゃしな」
「……ん、それもそうね。私の心配しすぎよね」

 自分の弱気を振り払うようにフィアが腕を振るうと、一つの魔法が発動した。
 それらは幾つも折り重なり、空中に大量の魔法陣を作っていく。

「なにをしておるのじゃ?」
「一気に地下の前まで転移しようと思っているけどさ、なにかあった時のための保険。私はユーキやシェロみたいに頑丈じゃないからね。っと、お終い」

 フィアが魔法陣を消していくと、最後に三人がすっぽり潜れるくらいの魔法陣が空中に描かれたまま残る。

「いくらアイツの力で妨害されているとはいえ、この距離からなら私の転移は妨害されない。この魔法陣を起動させれば一気に王室まで転移できるよ。二人とも、準備は良い?」
「ああ。すぐにでも行けるぞ」
「うむ。早く暴れたくてウズウズしておるわい」
「うん。じゃあ、行くよ。たとえ火の中水の中。なにがこようとドンっとこいっと!」

 フィアが指を鳴らすと、魔法陣が淡く輝きだして勇人たちを飲み込んでいく。
 部屋の中に僅かな光の残滓を残して、勇人たちは魔法陣の中へと消えていった。
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