右手と魔法!

茶竹 葵斗

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第一章 落とし物

第四話 落とし主は二人の男の子でした。

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 しばらく二人は山の中へ入って歩いていた。獣道も難なく進んでいく。どうやら、山に慣れているようだった。少しひらけたところに出たかと思うと、古い建物が見える。すたれた寺のようだ。本堂の扉は朽ちていて、中には容易に入れそうな雰囲気。

「そ、そんなとこ入っていいの?」
「大丈夫、誰にも見つからないって、多分!」
「多分じゃだめだよ……」
「いいから入るぞ」

 狷は遠慮なく本堂へ入っていく。外までぎしぎしと床のきしむ音が聞こえてきて、鳳凰も中へ入るのを一瞬戸惑ったようだったが、狷の後についていった。本堂の中は薄暗く、ほこりの匂いが充満している。正直、日和はここには下ろしてほしくなかったが……。

「もう大丈夫? 下ろすぜ?」
「いやいやいや待って! こんな埃まみれのところに下さないで!」
「え!? そんな贅沢言ってらんないって!」
「嫌だよ! リュックにタオルが入ってるからそれで床拭いて、お願い!」
「ええーっ」

 こんな時にー! と声を上げる鳳凰だが、そういう割には素直に日和のリュックからタオルを取り出して、とりあえず日和を下ろすところを乾拭きし、日和を下ろした。

「仕方ないから他のとこも拭くか……ごめんな、タオル汚しちゃうけど。 ……あ、名前」

 鳳凰ははっと気がついたように目を瞬かせ、日和と目線を合わせると、歯を見せて笑った。

「オレ、鳳凰! 面白い名前だろ? お師さんがつけてくれたんだ」
「鳳凰、くん……。私、日和。槻尾つきお日和っていうの」
「槻尾さんかぁ。あ、あっちは狷! とっつきにくいけど悪いやつじゃねぇから、許してやってくれよ」

 鳳凰の説明に狷はふん、と鼻を鳴らす。

「面白い名前なら、私の友達にもいるんだよ」
「へぇ! そりゃ親近感湧くなぁ」
「会ってもないのによく言うな。……それよりも」

 狷はこつこつと足音を立てて日和へ近付く。歩くときは踵を鳴らす癖があるらしい。鳳凰とは違い、狷は目線を合わせることなく日和を見下ろし、腕を組んで目を細めた。何やらいぶかしんでいる様子だ。

「あの袋をどこで拾った? 何故拾った? あの男達との面識はあったのか? 答えろ」

 威圧的な態度に、日和は肩を縮こめる。

「え……っと、きれい、だったから。それ以外に理由はないよ。あんな人達は初めて見た。……ねえ、あなた達は何者なの? あの人達は何? 私……それを拾わなかったら、こんなことにはならなかったの?」
「……ごめんな。あの珠を落としたの、オレなんだ。オレが落とさなかったら、槻尾さんをこんなことに巻き込まなくて済んだのに」

 鳳凰の言葉に、日和は何も言えなかった。巻き込まれたのは確かだ。でも、落し物を安直あんちょくに拾ってしまった自分も自分。人を責めることはできないし、そんな気持ちにもならない。今までのことを改めて思い出し、日和は体が震えるのを感じた。二人の様子を脇見していた狷は、リュックの中から巾着袋を取り出し、それを広げて眉をひそめた。珠が三つあるはずなのに、二つしかない。

「……おい、お前。珠は拾ったとき、いくつあった?」
「え? 三つだったはず……、あ! あの人達が、一つ落として割っちゃったの」
「何だって!?」

 鳳凰は驚いて声を上げると、狷の持つ巾着袋の中を覗きに走る。狷は落ち着いているが、あまり変化のなかった表情が曇っているあたり、大変なことが起きてしまったのだと窺える。

「やべぇ、マジじゃん! なんてこった……」
「あそこに着いたとき、珠の破片は見当たらなかった。奴らが回収したのか」
「……それが」

 切り出した日和に、二人の視線が突き刺さる。

「割れた破片がね、砂みたいにさらさら崩れてどこかへいっちゃったの……、本当だよ! 私、この目で見てた」
「何……?」
三珠みたまが、砂になった?」

 日和の説明を受け、二人は顔を見合わせた。何やら考えているようだが、あり得ない話ではないのかもしれない。日和はありのまま起こったことを話したつもりだが、意外とこの二人には話が通じるようだ。ということは、彼らは常識にとらわれない、不思議な現象に慣れている、という訳か。実際、鳳凰は青白い電撃を放ったし、変な銀色のつるが地面から生えて男を絡め取っていた。狷は何もしていないように感じるが……。容姿からして、彼は何となく普通ではないと、日和は直感した。

「でも、そうなったらヤバい話だぜ。三珠は三つじゃないとダメなんだ。これは……」
「無闇に話すな。こいつはまだ信用できない」
「ええ……あなたに言われても納得できな……」
「黙れ」
「う……」

 ごもっともなことを言ったつもりだったが、狷の気迫にされてしまった。しかし次の瞬間、狷は日和の右手をひねり上げる。突然のことに、日和は小さく悲鳴を上げるしかなく、鳳凰も驚いて狷の肩を掴んでいた。

「ひっ、痛い……!」
「おい、何してんだよ!」
「貴様、この腕輪はなんだ? 三珠と同じ色だ」
「えっ?」

 狷の言葉を聞いて、日和は捻り上げられた自分の手を見上げた。そして驚愕した。つけた覚えのない腕輪が、自分の手首にはまっていたのだ。

「な、にこれ? つけた覚えなんてない……」
「三珠の痕跡を感じる。これは三珠だ。貴様、どうやってこれを」
「いた……っ! 私は何もしてないってば……!」
「狷、信じてやれよ! この子にそんな力はないって!」

 狷はしばらく日和を睨みつけていたが、渋々その手を離して腕輪を見下ろす。日和は腕を押さえながらも狷と同じように腕輪を見つめた。腕輪はあの時の珠と全く同様、驚くほど真っ黒で、艶さえ発していない。現実世界を塗りつぶしたような色に、軽く恐怖さえ感じる。日和は腕輪を取り外そうと奮闘したが、それは全く手首から外れる様子はなかった。

「んんっ! 外れ、ない……!」
「槻尾さん、無理やりやったら痛めちまう! オレが外せるかやってみるから」

 鳳凰は日和の隣にかがんで、腕輪に手をかける。すると、腕輪を通して何やら振動が伝わってきた。何かが起きているようだが、日和には全く理解ができなかった。そして——バチッ! と音を立て、腕輪は僅かに光を放った。何かに弾かれたように鳳凰の手が跳ね返され、日和の手にも電気が走る。

「!?」
「いった……!? は、外れねぇ……」
「……三珠の防衛反応だ。やはりこれは三珠だ」

 狷は苦々しく呟いた。
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