5 / 50
第一章 落とし物
第五話 夢なら醒めて
しおりを挟む
「これが……三珠って」
鳳凰はただただぽつりと呟くだけ。日和は何が起きているのかわからないまま、二人を呆然と見上げた。
「どういうことなの? それに、さっきの電気とか、変な蔓とか……説明してほしいよ」
「……えっと、それは」
「魔法だ」
狷は日和を見下ろしたまま告げた。魔法——。物を動かしたり、火を吹いたりする、あの魔法?
「お前は魔法を信じるか? 俺達は魔法を使う。近代的な生活じゃなく、昔から続く生活をしながら、自然と共に生きている。信じるか?」
「……さっきの見ちゃったら、なんとも言えないよ」
そう、日和は見てしまった。鳳凰の手から放たれた電撃。床からどこからともなく生えた銀色の蔓。そして、自分の傷もあっという間に癒えてしまった。魔法、と言われれば、認めざるを得なかった。
「変な人が現れるし、誘拐されるし、あなた達もなんだか変だし……もう何を信じていいか分かんないよ。おかしいことがありすぎて、もう……」
日和は手で顔を覆う。見たくなかった、現実を。これが現実だと、信じたくなかった。これ以上おかしなことが起これば、今までの生活に戻れなくなるのではないか、と。
震える肩に手を添えたのは鳳凰だった。鳳凰はごめん、と声を漏らす。
「巻き込んで……ごめん。槻尾さん、学生? オレらとあんま年変わんねぇよな。友達、いる? 家族も心配するよな。オレらが連れてくからさ、一旦家に帰る?」
「…………うん……」
日和は力なく返事をした。一刻も早く家へ帰りたい。そして、いつものように暮らしたい。切実に。そしてもう二度と、こんな目に遭わないように。
「……だが、これまでと同じ暮らしができると思うな」
そんな願いは、狷の言葉によって砕かれる。
「お前は三珠を身につけてしまった。それは三つ揃っていないといけない。その訳は、今は教えてやれない。ただ、お前は命を狙われるだろう。三珠を持つものとしてな。死にたくなければ、俺達と共に来い。一日だけ猶予をやる」
「……」
「来ないなら、お前の腕を切り落としてでもその三珠は返してもらう」
ぞっとする言葉をかけ、狷は寺の本堂を出ていった。しばらくの沈黙。鳳凰は気まずそうに日和の肩から手を離し、ぼりぼりと頭を掻く。
「……行こっか。あいつ、言い方ひどいけど普通の人にそんなことするやつじゃねぇからさ。って言っても、怖いよな……オレもあいつ怖いもん」
「……」
日和はまだ震える足を叱りつけ、そっと立ち上がった。帰りたい、今すぐに。
「危ないから送るよ」
「うん……ありがとう、鳳凰くん」
「へへ、鳳凰でいいよ」
狷とは対照的で、明るく優しい鳳凰に、日和は少し安心して涙腺が緩みそうになった。
道中も鳳凰は、できるだけ日和に気を遣って話をしてくれた。自分は文化的な生活をしていないから、ろくに掛け算もできないとか、普段は狩猟をしながら暮らしているとか、やはり近代とはかけ離れた話ばかりだった。名前からおかしいし、日和はなんとなく本当なんだ、と納得してしまう。
「じゃあ、お金とかは持ってないの?」
「いや、お金は持ってるぜ。やっぱり今はお金がないと限界があるし……、あ、でもスマホ? とかは持ってねぇなー」
「免許証とかも?」
「もちろん」
「……保険証は?」
「それもないなぁ」
びっくり仰天である。
「じ、じゃあ病気した時はどうするの?」
「寝る!」
「ああ、そっか……うん、間違ってはいない、かな」
日和は苦笑いを浮かべて前に向き直った。もう陽は落ちかけている。夏の夕空は、いつも涼しそうに見える。今の状況は、先程までの出来事を払拭してくれるかのようで、心地よかった。彼とはなんだか、遠い昔からの知り合いにも思えて。日和は不思議な感覚になった。
「ねえ、苗字はないの?」
「オレ? オレは分かんないけど、狷は小林って言ってたかな」
「分かんないって……本当に先住民みたいだね」
二人して笑いあう。狷はとっつきにくいのに、鳳凰はとても親しみやすかった。最初は距離感が近いな、と思ったが。
「あ、着いたよ」
「よかった、何もなくて。オレ、ちょっとドキドキしてたんだ。襲われたらどうしようって」
「……そっか」
鳳凰は自分の発言に少し後悔したのか、慌てて話題をすり替える。
「で、でさ! 槻尾さんは一人暮らし?」
「うん、そうだよ。たまに友達が泊まりに来たりするの」
「そっかぁ。一人、か……。うーん、一日っつっても危ないなぁ……」
やはり危ないらしい。一人暮らしだと答えれば、危ないと反応が返ってくるのはなんとなく分かっていた。でも、男の子を突然家に上げる訳には……。
「よし、オレが一緒にいるよ!」
「まずは私に断って!? ほ、本気で言ってる?」
「? だって危ないし」
そういう問題ではない!
「初対面だよ? それに、ここに男の子連れてきたことないから、ち、ちょっと、恥ずかしいというか……」
「そんなこと気にすんなよー! もう友達だろ?」
「え……そう、なのかな……」
友達。そう言われて、なんだか今の発言が妙に気恥ずかしくなってしまった。何を勝手に意識していたんだ、私は……。彼は心配して言ってくれているだけなのに。いや、でも、それでもやはり、異性を招くのには一呼吸必要だ。
「……片付けてきてもいい?」
「うん、それはもちろん」
恥ずかしそうに呟く日和に、鳳凰はにっこりと笑ってみせた。
鳳凰はただただぽつりと呟くだけ。日和は何が起きているのかわからないまま、二人を呆然と見上げた。
「どういうことなの? それに、さっきの電気とか、変な蔓とか……説明してほしいよ」
「……えっと、それは」
「魔法だ」
狷は日和を見下ろしたまま告げた。魔法——。物を動かしたり、火を吹いたりする、あの魔法?
「お前は魔法を信じるか? 俺達は魔法を使う。近代的な生活じゃなく、昔から続く生活をしながら、自然と共に生きている。信じるか?」
「……さっきの見ちゃったら、なんとも言えないよ」
そう、日和は見てしまった。鳳凰の手から放たれた電撃。床からどこからともなく生えた銀色の蔓。そして、自分の傷もあっという間に癒えてしまった。魔法、と言われれば、認めざるを得なかった。
「変な人が現れるし、誘拐されるし、あなた達もなんだか変だし……もう何を信じていいか分かんないよ。おかしいことがありすぎて、もう……」
日和は手で顔を覆う。見たくなかった、現実を。これが現実だと、信じたくなかった。これ以上おかしなことが起これば、今までの生活に戻れなくなるのではないか、と。
震える肩に手を添えたのは鳳凰だった。鳳凰はごめん、と声を漏らす。
「巻き込んで……ごめん。槻尾さん、学生? オレらとあんま年変わんねぇよな。友達、いる? 家族も心配するよな。オレらが連れてくからさ、一旦家に帰る?」
「…………うん……」
日和は力なく返事をした。一刻も早く家へ帰りたい。そして、いつものように暮らしたい。切実に。そしてもう二度と、こんな目に遭わないように。
「……だが、これまでと同じ暮らしができると思うな」
そんな願いは、狷の言葉によって砕かれる。
「お前は三珠を身につけてしまった。それは三つ揃っていないといけない。その訳は、今は教えてやれない。ただ、お前は命を狙われるだろう。三珠を持つものとしてな。死にたくなければ、俺達と共に来い。一日だけ猶予をやる」
「……」
「来ないなら、お前の腕を切り落としてでもその三珠は返してもらう」
ぞっとする言葉をかけ、狷は寺の本堂を出ていった。しばらくの沈黙。鳳凰は気まずそうに日和の肩から手を離し、ぼりぼりと頭を掻く。
「……行こっか。あいつ、言い方ひどいけど普通の人にそんなことするやつじゃねぇからさ。って言っても、怖いよな……オレもあいつ怖いもん」
「……」
日和はまだ震える足を叱りつけ、そっと立ち上がった。帰りたい、今すぐに。
「危ないから送るよ」
「うん……ありがとう、鳳凰くん」
「へへ、鳳凰でいいよ」
狷とは対照的で、明るく優しい鳳凰に、日和は少し安心して涙腺が緩みそうになった。
道中も鳳凰は、できるだけ日和に気を遣って話をしてくれた。自分は文化的な生活をしていないから、ろくに掛け算もできないとか、普段は狩猟をしながら暮らしているとか、やはり近代とはかけ離れた話ばかりだった。名前からおかしいし、日和はなんとなく本当なんだ、と納得してしまう。
「じゃあ、お金とかは持ってないの?」
「いや、お金は持ってるぜ。やっぱり今はお金がないと限界があるし……、あ、でもスマホ? とかは持ってねぇなー」
「免許証とかも?」
「もちろん」
「……保険証は?」
「それもないなぁ」
びっくり仰天である。
「じ、じゃあ病気した時はどうするの?」
「寝る!」
「ああ、そっか……うん、間違ってはいない、かな」
日和は苦笑いを浮かべて前に向き直った。もう陽は落ちかけている。夏の夕空は、いつも涼しそうに見える。今の状況は、先程までの出来事を払拭してくれるかのようで、心地よかった。彼とはなんだか、遠い昔からの知り合いにも思えて。日和は不思議な感覚になった。
「ねえ、苗字はないの?」
「オレ? オレは分かんないけど、狷は小林って言ってたかな」
「分かんないって……本当に先住民みたいだね」
二人して笑いあう。狷はとっつきにくいのに、鳳凰はとても親しみやすかった。最初は距離感が近いな、と思ったが。
「あ、着いたよ」
「よかった、何もなくて。オレ、ちょっとドキドキしてたんだ。襲われたらどうしようって」
「……そっか」
鳳凰は自分の発言に少し後悔したのか、慌てて話題をすり替える。
「で、でさ! 槻尾さんは一人暮らし?」
「うん、そうだよ。たまに友達が泊まりに来たりするの」
「そっかぁ。一人、か……。うーん、一日っつっても危ないなぁ……」
やはり危ないらしい。一人暮らしだと答えれば、危ないと反応が返ってくるのはなんとなく分かっていた。でも、男の子を突然家に上げる訳には……。
「よし、オレが一緒にいるよ!」
「まずは私に断って!? ほ、本気で言ってる?」
「? だって危ないし」
そういう問題ではない!
「初対面だよ? それに、ここに男の子連れてきたことないから、ち、ちょっと、恥ずかしいというか……」
「そんなこと気にすんなよー! もう友達だろ?」
「え……そう、なのかな……」
友達。そう言われて、なんだか今の発言が妙に気恥ずかしくなってしまった。何を勝手に意識していたんだ、私は……。彼は心配して言ってくれているだけなのに。いや、でも、それでもやはり、異性を招くのには一呼吸必要だ。
「……片付けてきてもいい?」
「うん、それはもちろん」
恥ずかしそうに呟く日和に、鳳凰はにっこりと笑ってみせた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
《カクヨム様で15000PV達成‼️》悪魔とやり直す最弱シーカー。十五歳に戻った俺は悪魔の力で人間の頂点を狙う
なべぞう
ファンタジー
ダンジョンが生まれて百年。
スキルを持つ人々がダンジョンに挑む世界で、
ソラは非戦闘系スキル《アイテムボックス》しか持たない三流シーカーだった。
弱さゆえに仲間から切り捨てられ、三十五歳となった今では、
満身創痍で生きるだけで精一杯の日々を送っていた。
そんなソラをただ一匹だけ慕ってくれたのは――
拾ってきた野良の黒猫“クロ”。
だが命の灯が消えかけた夜、
その黒猫は正体を現す。
クロは世界に十人しか存在しない“祝福”を与える存在――
しかも九つの祝福を生んだ天使と悪魔を封印した“第十の祝福者”だった。
力を失われ、語ることすら封じられたクロは、
復讐を果たすための契約者を探していた。
クロは瀕死のソラと契約し、
彼の魂を二十年前――十五歳の過去へと送り返す。
唯一のスキル《アイテムボックス》。
そして契約により初めて“成長”する力を与えられたソラは、
弱き自分を変えるため、再びダンジョンと向き合う。
だがその裏で、
クロは封印した九人の祝福者たちを狩り尽くすための、
復讐の道を静かに歩み始めていた。
これは――
“最弱”と“最凶”が手を取り合い、
未来をやり直す物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる