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第一章 落とし物
第六話 感情ジェットコースター
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「何でこんなことになったんだろう……」
何度目か分からない疑問を口にして、日和はお気に入りの小鳥のぬいぐるみを抱きしめた。鳳凰を部屋に上げることになったのはいいものの、どこまで片付ければいいのか分からなかった。人を上げられないわけではないが、かといってとても綺麗だとは言い難い。あまり待たせるのも悪いし、ベッドの上のぬいぐるみ達はそのままでもいいだろうか。正直、大学生にもなってぬいぐるみを集めているとバレたら、少し恥ずかしい気もする。まあ、そこは好みの問題だが……。いや、そんなことを考えている場合ではない。日和はぬいぐるみをベッドの端に押しやって玄関へ向かった。
「えっと、鳳凰くん? 上がっていいよ」
「お、片付いた?」
外で待っていた鳳凰は扉を開いてお邪魔します、と行儀よく挨拶をしながら部屋へ上がる。
「おお、女の子らしい部屋ー」
「あんまり見ないで……」
「全然変じゃないぜ? 綺麗じゃん、いいなーワンルームだし」
鳳凰はどこか楽しそうに部屋を見渡している。見ないでと言っているそばから、この男は。日和は耳が熱くなるのを感じてぶんぶんと首を横に振った。
「と、とりあえず何かいる!? お茶とか! うん出そうお茶でいいよね? お茶! 冷たいけど!」
「槻尾さん、動揺しすぎ」
「もう何がなんだか分からなくて変な気分だよ! うう……」
今日一日で色々なことが起こりすぎている。正直知恵熱が出そうだ。あんな恐ろしい体験から一刻も早く抜け出したかったのに、いざ家に帰ると異性を部屋に上げることになっているし、実体験の温度差に、気が狂いそうだった。
「はいどうぞ!」
「ありがと。座ってもいい?」
「はいどうぞ!」
カチコチの日和に鳳凰は苦笑している。
「槻尾さんも座ったら?」
「……」
「…………」
部屋が急に沈黙に包まれ、二人はどうも居心地が悪くなった。鳳凰は一口お茶をふくんで、ごくりと音を立てて飲み込んだ。こうなると、どんな話題を持ちかければいいのか分からない。さっきまで本当に友達のように話していたのに。そうか、友達。彼は友達だ。普通に会話すればいいのではないか。日和は自分もお茶を飲んで息をついた。
「……ごめんね、取り乱しちゃって。あの、それで……魔法? って、具体的にはどんなものなの?」
「ああ、そういえば説明してなかったな」
鳳凰は何度か頷くと、首を捻ってうーんと唸った。
「っつってもなぁ……口で説明すんのも難しいんだよな。じゃあ、魔法使ってみようか?」
「うん、見てみたい」
できれば何かを壊したりしないような。日和の願いは果たして叶うのか。鳳凰はお茶の入ったコップにそっと手をかざす。すると、お茶が手に吸い込まれるように渦を巻き、浮き上がった。鳳凰が手を徐々に上げると、それについていくように水もコップから離れていく。日和の頭の中に「なんということでしょう」という、どこかで聞いたことのあるフレーズが浮かんだ。
「すごい!」
「へへ、すごいだろ? いろんな形にも変えられるんだ」
そう言って鳳凰がもう片方の手を横から近付けると、お茶はうねうねと蛇のように細長く渦巻く。これが、魔法。まるで手品だ。鳳凰がまたコップへ手を持っていくと、お茶はさも今までそこにありました、というかのように元の姿に戻り、コップに収まった。
「本当に超能力だよ! こんなの、見たことない」
「そっかそっか。他にもこんなことが……」
言いかけた時、部屋のインターホンが鳴った。日和がインターホンに応えようとモニターへ近寄ると、鳳凰が心配そうな面持ちでそちらを覗き込む。モニターには赤い髪の人物が映し出されていた。画面越しで少しわかりにくいが、とても中性的な顔をしていて、鳳凰には男なのか女なのか分からなかった。
『日和? 連絡がないから心配してたんだけど』
「あ、正! ごめんね、ちょっと連絡できない事情があって……」
『とりあえず上げてくれ』
「うん」
日和の友達らしいことを確認して、鳳凰は安心した様子だった。襲ってきた集団だと思ったのだろう。しかし、こんなところまで分かるのだろうか?鳳凰達が痕跡、と言っていたあたり、三珠には何か特別な電波みたいなものが出ているのかな、と日和はオートロックを解除しながら何でもないように考えた。その時点では、もうおかしな体験が身に染み付いてしまっていることに、日和は気付かなかった。
「友達?」
「うん。ほら、話してた面白い名前の子だよ」
「へえー」
そうこう言っているうちに、すぐにまたインターホンが鳴った。日和は玄関まで小走りで駆けて、扉を開ける。そこにいた人物は、部屋の中を覗き込み、鳳凰を見るや否やぎょっとした顔をして扉を閉めようとした。
「待って待って! 何で閉めようとするの!?」
「おまっ、彼氏がいるなら言えよ! 邪魔しちゃ悪いだろ!」
「ちちちち違うから! 友達だから、ただの!」
「……本当か?」
訝しそうに鳳凰を見つめる目はとても疑っているように見える。日和は慌てたように鳳凰を振り返りぎこちなく笑って両手を振った。
「あはは、ごめんね! なんか勘違いしちゃってるみたいで!」
「いやいいけど……」
「正、上がって上がって! 紹介するね、彼、鳳凰くん。今日知り合ったの。こっちは正影だよ。こんな名前だけど女の子だからね」
「え、女の子!?」
「はあ!? 今日知り合った!?」
二人から驚きの声が上がり、日和はどこから説明すればいいのか混乱する。
「えっと、正、とりあえずお茶でいい!? 鳳凰くんもお茶だしいいよね! 冷たいお茶!」
「パニックになったらお茶出そうとする癖治ってないなお前! 分かった分かった、順番に説明してくれ」
「ああ、これ癖なんだ……」
何度目か分からない疑問を口にして、日和はお気に入りの小鳥のぬいぐるみを抱きしめた。鳳凰を部屋に上げることになったのはいいものの、どこまで片付ければいいのか分からなかった。人を上げられないわけではないが、かといってとても綺麗だとは言い難い。あまり待たせるのも悪いし、ベッドの上のぬいぐるみ達はそのままでもいいだろうか。正直、大学生にもなってぬいぐるみを集めているとバレたら、少し恥ずかしい気もする。まあ、そこは好みの問題だが……。いや、そんなことを考えている場合ではない。日和はぬいぐるみをベッドの端に押しやって玄関へ向かった。
「えっと、鳳凰くん? 上がっていいよ」
「お、片付いた?」
外で待っていた鳳凰は扉を開いてお邪魔します、と行儀よく挨拶をしながら部屋へ上がる。
「おお、女の子らしい部屋ー」
「あんまり見ないで……」
「全然変じゃないぜ? 綺麗じゃん、いいなーワンルームだし」
鳳凰はどこか楽しそうに部屋を見渡している。見ないでと言っているそばから、この男は。日和は耳が熱くなるのを感じてぶんぶんと首を横に振った。
「と、とりあえず何かいる!? お茶とか! うん出そうお茶でいいよね? お茶! 冷たいけど!」
「槻尾さん、動揺しすぎ」
「もう何がなんだか分からなくて変な気分だよ! うう……」
今日一日で色々なことが起こりすぎている。正直知恵熱が出そうだ。あんな恐ろしい体験から一刻も早く抜け出したかったのに、いざ家に帰ると異性を部屋に上げることになっているし、実体験の温度差に、気が狂いそうだった。
「はいどうぞ!」
「ありがと。座ってもいい?」
「はいどうぞ!」
カチコチの日和に鳳凰は苦笑している。
「槻尾さんも座ったら?」
「……」
「…………」
部屋が急に沈黙に包まれ、二人はどうも居心地が悪くなった。鳳凰は一口お茶をふくんで、ごくりと音を立てて飲み込んだ。こうなると、どんな話題を持ちかければいいのか分からない。さっきまで本当に友達のように話していたのに。そうか、友達。彼は友達だ。普通に会話すればいいのではないか。日和は自分もお茶を飲んで息をついた。
「……ごめんね、取り乱しちゃって。あの、それで……魔法? って、具体的にはどんなものなの?」
「ああ、そういえば説明してなかったな」
鳳凰は何度か頷くと、首を捻ってうーんと唸った。
「っつってもなぁ……口で説明すんのも難しいんだよな。じゃあ、魔法使ってみようか?」
「うん、見てみたい」
できれば何かを壊したりしないような。日和の願いは果たして叶うのか。鳳凰はお茶の入ったコップにそっと手をかざす。すると、お茶が手に吸い込まれるように渦を巻き、浮き上がった。鳳凰が手を徐々に上げると、それについていくように水もコップから離れていく。日和の頭の中に「なんということでしょう」という、どこかで聞いたことのあるフレーズが浮かんだ。
「すごい!」
「へへ、すごいだろ? いろんな形にも変えられるんだ」
そう言って鳳凰がもう片方の手を横から近付けると、お茶はうねうねと蛇のように細長く渦巻く。これが、魔法。まるで手品だ。鳳凰がまたコップへ手を持っていくと、お茶はさも今までそこにありました、というかのように元の姿に戻り、コップに収まった。
「本当に超能力だよ! こんなの、見たことない」
「そっかそっか。他にもこんなことが……」
言いかけた時、部屋のインターホンが鳴った。日和がインターホンに応えようとモニターへ近寄ると、鳳凰が心配そうな面持ちでそちらを覗き込む。モニターには赤い髪の人物が映し出されていた。画面越しで少しわかりにくいが、とても中性的な顔をしていて、鳳凰には男なのか女なのか分からなかった。
『日和? 連絡がないから心配してたんだけど』
「あ、正! ごめんね、ちょっと連絡できない事情があって……」
『とりあえず上げてくれ』
「うん」
日和の友達らしいことを確認して、鳳凰は安心した様子だった。襲ってきた集団だと思ったのだろう。しかし、こんなところまで分かるのだろうか?鳳凰達が痕跡、と言っていたあたり、三珠には何か特別な電波みたいなものが出ているのかな、と日和はオートロックを解除しながら何でもないように考えた。その時点では、もうおかしな体験が身に染み付いてしまっていることに、日和は気付かなかった。
「友達?」
「うん。ほら、話してた面白い名前の子だよ」
「へえー」
そうこう言っているうちに、すぐにまたインターホンが鳴った。日和は玄関まで小走りで駆けて、扉を開ける。そこにいた人物は、部屋の中を覗き込み、鳳凰を見るや否やぎょっとした顔をして扉を閉めようとした。
「待って待って! 何で閉めようとするの!?」
「おまっ、彼氏がいるなら言えよ! 邪魔しちゃ悪いだろ!」
「ちちちち違うから! 友達だから、ただの!」
「……本当か?」
訝しそうに鳳凰を見つめる目はとても疑っているように見える。日和は慌てたように鳳凰を振り返りぎこちなく笑って両手を振った。
「あはは、ごめんね! なんか勘違いしちゃってるみたいで!」
「いやいいけど……」
「正、上がって上がって! 紹介するね、彼、鳳凰くん。今日知り合ったの。こっちは正影だよ。こんな名前だけど女の子だからね」
「え、女の子!?」
「はあ!? 今日知り合った!?」
二人から驚きの声が上がり、日和はどこから説明すればいいのか混乱する。
「えっと、正、とりあえずお茶でいい!? 鳳凰くんもお茶だしいいよね! 冷たいお茶!」
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