右手と魔法!

茶竹 葵斗

文字の大きさ
8 / 50
非日常の訪れ

第八話 逃亡生活の始まり……なのだろうか

しおりを挟む
 その日の夜、日和は全く寝付けなかった。隣で眠る正影、カーペットの上でいびきをかいている鳳凰。二人が寝ている間に、何かが襲いかかってきたら。また、あの男達のような者が現れたら。不安で、怖くて、体が小刻みに震えた。そうしていると、隣で寝ていた正影が身動みじろぎをしてこちらを確認するためか目を開いた。ばちりと視線が合って、日和ははっと息を飲む。

「……大丈夫か? いや、大丈夫じゃないな」
「……うん」

素直に頷くと、正影は日和の肩をぽんぽんと撫でた。それだけのことだったが、日和は安心感を覚えて目が潤んだのを感じた。

「大丈夫、大丈夫」
「…………ありがとう、正」

 ぐすん、と鼻を鳴らすと、正影はおかしそうに笑った後目を閉じた。自分も早く寝てしまおう。朝になれば、少しは不安も取り除かれるはずだ。そう思い込んで、日和もそっと瞼を下ろした。



 翌朝、一番に目を覚ましたのは鳳凰だった。鳳凰はもごもごと口を動かしながら薄ら目を開き、のそりと体を起こす。薄暗い部屋の中、ベッドが膨らんでいるのを見て自分が一番に起きたのだとさとった鳳凰は、部屋を見回して二人を起こさないよう洗面所へ向かう。昨夜、泊まるのならと用意してくれていた新しい歯ブラシのパックを開けて、鳳凰はふと洗面所に置かれているコップに目をやった。コップには二つの歯ブラシが入れられている。日和は確か一人暮らしのはずだが……彼氏がいるのだろうか。でも、昨日の正影の反応を見る限り、そういう訳ではないような気もする。二人は親友だと言っていたので、彼氏がいれば秘密にすることもないだろう。だとすれば、もう片方の歯ブラシは正影のものなのかもしれない。友達が泊まりに来るとも言っていたし、きっとそうだ。仲がいいんだなあ、などと考えながら、鳳凰は歯を磨いて顔を洗い、髪をセットして部屋へ戻った。
 部屋へ戻っても二人が起きる様子がないので、鳳凰は電気をつけて二人を起こしにかかった。

「おーい、朝だぜ! そろそろ起きろよー」
「……うーん……?」

 もぞもぞと布団の中で動いた日和が、小さな声を漏らして体を起こした。寝起きはいい方らしい。

槻尾つきおさん、おはよ。起きた?」
「……鳳凰くん、おはよう……今何時……?」
「九時だぜ。まだ早かった?」
「ううん、大丈夫……今日お休みだから」

 ふるふると首を横に振った日和が、正影の体を揺さぶる。正影はうーんと唸って布団に潜り込んでしまった。起きるにはまだ時間がかかりそうだ。

「昨日渡してくれた歯ブラシ、使わせてもらったぜ。ありがとうな」
「うん。私も用意してくる。……鳳凰くん、床で寝てたけど痛くなかった?」
「全然平気! オレ、どこでも寝られるからさ」
「そう? それならいいけど……」

 少し心配そうだった日和だが、鳳凰の言葉を受け取って頷くと、ベッドから立ち上がって洗面所の方へ向かっていった。そんな時、腹の虫が鳴りそうになって鳳凰は思わず腹をさする。

「……腹減ったなあ」
「…………お前は遠慮ってものを知らないのか」
「え? あ、お、起きてたんだ?」

 日和に続いて体を起こした正影が、鳳凰へ眠そうなだるそうな視線を投げる。

「ひとりごとひとりごと! 別に欲しいって言ってるわけじゃ……」
「ふふ、分かってるよ。ちょっとからかっただけだ」

 小さく笑った正影は、ベッドのふちに座って欠伸あくびを噛み殺した。昨日はとても怖い印象を受けた正影だが、今更昨日のことを蒸し返す気もないのか今はそんな雰囲気も感じられない。胸を撫で下ろした鳳凰は、洗面所の方を一瞥いちべつして正影へ声をかける。

「今槻尾さんが支度してるとこだぜ。さっき起きたとこ」
「ああ。お前が一番先に起きたんだな。ちょっと意外だ」
「早起きなんだー、オレ」

そんな他愛たあいもないことを話していると、支度のできたらしい日和が部屋へ戻ってくる。

「あ、おはよう正。洗面所空いたよ」
「ん、オレも用意してくる」

立ち上がり洗面所へ向かう正影を見送ってから、鳳凰は日和を見やった。これからどうするのか。その話をしなければならない。日和が座椅子に座ったのを見計らって鳳凰もカーペットに腰を下ろし、小さく咳払いをした。

「槻尾さん、これからのことなんだけど……」
「あ……うん」
「ずっとここにいるのは危ないと思うんだ。昨日、痕跡がどうとか言ってただろ? 三珠は不思議なオーラを出してるらしくて、それを追って昨日みたいな奴らが襲ってくるんだ。だから、逃げないと」
「……でも、逃げるってどうやって?」

 日和は困惑した表情を浮かべている。無理もないだろう。昨日からの出来事を理解するのも難しいだろうに、こんなことを言われてもどうすればいいのか彼女には分からないはずだ。

「オレ達は三珠みたまを持っていろんなところに隠れながら逃げてたんだ。山の中とか、人混みの中とか……とにかくいろんなところ。奴らに極力襲われないようにして逃げてきた」
「……そう、なんだ」
「だから槻尾さんも逃げなきゃ。大丈夫、オレと狷が守るから。な?」

 今はこんなことしか言えないが、鳳凰はなだめるように日和へそう告げる。こうなってしまった以上、全力で彼女を守らなければならない。その責任が自分にはあるのだ。彼女は魔法ともなんら縁のない、ごく普通の女の子。怖がらせてしまっただろうし、今も不安だろう。狷は三珠のことをまだ教えてはいけないと言っていたが、そろそろそれも限界だと鳳凰は思った。

「……三珠のこととか、全部話すからさ。とにかく狷と合流して、どうするか決めよう」
「…………うん」

いまだ不安そうにしている日和に若干心が痛んだが、鳳凰は務めて平静を装った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

《カクヨム様で15000PV達成‼️》悪魔とやり直す最弱シーカー。十五歳に戻った俺は悪魔の力で人間の頂点を狙う

なべぞう
ファンタジー
ダンジョンが生まれて百年。 スキルを持つ人々がダンジョンに挑む世界で、 ソラは非戦闘系スキル《アイテムボックス》しか持たない三流シーカーだった。 弱さゆえに仲間から切り捨てられ、三十五歳となった今では、 満身創痍で生きるだけで精一杯の日々を送っていた。 そんなソラをただ一匹だけ慕ってくれたのは―― 拾ってきた野良の黒猫“クロ”。 だが命の灯が消えかけた夜、 その黒猫は正体を現す。 クロは世界に十人しか存在しない“祝福”を与える存在―― しかも九つの祝福を生んだ天使と悪魔を封印した“第十の祝福者”だった。 力を失われ、語ることすら封じられたクロは、 復讐を果たすための契約者を探していた。 クロは瀕死のソラと契約し、 彼の魂を二十年前――十五歳の過去へと送り返す。 唯一のスキル《アイテムボックス》。 そして契約により初めて“成長”する力を与えられたソラは、 弱き自分を変えるため、再びダンジョンと向き合う。 だがその裏で、 クロは封印した九人の祝福者たちを狩り尽くすための、 復讐の道を静かに歩み始めていた。 これは―― “最弱”と“最凶”が手を取り合い、 未来をやり直す物語

処理中です...