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非日常の訪れ
第九話 覚悟ってそう簡単には持てない
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空気が少し落ち込んでしまったところで、正影が洗面所から戻ってきた。その空気にぱちくりと目を瞬かせていた正影は、日和と鳳凰を交互に見やって眉を寄せる。
「……昨日の話の続きか?」
「あ、うん。……私、やっぱり逃げなくちゃいけないって」
「ちゃんとした状況説明もないまま逃げなくちゃいけないとか、このブレスレットが外れないとか、意味不明なこと聞かされて連れてかれても困るぞ」
「おう……だから、もう一人の連れと合流してからちゃんと話をしようと思う」
そう答えた鳳凰に、日和はほう、と息を吐き出した。まだ現実味がない。いや、色々なことを昨日で一気に経験しすぎたせいで、頭がついていっていない。今もこれは夢なんじゃないかと思ったりするのだが、歯を磨いていた時の感覚だって現実だ。こうして二人と話をしているのも。
「槻尾さん、とりあえず行こう」
「は? 日和一人では行かせないぞ。オレも行く」
「えっ」
「え? マジで言ってる?」
正影の発言に驚いたのは日和だけではなかったようだ。鳳凰も丸く目を見開いて正影を凝視していた。この話をしている時点でもそうだが、正影をあまり巻き込みたくはないのだ。あんな体験がもしこれからも起こるというのなら、自分一人で行かなければ。大切な友達に、あんな目に遭ってほしくはない。
「ま、正……だめだよ。危ない目に遭っちゃうかもしれないんだよ?」
「仮にそうだとしても、お前を一人にはさせないからな、絶対に。大事な友達が変なことに巻き込まれてるんだ、何かあったらどうする」
「だから、その何かは起こっちゃうかもしれないんだってば……!」
「いや、絶対についていく」
口論の末、日和の必死の制止も虚しく正影も二人に同行することになった。日和の部屋を出た三人は、狷が待っているという場所へ向かっている。場の空気を和ませようとしているのか、鳳凰は「あー」と意味のない声を漏らしてへらりと笑った。
「腹減らねぇ? オレめっちゃ腹減った!」
「そうだね、そういえばまだ何も食べてないや」
鳳凰に言われて初めて気がついた。まだ何も食べていなかった。あんなことがあってから、食欲云々を言っている場合ではなかったのだ。それでも鳳凰は「腹が減った」という。日和には一瞬無神経にも思えたが、それこそ彼がこういった非日常に慣れているのだということが垣間見えた瞬間だった。
「狷が近くのバーガークイーンにいるってさ。朝飯朝飯ー」
「……呑気だな」
恨めしそうな視線を鳳凰へ投げて、正影がぼやいた。全くもってその通りだが、日和は口に出さないでおく。その横で鳳凰は「何にしようかなー」と目を輝かせたままだ。しばらく歩くと目的の場所に着いて、鳳凰は店内へ目を凝らす。狷を探すのは容易だろう。だって、あの銀髪は一度見たら忘れられない。やはりすぐに狷の姿を見つけたらしく、鳳凰は日和達を振り返った。
「いたぜ! 行こ」
「うん……」
日和は少し緊張していた。初めて会った彼はキンと冷えるような目をしていて、近付き難かったからだ。そして、腕についた三珠を渡さないなら腕を切り落とすとまで言ってのけた。今一度どんな顔をして会えばいいのか分からなくて、日和はごくりと固唾を飲んだ。
席の近くへ向かうと、狷がこちらに気付いて顔を上げ、切れ長い目をすうっと細めた。恐らく知らない人物……正影がいるからだろう。
「おはよ! 連れてきたぜ」
「……そいつは」
「あっ、えっと、槻尾さんの友達」
「……日和を巻き込んだんだろ? 何かされないか心配でついてきた」
正影の言葉に狷は冷たい表情を少しだけ緩め、二人から目を逸らした。彼の前には空になったポテトの箱があって、もう食事を済ませたのが窺える。
「オレも何か食うー! 槻尾さん達はどうする?」
「ああ、うん……じゃあ何か食べようかな」
正直食欲どころではないのだが、何も食べない訳にはいかないので便乗しておく。
「正はどうする?」
「オレは……普通のバーガーでいいよ。オレが買ってくるから」
「じゃあ私ポテト……お金渡すね」
正影と鳳凰がカウンターの方へ向かう中、日和はおずおずと狷の向かいに座る。銀色の髪、赤い瞳——やはり近くで見るととても綺麗で、思わず見惚れてしまう。ふと顔を上げた狷とばちりと目が合って、日和は固まった。
「……何だ」
「い、いえ、何でも……ない、です」
綺麗ですね、なんていきなり言えないし、昨日の今日だ。あんな会話をして、どう話題を持ちかければいいのか。
「…………」
「……」
……沈黙。周りの話声で沈黙が耳に刺さらないだけマシだが、この空気も辛いものがある。日和は冷や汗が滑るのを感じながら、ぎこちない笑顔を貼りつけて狷に話しかけた。
「あ、あの……小林くん? って呼んでいいのかな」
「…………」
またもや沈黙。しかし日和はめげずに声をかける。
「昨日こと……なんだけど。あの……私、何も知らないから……色々教えてほしいの」
「……ついてくる気になったか」
「……話を聞いてからね。とにかく、今どんな状況なのか知りたいよ」
勇気を振り絞る。もう、後戻りはできないのだろう。自分の腕についている腕輪。これが何なのかを知らない限りは、何とも言えないが。狷は目だけで辺りを見回すと、日和へ視線をやって口を開いた。
「…………ここでは話せない。話は後だ」
「……昨日の話の続きか?」
「あ、うん。……私、やっぱり逃げなくちゃいけないって」
「ちゃんとした状況説明もないまま逃げなくちゃいけないとか、このブレスレットが外れないとか、意味不明なこと聞かされて連れてかれても困るぞ」
「おう……だから、もう一人の連れと合流してからちゃんと話をしようと思う」
そう答えた鳳凰に、日和はほう、と息を吐き出した。まだ現実味がない。いや、色々なことを昨日で一気に経験しすぎたせいで、頭がついていっていない。今もこれは夢なんじゃないかと思ったりするのだが、歯を磨いていた時の感覚だって現実だ。こうして二人と話をしているのも。
「槻尾さん、とりあえず行こう」
「は? 日和一人では行かせないぞ。オレも行く」
「えっ」
「え? マジで言ってる?」
正影の発言に驚いたのは日和だけではなかったようだ。鳳凰も丸く目を見開いて正影を凝視していた。この話をしている時点でもそうだが、正影をあまり巻き込みたくはないのだ。あんな体験がもしこれからも起こるというのなら、自分一人で行かなければ。大切な友達に、あんな目に遭ってほしくはない。
「ま、正……だめだよ。危ない目に遭っちゃうかもしれないんだよ?」
「仮にそうだとしても、お前を一人にはさせないからな、絶対に。大事な友達が変なことに巻き込まれてるんだ、何かあったらどうする」
「だから、その何かは起こっちゃうかもしれないんだってば……!」
「いや、絶対についていく」
口論の末、日和の必死の制止も虚しく正影も二人に同行することになった。日和の部屋を出た三人は、狷が待っているという場所へ向かっている。場の空気を和ませようとしているのか、鳳凰は「あー」と意味のない声を漏らしてへらりと笑った。
「腹減らねぇ? オレめっちゃ腹減った!」
「そうだね、そういえばまだ何も食べてないや」
鳳凰に言われて初めて気がついた。まだ何も食べていなかった。あんなことがあってから、食欲云々を言っている場合ではなかったのだ。それでも鳳凰は「腹が減った」という。日和には一瞬無神経にも思えたが、それこそ彼がこういった非日常に慣れているのだということが垣間見えた瞬間だった。
「狷が近くのバーガークイーンにいるってさ。朝飯朝飯ー」
「……呑気だな」
恨めしそうな視線を鳳凰へ投げて、正影がぼやいた。全くもってその通りだが、日和は口に出さないでおく。その横で鳳凰は「何にしようかなー」と目を輝かせたままだ。しばらく歩くと目的の場所に着いて、鳳凰は店内へ目を凝らす。狷を探すのは容易だろう。だって、あの銀髪は一度見たら忘れられない。やはりすぐに狷の姿を見つけたらしく、鳳凰は日和達を振り返った。
「いたぜ! 行こ」
「うん……」
日和は少し緊張していた。初めて会った彼はキンと冷えるような目をしていて、近付き難かったからだ。そして、腕についた三珠を渡さないなら腕を切り落とすとまで言ってのけた。今一度どんな顔をして会えばいいのか分からなくて、日和はごくりと固唾を飲んだ。
席の近くへ向かうと、狷がこちらに気付いて顔を上げ、切れ長い目をすうっと細めた。恐らく知らない人物……正影がいるからだろう。
「おはよ! 連れてきたぜ」
「……そいつは」
「あっ、えっと、槻尾さんの友達」
「……日和を巻き込んだんだろ? 何かされないか心配でついてきた」
正影の言葉に狷は冷たい表情を少しだけ緩め、二人から目を逸らした。彼の前には空になったポテトの箱があって、もう食事を済ませたのが窺える。
「オレも何か食うー! 槻尾さん達はどうする?」
「ああ、うん……じゃあ何か食べようかな」
正直食欲どころではないのだが、何も食べない訳にはいかないので便乗しておく。
「正はどうする?」
「オレは……普通のバーガーでいいよ。オレが買ってくるから」
「じゃあ私ポテト……お金渡すね」
正影と鳳凰がカウンターの方へ向かう中、日和はおずおずと狷の向かいに座る。銀色の髪、赤い瞳——やはり近くで見るととても綺麗で、思わず見惚れてしまう。ふと顔を上げた狷とばちりと目が合って、日和は固まった。
「……何だ」
「い、いえ、何でも……ない、です」
綺麗ですね、なんていきなり言えないし、昨日の今日だ。あんな会話をして、どう話題を持ちかければいいのか。
「…………」
「……」
……沈黙。周りの話声で沈黙が耳に刺さらないだけマシだが、この空気も辛いものがある。日和は冷や汗が滑るのを感じながら、ぎこちない笑顔を貼りつけて狷に話しかけた。
「あ、あの……小林くん? って呼んでいいのかな」
「…………」
またもや沈黙。しかし日和はめげずに声をかける。
「昨日こと……なんだけど。あの……私、何も知らないから……色々教えてほしいの」
「……ついてくる気になったか」
「……話を聞いてからね。とにかく、今どんな状況なのか知りたいよ」
勇気を振り絞る。もう、後戻りはできないのだろう。自分の腕についている腕輪。これが何なのかを知らない限りは、何とも言えないが。狷は目だけで辺りを見回すと、日和へ視線をやって口を開いた。
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