右手と魔法!

茶竹 葵斗

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非日常の訪れ

第十二話 魔法は誰かを傷付けるためのものじゃない

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 迫る少年の手にある刃物が光るのを見て、日和はぎゅっと目を閉じた。死ぬ、のかもしれない。何故二人の間に飛び込んだのか、日和にも分からなかった。バードウォッチングをしていて、綺麗な袋を拾って、怪しい男達にさらわれて。そして、彼らに出会った。一生の内に経験するであろう不思議なことを一気に経験したのだ、ここで死んでしまうのも有り得るのかもしれない。ああ、短い人生だったな。正影は悲しむだろうか。遠くに住む家族達には、沢山の迷惑をかけてしまうだろう。そんな考えが走馬灯のように頭を駆け巡る中、突然キィン、と耳鳴りがして、日和はぱっと目を開いた。
 いつまで経っても痛みは来ない。いつの間にかうずくまっていた日和は、おそるおそる顔を上げて——その光景に目を見開いた。
 透き通る、淡い白群びゃくぐん色の半透明な丸い結界。それは少年の斬撃を見事に受け止めている。そして、その壁から伸びる同色の透明なつるが、少年を絡め取り拘束していた。この光景には鳳凰や狷までもが驚きの表情を浮かべる。

「くそっ、離せ!」

 少年は蔓の拘束から逃れようともがくが、蔓はきつく少年を締め上げていて簡単には抜け出せない。一体何が起きているのか。一つ分かるのは、自分はこの丸い壁に守られているということだ。その時、蔦がぎゅるりとうごめいて少年を投げ飛ばした。吹き飛んだ少年は山肌にぶつかって「ぐっ」と苦しげな声を漏らす。

槻尾つきおさん……!」
「鳳凰くん、これ、何が起きて……」

 蔦はうねうねと蛇のようにうねって少年へと走る。少年はすぐに体勢を整えてそれを避けるが、足を絡め取られて宙へと吊り上げられた。

「うわ……っ!?」
「……この力……まさか」
「……何だこれ……」

 蔦と壁を見つめていた狷がぼそりと呟く。その隣で呆気あっけにとられていた正影が、譫言うわごとのように声を漏らして後退あとずさった。その時、蔦が大きく振りかぶって少年を地面へ叩きつけようと動く。日和は咄嗟に結界に張り付き、悲痛な声を上げて叫んだ。

「ッやめて!!」

 びたり、と。蔦の動きが止まった。まるで日和の言葉に呼応こおうしているようだった。上がる呼吸をなんとか抑えつつ、日和は結界越しに少年を見つめる。吊り上げられたままの少年と目が合ったが、少年は苦い表情を浮かべて日和をギッと睨んだ。

「何で止める……何で手加減する? 俺がそんなに弱く見えんのか?」
「わ、私……誰かが傷付くところなんて見たくないよ。だから……」
「……甘いだ、ぐへっ!?」

 言葉の途中でぽいと蔦に投げ出され、少年は頓狂とんきょうな声を上げて地面に落ちた。

「いってぇ……くそ、何なんだよそれ」
「わ、分からない……」
「分からない? ふざけたこと言うなよ!」
「だ、だって本当なんだもん! こんなの見たことがない……」

 そう、見たことがないのだ。しかも、これは自分の意思に従って動くようで、日和は戸惑った。一体何が起きているのだろう。それでも自分の身がこの結界によって守られていることに、若干の安心感が芽生えているのは事実だ。日和はぎゅっと拳を握り締めて少年に話しかける。

「ねぇ、あなた三珠を狙ってるんでしょ? 三珠を奪って何に使おうとしてるの?」
「何だっていいだろ、そんなの。今更そんなこと聞いて何になる?」
「だって、私はまだ何も分からないの……あなたが襲ってくる理由も、どうして戦わなくちゃいけないのかも」

 日和の言葉に少年は嘲笑ちょうしょうを浮かべる。

「どうして? 俺は三珠を渡さねぇんなら容赦しねぇからな。それで誰かが傷付いたって構わねぇ。知ったこっちゃねぇ。俺らの邪魔をするんなら叩き潰す、それだけだ」

 少年には何を言っても無駄なようだ。日和は鳳凰達をちらりと見やって拳を握る力を強くする。この結界が、自分を守る結界が意思に従うのなら、皆を守ることだってできるはず。誰かが傷付くところなんて見たくない。
——お願い、みんなを守って。
 日和は心の中でそう願った。すると、宙空ちゅうくうからまるで蓋をするように白群の丸い結界が鳳凰達の周りを覆い、守るように立ちはだかったではないか。少年はそれを見て苦い表情を浮かべると、じり、と地面を踏みにじって後退した。これでは少年もなす術がないだろう。だって、この壁は刃物すら通さない固い壁だ。

「ッくそ……覚えてろよ!」

 少年もこれには諦めざるを得なかったらしく、悔しそうに歯を食いしばりながらどこかへ去っていった。しばらくその場を沈黙が流れたが、日和が体の力を抜くと共に白群の結界達もすうっと消え去る。

「……大丈夫? みんな……」
「日和……」
「大丈夫……だけど、槻尾さん、今のって……」

 日和に駆け寄ってくる鳳凰と正影は複雑な表情を浮かべている。後からやってきた狷も眉をしかめて物騒な顔をしていた。

「今の……魔法だぜ? しかもめちゃくちゃ強い魔法だ。なんでいきなり……」
「……あれは三珠の力だろう。俺にはお前を守ろうとしたように見えた。いや、三珠の防衛反応だ。三珠は自らの危険を危惧きぐして防衛反応を起こした。……お前の身に危険が迫ったから、と言った方が正しいかもしれん」
「……私の……」
「それは……三珠と日和が合体してるってことか……?」

正影の問いに、狷はただ一度だけ、深く頷いた。
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