12 / 50
非日常の訪れ
第十二話 魔法は誰かを傷付けるためのものじゃない
しおりを挟む
迫る少年の手にある刃物が光るのを見て、日和はぎゅっと目を閉じた。死ぬ、のかもしれない。何故二人の間に飛び込んだのか、日和にも分からなかった。バードウォッチングをしていて、綺麗な袋を拾って、怪しい男達に拐われて。そして、彼らに出会った。一生の内に経験するであろう不思議なことを一気に経験したのだ、ここで死んでしまうのも有り得るのかもしれない。ああ、短い人生だったな。正影は悲しむだろうか。遠くに住む家族達には、沢山の迷惑をかけてしまうだろう。そんな考えが走馬灯のように頭を駆け巡る中、突然キィン、と耳鳴りがして、日和はぱっと目を開いた。
いつまで経っても痛みは来ない。いつの間にか蹲っていた日和は、おそるおそる顔を上げて——その光景に目を見開いた。
透き通る、淡い白群色の半透明な丸い結界。それは少年の斬撃を見事に受け止めている。そして、その壁から伸びる同色の透明な蔓が、少年を絡め取り拘束していた。この光景には鳳凰や狷までもが驚きの表情を浮かべる。
「くそっ、離せ!」
少年は蔓の拘束から逃れようともがくが、蔓はきつく少年を締め上げていて簡単には抜け出せない。一体何が起きているのか。一つ分かるのは、自分はこの丸い壁に守られているということだ。その時、蔦がぎゅるりと蠢いて少年を投げ飛ばした。吹き飛んだ少年は山肌にぶつかって「ぐっ」と苦しげな声を漏らす。
「槻尾さん……!」
「鳳凰くん、これ、何が起きて……」
蔦はうねうねと蛇のようにうねって少年へと走る。少年はすぐに体勢を整えてそれを避けるが、足を絡め取られて宙へと吊り上げられた。
「うわ……っ!?」
「……この力……まさか」
「……何だこれ……」
蔦と壁を見つめていた狷がぼそりと呟く。その隣で呆気にとられていた正影が、譫言のように声を漏らして後退った。その時、蔦が大きく振りかぶって少年を地面へ叩きつけようと動く。日和は咄嗟に結界に張り付き、悲痛な声を上げて叫んだ。
「ッやめて!!」
びたり、と。蔦の動きが止まった。まるで日和の言葉に呼応しているようだった。上がる呼吸をなんとか抑えつつ、日和は結界越しに少年を見つめる。吊り上げられたままの少年と目が合ったが、少年は苦い表情を浮かべて日和をギッと睨んだ。
「何で止める……何で手加減する? 俺がそんなに弱く見えんのか?」
「わ、私……誰かが傷付くところなんて見たくないよ。だから……」
「……甘いだ、ぐへっ!?」
言葉の途中でぽいと蔦に投げ出され、少年は頓狂な声を上げて地面に落ちた。
「いってぇ……くそ、何なんだよそれ」
「わ、分からない……」
「分からない? ふざけたこと言うなよ!」
「だ、だって本当なんだもん! こんなの見たことがない……」
そう、見たことがないのだ。しかも、これは自分の意思に従って動くようで、日和は戸惑った。一体何が起きているのだろう。それでも自分の身がこの結界によって守られていることに、若干の安心感が芽生えているのは事実だ。日和はぎゅっと拳を握り締めて少年に話しかける。
「ねぇ、あなた三珠を狙ってるんでしょ? 三珠を奪って何に使おうとしてるの?」
「何だっていいだろ、そんなの。今更そんなこと聞いて何になる?」
「だって、私はまだ何も分からないの……あなたが襲ってくる理由も、どうして戦わなくちゃいけないのかも」
日和の言葉に少年は嘲笑を浮かべる。
「どうして? 俺は三珠を渡さねぇんなら容赦しねぇからな。それで誰かが傷付いたって構わねぇ。知ったこっちゃねぇ。俺らの邪魔をするんなら叩き潰す、それだけだ」
少年には何を言っても無駄なようだ。日和は鳳凰達をちらりと見やって拳を握る力を強くする。この結界が、自分を守る結界が意思に従うのなら、皆を守ることだってできるはず。誰かが傷付くところなんて見たくない。
——お願い、みんなを守って。
日和は心の中でそう願った。すると、宙空からまるで蓋をするように白群の丸い結界が鳳凰達の周りを覆い、守るように立ちはだかったではないか。少年はそれを見て苦い表情を浮かべると、じり、と地面を踏みにじって後退した。これでは少年もなす術がないだろう。だって、この壁は刃物すら通さない固い壁だ。
「ッくそ……覚えてろよ!」
少年もこれには諦めざるを得なかったらしく、悔しそうに歯を食いしばりながらどこかへ去っていった。しばらくその場を沈黙が流れたが、日和が体の力を抜くと共に白群の結界達もすうっと消え去る。
「……大丈夫? みんな……」
「日和……」
「大丈夫……だけど、槻尾さん、今のって……」
日和に駆け寄ってくる鳳凰と正影は複雑な表情を浮かべている。後からやってきた狷も眉を顰めて物騒な顔をしていた。
「今の……魔法だぜ? しかもめちゃくちゃ強い魔法だ。なんでいきなり……」
「……あれは三珠の力だろう。俺にはお前を守ろうとしたように見えた。いや、三珠の防衛反応だ。三珠は自らの危険を危惧して防衛反応を起こした。……お前の身に危険が迫ったから、と言った方が正しいかもしれん」
「……私の……」
「それは……三珠と日和が合体してるってことか……?」
正影の問いに、狷はただ一度だけ、深く頷いた。
いつまで経っても痛みは来ない。いつの間にか蹲っていた日和は、おそるおそる顔を上げて——その光景に目を見開いた。
透き通る、淡い白群色の半透明な丸い結界。それは少年の斬撃を見事に受け止めている。そして、その壁から伸びる同色の透明な蔓が、少年を絡め取り拘束していた。この光景には鳳凰や狷までもが驚きの表情を浮かべる。
「くそっ、離せ!」
少年は蔓の拘束から逃れようともがくが、蔓はきつく少年を締め上げていて簡単には抜け出せない。一体何が起きているのか。一つ分かるのは、自分はこの丸い壁に守られているということだ。その時、蔦がぎゅるりと蠢いて少年を投げ飛ばした。吹き飛んだ少年は山肌にぶつかって「ぐっ」と苦しげな声を漏らす。
「槻尾さん……!」
「鳳凰くん、これ、何が起きて……」
蔦はうねうねと蛇のようにうねって少年へと走る。少年はすぐに体勢を整えてそれを避けるが、足を絡め取られて宙へと吊り上げられた。
「うわ……っ!?」
「……この力……まさか」
「……何だこれ……」
蔦と壁を見つめていた狷がぼそりと呟く。その隣で呆気にとられていた正影が、譫言のように声を漏らして後退った。その時、蔦が大きく振りかぶって少年を地面へ叩きつけようと動く。日和は咄嗟に結界に張り付き、悲痛な声を上げて叫んだ。
「ッやめて!!」
びたり、と。蔦の動きが止まった。まるで日和の言葉に呼応しているようだった。上がる呼吸をなんとか抑えつつ、日和は結界越しに少年を見つめる。吊り上げられたままの少年と目が合ったが、少年は苦い表情を浮かべて日和をギッと睨んだ。
「何で止める……何で手加減する? 俺がそんなに弱く見えんのか?」
「わ、私……誰かが傷付くところなんて見たくないよ。だから……」
「……甘いだ、ぐへっ!?」
言葉の途中でぽいと蔦に投げ出され、少年は頓狂な声を上げて地面に落ちた。
「いってぇ……くそ、何なんだよそれ」
「わ、分からない……」
「分からない? ふざけたこと言うなよ!」
「だ、だって本当なんだもん! こんなの見たことがない……」
そう、見たことがないのだ。しかも、これは自分の意思に従って動くようで、日和は戸惑った。一体何が起きているのだろう。それでも自分の身がこの結界によって守られていることに、若干の安心感が芽生えているのは事実だ。日和はぎゅっと拳を握り締めて少年に話しかける。
「ねぇ、あなた三珠を狙ってるんでしょ? 三珠を奪って何に使おうとしてるの?」
「何だっていいだろ、そんなの。今更そんなこと聞いて何になる?」
「だって、私はまだ何も分からないの……あなたが襲ってくる理由も、どうして戦わなくちゃいけないのかも」
日和の言葉に少年は嘲笑を浮かべる。
「どうして? 俺は三珠を渡さねぇんなら容赦しねぇからな。それで誰かが傷付いたって構わねぇ。知ったこっちゃねぇ。俺らの邪魔をするんなら叩き潰す、それだけだ」
少年には何を言っても無駄なようだ。日和は鳳凰達をちらりと見やって拳を握る力を強くする。この結界が、自分を守る結界が意思に従うのなら、皆を守ることだってできるはず。誰かが傷付くところなんて見たくない。
——お願い、みんなを守って。
日和は心の中でそう願った。すると、宙空からまるで蓋をするように白群の丸い結界が鳳凰達の周りを覆い、守るように立ちはだかったではないか。少年はそれを見て苦い表情を浮かべると、じり、と地面を踏みにじって後退した。これでは少年もなす術がないだろう。だって、この壁は刃物すら通さない固い壁だ。
「ッくそ……覚えてろよ!」
少年もこれには諦めざるを得なかったらしく、悔しそうに歯を食いしばりながらどこかへ去っていった。しばらくその場を沈黙が流れたが、日和が体の力を抜くと共に白群の結界達もすうっと消え去る。
「……大丈夫? みんな……」
「日和……」
「大丈夫……だけど、槻尾さん、今のって……」
日和に駆け寄ってくる鳳凰と正影は複雑な表情を浮かべている。後からやってきた狷も眉を顰めて物騒な顔をしていた。
「今の……魔法だぜ? しかもめちゃくちゃ強い魔法だ。なんでいきなり……」
「……あれは三珠の力だろう。俺にはお前を守ろうとしたように見えた。いや、三珠の防衛反応だ。三珠は自らの危険を危惧して防衛反応を起こした。……お前の身に危険が迫ったから、と言った方が正しいかもしれん」
「……私の……」
「それは……三珠と日和が合体してるってことか……?」
正影の問いに、狷はただ一度だけ、深く頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる