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非日常の訪れ
第十四話 ほにゃららコーポレーションってよくある名前のやつ
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彼は灰色のスーツを身に纏うと、薄暗い部屋から出ていつもの社長室へと向かった。社長室は自室から扉一枚を隔てた場所にある。我ながらいい設計をしたと思う。仕事の方は上々だ。新薬の開発も順調だし、自らが広告塔に立ったお陰か、この会社の名前も世に浸透し始めている。製薬会社、ウルペスコーポレーション。それが彼の会社だ。
「あー、めんどくさ……また新しいCMオファー来てんじゃん」
「社長がすごいからだよー! さすが皐月のご主人様! なんでも完璧!」
きゃーきゃーと騒ぎ立てながら彼に抱きついた少女の頭には、髪と同じ桜色の三角形の耳が生えている。ぴこぴこと動くその耳を指で撫でてやって、彼は部下達から次々と渡される活動報告書に目を通した。ひたすらそれに判子を押していく作業を続けていると、部屋の扉がノックされて二人の部下が入ってきた。彼らはこの会社で言う営業部の者達だ。黒い武装服に身を包んだ彼らは、心底辛そうな顔をして部屋の入り口に突っ立ったままだ。少女は彼から離れて彼らの方へと歩く。
「何だ? ここに来るってことは急ぎの用か」
「し、社長……実は三珠と接触したのですが……」
「…………『ですが』?」
彼の一言に二人は縮み上がる。その声に殺気が混じっていたからだ。彼は「おっとすまない」と呟くと、なんでもないようにタバコの箱に手を伸ばした。
「いいよ、続けて」
「は、はい……! 三珠と接触したのですが、あと少しのところで邪魔が入って」
「で、のこのこ帰ってきたわけだ」
「そそ、そ、そこで、ひ、一人が殺されて…………わ、私達のみが……」
「のこのこ帰ってきたわけだな」
——ぐしゃり。
小気味の悪い音と共に血飛沫が上がる。比較的彼らだったものの近くにいた少女の柔らかそうな頬にもそれは飛んで、扉や床を真っ赤に染めた。彼は「あっ」と声を上げてタバコを置くと、額に手をやって机に肘をつきため息を吐く。
「あーあ、またやっちまった……この癖直さないとな……。皐月、それ片しといてくれ。一人で難しいなら神無月でも呼べよ。あいつ暇だろ」
「うん、分かった」
ふんふんと鼻歌を零しながら、人だったものへスキップで歩み寄る少女。そんな彼女から目を逸らして彼はまたタバコを手に取り、口に咥えるとライターで火を点けた。
「はー……せっかくこないだ綺麗にしたばっかりなのに……絨毯もうちょい安いのに変えようかな……」
そんな時、机に置かれた電話が鳴って彼はすぐさまそれを手にし耳へ当てた。
「はいはい」
『もしもし、オーダースーツクレセントの坂城でございます。アレキサンダー様、ご注文頂いておりましたスーツが仕立て上がりましたのでご連絡いたしました』
「お、坂城さんいつも仕事が早いね。さすが」
『いえいえ、めっそうもございません』
「んじゃ明日うちの部下に取りに行くよう伝えるから、よろしく頼むよ」
『はい、お待ちいたしております』
そこで電話を切った彼は深く息を吸って煙を肺に送り込み、そしてぷかりと吐き出した。煙は空気へ溶けると薄くなって消えていく。電話をしている間にも、皐月と呼ばれた少女は人だったものをかき集めて、棚から引っ張り出した黒いポリ袋に詰め込んでいた。彼の言うままに動く少女の手は鮮血に塗れる。それをぼうっと見つめていた彼は、今度は携帯電話を取り出してぽちぽちと操作をするとまたそれを耳に当てた。
「…………あー、神無月? 社長室が汚れたからさ、お前片付けに来て。今皐月が一人でやってるから。今すぐ」
それだけ伝えて電話を切り、三十秒も経たない内に部屋の扉が再びノックされた。彼の返事を待って開かれた扉の先には、白い髪に一房赤い毛の混じった少年が立っていた。少年の手にはモップとバケツが握られている。
「っき、来ました……」
「おー早いじゃん。それ、皐月と一緒に片して。綺麗にな」
「……分かりました」
少女が掴み上げる破片に「うえっ」と一瞬声を漏らした少年だったが、彼の命令に素直に従い少女と共に部屋の片付けを開始する。我ながら良い部下を持ったものだと彼は思った。いや、使い物にならない者もいたが、それは忘れてしまおう。だってもういないものだ。いないもののことを考えたって、それは時間の無駄だ。そこまで考えて、彼はまた「あっ」と声を上げてがくりと項垂れた。
「……やっちまう前に色々聞くの忘れてた…………」
「あははっ、社長ってばカッとなったらすぐに手が出ちゃうんだから」
「……手が出るどころの騒ぎじゃない気が……」
「何か言ったか?」
「いえなんでもありません!!」
慌てて首を横に振る少年をじとりと見つめたが、彼はすぐに少年から視線を外して宙を眺めた。ああ、やってしまった。せっかく三珠や奴らのことを根掘り葉掘り聞けるところだったのに。まあ、自分を責めても仕方がないか。スーツもできたところだし。彼はそんなことを考えながらタバコを燻らせる。
「あー…………早く三珠と鈴欲しいなー……」
「あー、めんどくさ……また新しいCMオファー来てんじゃん」
「社長がすごいからだよー! さすが皐月のご主人様! なんでも完璧!」
きゃーきゃーと騒ぎ立てながら彼に抱きついた少女の頭には、髪と同じ桜色の三角形の耳が生えている。ぴこぴこと動くその耳を指で撫でてやって、彼は部下達から次々と渡される活動報告書に目を通した。ひたすらそれに判子を押していく作業を続けていると、部屋の扉がノックされて二人の部下が入ってきた。彼らはこの会社で言う営業部の者達だ。黒い武装服に身を包んだ彼らは、心底辛そうな顔をして部屋の入り口に突っ立ったままだ。少女は彼から離れて彼らの方へと歩く。
「何だ? ここに来るってことは急ぎの用か」
「し、社長……実は三珠と接触したのですが……」
「…………『ですが』?」
彼の一言に二人は縮み上がる。その声に殺気が混じっていたからだ。彼は「おっとすまない」と呟くと、なんでもないようにタバコの箱に手を伸ばした。
「いいよ、続けて」
「は、はい……! 三珠と接触したのですが、あと少しのところで邪魔が入って」
「で、のこのこ帰ってきたわけだ」
「そそ、そ、そこで、ひ、一人が殺されて…………わ、私達のみが……」
「のこのこ帰ってきたわけだな」
——ぐしゃり。
小気味の悪い音と共に血飛沫が上がる。比較的彼らだったものの近くにいた少女の柔らかそうな頬にもそれは飛んで、扉や床を真っ赤に染めた。彼は「あっ」と声を上げてタバコを置くと、額に手をやって机に肘をつきため息を吐く。
「あーあ、またやっちまった……この癖直さないとな……。皐月、それ片しといてくれ。一人で難しいなら神無月でも呼べよ。あいつ暇だろ」
「うん、分かった」
ふんふんと鼻歌を零しながら、人だったものへスキップで歩み寄る少女。そんな彼女から目を逸らして彼はまたタバコを手に取り、口に咥えるとライターで火を点けた。
「はー……せっかくこないだ綺麗にしたばっかりなのに……絨毯もうちょい安いのに変えようかな……」
そんな時、机に置かれた電話が鳴って彼はすぐさまそれを手にし耳へ当てた。
「はいはい」
『もしもし、オーダースーツクレセントの坂城でございます。アレキサンダー様、ご注文頂いておりましたスーツが仕立て上がりましたのでご連絡いたしました』
「お、坂城さんいつも仕事が早いね。さすが」
『いえいえ、めっそうもございません』
「んじゃ明日うちの部下に取りに行くよう伝えるから、よろしく頼むよ」
『はい、お待ちいたしております』
そこで電話を切った彼は深く息を吸って煙を肺に送り込み、そしてぷかりと吐き出した。煙は空気へ溶けると薄くなって消えていく。電話をしている間にも、皐月と呼ばれた少女は人だったものをかき集めて、棚から引っ張り出した黒いポリ袋に詰め込んでいた。彼の言うままに動く少女の手は鮮血に塗れる。それをぼうっと見つめていた彼は、今度は携帯電話を取り出してぽちぽちと操作をするとまたそれを耳に当てた。
「…………あー、神無月? 社長室が汚れたからさ、お前片付けに来て。今皐月が一人でやってるから。今すぐ」
それだけ伝えて電話を切り、三十秒も経たない内に部屋の扉が再びノックされた。彼の返事を待って開かれた扉の先には、白い髪に一房赤い毛の混じった少年が立っていた。少年の手にはモップとバケツが握られている。
「っき、来ました……」
「おー早いじゃん。それ、皐月と一緒に片して。綺麗にな」
「……分かりました」
少女が掴み上げる破片に「うえっ」と一瞬声を漏らした少年だったが、彼の命令に素直に従い少女と共に部屋の片付けを開始する。我ながら良い部下を持ったものだと彼は思った。いや、使い物にならない者もいたが、それは忘れてしまおう。だってもういないものだ。いないもののことを考えたって、それは時間の無駄だ。そこまで考えて、彼はまた「あっ」と声を上げてがくりと項垂れた。
「……やっちまう前に色々聞くの忘れてた…………」
「あははっ、社長ってばカッとなったらすぐに手が出ちゃうんだから」
「……手が出るどころの騒ぎじゃない気が……」
「何か言ったか?」
「いえなんでもありません!!」
慌てて首を横に振る少年をじとりと見つめたが、彼はすぐに少年から視線を外して宙を眺めた。ああ、やってしまった。せっかく三珠や奴らのことを根掘り葉掘り聞けるところだったのに。まあ、自分を責めても仕方がないか。スーツもできたところだし。彼はそんなことを考えながらタバコを燻らせる。
「あー…………早く三珠と鈴欲しいなー……」
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