右手と魔法!

茶竹 葵斗

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逃亡

第十五話 鹿の脚力があれば助走なしで150cm跳べるらしい

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 あれから幾日いくにちか経って、日和達は野を越え山を越えもといた街から離れた場所へ来ていた。今いるのは山奥の竹林だ。しばらく歩いていたので、休めそうな少しひらけた場所で休むことにした。持ってきていた携帯電話の充電は切れてしまったし、飲み物や食料も底を尽きた。しかし、これには心配するなと鳳凰達は言う。食料を調達してくると言って一人どこかへ向かった狷を除き、日和、正影、鳳凰の三人で木漏れ日のもと一時の休息を取っていた。
 この数日で親交が深まった。鳳凰は日和を「ひよちゃん」と呼ぶようになり、日和もまた鳳凰を呼び捨てに。正影と鳳凰も互いを呼び捨てにするようになり、他愛たあいもない話もできるようになった。

「ねぇ、小林くん一人で行っちゃったけど大丈夫かな」
「あいつは大丈夫! ちゃんとオレ達の場所も分かるし」
「それはどうして?」
「気配だよ、オレ達の気配」
「ふうん……」

 日和はもう不思議なことを言われても取り乱したりしないようになっていた。自分の中で許容するように心掛けたからだ。それが理解できなくても、一度自分の中に事実として受け止めれば混乱することはない。無理に理解することもやめた。ありのままを受け止めることにすると、気が楽になった。正影のようにはできないが、それでもこの数日で自分も少しは成長したように思う。
 それよりも、日和には気になることがあった。——狷だ。
 彼は口数も少なく、皆で会話をしていても全く話に入ってこない。それに、話しかけても他愛もないことであれば全く会話が続かないのだ。日和は彼ともできれば仲良くなりたいと考えていた。しかし……。

「ねぇ小林くん、ずっと歩いてて疲れない?」
「…………」

「小林くん、ちょっと待ってよー」
「………………」

「小林くん、こっちおいでよ! みんなでお話しよう」
「……………………」

とまあ、こんな調子だったのである。いくら話しかけても反応がないか一言で終わってしまうのだ。いや、一言返してくれる時はまだマシな方かもしれない。人見知りなのかな、と思ったがそういうわけでもないようで、三珠みたまや鈴、魔法の話になると積極的に話をしてくれる。不器用なのかな、と思うことにしたが、やはり彼だけをよく知らないというのは気が引けて。
 しばらく経った時、狷が何やら大きなものをかついで戻ってきた。その大きなものを確認した時、日和は思わず「ひっ」と声を上げてしまった。彼の手には何かの動物の脚が担がれていたのだ。

「そそそ、それは……!?」
「食料だ。火を起こして焼く」
「えっ」
「え」

 これにはさすがの正影も目を丸くして絶句ぜっくしている。その脚は見たところ鹿のものだろうか、ももの辺りで綺麗さっぱりにさばかれた脚を鳳凰に差し出して、狷は小さく息をついた。

「後は頼む」
「ん、おう」

 鳳凰はこの光景を見慣れているのか、平気な顔で鹿の脚を受け取って地面にそっと置いた。ポケットからサバイバルナイフを取り出したかと思うと、脚の皮を手早く器用にいでいく。新鮮そうな赤い身が皮の下から覗いて、日和達はただそれを呆然ぼうぜんと眺めていることしかできない。全ての皮を剥ぎ取ると、今度は骨と身を分けていく。その手付きも慣れたもので、みるみるうちに鹿の脚は肉の塊に成り果てた。

「……すごいな」

 正影が思わずそう感嘆かんたんの声を漏らす。日和は鳳凰と出会った最初の頃、彼らが狩猟をして生活していると言っていたのを思い出した。

「慣れれば簡単だぜ! 鹿の肉は筋肉質でうまいんだ~、オレ超好き。ひよちゃん達にも早く食べてほしいな」
「……いいから火を起こせ」
「りょーかい」

 鳳凰は狷の言葉に素直に頷くと、地面に手を突き出した。すると、そこからパチパチと音を立てて炎が上がった。日和はやはり「わあ」と声をこぼしてしまう。魔法というものは、いつ見ても不可解で非現実的なものだ。でも彼らがこうして使う魔法には特に嫌悪感や恐怖を感じることはなくて、不思議な感覚を覚えてしまう。炎が上がったのを見た狷は、脇に差していた木の枝を手に取り、それを鳳凰に渡す。それを受け取った鳳凰は、木の枝に肉を突き刺していくと、囲炉裏いろりで魚を焼くような形で炎を中心に木の枝を地面に突き刺し、肉をあぶった。

「よし、これで焼き上がるのを待つだけ!」
「……魔法って本当になんでもできるんだね」
「へへへ。なんでもってわけじゃないけど、確かに色々できるよな」

 得意げに胸を張る鳳凰は、火の番をする為か炎を見つめて黙り込んだ。正影もそれを静かに見守っているので、日和は隣に腰を下ろした狷にそっと話しかけた。

「すごいね。小林くん一人で鹿をったの?」
「…………ああ」
「脚だけだけど、残りは?」
「…………後は野の獣や虫達にかえす。だから置いてきた」
「へえ、そうなんだ」
「……」
「…………」

……だめだ、会話が続かない。しかしここで諦めたくはなかった。こうなれば意地でも仲良くなるまでだ。何か距離を縮めるいい方法はないだろうか。少し考えて、日和はもう一度声をかける。

「ねぇ、みんな名前で呼び合ってるから、小林くんのことも狷ちゃんって呼んでもいい?」
「……?」

 日和の言葉にひくりと表情を動かした狷は、少し目を丸くして日和へ視線を向けた。こんな彼の表情を見るのは、初めてだった。
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