右手と魔法!

茶竹 葵斗

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逃亡

第十七話 生き物は果たして兵器となり得るのか

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 しばらく歩いていると、どこからかかすかに水の流れる音が聞こえてきた。

「水の音! すごい、狷ちゃんよく分かったね」
「…………水の気配を感じただけだ」
「オレ達には到底できないさ」

 やはり彼らはすごい。そう簡単な言葉で片付けるのもどうかとは思うが、魔法を使うし、何かの気配を敏感に感じ取ることもできる。日和や正影にはそんなことはできないので、ただすごいと言うしかない。
 そこから程なく、山肌からこぼれ落ちる水が見えてきた。思わず表情がほころんで、日和は胸の前で手を組んだ。

「水だ! ちゃんと湧き水っぽいね」
「そうだな」
「飲もう飲もう」

 早速湧き水のそばに駆け寄って、まずは狷が水を手でんで口に運んだ。味を確かめるような素振そぶりを見せることなく何度か水を飲んだ狷は、満足したところでそこから離れる。順番に水を飲んでいき、日和と正影は冷たい水を水筒に補充してリュックにしまい込んだ。これで体力は満タンだ。どこまでも歩いて行けそうな気さえして、日和はリュックをよいしょと背負い直した。

「生き返ったねー。よしっ、行こう!」
「おう!」

 歩いている道は車もぎりぎり通れるほどの、そこまでけわしくはない山道だ。ガードレールもついているし、タイヤの跡も残っている。こんなところを歩いていたら何事かと思われそうだが、車が通る気配はない。まだ歩きやすい道だ。一度獣道を歩かされた時はどうなることかと思ったものだ。そばは崖だし、足元は草だらけで歩きにくいしで、身の危険を感じたのは言うまでもない。

「街までどのくらいかな」
「そう遠くはないんじゃね? ここ車も通ってるっぽいし」
「そうだといいけどな……」

 正影がそう口にした時だった。どこからともなくうなり声が聞こえてきて、四人はぴたりと足を止めた。獣が近くを通ったりしたことはあるが、敵意を向けられたことはない。ピンと張った緊張感に、その場の空気が固くなる。

「何……?」
「……なんかおかしい」

 鳳凰の言葉通り、唸り声は聞こえるはずなのにその姿は見えない。いや、隠しているのだろうか。そう思っていた矢先だ。山肌を滑る音と共に複数の何かが飛んで、四人の前に立ちはだかった。それはやはり獣だ。——獣だが、それを目にした瞬間、日和は「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
 犬のような痩せた体躯たいくの獣は、その口からはみ出た幾重いくえものいびつな牙を剥き出している。その目には瞳孔どうこうがなく、ただ真っ赤に染まってぎらぎらと光っているだけだ。牙の間からはてらてらと光る唾液が流れて、地面にシミを作る。敵意、と言うよりは殺気だ。殺気を垂れ流しにしながら、獣達はじりじりとにじり寄る。

「な、なにこれ……っ」
「これ……の兵器だ」
「……兵器……?」

 鳳凰の言葉に日和は震える声で呟く。この生き物——だと思いたいものが、兵器だと?
 獣達は唸り声を大きくすると、突然四人に飛びかかってきた。日和はびくりと肩を揺らすとぎゅっと目を瞑る。するとまたあの白群びゃくぐん色の結界が四人を取り囲んで、獣達を弾き返した。とりあえずは身を守れたが、このままでは動くことができない。獣達は弾かれたとて去る気配も見せず、結界の周りをぐるぐると回っている。車がぎりぎり通れる幅の道に四人で背を預けあって結界に守られている今、身動きを取るのは困難だった。

「ど、どうするこれ……」
「やばいんじゃないのか、あいつらオレ達を殺そうとしてないか?」
「……そうだ。あれは俺達を殺す為に造られた生物兵器」

 自分達を殺す為。その言葉に日和は震えが止まらなくなった。ただ人を殺す為に存在する獣。しかも、それは造られたものだという。こんなものを人が造っているのだとしたら、それは狂気の沙汰さただ。

「……狷、とりあえず迎え撃つか?」
「…………そうするしかない」

 二人が小さな声で話し合うのを聞いて、正影が眉を寄せる。迎え撃つ。ということは、戦闘になるのだろう。日和はぎゅっと拳を握り締めて鳳凰達を見上げた。

「だ、大丈夫なの……?」
「オレ達はこういうのに慣れてるからさ。でも、ちょっとむごいとこ見せるかも」

 いつもより低い声でそう言うと、鳳凰は日和を見て寂しそうな、苦しそうな笑みを浮かべた。
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