右手と魔法!

茶竹 葵斗

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逃亡

第十八話 屍を越えていくのは容易いことじゃない

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「ひよちゃんと正影は結界の中にいて。オレと狷がどうにかする」

 いつものへらへらした笑顔を押し殺して、鳳凰が二人に告げる。

「ひよちゃん、一瞬だけこれ解ける?」
「え……っ、う、うん、やってみる……」

 鳳凰に言われて、日和は眉を下げた。この結界はまだ無意識のうちに張り巡らされているものだ。自在に操れるわけではなく、使い方も手探り状態で、果たしてそんなことができるだろうか。

「大丈夫、三珠がひよちゃん達を守ってくれるから」

 そんな日和の心配を察知したのか、鳳凰は日和へつとめて明るい声をかけ笑った。彼がそう言うのなら、自分を——三珠を、信じるしかない。
 日和は覚悟を決めて正影の手を握り、ぎゅっと目を閉じた。結界を、解く。それだけを考えると、結界は音もなく消えて、瞬時に日和と正影だけを包み込んだ。鳳凰達が結界の外に出たのを理解したのか、獣達は低くも高くも聞こえる咆哮ほうこうを上げて二人へ襲い掛かった。鳳凰と狷はそれを素早い身のこなしでひらりとかわし、獣と日和達を引き離す。

「狷!」

 鳳凰の呼びかけに狷は瞬時に手を高くかざした。その手からぶわりと広がったのは、真っ赤に燃え盛る炎だ。炎は渦を巻いて、火花を撒き散らしながら獣達へ走った。むちのようにしなるそれは、避けようとする獣達の足を絡め取って地面へ引き倒す。それにすかさず反応した鳳凰が、腕に電気をまとわせて獣達へ走る。バチバチと音を立てる電気に、鳳凰の髪が逆立った。

「くらえっ!」

 鳳凰の腕が振るわれると、それまで留まっていた電気が弾けて電撃となり、獣達へ走った。青白く光るそれがぶつかった獣達は激しく感電して、ばたりと地面に倒れ込む。……意外にも戦いは呆気あっけなく終わった。はずだった。——倒れたはずの獣達が立ち上がったのだ。

「なんで……!? あんなに感電したら普通は……」
「……これは兵器だと言ったろう。生物を利用した兵器。生けるしかばねだ」

 驚く日和に、狷が静かに告げる。生物兵器。生ける屍。これは、元々生き物だったはずだ。やはり、これがつくられたというのなら。日和は例え難い感情が湧き上がってくるのをこらえて、正影の手をぎゅっと握り締めた。

「……日和?」
「…………あの子達も生きてたのに……どうして……」

 その時、一匹の獣が日和達へと飛びかかってきた。結界が張られているとはいえ、迫ってくる獣の殺気に気圧けおされて、日和は正影の体にすがるように抱きつく。獣は結界によって日和達へ牙を突きつけることは叶わなかったが、それでも猛攻を止めない。

「ひよちゃん! 正影!」
「……っ」

 結界に牙が、爪が当たる度に、日和の体がずきずきと痛み始める。攻撃を受けているのは三珠の結界だ。そして、三珠みたまは日和自身。それは——日和が攻撃を受けているということだ。日和はそのことにまだ気付いていない。容赦なく叩き込まれる痛みにずるずるとその場にしゃがみ込んでしまった日和を見て、正影があせりと困惑の表情を浮かべる。

「っおい、日和!?」
「……むを得ん」

 その様子を一瞥いちべつした狷はぽそりと呟くと、鳳凰に目配めくばせをして日和の方へ向かった。それを受け、鳳凰は残りの獣達と対峙たいじし、日和達の元へと行かせまいと立ちはだかった。ゆっくりと歩み寄る狷に気付いた獣が、牙を剥いて彼に襲い掛かる。しかし狷は動じなかった。最小限の動きで獣の突進を避けた狷は、後ろに着地した獣へすっと手を振り下ろす。瞬間、獣の首がぼとりと地面に転げ落ちて、正影は息を飲んだ。いつの間にか狷の手に握られていたのは、銀色に光るやいばのようなものだ。包丁ほどの大きさしかないその刃は、いとも簡単に獣の肉を斬り骨を絶った。残りの獣達と応戦していた鳳凰が、狷の方を一瞬振り返って苦い表情を見せた。

「鳳凰、手加減するな」
「……っ分かってる!」

 そう答えるも、鳳凰は狷のようにとどめの一撃を刺せないでいる。狷はすうっと目を細めると、その場から動かずに刃を持たない方の手をわずかに動かした。刹那せつな、獣達の足元から鋭く尖る銀のつるが飛び出して、獣達の体を貫き宙へと持ち上げた。日和にはこの蔓に見覚えがあった。彼らと初めて出会った時に見た、男を絡め取っていたあの蔓。
 獣達はその身を貫かれてもなおもがいていた。その時、再び地面から突き出した銀の蔓がひゅんっ、とくうを切る音を立てて薙ぐ。——獣の首が飛ぶ。切れた部分からは血が噴き出て、銀の蔓と地面を赤黒く染めた。
 阿鼻叫喚あびきょうかんとはこのことを言うのだろう。……一瞬だった。獣の首が転がるのを見た狷は、何でもなかったように鳳凰へ歩み寄って、その肩に手を置いた。

「…………躊躇ためらうな。貴様の判断でこいつらを危険な目に遭わせることになる」
「…………」

 狷の言葉に鳳凰はぐっと唇を噛んで、その場に立ち尽くした。正影もまた、しゃがみ込んだままの日和の背中を抱きながらこの光景を見つめることしかできなかった。そして、日和が今の状況をまだ見ていないことに僅かながら安堵あんどした。
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