右手と魔法!

茶竹 葵斗

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逃亡

第十九話 ただ、今は安らかに

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「日和、もういいよ」

 正影にかけられた言葉に日和は脱力した。それと同時に白群びゃくぐんの結界は消え去る。しかし彼女に今の光景を見せることは躊躇ためらわれて、正影は日和の体を抱き寄せた。

「大丈夫か? しんどそうだぞ」
「……う、ん、ちょっと……」

 狷と鳳凰もこちらへ歩み寄ってくる。体はまだずきずきと痛みを訴えている。

「……結界が攻撃を受けていた。お前自身にもダメージが移ったんだろう」
「そんな……」

 狷の言葉通り、今や三珠みたまは自分自身なのだ。自分の身を守る為とはいえ、三珠が攻撃を受けるのなら、それは日和に攻撃されているのと同じこと。日和は痛みをこらえる為にぎゅっと胸元を握る。

「まだ痛むか」
「うん……」
「でも傷じゃないから……魔法で治せるか分かんねぇぜ?」

 鳳凰は正影と日和のそばにしゃがんで心配そうに彼女達を覗き込む。どうにかしてほしいとは思わないが、この痛みが消えるまではこの場にとどまらせてほしかった。

「……鳳凰、先にこいつらを始末するぞ」
「お、おう」

  鳳凰に声をかけた狷はひとり転がった獣達へと歩んでいく。まだ顔を上げられず、今の状況も分からないが、とりあえず危険は去ったことだけは理解できた。

「……ひよちゃん、ちょっとじっとしててな」

 鳳凰の優しい声が聞こえて、彼の手が背中に触れて。そこからあたたかな何かが体ににじんだ。この感覚には覚えがある。狷が切れた口の傷をいやしてくれた時の、あの感覚。それは日和の体の痛みをやわらげた。これも、魔法。日和は優しくぐようなそれに、徐々に強張こわばらせていた体の緊張を解いた。

「…………鳳凰、今の」
「どう? 少しは落ち着いた……?」
「うん、治ってきた……ありがとう」
「よかった、オレこれするの下手くそだからさ……」

 顔を上げた日和に鳳凰はほっとした表情を浮かべた。ふと周りを見た日和は、その光景に目をみはる。地面に転がる獣達が炎に包まれていたのだ。狷はその近くに立って、ただ獣達が燃えていくのを見つめていた。

「……倒した、の……?」
「……おう」

 ぱちぱちと火花が散る音が静かに響く。狷がこちらを振り返り日和の姿を見た時、一瞬だけ表情をゆるめたのが分かった。歩み寄ってくる狷はすぐに元の無表情に戻ったが、三人のそばで立ち止まり皆を見下ろす。

「無事か」
「うん……」

 日和は獣達から狷に視線を上げた。痛みはもうほとんどなくなっている。正影と鳳凰に「もう大丈夫」と告げて、日和はゆっくりと立ち上がった。

「もう大丈夫……。ごめんね」
「謝るなよ。日和は何も悪くないだろ」

 正影がなだめるように声をかける中、日和はざわざわと波風の立つ胸に手を当てた。この気持ちは何なのだろう。炎に包まれる獣達を見ていると、胸の奥が締め付けられるようで苦しい。

「……日和?」
「……この子達、兵器って言ってたけど……、もともと普通の生き物なんだよね?
「……そうだ。の手で兵器に変えられた生物だ」

 狷の言葉にやはり胸がざわつく。死してもなお動き続けている兵器。こんなの、命を冒涜ぼうとくしているではないか。

「そんなの、酷いよ……」
「……こういうことをするのがだ」
「やつらって……」
「オレ達を狙ってる奴ら。……ウルペスコーポレーション」

 鳳凰はその言葉を苦々しく呟くと、獣達を一瞥いちべつして続ける。

「三珠と鈴を狙ってる」
「それ聞いたことあるぞ。最近CMとかでやってた……製薬会社だったか?」
「表向きではな。裏ではこれと同じような生物兵器を作って、世界を支配しようと目論もくろむ秘密結社だ」

 本当にそんなものがあるのか。日和はまだざわざわとした心を抑えようと息を吐いたが、それでも落ち着くことができなくて眉を寄せた。

胡散臭うさんくさいと思ってたんだあの会社。まさかそんな……」
「……許せない」

 ぽつりと呟いた声は震えていて。正影は日和を見下ろして眉を下げ、彼女の後ろからそっと肩に手を置いた。日和は少ししてから皆から離れ、獣達に歩み寄った。そのそばに静かにしゃがみ込み、手を合わせる。
 彼らも生き物だったのだ。せめて、悪しき役目を終えた今だけでも……どうか安らかに。そう願いを込めて、日和はただ炎に包まれ物言わぬ獣達に手を合わせていた。
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