27 / 50
逃亡
第二十七話 女心ってものを知らない男はごまんといるけれど
しおりを挟む
意識がどろりと浮上して、日和は思わず呻き声を漏らした。瞼を開くと、見慣れない天井が視界に入ってきた。ここはどこだろう。あれから、どうなったのだろう。起き抜けの怠い頭でなんとか考えてみたが、正影の顔が見えて思考は停止した。
「……ま、さ」
「日和……! 起きたんだな」
続けて鳳凰も顔を出して、とりあえず無事らしいことにほっとした。気が抜けるとまた眠くなってしまいそうだったので、日和は体を起こそうと力を入れた。しかし上手く動けない。
「日和、無理するな。もう大丈夫だから」
「……ここは……?」
「近くに宿があったんだ。そこの部屋を貸してもらって、今休んでたとこ。よかった、ひよちゃんが目覚まして……もう少し寝たままだと思ってた」
視線を動かすと、少し離れた畳の上に狷が座っていた。彼の赤い瞳と目が合うと、狷は少し目を細めて僅かながら表情を緩めた。
「……あの人は?」
「逃げてったよ。……日和、オレも魔法を使えるようになった。みんなに守られてばっかりじゃなくなって、少し安心したんだ」
「……そう、なんだ」
正影の言葉に日和はなんとも言えない複雑な感情を抱いた。もう既に遅いが、やはり正影を巻き込んでしまった。彼女はそれを受け止めているが、日和の不安はまだ拭われていなかった。
「みんなは大丈夫だった?……怪我してない?」
「大丈夫、お前は自分の心配をしてろ」
そう言われてほっと 安堵の息をつく。確かに皆は目立った怪我はしていないようだ。しかし、狷をもう一度見ると、彼の頬には刃物で切られたような傷が残っているのが見えた。
「……狷ちゃん、顔」
「このくらい問題ない」
日和の言葉に間髪入れず答えた狷は、自分の頬に触れたがそれを治そうとはしなかった。
「……きれいな顔が台無しだよ」
日和がそう言うものの、狷は反応を示さない。日和はまた息をつくと、動きづらいのを無視して布団の中でもぞもぞと 身動ぎをした。
「これからどうするの……?」
「とりあえず、今日はここで泊まらせてもらおうってことになったぜ。宿の人が飯も用意してくれるって」
「そっか……」
「ひよちゃん、動くの辛いだろ? まだ寝てていいからさ」
そうは言われても、日和もじっとしたままではいたくなかった。確かに今は起きたところだし頭もぼうっとしているが、頑張れば動けなくはないはずだ。しかし起き上がろうとすると正影に制止されてしまう。
「休んでろって」
「でも……座りたいの」
「寝てる方が楽だろ?」
「座りたい」
少し意地を張ると、正影は折れたようで何も言わなくなった。もう一度起き上がるために布団に肘をつくと、鳳凰が背中を支えて起き上がりやすいように助けてくれた。
「ありがとう」
「おう。無理しちゃダメだぜ?」
鳳凰の言葉にこくんと頷く。ふと立ち上がってこちらへ歩み寄ってきた狷に、日和は目を瞬かせた。
「……狷ちゃん?」
「じっとしてろ」
言われた通りにじっとしていると、そばにしゃがみ込んだ狷の手が頬に触れた。突然のことに思わずどきりと胸が跳ねた。目の前にいる彼の顔を直視できない。冷たくて、なのにどこかあたたかい手——。
「……もう大丈夫だろう。いつでも動けるはずだ」
「本当か?」
「後はこいつ次第だ」
そう告げた狷の手が離れていって、日和はなんとも言えないむず痒いような感覚を覚えた。今の会話だって上手く取り込むことができない。それどころではない、ような気がした。心臓がばくばくと音を立てて鳴っている。そんな日和のことなど露知らず、狷はまたもといた場所に戻っていった。
「……日和? 大丈夫か?」
「うっ、うん、大丈夫」
「まだ休んでた方がいいだろ」
「……そうだね、少し」
「今日はここに泊まらせてもらおうぜ! 飯も用意してくれてるんだしさ、その間に日が落ちるじゃん」
明るい鳳凰の声に思わず笑みが零れる。どのようにしてここへ来たのかは日和は知らなかったが、休めるのなら休みたい。少し怖いのだ。まだあの男の——疾風のことが忘れられない。あの時は結界を保つことに必死だったが、今思い返せば体が震えそうになって、日和は思考を無理やり停止させた。
「ご飯、楽しみだね」
「だな! 最近ジャンクフードしか食ってなかったからなー。こういうとこの飯っていい料理だろ?」
「いい料理って言い方もどうかとは思うけど、そうだろうな。……ちょっと古いから心配だけど」
「こういうとこだからこそうまいんだって!」
「分かんないぞ、ゲテモノが出てきたりして」
「ゲテモノ!? オレはゲテモノ好き!」
「マジかよお前がゲテモノだったか……」
言い合う正影達から目を逸らし、日和は改めて狷へ視線を向けた。彼の赤い瞳はこちらを向いていて、簡単に目が合った。
「……狷ちゃん、ありがとう」
「……何がだ」
「さっき。また魔法を使ってくれたんでしょ?」
日和の問いに狷は首を横に振った。
「使っていない」
「…………えっ」
「お前の様子を確かめただけだ」
日和はぽかんと口を開けたが、次の瞬間にはむっと頬を膨らませて狷から顔を背けた。あれでは、自分は、自分の心だけがただ彼に振り回されただけだったのではないか。様子を確かめるだけならあんなことをしなくてもいいのに。彼は自分と異性同士だということを意識していないのかと思うと、なんとなく腹が立ってしまった。
「………………狷ちゃんの女ったらし」
日和の言葉は誰の耳にも届くことなく消えていった。
「……ま、さ」
「日和……! 起きたんだな」
続けて鳳凰も顔を出して、とりあえず無事らしいことにほっとした。気が抜けるとまた眠くなってしまいそうだったので、日和は体を起こそうと力を入れた。しかし上手く動けない。
「日和、無理するな。もう大丈夫だから」
「……ここは……?」
「近くに宿があったんだ。そこの部屋を貸してもらって、今休んでたとこ。よかった、ひよちゃんが目覚まして……もう少し寝たままだと思ってた」
視線を動かすと、少し離れた畳の上に狷が座っていた。彼の赤い瞳と目が合うと、狷は少し目を細めて僅かながら表情を緩めた。
「……あの人は?」
「逃げてったよ。……日和、オレも魔法を使えるようになった。みんなに守られてばっかりじゃなくなって、少し安心したんだ」
「……そう、なんだ」
正影の言葉に日和はなんとも言えない複雑な感情を抱いた。もう既に遅いが、やはり正影を巻き込んでしまった。彼女はそれを受け止めているが、日和の不安はまだ拭われていなかった。
「みんなは大丈夫だった?……怪我してない?」
「大丈夫、お前は自分の心配をしてろ」
そう言われてほっと 安堵の息をつく。確かに皆は目立った怪我はしていないようだ。しかし、狷をもう一度見ると、彼の頬には刃物で切られたような傷が残っているのが見えた。
「……狷ちゃん、顔」
「このくらい問題ない」
日和の言葉に間髪入れず答えた狷は、自分の頬に触れたがそれを治そうとはしなかった。
「……きれいな顔が台無しだよ」
日和がそう言うものの、狷は反応を示さない。日和はまた息をつくと、動きづらいのを無視して布団の中でもぞもぞと 身動ぎをした。
「これからどうするの……?」
「とりあえず、今日はここで泊まらせてもらおうってことになったぜ。宿の人が飯も用意してくれるって」
「そっか……」
「ひよちゃん、動くの辛いだろ? まだ寝てていいからさ」
そうは言われても、日和もじっとしたままではいたくなかった。確かに今は起きたところだし頭もぼうっとしているが、頑張れば動けなくはないはずだ。しかし起き上がろうとすると正影に制止されてしまう。
「休んでろって」
「でも……座りたいの」
「寝てる方が楽だろ?」
「座りたい」
少し意地を張ると、正影は折れたようで何も言わなくなった。もう一度起き上がるために布団に肘をつくと、鳳凰が背中を支えて起き上がりやすいように助けてくれた。
「ありがとう」
「おう。無理しちゃダメだぜ?」
鳳凰の言葉にこくんと頷く。ふと立ち上がってこちらへ歩み寄ってきた狷に、日和は目を瞬かせた。
「……狷ちゃん?」
「じっとしてろ」
言われた通りにじっとしていると、そばにしゃがみ込んだ狷の手が頬に触れた。突然のことに思わずどきりと胸が跳ねた。目の前にいる彼の顔を直視できない。冷たくて、なのにどこかあたたかい手——。
「……もう大丈夫だろう。いつでも動けるはずだ」
「本当か?」
「後はこいつ次第だ」
そう告げた狷の手が離れていって、日和はなんとも言えないむず痒いような感覚を覚えた。今の会話だって上手く取り込むことができない。それどころではない、ような気がした。心臓がばくばくと音を立てて鳴っている。そんな日和のことなど露知らず、狷はまたもといた場所に戻っていった。
「……日和? 大丈夫か?」
「うっ、うん、大丈夫」
「まだ休んでた方がいいだろ」
「……そうだね、少し」
「今日はここに泊まらせてもらおうぜ! 飯も用意してくれてるんだしさ、その間に日が落ちるじゃん」
明るい鳳凰の声に思わず笑みが零れる。どのようにしてここへ来たのかは日和は知らなかったが、休めるのなら休みたい。少し怖いのだ。まだあの男の——疾風のことが忘れられない。あの時は結界を保つことに必死だったが、今思い返せば体が震えそうになって、日和は思考を無理やり停止させた。
「ご飯、楽しみだね」
「だな! 最近ジャンクフードしか食ってなかったからなー。こういうとこの飯っていい料理だろ?」
「いい料理って言い方もどうかとは思うけど、そうだろうな。……ちょっと古いから心配だけど」
「こういうとこだからこそうまいんだって!」
「分かんないぞ、ゲテモノが出てきたりして」
「ゲテモノ!? オレはゲテモノ好き!」
「マジかよお前がゲテモノだったか……」
言い合う正影達から目を逸らし、日和は改めて狷へ視線を向けた。彼の赤い瞳はこちらを向いていて、簡単に目が合った。
「……狷ちゃん、ありがとう」
「……何がだ」
「さっき。また魔法を使ってくれたんでしょ?」
日和の問いに狷は首を横に振った。
「使っていない」
「…………えっ」
「お前の様子を確かめただけだ」
日和はぽかんと口を開けたが、次の瞬間にはむっと頬を膨らませて狷から顔を背けた。あれでは、自分は、自分の心だけがただ彼に振り回されただけだったのではないか。様子を確かめるだけならあんなことをしなくてもいいのに。彼は自分と異性同士だということを意識していないのかと思うと、なんとなく腹が立ってしまった。
「………………狷ちゃんの女ったらし」
日和の言葉は誰の耳にも届くことなく消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる