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逃亡
第二十九話 仕返しのつもりが
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あの後鳳凰は正影にこっぴどく叱られて、しくしくと泣きながら布団に籠もってしまった。二人の会話はあまり聞かないようにしていたが、正影は世にも恐ろしいことを鳳凰にぐちぐちと言い並べていたように思う。そんな様子を我関せずと無視していた狷は、椅子に座って肘置きに頬杖をつき、黙って目を閉じていた。
ふわりと欠伸を零し、日和は窓の障子を開いて外の様子を見た。しかし外は真っ暗で何も見えない。ここはまだ山の中のようだ。こんなところに宿があってよかったな、と日和は考えた。そろそろ眠気が来ている。鳳凰も結果的には布団に入ってしまったことだし、自分も眠ってしまおうか。そこで椅子に座ったままの狷へ視線を変えて、日和はぱたんと障子を閉めた。
「狷ちゃん、布団で寝ないの?」
「…………」
日和の言葉に狷はすっと目を開く。赤い瞳がこちらを向いて、日和はぱちぱちと瞼を瞬かせた。
「?」
「……俺はここでいい。何かあったらすぐに動ける」
「うーん……そっか」
話している間に正影も布団へ入っていたようで、ごそごそと布擦れの音が聞こえた。見ると、もう彼女は眠っているらしく布団は規則的に上下を繰り返していた。日和は空いている布団と狷とを交互に見やって、どうしようかと悩む。彼はいつも一人になりたがるのだ。日和はそれが少し気になっていた。だって、皆といるのに一人なのは寂しいだろう。自分ならそう思う。彼はそうではないのかもしれないが、日和は狷が皆のそばにいないことが不満だった。
「一緒に寝ようよ。狷ちゃんも疲れてるでしょ?」
「…………」
「もう、意地張らないでよ。私、狷ちゃんも一緒じゃないと寂しいよ」
我ながら卑怯なことを言っているな、と思った。こう言えば大体の人は折れてくれるのだ。だが、狷は違った。いつもの無表情を貼り付けて、ただじっと自分を見つめてくるだけだ。彼は今、どういう気持ちでいるのだろう。先程のように自分だけが心を揺さぶられることにも納得がいっていなかった日和は、狷の心も揺さぶってやろうとムキになる。正影だって知らないことだが、自分だって色恋の駆け引きくらいしたことがあるのだ。狷に対してそれを引き出すのは少し気が引けたが、うんともすんとも言わない狷をからかいたい気持ちが勝った。彼の反応を見たかった。
「狷ちゃんと一緒にいたいよ。私、狷ちゃんのこと好きだもん。そういう意味じゃないけど……、でも、だから一緒がいいな」
「………………」
「狷ちゃんが一人でいるところを見たくないの。だって、寂しそうなんだもん」
その言葉を聞いて、狷の表情が僅かに変わった。それは、少し怒っているようにも見える表情だ。眉がひくりと動いて、切れ長い目が細められている。日和は更に狷を煽る。
「狷ちゃん、なんだかいっつも寂しそうに見えるよ」
「…………俺が寂しそうに見えるのか」
狷はそう言って日和に向き直った。話に食いついたのだ。
「うん。見えるよ。目がね、寂しそう」
「…………」
「だから私いつも狷ちゃんに……」
そこまでしか言えなかった。気付けば目の前に狷の顔があった。しかも至近距離だ。赤い瞳には怒りの色が滲んでいた。どうやら自分は音もなく彼に押し倒されたらしい。予想外の展開に思わず肩に力が入る。
「け、狷ちゃん……?」
「…………俺が寂しそうに見えるなら、お前が慰めてくれるのか」
そう言う狷の声色も怒りが滲んでいて、日和はぐっと口を噤んだ。煽ったのは自分だが、怒るようなことだっただろうか。何か地雷を踏んでしまったのかもしれない。どう慰めてほしいのだろう。ありもしない行動が頭の中を駆け巡ったが、それだけはないはずだ。
「…………狷ちゃんは、どうしてほしいの?」
静かに問う。すると狷は一瞬はっとしたような表情を見せて、すぐに無表情に戻った。この状況を正影達に見られていなくてよかった、と考えていると、狷が腕を引いて起こしてくれた。
「…………すまない。今のは忘れろ」
「……う、ん。私こそごめんね。狷ちゃんのこと困らせちゃった」
彼から謝罪の言葉を聞いたのは初めてだった。とんでもないことをしてしまったのかもしれないと、日和は眉を下げて狷の横顔を見つめていた。
ふわりと欠伸を零し、日和は窓の障子を開いて外の様子を見た。しかし外は真っ暗で何も見えない。ここはまだ山の中のようだ。こんなところに宿があってよかったな、と日和は考えた。そろそろ眠気が来ている。鳳凰も結果的には布団に入ってしまったことだし、自分も眠ってしまおうか。そこで椅子に座ったままの狷へ視線を変えて、日和はぱたんと障子を閉めた。
「狷ちゃん、布団で寝ないの?」
「…………」
日和の言葉に狷はすっと目を開く。赤い瞳がこちらを向いて、日和はぱちぱちと瞼を瞬かせた。
「?」
「……俺はここでいい。何かあったらすぐに動ける」
「うーん……そっか」
話している間に正影も布団へ入っていたようで、ごそごそと布擦れの音が聞こえた。見ると、もう彼女は眠っているらしく布団は規則的に上下を繰り返していた。日和は空いている布団と狷とを交互に見やって、どうしようかと悩む。彼はいつも一人になりたがるのだ。日和はそれが少し気になっていた。だって、皆といるのに一人なのは寂しいだろう。自分ならそう思う。彼はそうではないのかもしれないが、日和は狷が皆のそばにいないことが不満だった。
「一緒に寝ようよ。狷ちゃんも疲れてるでしょ?」
「…………」
「もう、意地張らないでよ。私、狷ちゃんも一緒じゃないと寂しいよ」
我ながら卑怯なことを言っているな、と思った。こう言えば大体の人は折れてくれるのだ。だが、狷は違った。いつもの無表情を貼り付けて、ただじっと自分を見つめてくるだけだ。彼は今、どういう気持ちでいるのだろう。先程のように自分だけが心を揺さぶられることにも納得がいっていなかった日和は、狷の心も揺さぶってやろうとムキになる。正影だって知らないことだが、自分だって色恋の駆け引きくらいしたことがあるのだ。狷に対してそれを引き出すのは少し気が引けたが、うんともすんとも言わない狷をからかいたい気持ちが勝った。彼の反応を見たかった。
「狷ちゃんと一緒にいたいよ。私、狷ちゃんのこと好きだもん。そういう意味じゃないけど……、でも、だから一緒がいいな」
「………………」
「狷ちゃんが一人でいるところを見たくないの。だって、寂しそうなんだもん」
その言葉を聞いて、狷の表情が僅かに変わった。それは、少し怒っているようにも見える表情だ。眉がひくりと動いて、切れ長い目が細められている。日和は更に狷を煽る。
「狷ちゃん、なんだかいっつも寂しそうに見えるよ」
「…………俺が寂しそうに見えるのか」
狷はそう言って日和に向き直った。話に食いついたのだ。
「うん。見えるよ。目がね、寂しそう」
「…………」
「だから私いつも狷ちゃんに……」
そこまでしか言えなかった。気付けば目の前に狷の顔があった。しかも至近距離だ。赤い瞳には怒りの色が滲んでいた。どうやら自分は音もなく彼に押し倒されたらしい。予想外の展開に思わず肩に力が入る。
「け、狷ちゃん……?」
「…………俺が寂しそうに見えるなら、お前が慰めてくれるのか」
そう言う狷の声色も怒りが滲んでいて、日和はぐっと口を噤んだ。煽ったのは自分だが、怒るようなことだっただろうか。何か地雷を踏んでしまったのかもしれない。どう慰めてほしいのだろう。ありもしない行動が頭の中を駆け巡ったが、それだけはないはずだ。
「…………狷ちゃんは、どうしてほしいの?」
静かに問う。すると狷は一瞬はっとしたような表情を見せて、すぐに無表情に戻った。この状況を正影達に見られていなくてよかった、と考えていると、狷が腕を引いて起こしてくれた。
「…………すまない。今のは忘れろ」
「……う、ん。私こそごめんね。狷ちゃんのこと困らせちゃった」
彼から謝罪の言葉を聞いたのは初めてだった。とんでもないことをしてしまったのかもしれないと、日和は眉を下げて狷の横顔を見つめていた。
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