右手と魔法!

茶竹 葵斗

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逃亡

第三十九話 わがままでもいいから

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 池のほとりで膝を抱えうずくまっていた日和は、近付いてくる足音にぴくりと反応した。振り返ることができないままでいると、気配がそばでしゃがみ込む。

「……日和」

 声の主は正影だった。日和はやっと顔を上げると、正影を見てくしゃりと表情を歪めた。彼女が来て安心した。それと同時に込み上げたのは涙だ。それまでもずっと泣いていた日和だったが、正影の顔を目の当たりにするとまた涙があふれてくる。正影は何も言わずただ日和を抱きしめた。あたたかな体温に目を瞑ると、つう、と頬に一筋涙が伝った。

「……話を聞いたのか」
「うん……」

 正影には何もなかっただろうか。鳳凰のことだから、狷のように強引なことはしなかったのかもしれない。ちらりと正影の腕を見下ろすと、ちゃんとそこには腕があって、ああよかったとまた安堵した。日和から離れた正影は、日和の手を見下ろしてぎょっと目を丸くした。日和もつられて視線を落とすと「あっ」と声を漏らす。狷の傷に触れた手はまだ血がこべりついていて黒くなっていた。

「おま……それ」
「ち、違うの……私が狷ちゃんに怪我させちゃったの」
「……お前が?」

 正影に先程までのことを説明する。勿論狷に告白したことは伏せておいた。こればかりは言うわけにはいかない。狷の気持ちだってある。自分一人の問題ではない。正影は真剣な顔をしたまま話を聞いていた。全て話し終えたところで正影はふう、とため息をついた。

「それで……お前はまた魔法が使えるようになったのか」
「うん……どうしてかはよく分からないんだけど」
「狷が半裸で帰ってきた理由がやっと分かったよ。おかしいと思ってたんだ。あいつ、何も言わずに書斎にこもるし」

 正影の言葉が気になったが、日和はふるふると首を横に振って話を戻す。

「それで……正と鳳凰はどんなお話をしてたの?」
「そっちと同じだ。でもあいつは無理やり三珠みたまを外そうとはしなかったぞ。二人で外そうとしてみたけど駄目だった」
「そっか……」

 どうして狷は無理やりにでも三珠を外そうとしたのだろう。……やはり都合のいい方を取ろうとしたのだろうか。視線を落とすと正影の手が頭に乗せられた。

「お前は悪くないよ。……あいつは多分あいつなりに考えてそうしたんだろうな。不器用だし。でも日和に刃物を向けたのはいただけないな」
「狷ちゃんのことは責めないで」

 そう言うと正影は渋い顔をしたが頷いてくれた。このままここに居続けるのも鳳凰達に心配されてしまうだろう。池でさっと手を洗い立ち上がった日和は、正影を見下ろして「戻ろう」と声をかけた。



 屋敷に戻ると、椅子に座っていた鳳凰がばっと立ち上がって日和達に駆け寄ってきた。その表情はとても心配そうなものだった。

「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

 目はまだ熱くて腫れぼったいが、日和は努めて平気な風を装った。これ以上不安にさせるのもよくない。いつまでも泣いていては駄目だ。そう言い聞かせて日和はぎこちないながらも笑ってみせる。日和の表情を見た鳳凰は眉を寄せたが、それ以上詮索せんさくしようとはしなかった。

「……狷ちゃんは?」
「あいつなら書斎にいるけど……今はあんまり関わらない方がいいと思うぜ? あいつ、なんかめっちゃ怒ってるっぽいから」
「そう、なんだ……」

 怒らせてしまったのか。そう聞くと罪悪感にさいなまれて、日和は肩を落とす。いきなりキスをしたのだ、それは怒ったり驚いたりするだろう。初めてだったのかな、と変なことを考えたが、そう言う問題ではないと自分をたしなめる。自分だって急にキスされれば驚いた後怒るのは想像にやすい。……ちゃんと謝らなければ。

「書斎ってあっち?」
「そうだけど、もしかして行くつもり? やめとけって、絶対やめたほうがいい」
「でも、謝らなきゃ」
「別に今じゃなくてもいいんじゃないか?」

 正影にも止められるが、日和はいてもたってもいられなかった。傷付けてしまったこと、口付けてしまったこと。全て自分のミスだ。ほとぼりが冷めてしまってからでは遅い気がしたのだ。もう、以前のように話ができなくなるのではないかと。……どこまでもわがままだなあ、と思う。狷に言われた通りだ。彼はもっと怒るかもしれない。それでもいい。単純に、彼と話がしたい。
 二人の制止を振り切って、日和は書斎の前に立った。謝ろう。彼を振り回したことを。決心を決めて、書斎のドアをノックした。

「……狷ちゃん?」
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