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逃亡
第四十話 傷付くということ
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ノックに返事はなかった。代わりに返ってきたのはばたばたと何かが落ちる音だ。日和は驚いて咄嗟にドアを開く。
「狷ちゃん?」
狷はまだ半裸のままだった。椅子に座ったままこちらを振り返った狷は分かりやすく苦々しい顔をすると、足元に落ちていた本を拾い上げる。
「……何のようだ」
「謝りたくて、さっきのこと」
「もう忘れろと言っただろう」
狷の口調は鋭いものだった。彼の言葉がぐさりと胸に突き刺さって、日和は思わず口籠る。
「……あと、服……鳳凰が渡してくれって」
その言葉に目を細めた狷は、日和に歩み寄るとその手から服を引ったくってごそごそと袖を通す。いつもより近付き難い空気をあからさまに醸し出している狷は言葉と同じ鋭い視線で日和を睨んだ。
「用が済んだなら出ていけ」
「……まだ済んでないよ」
少し強気に答える。
「ごめんなさい。狷ちゃんのこと困らせちゃって。……でもね、私のあの気持ちは本当なの」
「断る」
きっぱりと狷は切り捨てる。あの時、すまないと謝った時とは大違いだ。まるで近付くなとでも言わんばかりに、狷は敵意を剥き出しにしている。日和にはそれが痛ましく感じた。無理やり遠ざけようとしているように見えたのだ。構ってほしい子供が、わざと嫌だと言っているような。日和はめげずに続ける。
「さっきはそんなんじゃなかったのに……何かあったの? 私のせい?」
「分かっているなら話しかけるな。気分が悪い」
「私には寂しいのにわざと遠ざけようとしてるように見えるんだけどな」
核心に触れる。狷の表情が一瞬強張る。やはり、そうだ。前はこう言うと怒っていた。今回もわざとそう口にしてみたが、大当たりだったようだ。
「狷ちゃん、ほんとは私に怒ってるんじゃないんでしょ? 素直になれない自分が悔しいんじゃないの?」
「……黙れ」
「私、分かるよ。私も狷ちゃんと同じ頃があったから」
「黙れ! お前に何が分かる!!」
日和に煽られて狷は激昂した。彼がここまで平常心を忘れることは今まで一度もなかった。それだけ狷は揺さぶられているのだ。少し心が痛んだが、ここで退いてしまえば彼の心には二度と近付けない。
四人でいる時も距離を取っていた狷。話しかけても素っ気無い態度を取るのにはきっと理由があるはずだと思っていた。先程の言葉でそれは確信に変わった。
——お前を傷付けないと約束することは出来ない。
これは、日和のことを言っているのではない。自分が傷付くのが怖いからそう言ったのだろう。日和も昔同じようなことを言ったことがあった。——あれは、いつのことだったか。
「私、正のこと傷付けたくないの。だから、もう一緒にいるのはやめようよ」
中学一年の冬だ。この頃まだ日和はクラスに馴染めず浮いた存在になっていた。比較的人当たりのいい正影はいつもクラスの中心にいた。そんな正影と陰気な自分が一緒にいては、彼女がクラスから浮いてしまうのではないかと考えて、日和は正影と距離を置こうと思った。本心だった。彼女といるとずきずきと心が痛むのだ。怖かった。これ以上傷付きたくなかった。
でも、それは本心ではなかった。本当は、引き止めてほしかっただけだった。一緒にいてほしかった。気付いてほしかった。ほしいものばかりで溢れていた。
正影はそんな言葉をかけられても日和を見捨てなかった。寧ろ今までよりももっと関わろうとしてくれた。
その時は素直に嬉しいと言えなかったが、今となっては本当に嬉しかったし正影に感謝しているのだ。あの時正影が本当に一緒にいるのをやめていたら、日和は今も陰気で暗い性格のままだっただろう。人生を明るく変えてくれた。自分もそういう存在になりたいと思う。だから。
「……狷ちゃんのこと、一人にはさせないよ。私が一緒にいてあげる」
肩で息をする狷は、日和の言葉にぎりりと歯を食いしばった。とても苦しそうな表情だった。狷は首を横に振って後退る。
「そんなこと……出来るわけない」
「できるよ。みんなも一緒だよ」
「いつかいなくなるだろう、誰もがそうだ……一人の方がましだ」
「傷付くのが怖いから?」
ひゅっと、息を飲む音が聞こえる。
「大丈夫だよ。誰もいなくならないから。わたしもいるから」
「……違う……」
喉から絞り出すような声で呟いて、狷はくしゃりと表情を歪めた。それはいつもとはまるで違う、まだ幼さの残る少年の顔だった。
「狷ちゃん?」
狷はまだ半裸のままだった。椅子に座ったままこちらを振り返った狷は分かりやすく苦々しい顔をすると、足元に落ちていた本を拾い上げる。
「……何のようだ」
「謝りたくて、さっきのこと」
「もう忘れろと言っただろう」
狷の口調は鋭いものだった。彼の言葉がぐさりと胸に突き刺さって、日和は思わず口籠る。
「……あと、服……鳳凰が渡してくれって」
その言葉に目を細めた狷は、日和に歩み寄るとその手から服を引ったくってごそごそと袖を通す。いつもより近付き難い空気をあからさまに醸し出している狷は言葉と同じ鋭い視線で日和を睨んだ。
「用が済んだなら出ていけ」
「……まだ済んでないよ」
少し強気に答える。
「ごめんなさい。狷ちゃんのこと困らせちゃって。……でもね、私のあの気持ちは本当なの」
「断る」
きっぱりと狷は切り捨てる。あの時、すまないと謝った時とは大違いだ。まるで近付くなとでも言わんばかりに、狷は敵意を剥き出しにしている。日和にはそれが痛ましく感じた。無理やり遠ざけようとしているように見えたのだ。構ってほしい子供が、わざと嫌だと言っているような。日和はめげずに続ける。
「さっきはそんなんじゃなかったのに……何かあったの? 私のせい?」
「分かっているなら話しかけるな。気分が悪い」
「私には寂しいのにわざと遠ざけようとしてるように見えるんだけどな」
核心に触れる。狷の表情が一瞬強張る。やはり、そうだ。前はこう言うと怒っていた。今回もわざとそう口にしてみたが、大当たりだったようだ。
「狷ちゃん、ほんとは私に怒ってるんじゃないんでしょ? 素直になれない自分が悔しいんじゃないの?」
「……黙れ」
「私、分かるよ。私も狷ちゃんと同じ頃があったから」
「黙れ! お前に何が分かる!!」
日和に煽られて狷は激昂した。彼がここまで平常心を忘れることは今まで一度もなかった。それだけ狷は揺さぶられているのだ。少し心が痛んだが、ここで退いてしまえば彼の心には二度と近付けない。
四人でいる時も距離を取っていた狷。話しかけても素っ気無い態度を取るのにはきっと理由があるはずだと思っていた。先程の言葉でそれは確信に変わった。
——お前を傷付けないと約束することは出来ない。
これは、日和のことを言っているのではない。自分が傷付くのが怖いからそう言ったのだろう。日和も昔同じようなことを言ったことがあった。——あれは、いつのことだったか。
「私、正のこと傷付けたくないの。だから、もう一緒にいるのはやめようよ」
中学一年の冬だ。この頃まだ日和はクラスに馴染めず浮いた存在になっていた。比較的人当たりのいい正影はいつもクラスの中心にいた。そんな正影と陰気な自分が一緒にいては、彼女がクラスから浮いてしまうのではないかと考えて、日和は正影と距離を置こうと思った。本心だった。彼女といるとずきずきと心が痛むのだ。怖かった。これ以上傷付きたくなかった。
でも、それは本心ではなかった。本当は、引き止めてほしかっただけだった。一緒にいてほしかった。気付いてほしかった。ほしいものばかりで溢れていた。
正影はそんな言葉をかけられても日和を見捨てなかった。寧ろ今までよりももっと関わろうとしてくれた。
その時は素直に嬉しいと言えなかったが、今となっては本当に嬉しかったし正影に感謝しているのだ。あの時正影が本当に一緒にいるのをやめていたら、日和は今も陰気で暗い性格のままだっただろう。人生を明るく変えてくれた。自分もそういう存在になりたいと思う。だから。
「……狷ちゃんのこと、一人にはさせないよ。私が一緒にいてあげる」
肩で息をする狷は、日和の言葉にぎりりと歯を食いしばった。とても苦しそうな表情だった。狷は首を横に振って後退る。
「そんなこと……出来るわけない」
「できるよ。みんなも一緒だよ」
「いつかいなくなるだろう、誰もがそうだ……一人の方がましだ」
「傷付くのが怖いから?」
ひゅっと、息を飲む音が聞こえる。
「大丈夫だよ。誰もいなくならないから。わたしもいるから」
「……違う……」
喉から絞り出すような声で呟いて、狷はくしゃりと表情を歪めた。それはいつもとはまるで違う、まだ幼さの残る少年の顔だった。
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