右手と魔法!

茶竹 葵斗

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逃亡

第四十二話 絶体絶命

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 次に攻撃を仕掛けたのは狷だった。手に炎を宿して狷は駆ける。アレキサンダーの足元から銀のつるが伸び、彼を捉えんとうねる。しかし、そこにはもうアレキサンダーの姿はない。

「!」
「魔法ってのはホント詰めが甘いんだよ」

 狷の後ろに立つアレキサンダーは、そう言って狷へ手を伸ばす。狷は即座に反応し、アレキサンダーから距離を取った。流れる緊迫した空気。それとは正反対に飄々ひょうひょうとした様子でそこにいるアレキサンダーは、ポケットに手を突っ込んでかくりと首を傾げる。

三珠みたま、渡してくれる?」
「誰がお前なんかに渡すかよ!!」

 鳳凰は声を荒げてアレキサンダーの言葉に反論する。今まで無闇に相手を攻撃することのなかった鳳凰。しかし、アレキサンダーに対しては明らかな敵意を向けている。言葉をもってけしかけられたとはいえ、彼らしからぬ行動だ。アレキサンダーは残念そうにため息をつくと、片足に重心を預けて腕を組んだ。

「まぁそう言うと思ってたけどさ。遊んでられるのも時間の問題だし……早く会社に戻んないとまたとやかく言われんだよね」

 アレキサンダーはいつまで経っても余裕な様子で話している。狷と鳳凰から向けられるびりびりとした敵意もお構いなしだ。そんな彼の態度に、日和は寒気を覚えた。先程だって、あっけらかんと「殺した」と言ってのけたのだ。どこまでも余裕なアレキサンダーの態度は狂気的にも見える。そんな中、ふとアレキサンダーが日和と正影に視線を向けて目を細めた。

「あー、あんたらが三珠の。こんな可愛い女の子だったんだ、意外だわ」
「……っ」

 見られただけだというのに、それだけで体が強張こわばるのを感じた。それは正影も同じようで、じりりと踵《かかと》を鳴らして一歩後退する。直感で分かる。彼は——アレキサンダーは強い。いや、それ以上だ。言葉では言い表せない。そして、一つ分かることがある。……アレキサンダーには敵わない。

「どうしたの、そんな顔して。オレってそんなに怖い?」
「……だって、私達を……殺そうとしてるんでしょ……?」
「んー、そうだなぁ。三珠を大人しく渡してくれれば考えなくはないけど。まぁ、魔法を使える時点で終わりだけど」

 そう言われて、さっと血の気が引くのが分かった。

「今日はここ潰しに来ただけのつもりだったんだけど、お前らいるしなー。遊びたいな、久々に」

ズン、と。空気が重くなる。殺気。押し潰されそうだ。

「ほら、かかってこいよ。それともさっきみたいに煽ってほしいか?」
「……私はあなたと戦う気なんてない、です」

 日和は喉から声を絞り出す。それに狷が顔をしかめた。

「おい、お前どういうつもりで……」
「あなたの目的は何……? どうして三珠と鈴を狙うの? なんのために?」
「ははは、今の状況でそんなこと聞く? 図太いね、お前」

 アレキサンダーはおかしそうに笑うと、組んでいた腕を解いた。

「いいよ、教えてあげる。どうせ死ぬんだし。オレの計画は世界を革新すること。三珠も魔法もオレの計画に邪魔なんだよね。魔法は今の世界のことわりかなったものだから、消さないと次の理を作れない」
「ことわ、り……?」
「あれ、もしかして何も知らない感じ? マジか。そんなんで魔法使ってんの? 感覚に頼りすぎじゃない?」

 アレキサンダーは驚いたような表情をした後、またおかしそうに笑った。嘲笑ちょうしょう、だろうか。

「三珠もとうとう終わったな、こんな子供に取り憑くなんて。前はもっとマシな人間だったのに」
「どういうこと……?」
「おっと、喋りすぎたかな。オレの方が魔法に詳しい時点でお前らの負けだよ。ほら、死ぬ前にちょっと遊ぼうぜ」

 歩み寄ってくるアレキサンダーに、日和は無意識に結界を展開していた。それを見たアレキサンダーは小さく口笛を吹く。

「へえ、知らないわりにそんなことできるんだ」

 それでもアレキサンダーは日和に向かってくる。その時、突然熱気が肌を焼いた。狷が炎を放ったのだ。アレキサンダーは避けることさえしなかった。彼に届く前に、炎はぶわりと音を立てて掻き消えた。

「弱い」
「それだけじゃない」

 炎の陰に隠れていた銀の蔓が飛び出し、アレキサンダーに飛ぶ。造作ぞうさもなくそれを避けたアレキサンダーは、一歩踏み出しただけで狷に詰め寄り、その鳩尾みぞおちに鋭い拳を叩き込んだ。体をくの字に折り曲げられ、狷は喉に詰まった息をかふりと吐き出した。

「か……っは」
「弱いって」

 崩れ落ちた狷を眺めていたアレキサンダーは、緩慢かんまんな動作で日和達を振り返る。鳳凰が日和達の前に立ち塞がり、構えを取った。

「次はお前?」
「ひよちゃん達には手え出すな!!」

 短くえた鳳凰がアレキサンダーに飛びかかる。——それでは駄目だ。正面からでは彼に敵わない。

「鳳凰、だめ……!」
「馬鹿だなぁ」

 やはりアレキサンダーはひらりと攻撃をかわし、鳳凰の体をとん、と押した。つんのめった鳳凰はそのまま床に転がる。その鳳凰の腹に蹴りを放ち、アレキサンダーはあきれたようにため息をつく。

「ぐっ……」
「単純なんだよなぁ。そんなんで相手に一発入れられるわけないじゃん」

 二人が一瞬にして倒れてしまった。日和も正影も戦うことには慣れていない。——これが、絶体絶命。
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