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逃亡
第四十四話 明かされぬ正体
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肌にびりびりとした感覚が伝わる。明らかに狷から放たれる殺気のせいだ。それにぴくりと反応したアレキサンダーは、楽しそうな、嬉しそうな表情を浮かべて狷に向き直った。
「やっとやる気になった?」
狷はただ何も言わず、右腕を頭の上に翳す。どろりと溶けた狷の手が銀色に染まり、それは彼の腕を覆って巨大な刃物のように変貌を遂げる。日和は息を飲んだ。
「変身魔法か」
アレキサンダーがぽそりと呟く。狷は日和達を一瞥すると、一瞬顔を歪めてすぐにアレキサンダーへ視線を戻した。そしてふう、と息を吐き目を瞑る。
「我、銀竜の名に於いてここに宣言す。彼の者等を指し示す元へと誘え」
狷が静かに唱えた瞬間、日和達の体が徐々に粒子化し始めた。痛みも何も感じない。驚いていると、鳳凰が切羽詰まった様子で起き上がり、狷に駆け寄ろうとした。
「狷、やめろ! それは……!!」
「逃げろ。お前らがいては邪魔だ」
景色が歪んでいく。まるで思考だけがそこにあるような浮遊感。そしてどこかへ引きずり込まれていく感覚。——ここではない場所へ飛ばされる。何故かそう直感できて、日和は薄れていく意識の中、狷へ手を伸ばした。
「狷ちゃん……!」
その瞬間、日和の視界は黒く塗り潰された。
日和達が消えたのを見届けた狷は、ずきりと痛んだ体に小さく呻いた。舌の上に広がる鉄の味。恐らく舌のピアスから出血したのだろう。無理もない。
「お前……転移魔法まで使えたっけ? すごいね、大したもんだ。古代魔法のオンパレードだな。でも、今のでだいぶ消耗したんじゃない? 捨て身の覚悟ってやつ?」
「……っは」
息が上がる。口端から血が伝うのが分かって、思わず舌打ちが零れる。アレキサンダーの言う通りだ。魔法を一気に使いすぎた。体にガタが来たのだ。狷が魔法を使うには限界がある。それを知っているのは狷と鳳凰、そしてアレキサンダーだけだ。狷は口元に滲んだ血を拭い去ると、改めてアレキサンダーを睨む。
「……貴様だけは許さん。俺が必ず貴様を殺す」
「まだ根に持ってる? まあそりゃそうか。魔法を裏切ったのはオレだしね。でも魔法じゃ世界には勝てないんだよ」
「勝つことに何の意味がある。貴様の目指す世界とは何だ」
「オレが目指す世界、ね……。科学の存在しない、原始の世界。人間のいない世界だ」
アレキサンダーの言葉に狷は顔を顰める。
「それが貴様の答えか」
「そうだよ。人間はいい気になりすぎた。そのせいで世界は争いや困窮が絶えなくなってる。だから人間のいない世界に創り直す」
「人間の行く末を決めるのは人間だ。俺達じゃない」
「そうかな? お前だって昔は人間に忠告したんだろ? どこからそんななまぬるい考えに変わったんだよ、銀竜」
「……その名で呼ぶな」
「あいつらを逃したってことはそういうことを話したかったんじゃないの?」
あっけらかんと答えたアレキサンダーを鋭い視線で見つめ、狷は構えを取る。そうだ。この話は他人に聞かれてはいけない。だからと言って、この男に話は通じない。昔からそうだった。
「懐かしいじゃん。こうして話すのもさ。琴子さんのとこにいた時を思い出すな」
「…………貴様が魔法を……琴子を裏切ったのは世界を創り変える為だけか」
「可能性を感じられなかったからね。そうだとしたら?」
「……やはり貴様には心がなかったか。話が通じん。消えるべきだ」
「消えるべきは心と魔法だよ。残るのは魔物だ」
びりびりとまた空気が震え始める。戦いが始まる。だが勝敗は見えている。……恐らくこちらが負けるだろう。今の時点ではアレキサンダーの方が圧倒的に上だ。それを分かっているのか、アレキサンダーは余裕の表情で笑ってみせた。
「それがなかったらな。舌のピアス」
「!」
「気付いてないと思ってた? 分かるよ。それ、お前を縛るためのものだろ? あいつに付けられたか。趣味悪いな、呪いみたいなもんだ。わざわざ力を抑えてどうするんだよ?」
「…………」
その問いに狷は答えなかった。答えられなかった。狷自身どうしてなのか分からなかったからだ。アレキサンダーはすっと目を細めると、狷へ向かって手を翳した。アレキサンダーの周りを囲うようにぶわりと広がった九つの妖気を、狷は見たような気がした。
「そろそろ帰んなきゃだし、すぐ終わらせよっか」
「やっとやる気になった?」
狷はただ何も言わず、右腕を頭の上に翳す。どろりと溶けた狷の手が銀色に染まり、それは彼の腕を覆って巨大な刃物のように変貌を遂げる。日和は息を飲んだ。
「変身魔法か」
アレキサンダーがぽそりと呟く。狷は日和達を一瞥すると、一瞬顔を歪めてすぐにアレキサンダーへ視線を戻した。そしてふう、と息を吐き目を瞑る。
「我、銀竜の名に於いてここに宣言す。彼の者等を指し示す元へと誘え」
狷が静かに唱えた瞬間、日和達の体が徐々に粒子化し始めた。痛みも何も感じない。驚いていると、鳳凰が切羽詰まった様子で起き上がり、狷に駆け寄ろうとした。
「狷、やめろ! それは……!!」
「逃げろ。お前らがいては邪魔だ」
景色が歪んでいく。まるで思考だけがそこにあるような浮遊感。そしてどこかへ引きずり込まれていく感覚。——ここではない場所へ飛ばされる。何故かそう直感できて、日和は薄れていく意識の中、狷へ手を伸ばした。
「狷ちゃん……!」
その瞬間、日和の視界は黒く塗り潰された。
日和達が消えたのを見届けた狷は、ずきりと痛んだ体に小さく呻いた。舌の上に広がる鉄の味。恐らく舌のピアスから出血したのだろう。無理もない。
「お前……転移魔法まで使えたっけ? すごいね、大したもんだ。古代魔法のオンパレードだな。でも、今のでだいぶ消耗したんじゃない? 捨て身の覚悟ってやつ?」
「……っは」
息が上がる。口端から血が伝うのが分かって、思わず舌打ちが零れる。アレキサンダーの言う通りだ。魔法を一気に使いすぎた。体にガタが来たのだ。狷が魔法を使うには限界がある。それを知っているのは狷と鳳凰、そしてアレキサンダーだけだ。狷は口元に滲んだ血を拭い去ると、改めてアレキサンダーを睨む。
「……貴様だけは許さん。俺が必ず貴様を殺す」
「まだ根に持ってる? まあそりゃそうか。魔法を裏切ったのはオレだしね。でも魔法じゃ世界には勝てないんだよ」
「勝つことに何の意味がある。貴様の目指す世界とは何だ」
「オレが目指す世界、ね……。科学の存在しない、原始の世界。人間のいない世界だ」
アレキサンダーの言葉に狷は顔を顰める。
「それが貴様の答えか」
「そうだよ。人間はいい気になりすぎた。そのせいで世界は争いや困窮が絶えなくなってる。だから人間のいない世界に創り直す」
「人間の行く末を決めるのは人間だ。俺達じゃない」
「そうかな? お前だって昔は人間に忠告したんだろ? どこからそんななまぬるい考えに変わったんだよ、銀竜」
「……その名で呼ぶな」
「あいつらを逃したってことはそういうことを話したかったんじゃないの?」
あっけらかんと答えたアレキサンダーを鋭い視線で見つめ、狷は構えを取る。そうだ。この話は他人に聞かれてはいけない。だからと言って、この男に話は通じない。昔からそうだった。
「懐かしいじゃん。こうして話すのもさ。琴子さんのとこにいた時を思い出すな」
「…………貴様が魔法を……琴子を裏切ったのは世界を創り変える為だけか」
「可能性を感じられなかったからね。そうだとしたら?」
「……やはり貴様には心がなかったか。話が通じん。消えるべきだ」
「消えるべきは心と魔法だよ。残るのは魔物だ」
びりびりとまた空気が震え始める。戦いが始まる。だが勝敗は見えている。……恐らくこちらが負けるだろう。今の時点ではアレキサンダーの方が圧倒的に上だ。それを分かっているのか、アレキサンダーは余裕の表情で笑ってみせた。
「それがなかったらな。舌のピアス」
「!」
「気付いてないと思ってた? 分かるよ。それ、お前を縛るためのものだろ? あいつに付けられたか。趣味悪いな、呪いみたいなもんだ。わざわざ力を抑えてどうするんだよ?」
「…………」
その問いに狷は答えなかった。答えられなかった。狷自身どうしてなのか分からなかったからだ。アレキサンダーはすっと目を細めると、狷へ向かって手を翳した。アレキサンダーの周りを囲うようにぶわりと広がった九つの妖気を、狷は見たような気がした。
「そろそろ帰んなきゃだし、すぐ終わらせよっか」
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