右手と魔法!

茶竹 葵斗

文字の大きさ
46 / 50
逃亡

第四十六話 使命と揺れる心

しおりを挟む
 その頃、鳳凰は気を失ったままの正影を背負って街を歩いていた。目を覚ましたのは路地裏だ。人目につかないところでよかった。それにこの時間だし、正影を抱えていたとしても酔い潰れた友人を介抱しているように見えるだろう。それよりも鳳凰は焦燥感に駆られていた。——日和がいない。狷も一人でアレキサンダーと対峙しているのだろう。
 狷は転移魔法メタスタシスを使って三人を強制的に別の場所へ飛ばした。結果的にそれは失敗してしまったようだ。日和だけがいないのだから。
 彼の使った魔法は古代魔法と呼ばれるものだ。今自分達が日常的に使っている魔法は名称はないものの、近代的な魔法に分類される。古代魔法は使用する際に詠唱えいしょうを必要とするものが多いがその分強力で、転移魔法メタスタシスのように物体を思い通りの場所へ転移させることができたり、変身魔法メタモルフォーゼは自身の体を思いのままに変身させられる。鳳凰には古代魔法は使えなかった。師匠もまたそれを使うことができなかったからだ。魔法が使えるからと言っても、教えられたこと以外は鳳凰も知らない。

「……くそ」

 意味はないと分かっていても無意識に言葉がこぼれる。早く日和と合流しなければ。しかし彼女がどこにいるかも分からないし、見当もつかない。恐らく失敗してはぐれたのは自分達のようだ。ここは全く身に覚えのない場所だ。そんなところにわざわざ転移をさせるとは到底思えない。

「……狷、ひよちゃん……無事でいてくれよ……」



——ぱたり、ぱたり。
 床に赤いシミがいくつもできていく。立っているのもやっとだ。目の前は頭から流れる血が邪魔をして黒く見える。右腕は感覚がないし、身体中がきしんで痛みを訴えている。自分の息が近くて遠いところで聞こえて、狷はぎり、と歯を食いしばった。
 壁際で項垂うなだれる狷、そのそばで腕を組むアレキサンダー。狷は傷だらけだというのに、アレキサンダーは傷ひとつ付いていない。力の差は歴然だった。

「お前ってそんな弱かったっけ? なんか拍子抜けするわ」
「……っ」
「やっぱ魔法よりの方が強いんだよ。分かるだろ?」

 アレキサンダーは両手を広げて狷を見下ろし笑う。

「魔法はもう時代遅れだ。だから負けるんだよ」
「……そんなこと、関係ない」

 狷はうつむいたままかすれた声で呟く。時代など関係ない。魔法は魔法だ。気の遠くなるほど遥か昔から受け継がれてきたものだ。

「貴様などに価値を決めつけられるものではない……」
「あー、そう言われるとなんか言い返せないじゃん」

 少し不満そうに言ったアレキサンダーは、ため息をつくとジャケットの内ポケットから小さなスキットルを取り出して蓋を開け、中身をあおる。

「うえ、まっず……やっぱ安い酒はだめだわ」

 アレキサンダーはスキットルを逆さにして肩をすくめる。零れる中身は狷の髪を冷たく濡らして、鼻筋を、顎先を伝い、血と混ざりながら少しずつ床に広がっていく。酒と血の匂い。……屈辱の匂い。狷は何も言えず床を見下ろすだけだ。

「…………」
「あれ、怒るかなーと思ったのに。まあそんな力も残ってないか」

 頭上でかちりとオイルライターを使って火をける音が聞こえる。ふう、と息を吐く音の後、煙が目に入って無意識に眉を寄せた。

「そろそろ行かなくちゃな。三珠みたまも手に入れらんなかったけど、今回の目的はここを消すことだし、まあいいか」
「……貴様の思うようにはさせん」

 ぐ、と体に力を入れる。ここを失うわけにはいかない。自分達に残された、最後の砦。命に替えてでも守らなければならない。狷はありったけの力を振り絞り、腕を巨大な刃物に変える。

「もうやめとけよ、オレを倒す前にお前が死ぬよ?」

 それでもいい。後悔することなどない。魔法という概念が守られるのなら、この命尽きたとて本望だ。その為に自分はいる。魔法を後世へ残す為。三珠を守る為。ここで力尽きても良い。自分の使命を果たしたのだ。

——狷ちゃん。

 その時、確かに声を聞いた気がした。もう聞きなれてしまった声。太陽の咲くように笑う顔。自分が死んだと知れば、彼女は悲しむだろうか。きっと泣いてしまうだろう。容易に想像できる。彼女はどんなことにもいつもせわしなく心を動かしていた。そんな彼女のことを考えると、胸の辺りが締め付けられるのだ。決して不快ではないその感覚が何なのか、狷には理解できない。しかし、一つだけ分かったことがある。
 生きねば。彼女の為に。

「……我、銀竜ぎんりゅうの名にいて宣言す」

 狷は静かに唱えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...