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アーサーは隣にある獣人の国から、家族と喧嘩別れして家を出て、仕事を探しに来たとか話していたらしい。
理由はともかく、獣人は半人半獣の容姿で、動物と人間の身体能力を併せ持つ強靭な種族だ。
特に彼のような頂点捕食者の血を持つ獣人は戦闘能力も高く、騎士団としては喉から手が出るほど欲しい。王城の身元調査人からも、彼の素性が確認できたと連絡を受けて、入団は即決された。
風変わりな黒豹は冷然とした見た目に反して、いつも笑顔で人好きのする性格が周囲に気に入られていた。
しかし戦場では、人間離れした脚力でありえない跳躍を見せ、あたかも自身から生えた長い爪のように、二振りの曲剣を凄絶なまでに振るう。
息を呑むその光景は私の瞼にも焼きついている。
冥い血飛沫に溶け込むような姿態、冷厳な金色の瞳、双月の銀刃が残す仄白い余韻と、撫でるように触れられて動かなくなる魔獣の群れ。
それは魅入られてしまった者を妖しく絡めとる、蠱惑的な悪夢そのものだった。
あっという間に彼は期待のエースとして他部隊の小隊長に昇格。そして驚くべきことに入隊から2年後、異例の第7騎士団長に任命された。
その新しい団長の存在は、私にとっても思わぬ幸運をもたらす。
彼と私は任務の作戦を立てる時、色々な意見が一致することが多かったのだ。
私の提案した意見は多く採用されて、アーサーが運用することで想定以上の効果をあげていった。
いつしか私が参謀入りする戦いは生還率が高いと評判を呼んだのは、彼の力が大きい。
結果的にアーサーは、入隊から培ってきた私の知見が役立つことを周囲に示してくれた形になる。
おまけに彼は自身の功を奢ることなく、共に戦った仲間達への感謝と労いを常に忘れなかった。
「イヴ、お前は俺たちの戦女神だな。お前のおかげで今日も生きて帰れる。ありがとう。」
いつも作戦が終わる度、切れ長の瞳を嬉しそうに輝かせて、私にもそう言ってくれた。
女神だなんて恥ずかしい限りで、大げさすぎるよと笑って受け取っていた。実際、彼こそ誰よりも戦い、見えないところで皆を支え、手を尽くしていると思う。
周りを見渡せば、アーサーの分け隔てなく団員を思う気持ちと関わりが少しずつ、全体の緊張を和らげようとしている…。
そんな様子に惹かれて、私も団員たちに幅広く声をかけては、悩みや不満が無いかを聞くよう心掛けていった。
そして気が付けば、今では団員達の間にも人間らしい交流や笑顔が芽生えている。
以前は殺伐としていたこの場所に、温かい仲間意識が育っていくのを見られたのはとても嬉しかった。
そんな月日を重ねていったある時期。
私の中で、静かに水かさを増していた彼への感謝と尊敬の念は、いつのまにか胸が締め付けられるような不思議な気持ちに変わっていった。
理由はともかく、獣人は半人半獣の容姿で、動物と人間の身体能力を併せ持つ強靭な種族だ。
特に彼のような頂点捕食者の血を持つ獣人は戦闘能力も高く、騎士団としては喉から手が出るほど欲しい。王城の身元調査人からも、彼の素性が確認できたと連絡を受けて、入団は即決された。
風変わりな黒豹は冷然とした見た目に反して、いつも笑顔で人好きのする性格が周囲に気に入られていた。
しかし戦場では、人間離れした脚力でありえない跳躍を見せ、あたかも自身から生えた長い爪のように、二振りの曲剣を凄絶なまでに振るう。
息を呑むその光景は私の瞼にも焼きついている。
冥い血飛沫に溶け込むような姿態、冷厳な金色の瞳、双月の銀刃が残す仄白い余韻と、撫でるように触れられて動かなくなる魔獣の群れ。
それは魅入られてしまった者を妖しく絡めとる、蠱惑的な悪夢そのものだった。
あっという間に彼は期待のエースとして他部隊の小隊長に昇格。そして驚くべきことに入隊から2年後、異例の第7騎士団長に任命された。
その新しい団長の存在は、私にとっても思わぬ幸運をもたらす。
彼と私は任務の作戦を立てる時、色々な意見が一致することが多かったのだ。
私の提案した意見は多く採用されて、アーサーが運用することで想定以上の効果をあげていった。
いつしか私が参謀入りする戦いは生還率が高いと評判を呼んだのは、彼の力が大きい。
結果的にアーサーは、入隊から培ってきた私の知見が役立つことを周囲に示してくれた形になる。
おまけに彼は自身の功を奢ることなく、共に戦った仲間達への感謝と労いを常に忘れなかった。
「イヴ、お前は俺たちの戦女神だな。お前のおかげで今日も生きて帰れる。ありがとう。」
いつも作戦が終わる度、切れ長の瞳を嬉しそうに輝かせて、私にもそう言ってくれた。
女神だなんて恥ずかしい限りで、大げさすぎるよと笑って受け取っていた。実際、彼こそ誰よりも戦い、見えないところで皆を支え、手を尽くしていると思う。
周りを見渡せば、アーサーの分け隔てなく団員を思う気持ちと関わりが少しずつ、全体の緊張を和らげようとしている…。
そんな様子に惹かれて、私も団員たちに幅広く声をかけては、悩みや不満が無いかを聞くよう心掛けていった。
そして気が付けば、今では団員達の間にも人間らしい交流や笑顔が芽生えている。
以前は殺伐としていたこの場所に、温かい仲間意識が育っていくのを見られたのはとても嬉しかった。
そんな月日を重ねていったある時期。
私の中で、静かに水かさを増していた彼への感謝と尊敬の念は、いつのまにか胸が締め付けられるような不思議な気持ちに変わっていった。
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