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最悪な事態
しおりを挟む「あ・・・・・・暑い・・・・・・」
火の国は火の大精霊・ファイアリーバンの加護を受けた国。火山活動がとっても活発で、一年中暑い国で、国に住むものはこの暑さに耐性があり、水マントなしでも平気でいることが出来るけど、観光に来る人には水マントがなければ、この暑さには耐えられない。
目を回るほど暑い。
何処か涼しい所に行きたいと思うほど暑い。
この国で涼しいといえる場所は観光客が泊まるような宿などと言った場所ぐらい。部屋を均等の涼しさにするため、氷と水の魔道具が使われている。
「みず・・・・みず・・・・」
魔法を使って水を出そうかと思うぐらい、暑い。
水の国は気候はとても穏やかで、暑くもなく寒くもない丁度いい気温で保たれていて、とても過ごしやすい。
そんな国にずっといた俺にはこの国は暑すぎる。暑すぎた。
「だらしがないですねこれぐらいの暑さで堪えて・・・・またここは涼しいほうですよ?火山の側にある町はここよりも暑いですよ?」
「信じられねー・・・・・」
暑さを凌ぐ為にある水マントを羽織っていても、暑い。
暑いとしかいえないぐらい暑いのに、こいつは水マントを羽織ってはいるけど、この暑さで汗ひとつかくこともなく、平然としているこいつが信じられない。
何時も何時も俺はこの国に来るたび暑さに負け倒れる。三人の暑さに弱いはずだというのに、こいつの同じように平気な顔をしているのが何時も不思議だった。
「もしかして・・・・これが原因?」
もしかしてと思った。
「私のを羽織ってみますか?」
という事で、セルビオは羽織っていた、水マントを羽織らせてもらったけど、少し差はあるように感じるけど、俺の持っている水マントが限界を迎えているわけではないと分かった。
セルビオの水マントを羽織って分かる事が出来たのだけど、単に俺がこの国の暑さに対する耐性がまったくないということが一番の原因だった。
「もう・・・だめ・・・・・」
原因が分かると、余計にこの暑さが無理だった。
「火の魔法力を使えばこんな事どうでもないのですが・・・・どうやら、限界のようですね・・・・・」
暑さに完全に負け、力を使うことすらできない状態だった。
またもや俺はセルビオに抱き抱えられ、宿屋に連れて行かれることになってしまった。
情けない。本当に情けないけど、これは倒れたうちにカウントはされない。ただ、暑さに負けてたおれたけで、体調を崩して倒れたわけではないから。
「大丈夫ですか?十分だと思うぐらい水分を取ってください」
暑さに負け、ベッドの上に横になり動けない俺にセルビオは俺に飲むように差し出してきた。
「・・・・うん・・・・・・うまー・・・」
渡された水を一口。まだ体が暑さによって火照っている為、程よく冷やされた水が、体の熱を冷ますように染み渡る。
美味しい。渡された水はすごく美味しく感じられた。
水は、俺たち水の国に住む者にとって、身近にあり、いつでも手に入れることが可能なものだけど、誰も水のありがさを忘れたわけではない。多少無駄な事をしてしまう事もあるけど、水がどれだけ大切かは知っている。
今まさに俺は、水のありがたさを思い知っている状態だ。
「もう・・・暑さに弱いのであれば前もって言ってくださいね。ここまで暑さに弱いのであれば、水ではなく氷マントを羽織ればよかったのでは?」
「あっ・・・・・・・」
「あることすら忘れていたのですか貴方は・・・・本当に、だらしがないですね・・」
三人が荷物を用意してくれたのなら、暑さに弱い俺の事を見越してこの収納袋の中にきっと水だけではなく、氷マントも入れているはずだけど、俺自身の持ち物の中に、氷マントがあったことすら忘れていた。
「うせー・・・・・・一言余計なんだよ・・・・」
「それはそれはすいませんでした・・・・・・それよりもウィル、もう大丈夫ですか?まだ暑いようでしたら、もう少し温度を下げる事出来ますよ?」
「・・・・いや・・・・これでいい・・・・これぐらいで丁度いい・・・けど・・・」
水と氷の魔道具によって涼しくされている室内。
基本は体調を崩さないようにする為、外気温との差が大きく出ないように設定されているらしいのだけど、今俺達がいる部屋の温度は、少し寒いと思えるぐらいの温度に設定している。
今の俺にはこれぐらい寒い温度でないと、無理だと思っている。
「けど、何ですか?」
「寒く・・・・ないのか?」
少しだけ、気になっていた。
「私の事でしたら気になさらず・・・この程度の寒さでしたら、全然寒いとも思いません。もし寒いと思っても、私は貴方の前では絶対に寒いとは申しません。ですが、どうしても寒いと思ったら、魔法力をつかってどうにかすることは出来ますよ!」
それは俺も分かっている。知っているけど、俺にはどうすることも出来ない。
魔法力というのは、魔法具を使ったり、魔法を使ったりする為だけではなく、魔法力をある程度高めるだけで、身体能力を向上させ、寒さや暑さ対策に必要とする魔道具と同じ効果を得られる事が出来る。
魔法が使えない者は魔法力が少ないため、使えないというが、魔法が使えない者でも、身体能力が非常に高いものなら、使えるらしいが、どうしてそんな事が出来るのかまでは知らないけど、たしか魔法を使えないマイルは出来るという。
何故、魔法を使えないマイルが出来るのに、俺にそんな事が出来ないのかわからない。何度も何度も試してみたことあるけれど、絶対といっていいほど出来ない。
「同じなのですけどね・・・・・」
「はぁ?」
何が同じなのか、言っている意味すら理解する事が出来ない。
「同じなのですよ。貴方が王妃様を探されるときに使われる魔法と・・・・」
「へ?」
「考えてみてください。貴方が王妃さまを探されるときにどんな事をしますか?」
「魔法力を高める?」
「そうです。ですが、その魔法力はどうなりますか?何かとなって外にその魔法力が放出されますか?」
「あっ!そういうことかっ!」
ただ理屈だけを言われれば、きっと俺はいつまでも言われた事を理解する事は出来なかっただろう。
こいつの言うとおりだ。母を捜す時に使う人探しの魔法は、魔法と言うか、魔法力を高めたものに近いけれど、それでも人探しの魔法は、れっきとした魔法。属性があってないような魔法なので、魔法とは分類され難いけど、魔法には違いない。これが魔法でなければ人を探すことなどできない。
「どうやら、分かってもらえたようですね。理屈は分かってもらえたのでしたら、もう、使う事ができますよね?」
多分、出来ると思う。
やってみなければ出来るのか分からないけど、出来そうな気がする。
感覚的に言えば、使う魔法力が人探しの魔法を使う魔法力が違うだけ。殆どやり方は変わらない。
人探しの魔法を使うときは、何も考えず、ただ、ただ魔法力を高めているだけに思けど、俺が持つ全ての魔法力が均等に消費されるけど、寒さや暑さに対策に使うのはその時に必要だと思う属性の魔法力を高め、意識するという事だった。それだけで、寒さや暑さをどうにかする事は出来る。これでもう暑さに負け、倒れるような事は多分ないだろう。
「今は無理にしなくてもいいですよ。やり慣れない事をして、また倒れられても困るだけです。ですので、もし何かするというのであれば人探しの魔法のみにしてください。それ以外は許しません」
ようやく火照った体が冷めてきて、少しずつ体が回復してきている。
もう少し体が回復して、元気になったら人探しの魔法を使って母の所在を確認しようかと思ってはいるけれど、今はまだ何かをするという気にはなっていない。
あの夢を見て、熱を出し倒れて以来、無理にあれこれするのは避けるようにしている。
「少し・・・ねて・・・・いい?」
「いいですよ。ずっと側にいて差し上げますから、ゆっくりお休みなさい」
最近寝ている事のほうが多いかも知れない。
旅を続ける事が出来るほど体が回復したといっても、体調は万全ではない。
少し体を動かしたり、魔法を使うと、酷く体が疲れたようになり、眠らずにはいられけど、この国に来てから魔法は一切使ってない。暑さがこの疲れの原因かも知れない。
「寝るのでしたら、少し温度を上げますよ。流石にこの温度の中で貴方を眠らせることはできません」
そういって、セルビオは水と氷の魔道具に魔法力を注ぎ、部屋の温度を少し上げた。
部屋の温度を上げたからといって、すぐに上がるわけではない。ゆっくり部屋の温度は上がっていくので、完全部屋の温度が上がりきる事、多分俺は眠っているような気がする。
「・・・・なぁセルビオ・・・・」
「どうしました?」
「・・・俺って・・・お前に迷惑かけるよな・・・・」
「ええ、以前の貴方は数えても数え切れないほど迷惑はかけられましたね。困ったくらいです」
直球過ぎるほどその答えはすぐに返ってきた。
「そうか・・・そう・・・だよね・・・・」
何を言われても分かっていたことなので覚悟はしていた。
「ですが・・・今は迷惑をかけられているとは、思ったことありませんよ。たとえ貴方が私に迷惑をかけたと思っても、私は迷惑を掛けられたとは思いません。迷惑かけてもいいのですよ」
「・・・・・え?」
予想外の言葉に俺は驚いた。
こいつがオレの教育係となってから、俺は数え切れないほどこいつに迷惑をかけている。
勉強の時間、俺はずっとこいつから逃げ続けていた。それだけで十分迷惑をかけていると分かっているけど、今も俺はなんだかんだと言ってこいつに迷惑をかけていた。それは自分でもよく分かっている。
「変わられましたね・・・・以前の貴方ならこんな事絶対に言わなかった言葉ですよ、お気づきですか?」
「あ・・・・いや・・・・」
たしかに以前の俺なら、こんな事絶対に言わなかっただろう。きっと言わなかった。
それに俺は、こいつのことがいつの間にかそれほど嫌いではなくなっていた。あれほど嫌っていたはずなのに、今は嫌いだと思えず、側にいてもらわなければ不安でたまらなくなってしまいそうな存在まで繰り上がっていた。
「あっ・・・迷惑かけてもらっても構いませんと申しましたが、少し訂正させていただきますが、勉強の事は別です。いかなる時も、勉強に関することだけは私に迷惑を書けないで頂きたいです。それ以外のことでしたら、いくらでも迷惑かけてもらっても構いません」
きっぱりと訂正されてしまった。
その言葉を聞いたとき、俺を訂正したいと思った。やっぱり俺はこいつのことが嫌いだ。口を開けば勉強勉強といって、俺を何処まで勉強させればいいんだと言うほど勉強させたがるこいつが俺はやっぱり嫌いだった。
勉強の事を除けは、俺はこいつの事を思えない。何故、思えないのか俺にも分からないけど、いつの間にか、こいつの事が嫌いだと思えなくなっている俺がいた。
「・・・・ねる・・・・」
「そうですね。いつまでも話をしていましたら、せっかく良くなってきた体に障ってしまいますね・・・・お休みなさいウィル。今だけは、何も考えずゆっくりと・・・・」
寝付くまでこいつは俺の頭を優しく撫でてくれていたけど、すぐに俺は眠りについてしまった。
完全に眠りに落ちる前に、何か温かくて柔らかいモノが俺の頬に触れたような気がするけど、それが何だったのかは分からなかった。
一日眠ったおかげで体はすっかり回復し、俺達は町中にいた。
じりじりと肌が焼けるような暑さの中に俺はいるけれど、昨日みたいに暑さに負け、倒れるような事はとりあえずもうない。
水ではなく氷マントを羽織っているし、それに教えたられた通り火の魔法力を高め、この暑さを凌ぐことも出来ていたのだけど、俺って実はすごく不器用なのかもしれない。
「・・・やっぱり、もういねーか・・・・・・・」
母がこの国にいたことは分かった。でも、もう母はこの国にはいない。既に他の国に行ってしまっている。
「そうですか・・・・それで、王妃様はどちらまで行かれ、痕跡を絶たれたのですか?」
「・・・・ここ・・・・ここから、動いてねー」
母は他の国に行くためにこの火の国に立ち寄っただけなのかもしれない。
俺達がいるこの港町は、火の国で一番大きな港町。小さな港町に行っても、火の国は他の国との国交が盛んなので、他の国に行く船はこの港町以外にもあるけれど、どの国に行くにしても、この港町が一番だとされている。
母はそれを知ってなのか知らないけれど、火の国にある様々な町に立ち寄った痕跡は感じられない。という事は、この港町から出ず、他の町に行ったという事しか考えられない。
「・・・・あつい・・・・・」
だらだらと滝のように額から汗が流れ落ち、いくら汗を拭っても止まらなかった。
今の俺は氷マントを羽織っている以外に、暑さ対策が出来ていない状態だった。
せっかく火の魔法力を高めて、暑さを凌ぐことが出来るようになったというのに、人探しの魔法を使った瞬間、せっかく高めた火の魔法力の効果が消えてしまい、何もしていない状態となってしまった。
「不器用ですね・・・・不器用としか言えません」
「るせー・・・・」
母のことは知る事が出来たので、今日はもう人探しの魔法を使うことはないので、早く、火の魔法力を高め、この暑さを凌いだ。
暫くすると、滝のように流れていた汗は止まり、快適とはいえないけど、それに近い状態には戻った。
人探しの魔法に使う魔法力は、俺が持つ全ての属性。どれも均等に消費されるけど、どうしてか、この魔法を使うとそれまで使っていた魔法や、高めた魔法力が使えなくなってします。
それ以外の魔法なら、二つ以上使うことは出来るとは思うのだけど、何故人探しの魔法を使うと、他の事が一緒に出来なくなってしまう。
セルビオには不器用だと言われてしまったけれど、ただ俺が不器用なだけなのだろうか。
「冗談ですよ。拗ねないでくださいウィル。貴方が使うこの魔法は私にもよく分からないのですから、私にはなんとも言えません。まぁ、貴方は魔法に関することだけはかなり不器用のようですが」
励ましてくれたと思っていたら、こいつは痛んだ胸の傷をえぐるような事ばかり。
たしかに俺は不器用だと思う。
基礎魔法もろくに使えないのだから、不器用としか言えないけど、もう少し言い方か考えてくれてもいいのではないかと思う時が多々ある。
俺だって、もう少しまともに魔法が使えていればどれだけいいだろうと思うことはあるけど、何度魔法を使おうとしても、使えなかったので、仕方がないとしか言えない。
「それはそうと、これからどうされますか?」
「・・・・どうしよう・・・・」
どうしようと聞かれても、どうすることも出来なかった。
俺の人探しの魔法もこういう時に役にたたない。
誰かに母の事を聞いたとしても、多分母がどの国に行ったという事までは分からないような気がするので、誰かに母の事を聞く事はあきらめていた。
しかし、いつまでもこの国にいるわけにはいかない。母がどの国に向かう船に乗ったのか分からないけれど、とりあえず何処かの国に行ったほうがいいだろう。
「考えていらっしゃるのでしたら、少しお買い物をなさりませんか?ウィリアム様に何か買って差し上げるのでしょう?この近くにいいお店があるので言ってみませんか?」
兄として、大好きな弟のお土産は絶対に買う。どたばたしていたせいで、言われるまでお土産のことなど忘れていたけど、最低でも一つ買っておかないと、後々俺が後悔することになるので、セルビオが勧める店に行くことにした。
セルビオに案内されてやって来た店は、とてもおしゃれで綺麗な所だった。
扱っているのは魔道具のみらしいのだけど、生活に必要な魔法具もあれば、子どもが使って遊ぶような玩具の魔道具もある。
ものめずらしい魔道具がたくさんあるけれど、どれも実用性があるような魔道具ばかりらしく、くだらないような魔道具は一切なく、お勧めされるだけの事はあった。
「どうですか?何かいいものはありましたか?」
目移りするものばかりで、正直すごく迷っていた。
商品を見ていれば、自分が欲しいと思うようなモノもあるし、これなら弟のお土産にするには丁度良いのではないかと思えるようなモノもあり、決められずにいる。
いつまで経っても決められないので、店員にお勧めの商品を聞いて、見せてもらったりしたのだけど、それでもなかなか決められなかった。
「ずいぶんと優柔不断なのですね・・・・・おや?ケンカでしょうか・・・なにやら外が騒がしいようですが・・・・ここからでは見えませんね・・・」
お土産を選ぶ事に夢中になって、言われるまで外が騒がしい事に気がつかなかった。
ケンカしているのは男性だという事が声で分かるけど、人だかりが出来ていて見えなかった。
ケンカなんてどうでも良かった。
したいやつはしとけばいいと思い、俺は買い物を続けていた。
「これもいいな・・・・あっ・・・これも・・・ああー決められねー・・なぁセルビオ、どれがいいと思う?」
いくら悩んでも決められなかったので、お土産候補として選んだものをセルビオに見せて選んでもらうことにした。
「そうですね・・・・ウィリアム様は四歳になられたのですよね?それなら、これからの事を考えてこちらの方がいいのではないのですか?」
旅に出る一週間ほど前に弟のウィリアムは四歳になったばかり。
生まれたばかりの頃は壊れそうなほど小さくて、抱っこするのがとても怖いと思っていたのに、母のおかげで、日々成長する弟の姿をちゃんと見届ける事もできず、会う度に大きくなった弟をみて、成長する事はすごくいいことだと分かっているけれど、心のどこかでこのまま成長が止まって欲しいと思う自分がいた。
でも、いくら俺が願っても、弟の成長を止める事は出来ない。だから、俺は決めた。弟の成長を止める事が出来ないのなら、日々成長する弟を見守ると。たとえ、母の捜索で見届ける事が出来なくても、兄として願う事などはできる。
セルビオがウィリアムの為に選んでくれた魔道具は、ウィリアムよりも少し大きな子どもが遊ぶようなモノだった。でも、年齢にあった物を買って遊ばせるより、成長を見届けたいのなら、年齢にあったモノよりも上の物をあげて遊ばせる方が、これからの為になるのでないかという物だった。
即決する事が出来なかった。
弟の為に考え、選んでくれた物だから、それでいいと思うのだけど、本当にそれでいいものなのだろうかと思い、また悩んで、買う事を躊躇っていた。
「悩むのもいいですが、いい加減に決めちゃってくださいね?」
「あ・・・・うん・・・・」
お土産の候補はいくつもあった。セルビオに選んでもらった物は候補の一つに入れ、後は候補の中から、二つ三つ選ぶ事にした。
「これはかう・・・やっぱり、こっちかな・・・・」
「好きなだけ悩んでください。もう私は何もいいま・・・・ウィル!今すぐその場から離れなさい!」
突然セルビオが血相を変え俺に向かって叫んだその時だった。
がっしゃーん!
突然の出来事だった。
ガラスのような物が派手に割れる音が聞こえた。
何が起こったのだろうと思ったけど、ガラスのような物が割れる瞬間、誰かが俺に抱きつき、覆いかぶさるようにし、床の上押しに倒された。
「いって・・・・・・」
そのせいで頭を強く打ってしまった。
「すいませんウィル・・・・貴方に怪我を負わせないためにはこうするしかなかったのです・・・怪我はありません・・・・よね?」
優しく微笑みかけ、俺の安否を確認してきた。
「ああ・・・・だがお前・・・・」
何が起こったのか今だ状況を把握することが出来ないけれど、頭を強く打ったこと以外、怪我は何処にもしていないが、俺は絶句していた。
ポタポタと俺の顔に何か生温かいものがセルビオから落ちてきた。それがすぐに血だと言うことが分かった。
ようやく何が起こったのか分かることができた。
店の外でケンカしていた男達が店の扉が閉まっているにも関わらず、飛び込んできた為、ガラス戸が壊れガラスは粉々に飛び散り割れた。
セルビオは俺が割れて飛び散ったガラス戸の欠片で怪我をしないよう身を挺して守ってくれた。しかし、セルビオは割れて飛び散ったガラス片に頭を掠めたらしく、額から血が流れ落ちていた。
「大丈夫ですよこれぐらいの傷・・・・・回復魔法を使えばすぐに治ります・・・それよりも貴方に怪我がなくてよかったです・・・・」
俺の事を心配するよりも、自分の心配をして欲しかった。
傷は俺が思っているほど酷くはないと思う。ただ、出血が酷いので、今すぐ回復魔法をかけた方がいいと思うけど、思うだけだった。
軽い怪我なら、魔法が使える者であれば、基礎魔法に回復魔法があったはずなので、簡単に傷を治す事はできるだろけど、くだらないといえる魔法は使えるのに、基礎魔法をまともに使う事が出来ない俺には、セルビオの傷を治してあげることも出来なかった。
「そんな顔・・・しないでください。私は大丈夫です。それに貴方に傷を治していただこうとは思っていませんが、せめて収納袋の中から、何か傷に当てられるような布を出していただけませんか?」
傷口に布を当てて止血をするつもりなのだろう。
何故、セルビオは自分自身に回復魔法をかけないのだろうと思ったけれど、あえて言わなかった。何か考えがあるのかも知れないと思いながら、回復魔法を使わないのなら、早く血を止めないと焦り、慌てて収納袋の中に手を突っ込み、傷に当てられるような綺麗な布を探した。
「慌てなくても私は大丈夫ですよウィル・・・・そんなに慌てると、見つかる物の見つかりませんよ?それよりも、もう少しこっちに来なさい。巻き込まれますよ?」
店の中に飛び込んできた男達は、俺達が店の中にいることに今だ気がついておらず、激しい取っ組み合いをしながら言い争っている。
男達の争いは、激しさを増し、次々と店の商品が壊されていく。セルビオは俺が巻き込まれないか、心配するのだけど、俺の心配より、自分の心配をして欲しい。回復魔法を使ってさっさと傷を治してくれればそんな心配をする必要ないのに、どんな状態であっても、回復魔法を使おうとはしない。
早く、傷に当てられるような布を見つけて、止血しなければならないと思うのに、中々傷に当てられそうな布が出てきてくれない。
「ウィル・・・危ないですから、こっちに来なさい・・・ウィル・・・」
探す事に必死になって、セルビオの言葉はまったく聞こえていない。
「あった・・・あったぞセルビオ!・・・・早くこれ・・・・・え?今・・・何って言ったの・・・・?」
ようやく見つけ出す事ができと思ったときだった。争っていた男の一人が、もう一人の男に向けて言った言葉を、俺は聞いてしまい、体が震えた。
「し・・・・・・俺・・・・死ぬの・・・・・?」
誰が誰に向かって発した言葉であっても、俺が聞いてしまった言葉は、俺にとって、何よりも聞いてはならない言葉だった。
俺にとって『死ぬ』とか『殺す』という言葉は、絶対に口にしてはならない禁句。
たとえ、冗談で言っても、俺はその言葉を冗談として受けることが出来ない。
たとえそれが自分に向けられた言葉でなくても、俺は自分に向けられて言われているのだと思ってしまう。
「死にたくない・・・・嫌だ・・・死にたくないよ!」
「ウィル・・・急にどうしたのですか?」
「嫌だ・・・怖いよ・・・・死にたくないよ・・・」
思い出したくない事を思い出してしまった。
恐怖。襲い来る恐怖に俺は飲まれそうになっていた。
「助けて・・・・怖い・・・・怖いよ・・・死にたくない、死にたくないよ・・嫌だ嫌だ嫌だ!」
ガタガタと体が震え、俺は身を丸めるように蹲った。
「ウィル、落ち着きつきなさい・・・・大丈夫です・・・落ち着いて」
恐怖に怯える俺をどうにか落ち着かせようとするけれど、怯えて震えた今の俺に優しく俺に触れようとするセルビオの手が、俺を殺そうとする手に見え、更なる恐怖が襲った。
「来るな!誰も俺に近づくな!嫌だ・・・怖い・・・来るな来るなぁああああ!」
俺は襲ってくる恐怖から逃げる為、怯え、叫びながら店の外に走り出した。
人が怖かった。また自分は殺されるという恐怖のあまり、信頼する事が出来る人物であっても、今の俺にはどんな人であっても俺を殺そうとする人物にしか見えていない。
「近づくな・・・誰も俺に近づくなぁああああああああああああ!」
拒絶。俺の周りにいる全ての人を俺は拒絶した。
誰も俺に近づいて欲しくない。
人が怖いという理由もあるけれど、今の俺は普通ではない。恐怖に怯え狂ってしまった自分を抑える事ができず、何をするのか分からない状態だ。
「ウィル!落ち着きなさい!一体何があったのですか、ウィル!」
「来るな来るな!誰も俺に近づくなぁぁあ!うわああああああああ!」
セルビオは拒絶されていると分かっていて、俺に近づこうとするが、俺は近づけさせなかった。
もう自分ではどうする事も出来ない。誰かが俺を止めてくれない限り俺はずっとこのままかもしれないけれど、きっと誰も俺を止める事は出来ないだろう。俺が人を拒絶する限り、たとえセルビオであっても近づけさせない。
「・・・・・う・・・・うわああああああああああ!」
俺は空に向かって大きく叫んだが、空に向かって叫んだ時、自分の中で何かが弾けた。
それが何かは分からないけれど、ずっと自分の中で眠っていた何かが解放されたような感じだった。
「な・・・・何が起こったというのです一体・・・・地震・・・・?」
ゴゴゴゴッと地面から突き上げられるような大きな地震だった。
火の国は火山が活発なため、地震は珍しくない。
しかし、地震といっても、小さなものばかり。大きな火山が噴火しない限り、大きな地震は滅多に起こらない。
それに、大きな火山が噴火するような時は、火の国の王族が王族だけにしか使えない魔法で噴火を抑える為、大きな地震はよほどのことがない限り起こらないはずだ。
だから、この地震は異常だった。
地の魔法の中に、地震を抑える魔法はあっても、発生させるような魔法は存在しないはずだ。
異常なのは地震だけではなかった。
地震が起こってすぐ後、真っ青に晴れていたはずの空はどんよりとした分厚い雲に覆われ、雷が鳴り、突風が吹き、強い雨が降り、まるで嵐が到来したような天候へと一変した。
どうしてこのようなことが起こってしまったのか分からなかった。
町の人々は、少しでも安全な場所へ避難しようと騒いでいるけれど、俺は、何故かこの荒れ狂う天候の中で壊れるように笑っていた。
「ははははははは・・・・・いいぞ・・・もっと・・・もっと・・・・・」
こんな状況で笑ってなどいられないはずがないのに、俺はこの状況を楽しんでいた。
「何をしているのですかウィル!」
「五月蝿い!黙れ黙れ!俺に近づくなぁああ!」
近づこうとするセルビオに俺は雷を打ち放ち、遠のけた。
雷は自然だけに発生する現象のみとされているため、人が持つ魔法力の属性の中に、雷の魔法力は存在しない。存在しないはずなのに、俺は、雷の魔法を使った。
無詠唱だけど、これは明らかに魔法だった。
どうして存在しない魔法が俺には使えるのかが分からないけれど、人探しの魔法と一緒なのかも知れない。
どっちにしろ、セルビオに直撃しなくてよかったと思う。
雷を放ったのは俺の意思ではない。
体が全てを拒んでいる。この世界も、人も俺は拒んでいた。
だから、俺の意思に関係なく、体は全てを拒絶ようとして、勝手に動く。
止めようと思っても、俺は自分自身を止められない。
「ウィル・・・・一体どうしてしまったというのですか!いつのも貴方は何処に行ってしまったのですかウィル!もし私の声が聞こえているのでしたら、何か申してくださいウィル!」
「五月蝿い五月蝿い!黙れ黙れ!」
俺を止めようとしてくれているのは嬉しかった。
でも、今のセルビオの声は俺には届かず、耳障りとしか言えず、セルビオに向け、俺は何度も雷を放ち、黙らせようとした。
雷が落ちるたび、セルビオは様々な属性の防御魔法で、結界を張り、雷から身を守っていた。しかし、いくら防御魔法を使って雷から身を守っても、俺が魔法を使う事を止めない限り、いつまでも結界で身を守り続けるには限界はあるだろう。
「・・・困りましたね・・・どうやら、今の貴方に何を言っても聞いてもらえないようですね・・・・・こうなれば仕方ありません。この身がどうなろうと、きっと私が正気に戻して差し上げます!」
次々と空から打ち落とされる雷から身を守るだけでも今は精一杯のはずなのに、守るために纏っていた結界を突然解いた。
どうしてそんな事をしたのだろう。そんな事をすれば、俺が打ち落とした雷がもし、セルビオに直撃でもしたら、ただではすまないはずなのに、キケンだと分かっていながらもセルビオはどうして結界を解き、無防備な状態になったのだろう。
「好きにしなさい・・・ただし、ただし好きにしていいのは私だけにしなさいウィル!これ以上、大勢の人に迷惑をかけてはなりません!」
俺だって、迷惑をかけたくて、こんな事をしているわけではなかった。ただ、自分の意思とは別の意思が、俺をこんな事にしていた。
「うるさぁああい!お前に何がわかる!俺に指図するな!」
今の俺は無敵の状態だった。
体の奥底からこれまで感じたことのない強い魔法力が漲り、何でも出来るような気がした。そう思っていたら、特に何かをしたというわけでもないけれど、俺が叫ぶと、雷だけではなく、大気は震え、地面が割れるほど大きな地震は起こり、雨風はさらに強さを増した。そして、海も荒れ狂い、大きな津波発生した。
大きな津波はこの町に直撃しようとしていた。
しかし、津波は町には直撃しなかった。
町に直撃しようとする津波をどうにか避けることが出来た。
魔法が使えない人に比べれば、魔法が使える者は数少ないが、どの国の、どの町にも魔法が使える者は最低二人から三人はいる。
このようなことが起こるのは、滅多にないが、このような災害が起こった場合、町に魔法が使える者がいなければ、魔道具だけでは町と町に住む人々を守りきることができないとされ、どの国のどの町にも魔法が使える者が最低でも二人から三人いるようにという、法律が各国に設けられている。
法律があったおかげで、魔法が使える者がこの町にいたから、町を襲おうとしていた津波から町を守ることが出来たが、これが今の俺が持つ力だった。
人々を守るための力。それが魔法のはずなのに、今の俺が持っている力は人を傷つける力だった。
何時も俺が使っていた、程度の低いくだらない魔法であっても、人を傷つけたことはなかった。どんな事があっても俺は、魔法を使っていたずらする事はあっても、人を傷つけるようなことは絶対にしなかった。それなのに今の俺は、自分の意思でなくても、多くの人々を傷つけ、多くの建物を壊してしまい、取り返しのつかない事をしてしまった。
俺は本当にどうしてしまったのだろう。
いくら魔法力が強くても、災害を起すような魔法などこの世に存在しないはずなのに、どうして俺は存在しないはずの魔法を使っているのだろう。
これ以上俺は人を傷つけたくないのに、自分の意思ではどうする事も出来ない。
助けて欲しい。誰でもいいから俺を止めて欲しかった。
「・・・・たす・・・・けて・・・・」
ようやく、俺の思っている事を言えた。
たとえ言葉になっていなくても、これは俺が思っている気持ち。心から願っている言葉だった。
でも、言えたのはたったこれだけだった。
せっかく俺が思っている事が言えたのに、また俺は、人を傷つけるだけの、もう一人の俺に戻ってしまった。
「聞こえましたよウィル。私には貴方の心がしっかりと聞こえました。待っていなさい。きっと私が・・・私の知っているウィルに戻して差し上げますよ!」
きっと聞こえないだろうと思っていたのに、俺の声はしっかりセルビオに届いていた。
それがすごく嬉しかった。
もう、元の俺には戻れないかもしれないと思っていたけれど、僅かに希望という光が差した。
藁にも縋る思いだけど、俺はたとえ望みがないとしても、その藁を絶対に離すつもりはない。これを離してしまえば、きっと俺はもう元の俺には戻れないかもしれない。多くの人々を傷つけ、何も感じない俺になってしまうかもしれない。
そんな俺は嫌だ。
人々を守ることが出来る力があるというのに、俺はその力で、人々を傷つけている。
元に戻りたい。元の俺に戻って、何かをしたいというわけではないけれど、とりあえず俺は元の自分に戻りたかった。
「うぉおおおおおおおおおお!」
俺は戦っていた。
本当の自分と、もう一人の自分と俺は戦っていた。
負けたくなかった。負けたら、絶対に戻る事は出来ない気がしたから、必死で俺は戦っていた。
「負けないでくださいウィル!私が貴方のところにたどり着くまで、絶対に呑まれないと私に約束してください!きっとですよウィル!」
頷くことも、返事をする事も出来ないけれど、その声は俺にしっかり届いた。
セルビオならきっと、俺を戻してくれる。
例え、どんなにボロボロになって、傷を負っても、きっとセルビオは俺の所にたどり着き、俺を元の俺に戻してくれると俺は信じ、もう一人の俺に俺が呑まれないよう、頑張って戦う事しか出来なかった。
「せる・・・・びお・・・・・・」
抵抗した。
もう一人の俺が、俺にどんな辛い過去を見せつけようが、耐えてみせようと思った。
どんな辛い過去を見せつけられても、俺は必死に抵抗し、もがき、耐えた。
すごく辛かった。負けそうだった。でも俺は、セルビオがきっと俺の所に来てくれると信じて、耐えた。耐え続けた。
でも、もう限界だった。
俺は耐えられなかった。辛い過去を見せつけられ、耐えられなくなった俺は、もう一人の俺に、完全に呑まれそうになった時だった。
消えかけていた、希望に光が、強く光った。
「・・・・お待たせ・・・いたしました・・・・よく、頑張りましたね・・・ウィル」
その光は、俺を、救い出してくれる光だった。
まだ俺は、元の俺には戻っていないけれど、呑まれそうになっていた俺は、なんとかもう一人の俺に呑まれることを免れた。
セルビオが俺に与えてくれた希望の光。
まだ自分を戻すことは出来ないけれど、もう俺は大丈夫だった。
もう一人の俺は、セルビオに抱きつかれ、酷く抵抗するが、セルビオはどんな事をされても、俺を離そうとしなかった。
離すどころか、傷だらけになっているにも関わらず、セルビオは俺を力強く抱きしめ、耳元で囁くような優しい声で、俺に話しかけてきた。
「戻ってきなさいウィル・・・・私の大好きなウィル・・・・・・・・」
嬉しかった。何故こんなに嬉しいのか分からない。でもその言葉を聞いた時嬉しいと思った。
俺はセルビオの事が好きなのかも知れない。
小さな頃からずっと大嫌いで、ついこの間まで、旅に出るまではそう思っていたのに、いつの間にか俺は、そんな事を思わなくなっていて、こいつがいないと不安を覚えるようになってしまっていた。
「離せっ!はなせぇええええ!」
「いいえ離しません!いつもの貴方に戻るまで私は貴方を離すつもりはありません!戻ってきなさいウィル!さもないとお仕置きいたしますよ?」
お仕置きをされるのはいつまでたっても嫌だけど、今のセルビオが本気で俺をお仕置きするとは思えない。
「嘘だと思いますか?ですが、嘘ではありませんよ。今からその証拠をお見せいたしますので、しっかり、覚えておくのですよウィル・・・・・・・」
「んん!んんん・・・・・んんっ」
本気でお仕置きは実行された。
しかし、実際これがお仕置きと言えるのだろうか。
こいつは暴れる俺の口を塞いだ。
ただ、口を塞いだのは手でもなんでもない。こいつ自身の唇を俺の唇に当てて口を塞いだ。
「・・・・どうですか、お仕置きは?」
お仕置きだというが、これはお仕置きでもなんでもない。
これはキスだ。キスとしか言いようがない。
でも、どうしてこいつはお仕置きと言っておきながら、俺にキスをしたのだろう。
「流石に、これだけで元に戻るような貴方ではありませんよね・・・ですが、これで終わりだと思わないでください。お仕置きはまだまだ続きますよ・・・・・・」
そうして、また同じようにこいつは俺の口を塞いだ。
俺は抵抗しようと暴れるが、こいつはしっかりと俺に抱きついて、絶対に離そうとしなかった。
こいつは俺が、本当の俺が表に出てくるまでこれを続けるつもりなのだろうか。
「んん!ん・・・・・・はな・・せ・・・・・ん・・・」
「・・・離しません・・・貴方が私に何をしようが、私は一切貴方を離すつもりなどありませんから・・・・・・・」
もしこいつが俺を離すとすれば、それは俺が元の俺に戻ったときだろう。
「・・・貴方は・・・貴方は一体どれだけ私に我慢をさせるのですかウィル・・・・私はもうこれ以上待てませんよ・・・・だから、戻ってきなさいウィル・・・・・」
「ん・・・・んん・・・・・・・あ・・・・・」
強く俺を抱き締め、これまでにないほど力強いキスを何度も何度もしてくる。
我慢とは何だろう。こいつは何を我慢していると言うのだろうか。どうやら、俺がこいつに何かを我慢させているらしいが、考えてもその答えは分からなかった。
「どうですかウィル・・・・そろそろ気持ちよくなったのではありませんか?」
「あっ・・・・ん・・・・んん・・・・・はな・・・せ・・・んん・・・」
「強情ですね・・・・・・そんな可愛い顔でそんな事を言われても、私は離しませんよ」
俺は男だ。かわいいなど言われても嬉しくないはずなのに、それに男同士でキスをされても、気持ち悪いだけな筈なのに、全然そう思えず、なんだか不思議な感じだった。
どうして、こんな事思うのだろう。表に出ている俺は、すごく嫌らしいけれど、俺は嫌だと思えなかった。ずっとこうして欲しいと思っているけれど、言えなかった。すごくこの事を言いたいのに、表に出ているもう一人の俺が、俺を表に出す事を酷く拒否して、出させてもらえない。
「ウィル・・・私の声が聞こえていますか・・・・もし、聞こえているのでしたら、私の声を聞いてください・・・・私は、貴方が好きです・・・・貴方が私の事を嫌っている事は重々分かっていますが、私は、貴方の事が心の底から愛しています。好きなんです!だから、出てきてくださいウィル!」
願いだった。そして、願いと同時にこれは俺に対する告白だった。
「離せ離せ!誰がお前なんか!」
逃げようとした。俺は必死になって、セルビオから逃げようとしていた。
でも、セルビオはそうさせなかった。しっかりと俺を抱きしめて、俺に気持ちをぶつけてくる。
「どうしてそう私から逃げようとするのですか?」
「そんな事知るか!俺は・・・・俺は・・・・・・・・・」
何かを言いかけ、俺は突然ガクッとセルビオの腕の中で気を失った。
「ウィル!どうしたのですかウィル!しっかりしてください・・・ウィル、ウィル!」
何が起こったのか分からないセルビオは、必死な顔になって、俺に呼びかけてくる。
何度セルビオが俺に呼びかけても俺はその声に反応しなかった。しなかったというか、出来なかった。
表に出ていたもう一人の俺は、よほどセルビオから逃げたかったのかもしれない。
もう一人の俺は、人を酷く嫌っていた。人に触れられるのもすごく嫌なはずなのに、抱きしめられ、逃げられないようにされ、あんな事までされた。
何度も何度も俺は抵抗していた。いくら抵抗しても逃げられないと分かったもう一人の俺は、別の方法でセルビオから逃げ出した。それが意識を手放す事だった。
意識を手放したもう一人の俺は、心の底に消えようとした。取り込むことができなかった俺と一緒に。
そんな事になれば俺は一生戻ることはできないと思った。たとえ体は生きていても、心はなく、俺は生きた屍となってしまう。そんなのは嫌だった。だから、俺は連れて行かれそうになった時、必死に抵抗した。
そして、俺は勝った。どうにか勝つことができ、自分の体に戻ることができた。
「・・・・・・ウィル・・・・ウィル!」
「・・・せ・・・・せる・・・びお・・・・・」
「私の声が分かりますか・・・・・・」
意識を取り戻すと、セルビオは泣きそうな顔で、俺を呼んでいた。
「俺・・・・・・・」
「戻ったのですね・・・・元の貴方に・・・・・よかったです・・・・」
俺が元に戻って嬉しいのか、泣き顔になりながらこいつは俺をギュッと強く抱きしめてくれた。
「ご・・・・ごめん・・・・・」
「何を誤っているのですか貴方は・・・・・・」
もう一人の俺がセルビオから逃げる為に意識を手放した事で、災害は収まったけれど、いくら自分の意思ではないからと言って、俺がしたことは許されることではなかった。
この町に魔法が使える者がいたからこそ、津波の被害だけはどうにか免れることはできたけれど、俺がこの町に出した被害は、壮絶な物だった。
俺のせいで、町は崩壊した。そして、人々の暮らしを壊してしまった。
「私には、貴方が何をしたのか分かりませんが・・・・・これは貴方のせいではありません・・・・・」
こいつは俺のせいではないというが、明らかにこれは俺のせいだった。
「で・・でも・・・・・・うっ・・・うう・・・・・っく!ああっ・・・・くっ・・・・」
突然、胸に激痛が走り、俺は胸を押さえながら、地面に蹲った。
「ウィル・・・・どうしたのですかウィル!」
俺にも何が起こったのか分からなかった。
信じられないほどの痛みが、胸を突き刺すような感じだった。
前に一度こんな事があったような気がするけれど、あまりにも胸の痛みが酷いせいで、考える事ができなかった。
「っく・・・・・ああ・・・・・」
「ウィル・・・・ウィル!」
胸の痛みは激しさを増すばかりだった。
「うう・・・・・あ・・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」
痛みのせいで、意識は朦朧としていた。
「だ・・・大丈夫ですかウィル・・・ウィル・・・・・」
苦しむ俺をみて、すごく心配そうに俺の名前を呼んでくる。
俺はこいつにどれだけ心配をかけているのだろう。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・せ・・・せる・・・・・」
胸を貫くような痛みのせいで、呼吸もままならなかったけれど、暫くすると、あれほど痛いと思っていた胸の痛みが嘘のように治まってきた。
しかし、胸の痛みが引いてくると同時に、意識が遠のき、俺は再び、気を失った。
セルビオは何度も何度も俺の名前を呼んでいたように思うけれど、俺は目を覚ますことはなかった。
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