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帰郷
しおりを挟む体が重たい。すごく体が重たい。
体を動かそうと思っても、まるで体が鉛のように重たくて、動かす事ができなかった。
どうしてしまったのだろう俺の体は。まるで、自分の体ではないような感じだった。
「・・・・王子・・・・・王子・・・・・」
誰かが俺を呼ぶ声がする。
とても聞きなれた声だった。
「王子・・・・ウィルウィア王子・・・・・」
俺を王子と呼ぶのは誰だろう。
セルビオは俺の事をそんな風には呼ばない。俺をこのように呼ぶのは俺が知る限り、三人しかいないはずだけど、あいつらは俺の旅に同行していないので、自分の国に帰らない限り、俺の事を王子と呼ぶ奴はいないはずなのに、誰が俺の事を王子と呼ぶのだろう思いながら、俺は意識を取り戻した。
「こ・・・・・ここは・・・・・・」
はっきりと意識を取り戻したわけではないので、ちゃんとしたことはわからないけれど、どこかで見覚えのある光景が目の前にあった。
「お・・・王子!気が付かれたのですか!」
「・・・・お・・・お前達・・・・・」
どうして、いるはずもない人物がここにいるのだろう。
それにここは何処なのだろうと思った。
「ここが何処か分かりますか王子・・・・私達の事がお分かりですか?」
「あ・・・・ああ・・・」
マイルにユーイ、トーレスの三人は俺にとって馴染みの顔ぶれだった。
どうして俺はここにいるのだろうかと疑問に思ったけれど、よく考えてみれば、俺がここにいる理由は一つしかなかった。
俺は前に倒れた時、セルビオととある約束をした。
次、俺が倒れれば、たとえ母を見つけられなくても、たとえ俺がなんと言おうと国に連れて帰るという約束をした。そして、俺は倒れた。だから、約束通りセルビオは倒れた俺をなんらからの手段ととって、水の国に俺を連れて返ってきて、こうして、俺は自分の部屋のベッドに寝かされていた。
最後に俺達がいたのは、火の国だった。火の国からこの国までいくら早くても約三週間はかかったはずだ。
一体俺はどれだけ眠っていたのだろう。まさか俺は三週間も寝ていたのだろうか。
それに俺は、俺は火の国で、とんでもない事をしてしまった。
「そうだ・・・俺・・・・火の国で・・・・・」
たとえ自分の意思でしたことではなくても、俺は自分のした事をはっきりと覚えていた。
そしたら、急に体が震えだし、冷静ではいられなくなってしまった。
「俺・・・・俺・・・・・嫌だ・・・・どうしてっ」
「いけません王子!思い出してはいけません!」
「王子、落ち着いてください!」
取り返しのつかない事を俺はしてしまった。決して許されるようなことでない。
それなのに、どうして俺はこんな所にいるのだろう。こんな所で俺は寝ていていいはずなのどない立場だというのに、どうして俺はここにいるのだろう。
「起きてはいけません王子!今の王子の体は起き上がれるよう体ではないのですよ!」
体が動かなくても、無理をしてまで起き上がろうとする俺を、三人は押さえつけ、寝かせとするが、俺は抵抗した。
「離せ!俺は・・・俺は!」
「駄目です王子!落ち着いてください!」
今の俺は冷静ではなかった。
自分のした事を俺は分かっていた。だから、冷静ではいられなかった。
「一体何をしているというのですかウィル!」
突然、兄のウォルフラムが部屋の中に入ってきた。
珍しく兄は声を張り上げていた。
こんな兄を見るのは正直言って初めだった。
「・・・・・に・・・・・兄さま・・・・・・」
「大人しく横になりなさい。三人の言うとおり、起き上がれるような体ではないのですよウィル」
「で・・・・ですが兄さま!」
「口答えは許しませんよ!私の言う事が聞けないのですか?」
兄はやはりすごかった。
三人がかりで暴れようとする俺を止めていたのに、兄は一瞬で俺を黙らせた。
兄が怖かった。誰よりも俺は兄が怖かった。
「辛いかと思いますが、左手を出しなさいウィル・・・・・」
「あ・・・・はい・・・・・」
今の今まで怖かった兄が、急にいつもの優しい兄の顔に戻った。
でも、兄が怖いのは変わらなかった。兄の言うまま、俺は右手を兄に差し出した。
すると兄は、差し出した俺の左手に何かを付けた。
「こ・・・・これは・・・・」
「精霊の涙ですよ・・・今まで貴方が持っていた精霊の涙は、割れてしまったとセルビオに聞いたので・・・・・」
何かが物足りないような気はしていたけれど、左手を差し出し、兄に、精霊の涙が嵌められた真新しい金のブレスレットをつけられるまで、それが何だったのかわからなった。
「よく聞きなさいウィル。これは精霊の涙ですが、ただの精霊の涙ではありません」
「ただの精霊の涙ではないって・・・・え・・兄さま、これってもしかして・・・・」
「ええ・・・そのもしかですよウィル。大事にいたすのですよ」
驚いた。
驚くことしかできなかった。
まさか、俺がこれを持たされるとは思ってもいなかった。
兄から渡されたこの精霊の涙は、大精霊の涙という物。
それぞれの国に、その国を守護する大精霊が、国を守る王に授けたと言われる物で、国宝にもされている、とても貴重な宝石。
いくら貴重な宝石だからといって、大精霊の涙は見た目の使い方も、その殆どが精霊の涙と同じ。ただ、違うのは石の中に秘められている魔法力が精霊の涙よりもずっと強く、並みの魔法力の強さではこの石を持つことができない。
王族が持つ強い魔法力でなければ、この大精霊の涙は反応せず、王族の者以外が持っても、色は何も変わらない。
王族が持っているからこそ、これは価値があるのだけど、ただ、問題があった。
この大精霊の涙を持つことが許されるのは、国王のみ。どんな国でも、大精霊の涙は、一つしかない。国を守護している大精霊が持つ属性の石のみ。だから、持つことができるのはその国を代表する国王のみとされていて、それ以外の石は、全て魔法が使える者なら誰もが持っている精霊の涙となっている。
そもそも、精霊の涙は、その者が持つ魔法力の強さを色の濃淡で表せるだけの宝石ではない。魔法を使うには、魔法力が必要となる。魔法力がなければ、当然魔法は使えないが、ただ、魔法を使えるだけの魔法力を持っていたとしても、精霊の涙がなければ、魔法はつかう事はできない。
精霊の涙があるからこそ、魔法は使える。魔法を使えるものにとって、精霊の涙はとても大切なものだ。
「これを貴方に持たせることはお父様も了承済みのこと。ですから、もうこれは貴方の物です。分かりましたね?」
「え・・・・あ・・・・はい・・・・」
素直に返事をする以外に選択示はなかった。
しかし、疑問があった。
どうして父は、俺にこれを持たせたのだろう。
まだ、水の大精霊の涙なら、分からなくもないけれど、このブレスレットについている精霊の涙は、どれもただの精霊の涙ではなく、大精霊の涙だった。
大精霊の涙を持つ頃ができるのは、それぞれの国の王のみで、その国を守護する大精霊の属性の石が一つだけしかないはずなのに、どうして、ここに全ての属性の大精霊の涙が嵌っているのだろう。
それに、水や地の国の大精霊の涙に色が付くのは分かるけれど、その他の属性の大精霊の涙がどうして、水や地の属性と同じように色が付いているのか分からなかった。
聞きたかった。でも、この事を兄に聞いても、教えてくれなさそうな気がして、言う事も出来なかった。
「もうお休みなさいウィル。まだ起き上がれるような体ではないのですから」
「う・・・うん・・・・・でも・・・・」
「でも、何ですか?言ってみなさいウィル。今なら聞いて差し上げますよ?」
横になった俺の頭を優しく撫でながら、とても優しい口調で兄は言った。
今の兄はすごく優しかった。さっきまでも怖さはどこに行ったのだろうかと思うほどとても優しかった。
駄目もとで、言おうとしたのに、兄は聞いてくれると言ってくれた。
「兄さま・・・・俺・・・・俺・・・・」
やっぱり、精霊の涙の事を聞こうと思ったけれど、言い出せなった。
「火の国の事はセルビオに聞いて知っています。ウィル?あれは貴方のせいではありません。起こるべきことだったのです・・・・」
「起こる・・・べきこと?」
兄の言っている意味が分からなかった。
俺が聞こうとしていたことは、大精霊の涙の事だったのに、兄は、俺が言おうとしていたことと別の事を言った。
火の国で俺がしたことも、自分の口からいわなければならないとは思っていたけれど、あのときの兄を見てしまったせいで、 もう、自分の口から言い出すのが怖かった。
「ええ、そうです・・・・ですが、今は気にする事ではありません。今はゆっくり体を休める事が何よりも大切です」
「ウォルフラム王子の言うとおりですよ。今はお休みくださいウィル王子」
「・・・・王子って・・・いう・・・・な・・・・バカ・・・・・まい・・・・」
起きている事が辛かった。
起きていることがもう、限界だった。襲ってくる眠気に負け、言葉の途中ににもかかわらず、途切れるように眠りについた。
「今はお休みなさいウィル・・・いずれ話して差し上げますよ。貴方の持つ力の事を全て・・・・」
俺が持つ力とはいったい何だろう。
いずれ話してくれると兄は眠る俺の頭を撫でながら言ったけれど、深い眠りについた俺にはその言葉は聞こえていなかった。
「それで・・・いいのですかウォルフラム王子?」
「いつまでも黙っている事は無理だと分かってはいますが、今のウィルには話すことはできません。背負わなければならない荷が重過ぎます」
「そう・・・でしたか・・・・それで、セルビオ様にこの事は・・・・・」
「話しました。セルビオにはこれからの事を考え、話したほうが良いと思ったので、ウィルの秘密を全て包み隠さず話しました」
俺が眠りに付いた後、兄と三人はそのまま俺の部屋で何かを話しこんでいた。
何を話しているのか分からないけれど、きっと俺の事かもしれない。
この三人がこうして兄と話すときは、仕事以外で俺のしか考えられないからだ。
「さぞ、驚かれたのではありませんか?ウィルウィア王子が持つ力、全てを破壊に導く覇王の力の事を話されたとき。我々も知らされた時はそうでした・・・しかし、どんな力を持っていたといたしましてもウィルウィア王子はウィルウィア王子です。それだけは、なにをいたしましても、変わりありません、ウォルフラム王子」
三人はどうやら俺が持つ力の事を知っているみたいだった。
「そうですね・・・・たとえどんな力を持っていても、ウィルはウィルです・・・ありがとうございます。貴方方がいつもウィルと一緒にいていただけたからこそ、ウィルは、こうしていることができるのです。本当に感謝しても、しきれないばかりです。ありがとうございます」
兄は深々と三人に頭を下げた。
「お顔をお上げくださいウォルフラム王子」
「我々は、ウィル王子の側にいて差し上げる事を、自ら望んでいたしている事です。どうか、お顔をお上げください」
覇王の力とは何のことだろう。
覇王というのは、はるか大昔、俺達が住んでいるこの世界がまだ一つの国だった頃の王様だと言われている。
元々一つだった国がどうして分かれたのか、詳しい事はどんな書物にも載っていないけれど、覇王は計り知れないほど強い力の持ち主だったと言うことだけは、どんな書物にも書かれていた。
覇王を研究する者は、殆どいない。
覇王が使う力は、古代魔法とも違うとされていて、その多くが謎に包まれ、研究する事は不可能だと言われていた。だから、覇王を研究する者は殆どいなかった。
「・・・・本当に、ありがとうございます。そろそろセルビオが王立図書館から、戻ってくるのではないかと思いますので、セルビオが戻ってくるまでの間、私がウィルの側にいますので、どうか、仕事に戻ってください。今が一番忙しい時ではありませんか?」
「お気遣い感謝していただき、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただいてもよろしいでしょうか・・・・」
「もちろん構いません・・・・・お仕事頑張ってください」
あの三人の事だから、セルビオは倒れた俺を運び込んだ時から、目を覚ます今日までの間、しなければならない仕事より俺を優先して、ずっと俺の側を離れず看病していたのではないだろうか。
元々三人は、俺の側にいるためだけに、この城に入ったわけではない。今は、俺の過去の事が原因でこうなっているが、俺のことが無くてもこの三人は忙しいはずだ。
今は特に忙しいのではないだろうか。だから、兄はこんな事を言ったのだと俺は思うけど、実際どうなのかは分からない。今の俺にそんなこと知る由もない。
「・・・・・覇王の力は、始まりと終わりを示す力・・・・いずれ、王族で生まれた者であれば、いつの時代か、誰かが背負う事になると言われていた運命・・・・まさか、貴方がその運命を背負う事になるとは・・・・大丈夫ですよ・・・貴方ならきっと・・・ウィル」
寝ている俺の頭を優しく撫でながら、兄は独り言を言っていた。
今の兄はどんな顔をしているのだろう。
きっと辛そうな顔をしているのではないだろうか。
弟である俺が、そんな運命を背負って生まれ、いつだ誰かが話さなければならないという、立場の一人として、そして、見守る事しかできないという辛さが兄に重く圧し掛かっているのではないだろうか。
兄は大丈夫だと言っているけれど、その言葉の意味というのは何なのだろう。
背負わされた運命を受け入れ、立ち向かう事が出来るということなのだろうか。
「なんていう顔をしているのですかウォルフ・・・・貴方らしくないですよ」
「セルビオ、戻ってきたのですか?どうでしたか?少しでも何かわかることができましたか?」
何か調べ物でもしていたのだろうか。何冊ものぶ厚い書物を手に持って、俺の部屋にやって来た。
「国王陛下の許可をもらい、閲覧禁止の書物を読ましていただきましたが、これという事は・・・・それよりも、ウィルは・・・・」
「心配ですか?」
「ええ・・・とても・・・」
「今は眠っていますが、私が来た時にはもう目を覚ましていました。ずいぶん興奮していましたが、今はもう、大丈夫です」
「そうでしたか・・・・その場にいることができなくて、残念です。しかし、良かったです。あのまま目を覚まさないのではと・・・・・」
「くす・・・・ずいぶんウィルの事が気に入ったのですね。旅に出るまでの貴方達では、きっと今の言葉は聞けなかったような気がします・・・良かったですねウィル。私達以外にも、貴方をこんなにも愛してくださる人がいて・・・・」
自分がどれだけの人に愛されているのかなど、分かるはずもない。
家族にすら、愛されているのか正直俺は分からない。
兄はきっと、弟として、俺を愛してくれていると思う。
王位継承を繰り上げられてから、兄は少し俺に対し厳しくなって、怖いと思うようなことはあるけれど、それが俺の為にと思いしてくれている事だという事は、知っていた。だから、これが兄の愛だということは分かっているけれど、親が子どもに対する愛はよく分からなかった。
父は何時も俺に怒鳴りつけるし、母はすぐに行方不明になって、俺が探しに行かなければならない立場である為、どうなのか良く分からなかった。
弟のウィリアムは、まだ小さいので、俺が愛してやる立場だから、愛されているとはいえないだろう。
「・・・・・ウォルフ、さっきから御三人の姿が見えないようですが・・・」
「いつまでもウィルの面倒を見ていただくわけには行きませんから、仕事に戻ってもらいました。もうすぐ式典があり、その準備などで忙しい人達ですから・・・どうせ、貴方がウィルの事を見てくれるのですよね?」
「それが私の望みですから・・・・」
「では、そろそろ私も戻りますね。何かありましたら、遠慮なく言ってください。今のウィルは、普通の状態ではありませんから・・・・・」
「無論そのつもりです」
「遠慮ありませんね・・・・あっ、そうでした。もう、ご存知かと思いますが、ウィルの精霊の涙は割れたと言っていたので、新しいモノに付け替えておきました。流石に今のウィルには精霊の涙はもう持てませんので、大精霊の涙となっていますが」
「大精霊の涙というと・・・・国宝では?」
「そうですけど、いずれ、どの国の王族に覇王の力をもって生まれた者が出るのか分かりませんので、どの国にも全ての属性の大精霊の涙はあるのです。誰にも知られない国王しか知らない場所にいつもは保管されています」
覇王の力のことは、王族だけが知る事。
本来は、王になる者しか知らされない極秘の事だけど、俺が生まれたことで、兄は知らされる事になった。もちろん、この事を知るのは、兄だけではなく、母も、三人も知っていることだった。
「本来、大精霊の涙は、王族しか反応を示さず、国王にしか持つことを許されない代物でありますが、使い方は精霊の涙と同じです。しかし、精霊の涙や大精霊の涙には、王族にしか伝わっていない、使い方があります。それは、覇王の力を抑える効果です」
「覇王の力を・・・抑える?」
「覇王の力はあまりにも強大です。貴方が見たウィルの力は、ウィルに施した封印こそ解けてしまいましたが、まだ完全には覚醒しているという状態ではありませんでした。しかし、それでも、火の国から遠く離れたこの国までウィルの力は伝わってきました。それほど強大な力なのです覇王の力というものは・・・・・・ですが、私は感謝しているのですよセルビオ。貴方がウィルを止めてくれたからこそ、この世界は滅ばずに済んだのです」
「私は何もしていません。ウィルが、自分の力を自分で抑えたのです」
「いいえ・・・貴方のおかげです。貴方がいてくれたおかげです。ありがとうございますセルビオ」
なんだか今日の兄は謝ってばかりだった。
「最後に聞いていいですかウォルフ・・・・封印とは何ですか?」
「貴方が読んだ本の中に乗っていませんでしたか?『覇王の力を持つものが生まれしとき、全ての大精霊がその者の前に集結し、覇王の力を封じる』と」
「そ・・・・それでは・・・・今までウィルが魔法を使えなかったのはっ!」
「その通りです。ウィルがとても強い魔法力を持っているにも関わらず、魔法を殆どつかえないのは、力を封じられていたからです。覇王の力を使わないためにウィルが持つ力を全て・・・・しかし、もうそれも、できません。ウィルに施した封印が全て解けてしまったため、再び封印する事はできません。封印するには今のウィルの力は大きすぎるのです・・・・・」
大きくなりすぎた力は治めることができない。それが今の俺の現状と言うことだった。
「ウィルに施した封印は完全に解けてしまいましたが、幸いにも、覇王の力は覚醒しきっていません。ウィルの持つ力をもう一度封印することはもうできませんが、このまま現状維持できればいいと思っているのですが、こればかりは何も言えません・・・そこで、お願いがあるのですセルビオ!王族の者としてではなく、一人の友人としてどうか私の願いを聞いてください」
兄は、深々とセルビオに頭を下げた。
「顔を上げてくださいウォルフ・・・・地位こそ違いますが、それ以前に私達は幼馴染でもあるのですよ。私にできることなら、何でも言ってください」
王族として命令すれば、下にいる者はその命令に従うしかない。しかし、兄は王族としてセルビオに命令することもなく、一人の友人として、セルビオに頭を下げた。
「・・・貴方らしい返答ですね・・・・そんな貴方だからこそ、私も気兼ねなく、お願いごとを言えるのです」
何が可笑しかったのか、兄はくすくすと笑っていた。
兄は何処か楽しそうだった。
こうして、兄が王族としてではなく、一人の人として、気を許して何でも話すことができるのはセルビオだけなのかもしれない。
「それで、お願い事と言うのは?」
「それは、ウィルの・・・・・・・ん?ウィル?どうしてのですかウィル?」
兄は何かを言おうしていたが、眠っている俺に何かあったのか、その異変にいち早く兄は気が付いた。
「うう・・・・・・いや・・・だ・・・・・来るな・・・・・たす・・・けて・・・せる・・・びお・・・やだ・・・・怖い・・・・たす・・・けて・・・」
夢を見ていた。夢をみて、俺はうなされていた。
見ていた夢は、悪夢だった。
火の国で俺がしたことをもう一度夢の中でしていた。
夢の中でも、俺は俺ではなかった。再び呑まれそうになっていて、俺は必死になってセルビオに助けを求めていた。
「やだ・・・・いやだ・・・・」
「い・・・いけませんウィル!その力を使っては・・・・・せ・・・セルビオ?」
空気中の大気が振動しかかっていた。
俺は夢の中で力を使っていた。兄の言う覇王の力というものを。しかし、現実の俺は力を使っていないが、夢の中で使っている力が影響しているのかも知れない。だから兄は、眠っている俺に力を使わせないようにと、眠っている俺を起して、目を覚まさせようとしようとしたのかもしれないけれど、兄が行動を移す前に、セルビオが眠っている俺の側にやって来て、うなされるギュッと握り締めた。
「・・・・大丈夫・・・・私ならここにいますよウィル・・・・何も怖い事はありません・・・だから、大丈夫ですよ・・・・」
俺の手を握り締めたセルビオは、優しい声で話しかけた。
うなされる俺を安心させる為に、とても優しい声で。
セルビオの声は、ちゃんと夢の中の俺に届いてきた。
「大丈夫・・・・・大丈夫ですよウィル・・・・・」
その声に助けられるように、眩い光に包まれるように、悪夢のような夢の中から、抜け出すことができた。
「・・・・せ・・・・・せる・・・・びお?」
「そうですよウィル・・・・・」
夢から目を覚ますと、さっきまでいなかったはずのセルビオが、目の前にいた。
「せ・・・・セルビオ!」
セルビオの顔を見た瞬間、まともに動かす事もできない体でありながら、勢いよくベッドから起き上がり、兄がいるにも関わらず、飛びつくように正面から抱きついた。
「セルビオ・・・・セルビオ・・・・・」
「おやおや・・・どうしたのですかウィル。そんなに強く抱きしめられると、苦しいです」
そう言いながら、抱きつく俺を無理に離そうとはせず、優しく、頭を撫でてくれた。
「ずいぶんと震えていますね・・・・よほど怖い夢を見ていたのですね・・・ですが、もう大丈夫ですよ・・・もう、貴方に怖い夢は見せさせません」
「う・・・・うん・・・・」
一度きりであっても、恐ろしく怖い思いをした時の事は忘れたいと思っていても、忘れられるはずがない。
中には記憶を忘れるほど怖い思いをしたことがある人もいると思うけど、たとえ、その時の事が記憶になくても、心と体は覚えているもの。
まだ幼い子どもの頃に経験したことなら記憶を忘れていた方がいいと思うとは思うけど、どんなときにその記憶が戻るのか分からない。ちょっとしたことで、思い出してしまう事だってあるという。
しかし、そういう者の殆どは、自分を支えてくれるような人が周囲にはいないというが実際にそういう人に俺は会ったことがないので、よく知らない。
でも俺は、俺を支えてくれる人がたくさんいる。
忘れたいと思うほど怖い思いをたくさんしたけれど、何時も俺のそばには俺を支えてくれる人はいる。だから、こうしていることができる。
これから先もきっと皆の支えがなければ、俺が俺でいることができないかもしれないけど、俺を支えてくれる人がいる限り、たとえこれから先、どんな事があっても、耐えていく事ができるかも知れないと思った。
「少しは落ち着きましたかウィル?」
もう、離れても大丈夫なほど落ち着いているけれど、まだ離れたくなかったので、俺は首を横に振った。
「仕方がありませんね・・・本当は横になって欲しいのですか、もう少しだけ、こうしていてもいいですよ」
起きているだけでも体は辛いけれど、こうやって人に抱きついて、人の体温を感じられることが、何よりも一番落ち着く。
抱きつく相手は、誰でもいい訳ではない。俺が信頼できる相手でなければこうする意味がいない。
「ずいぶんとウィルに懐かれている様子ですねセルビオ・・・こんな安心しきったウィルの顔を見るのは久しぶりです・・・・」
「に・・・・・兄さま・・・・・」
ギョッとした。まだ兄が部屋にいたことに気が付いておらず、俺が眠った後、俺の部屋を出て、自室か父の公務の手伝いでもしているとばかり思っていた。
少し、気まずかった。
まさか、こんな俺を見られるとは思ってもいなかった。
「気にしなくてもいいですよウィル。今は貴方のしたい様にしなさい。今のその方がずっと体にはいいようですから」
意外な言葉だった。
いつもの兄なら、きっと何か言っていたと思うけど、これというような事は何も言われなかった。
何故か兄は、嬉しそうに微笑んでいた。
「何か飲みますかウィル。冷たいものでも持ってきて差し上げましょうか?」
「え・・・あ・・・・・・」
どう、返事をしたらいいのか戸惑った。
その言葉を素直に受け入れてもいいのだろうと思った。
「こういう時は素直に聞くことが一番。ですので、そんな驚いた顔をしなくても、言う事を聞きなさい」
「あ・・・・・はい・・・・」
兄は、そういって部屋を出て行ったけれど、変な感じだった。
「どうしますかウィル。ウォルフが戻ってくるまで、こうしていますか。それとも、横になりますか?」
もう少し、抱きついていたかったけれど、いつまでも情けない姿を兄に見せられないと思ったので、横になることにした。
「今の貴方はとっても素直ですね。それはウォルフがいるからですか?それとも、ウォルフが怖いですか?」
そのどちらでもあった。
少しして、兄はよく冷えた飲み物を持ってきてくれた。
一度横になってしまった以上、自分の力で起き上がることが少し困難で、セルビオの助けを借りて、座ったけれど、座っている事も辛く、結局少しだけ飲んで、すぐに横になった。
「無理して、飲むことはありませんよウィル。さぁ、もう一度お休みなさい。体、辛いでしょ?」
「いや・・・・」
嫌だった。眠ることがすごく嫌だった。
眠ることが怖い。
寝なければ体は、回復しないと分かっているけれど、またあのような夢を見るのではないかと思ってしまい、眠ることがすごく怖かった。
一度目は素直に言う事を聞いたけれど、もう、兄の言う事は聞けなかった。
「ですが・・・・・」
「嫌だ・・・眠りたくない・・・・」
また昔に逆戻りしそうだった。
「ウォルフ、ここは私が・・・・・ウィル・・・・別に寝なくても構いません。ですが、体がどうなっても知りませんよ?それでなくても、今の貴方は、まともに動けるような状態ではないのですから」
「う・・・・・」
痛いところを突かれてしまった。
「それに、大丈夫ですよウィル。前にも言いましたよね?貴方が眠るまでずっと側にいて差し上げると・・・・」
「うん・・・・言った」
こいつと一緒にいると、何故、こんなにも安心する事ができるのだろう。
「でしたら、もう大丈夫ですね?眠ること、できますね?」
「う・・・うん・・・・できる・・・と思う・・・・」
「思う、ですか・・・まぁ、いいでしょう。では、お休みなさい・・・ちゃんと側にいて差し上げますから」
セルビオは約束どおり、俺が眠るまで、俺の側にいてくれた。そして、ずっと手を握ってくれていた。
眠る事に不安は一切感じることもなく、俺は、セルビオの手をギュッと握りしてながら、安心して眠りについた。
あんなに眠りたくないと思っていたのに、今は、ただ眠りたかった。
俺が眠らなければ、皆は安心しないと思う。だから、眠ることにした。
「・・・・セルビオ・・・改めて、お願いをしてもいいですか?」
「もちろんです。私の出来ることでしたら、何でも言ってください」
「今のウィルは、普通ではありません。ただでさえ、昔にあった出来事が原因で心が不安定な状態です。最近はようやく落ち着いてきたと思っていたのですが・・・・まさか、こんなことになってしまうとは思いませんでした・・・私のせいですよね・・・私の体が弱いばかりに・・・ウィルばかりに負担を掛けさせてしまい・・・兄として、私は失格ですね・・・・」
兄は俺がこんな事になってしまった事を自分のせいだと責めていた。
「何を言っているのですかウォルフ。そんな弱気になるなんて、貴方らしくありませんよ。私の知っているウォルフは何処に行ったのですか!確かに、ウィルに起こったことは、仕方がないことです。しかし、貴方がどうこう言ったところでどうする事も出来ない事だったのです。それなのに、どうして兄失格だと言うのですか?貴方はウィルの事を思ってしているだけの事。ですので、兄失格ではありません。立派にウィルの兄として、やっているではありませんか!」
今の二人の間には、遮るものは何もない。
だからこそ、セルビオは遠慮することなく何でも言う事ができた。
兄にこんな事を言えるのはセルビオしかいない。国王である父でさえ、兄に口出しすることができないのに、他の人が兄に何かを言えるはずがない。セルビオだからこそ、兄に色々なことが言えた。
「・・・・そう・・・・ですよね・・・すいませんセルビオ」
「いいえ、私こそ少しいい過ぎました・・・申し訳ありません」
「私に謝ることなどありません。セルビオは当然の事を言ったまでです・・・ですので、謝る事はありません・・・・」
本当にそうだと思う。たまには誰かが、兄に言ってくれた方がいいと思うけど、その役割はセルビオが適任だろう。
「・・・・・・セルビオ・・・・できる限りで構いません。ウィルをどうか支えてあげてください。この子は誰かの支えなしでは多分この先無理だと思います。当然私や、父、母もウィルを支えます。そして、何時も私達に代わって、ウィルを支えてくれた三人もこれからもウィルを支えてくれると思いますが、今のウィルを一番支えてあげられるのはセルビオしかいません」
「で・・・ですが、ウォルフ・・・・」
「今のウィルにはセルビオが必要なのです。どうが、お願いします・・・・ウィルを完全に任せられるのは貴方しかいません・・・」
「・・・・・・分かりました。こんな大役、私でよければお請けいたします」
「ありがとうございますセルビオ・・・・貴方に頼んで、本当に良かったです・・・・」
「嬉しいのは分かりますが泣かないでくださいウォルフ・・・・これでも貴方は一国の王子ですよ・・・そんな姿を、見せないでください」
「・・・それは無理なお願いですね・・・・ですが、努力いたします・・・・」
セルビオと一緒にいる時の兄は、家族にも絶対に見せないような一面を見せていた。それはセルビオが心から信頼している友人だからなのかも知れない。
俺もセルビオが必要だけど、兄にもセルビオという友人が必要なのかも知れなかった。
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彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
続編執筆中
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
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