盲目の作家の苦難

しぎょく

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一章「出会いと同居」

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 翌朝、私はいつもと変わりなく、公園のベンチに座っていた。
 彼が私の家にいる間、心配させないよう、なるべく家にいようと思ったのだけど、いつの間にかこの公園に来てしまっていた。
 日課って恐ろしいものだ。
 元々私がこの公園に来ていた理由は、一日を過ごすためにきていた事。それ以外の目的は何もなかったが、毎日のように朝から日が暮れるまで過ごしていたら、それが日課となってしまっていて、体が完全に覚えてしまい、ここに来ようと頭では思っていなくても、ここに来ないと体が落ち着かないのだと言う事が今初めて分かった。
 まぁ、昨日と違うのは昨日あつしくんに言われたので、ここに来る前に一応メモは書いて置いてきた。
 自分では読める字で書いているつもりだけど、ちゃんと読めるような字が掛けているのだろうかと思ったけれど、ないよりはましではないかと前向きに思うことにした。
 「ずっと座っているだけって・・・こんなに退屈だったんだ・・・」
 ここに来てそれほど時間は経っていないのに、ほんの少しの間ベンチに座っているだけですごく退屈だと思ってしまった。
 今までは何も考えずずっと座っているだけだったので、退屈だと思うこともなかった。
 座っていたら、色々と考えてしまう。
 あつしくんはもう起きたのだろうか。メモは見てくれたのだろうか、今何をしているのだろうと思って、じっと座っていられなかった。
 帰ろうと思ってしまった。
 これまで家に帰っても自分以外の人は誰もいない。たとえ家に帰ってもすることは何もなかった。ただ寝に帰っているようなものだったけど、今は家に彼がいる。
 昨日は彼に何も言わず家を出てきてしまったので、これ以上心配させたくないので、いつまでもここにいても退屈にしか思えないので、家に帰ることにした。
 「今・・・何時だろう?」
 時計を着けて来ていないので時間が分からなかった。
 朝目覚めた時の時間が、五時を回ったぐらいだったので、それから二・三時間は経っているのではないかと思う。
 田舎って何もない場所でたまに不便だと思うこともあるけれど、こういうときばかりは田舎って良いと思うことがある。
 田舎は町と違って朝が早いが夜も早い。
 しかし、朝が早いという事は、店の開店時間が町よりも早かったりする。
 だから私は、家に帰る前にここからそう遠くない場所にある、少し寂れた小さなスーパーに寄って何か買って帰ろうと考えた。
 寂れたスーパーだと言っても、食品だけではなく、日用品もある程度そろうのでここに住む人たちにとってなくてはならない場所。もし潰れてしまえば、ここから一時間ぐらい車で走らせた場所にあるスーパーまで行かなければならないことになってしまう。
 私は普段から知人に欲しいものや必要な物があると電話をして送ってもらう。それら食品だけではなく、衣類といった物も送ってもらう。
 その為、常に冷蔵庫の中棚の中には様々な食品が入っていたりする。だからあつしくんは料理を作ることが出来たのだと思う。食べてみるまで、家にどんな食材が置いていたのか知らなかったけれど、その時に初めて色々あるのだということを知ることが出来た。
 「何を買って行こうかな・・・・・あつしくんと、来たほうが良かったのかな・・・・」
 家に何があって何がないのかよく分からない。
 昨日料理をしていたあつしくんなら知っているのだろうけど、いまここにあつしくんはいない。
 何を買おうかと悩みつつ、いつの間にかスーパーの前まで来ていた。
 「あら?珍しい。久しぶりね瞬ちゃん。どうしたの、買い物?何かいるものがあったら遠慮なく言って頂戴ね」
 一瞬誰に声を掛けられたのか分からなかったけれど、その声の正体がこのお店のおばさんだといういう事がすぐに分かった。
 「あ・・・ありがとうございます」
 何処かから帰って来たときに私が店の前にいたから声を掛けてくれたのだろう。
 夫婦でこのスーパーを経営していて、仕入れがおじさん担当、おばさんが仕入れ以外のお店の事を全てしている。
 おじさんもおばさんも、とっても優しい人。それにすごく気前も良かったりする。
 「おばさん。おばさん手製のお饅頭を五つください。あとは・・・・豆大福を二つください」
 あつしくんと出会った日にあつしくんは貰った甘い羊羹をとっても美味しそうに食べていたし、おかわりもしていたので甘いものがすきなのだろうと思い、和菓子を買うことに決めた。
 「おやおや瞬ちゃんが甘いものを買うなんて珍しいね?お客でも来ているのかい?お饅頭と豆大福、包みを変えておくから瞬ちゃんが袋越しに触っても分かると思うわよ?あっ、それから瞬ちゃんが好きな塩大福おまけしておくから食べて頂戴」
 「ありがとうございます。おばさんの塩大福は本当に美味しいので好きなんです。頂戴させていただきます」
 和菓子でも洋菓子でも甘いものは基本的に苦手だけど、ここの塩大福は別。
 甘さ控えめの餡。皮や餡にほんのりと塩味がしていて、甘さ控えめの餡と塩が絶妙なバランスでマッチしていてすごく美味しい。
 一度、知人がお土産にと有名な和菓子店で塩大福を買ってきてくれたことがあったけれど、私でも食べられる甘さだったけれど、ここの店の塩大福とは何か大きく違い、これ以上食べたいとは思わなかった。
 「瞬ちゃん、せっかく久しぶりに来てくれたんだから、また前みたいに塩大福を買いに来てよね?瞬ちゃん全然来てくれなくて私、心配していたんだよ?」
 「すいません、心配おかけして・・・・」
 いつからここに来なくなっていたのだろう。
 おばさんもおじさんも私の事情は知っている。自分から言ったのではないけれど、知ってくれているから、よけい私の事を心配してくれていたのだろう。
 「いいのよ瞬ちゃん。元気な顔を見ることが出来たし、それに・・・・」
 「それに・・・なんですか?」
 おばさんの手が私の頬に優しく触れた。まるで自分の子どもを触るように優しく触れ、おばさんは、安心しきった声でこういった。
 「もう大丈夫そうね・・・・あのときの瞬ちゃんじゃない。よくここに来てくれていたときの瞬ちゃんだ」
 これ以上心配させたくなかった。
 この人は、私にとって母みたいな存在な人。散々私は人に心配をさせ、これ以上心配などさせたくはない。もう絶対にしたくない。
 これからは塩大福を買うという口実でおばさんに会いに来よう。いままでこれなかった分を含めてたくさん会いに来よう。
 「瞬ちゃん、いつまでもこんなところにいてもいいのかい?お客さんいるんじゃないのかい?」
 「少しぐらい大丈夫ですが、もう行きますね。またおばさんの塩大福買いに来ますね」
 そういって私は店を後にした。
 おばさんは私の姿が見えなくなるまで「気をつけるんだよ!慌てちゃ駄目だよ。ゆっくり帰るんだよ!」ってずっと言って見送ってくれた。
 何だか嬉しかったような、恥ずかしかったような感じがしたけれど、心がとても温かかった。
 
 「お帰りなさい瞬さん。メモありがとうございます。散歩に行かれると書かれていただけだったのですが、朝食はどうしますか?瞬さん何も食べないで出られましたよね?」
 「あつしくんの言うとおり、何も食べないで家を出たよ。だから、お腹がすいているんだけど・・・・・・」
 朝目が覚めると、服を着替えればそのまま公園に行っていたので朝食を食べると言う習慣がなかった。
 公園に行ってもベンチに座っているだけで運動など一切していなかったし、公園に行くまでの距離を意識して歩いた事などなかったので、お腹が減っているという感覚がまったくなかった。
 だけど、あつしくんに言われた事により意識してしまったせいなのか、急にお腹が空いた感覚に陥られた。
 「分かりました。すぐに何か用意しますので座って待っていてください」
 「あっ、そうだあつしくん!これ、お土産」
 買ってきた和菓子が入った袋を渡した。
 「何ですかこれは?瞬さんが帰って来たときから気になっていたんですが」
 「あつしくん甘いもの好きかなって思って和菓子を買ってきたんだ。後でお茶淹れてくれるかな?一緒に食べよう。ここのとっても美味しいんだよ」
 「うわぁ!ありがとうございます。俺、甘いものすごい好きなんです。後でうんと美味しいお茶を淹れるのでぜひ食べましょう」
 やはり思った通り甘いものが好きだった。
 まさかこんな嬉しそうに喜んでくれるなんて思っていなかったけれど、やっぱり買ってきて大正解だった。
 塩大福は譲るつもりはないけれど、饅頭や豆大福はたくさんあるので、ぜひ食べて欲しい。どれも私が食べられないほどの甘さではなかったので、食べた事はある。少し甘かったけれど、とっても美味しい。だから彼にここの美味しさを知ってほしい。
 あつしくんはよほど楽しみなのか、鼻歌を歌いながら私の朝食を準備するため、キッチンに向った。
 一体彼はどんな朝食を作ってくれるのだろう。
 パンはこの家にはなかったと思うので、ご飯だとは思う。
 昨日の夕食があれほど美味しかったので、朝食もきっと美味しいのだろうと少し楽しみだった。
 暫くすると彼は、料理を持って居間にやって来た。すごく美味しそうな匂いが部屋中を漂わせている。
 「お待たせいたしました瞬さん。朝食なので簡単なものしか作っていなかったので、申し訳ないです」
 申し訳ないと言うけれど、目の前に置かれている料理を知ると十分過ぎると思った。
 ご飯にお味噌汁。玉子焼きに鮭の塩焼き。そしてひじきの煮物と漬物があった。
 本当に十分過ぎる。ひじきの煮物など朝から作るのは大変だろう。それなのに彼は簡単なものといっているのがすごい。彼にとって何か簡単なもので何が手の込んだ難しい料理なのだろう。
 「あつしくん、このひじきもう少しだけおかわり貰ってもいいかな?」
 やはり彼の作る料理は美味しかった。もっとおかわりして食べたいと思ったけれど、これ以上食べてしまうと彼と一緒にお茶が出来なくなってしまうので、少しだけひじきをおかわりして終わりにした。
 「ごちそうさまあつしくん。とっても美味しかったよ」
 「お粗末さまです。瞬さんに美味しいって言われ、すっごく嬉しいです俺!あっ、食器片付けますね」
 うれしそうに食器を片付け始めるあつしくん。よほど私に美味しいと言われうれしかったのだろう。
 作るが側にとれば食べてもらう人に美味しいと言われれば他には変えられない褒め言葉になるのだろう。
 「あつしくん、プロットはどう?少しは進んだ?」
 片付け終わるのを待ち、お茶を持って戻ってきた時に何気なく聞いてみた。
 「え・・・・あ・・・・まぁ・・・・・」
 ポリポリとどこかを掻く音が聞こえる。頬でも掻いているのかもしれない。
 曖昧な返事。この感じからすると多分進んでいないのだと思う。
 どう詰まっているのか聞いてあげたいと思うけど、あつしくんが私に聞いてこない限り私は何も言わない。こっちから聞こうとはしない。
 もし、相談されたとしても、私は答えてあげられるのだろうか。
 どんな話の漫画を描いているのか私は知らない。ましてあつしくんが描いている漫画は少年誌や青年誌と言った男性向けの漫画を中心に描いている。
 恋愛を中心とした話なら相談に乗ってはあげられるけれど、バトルものはまるっきり分からない。話を聞いてあげることしかできない。
 「・・・・・・プロットって・・・なんでしょうね・・・・話を考えれば考えるほど分からなくなるんです・・・・」
 プロットは物語を書く(描く)為、人物の構成や物語のあらすじを書いたものの事をいう。いわゆる物語の構成図と言うものだったりする。
 漫画家である彼はプロットが何なのかは分かっているはずなのに、幾つも連載を持っている為なのか、話が混乱して一時的に分からなくなっているのだろう。
 連載を幾つも持つ人のお決まりと言っていいものだろう。私もかつてこういう事があったから、その気持ちがよく分かる。
 「締め切りまでまだあるんでしょ?焦らなくてもいいんだよ・・・・ゆっくり出来るときにしたらいいんだよ?」
 焦ったら何も出来ない。焦らずゆっくりとそして迅速にするのが何でも一番いい。
 まだ彼は若い。今はまだそういうことが分からなくてもいずれ分かってくるだろう。
 この事を彼に教えてあげたいけれど、これは誰かが教えても意味がない。自分で気づかなくてはならないもの。
 「ですが・・・・明後日までに、プロットを出版社に送って、それからネームを描かないと・・・・・」
 プロットを見せてからネームを描く。それはとてもいいことだと思う。
 漫画家の中にはプロットも書かない、ネームも描かず、そのまま頭の中だけでストーリーなどを構成して漫画にしてしまう人がいると聞いたことがある。
 そんな事をすると私は何が何だか分からなくなるのではないかと思う。
 でもあつしくんは違った。プロットを書いてからネームを描き、漫画を描く。
 基本を知り、基本を学ぶ。それが仕事をする者にとって難しい事でもある。
 「送るのってファックスでも大丈夫なの?」
 「はい、郵送ではなく、ファックスでも大丈夫です」
 「それなら、ギリギリになっても大丈夫だね。私に何かできることがあったら遠慮なく言ってくれて構わないよ?私は漫画家ではないからできる事なんて何もないと思うけど、少しはあつしくんの役に立てたらって思っているから・・・・・」
 自分にできる事はほとんどないけれど、あつしくんが仕事をしているときぐらいは、何かしてあげてもいいと思う。
 「ありがとう・・・ございます。でも、大丈夫です。できるだけ自分の力でどうにかしてみます。ですが・・・・どうしてもという時は相談に乗ってもらってもいいですか?」
 「もちろん、こんな私で良ければいつでも言ってくれてもいいよ」
 「はい、ありがとうございます!」
 嬉しそうな彼の声を聞くと、私まで嬉しくなってしまった。
 「あつしくん。私が買ってきた和菓子食べよう。だから、お茶淹れてくれるかな?」
 「はい!今すぐ淹れさせていただきます」
 素早い行動だった。
 何が嬉しくて、彼はこんなにテンションが高いのだろうか。
 まさか、私が相談に乗ると言ったからなのだろうか、それとも、私が買ってきた私が食べたいからなのだろうか。彼の考えている事が分かりやすいのか、分かりにくいのかよくわからないけれど、そういうところが彼の持ち味なのかも知れない。
 「お待たせしました。熱いので気をつけてください。瞬さんが買ってきてくれた和菓子は、十二時の方向に深めの器に入れて置いておきますね」
 「ありがとうあつしくん」
 お礼を言いつつ、手は器の中に入っているであろう塩大福を探していた。
 「何かお探しですか?言ってくれれば俺、取りますよ?」
 「大丈夫・・・・あっ、これかな?」
 おばさんは饅頭と豆大福の包みを変えてくれると言っていたけれど、触ってすぐに分かるのだろうか。それに幾つ入っているのか分からないけれどその中に塩大福が入っているので、塩大福もその二つとは違う包みにされているだろうと思い、触った感じだけで、塩大福だろうと思い手にとって、包みを開けて一口食べた。
 「・・・・・・・・あ・・・・甘い・・・・・・・・」
 塩大福だと思って食べたらそうではなかった。
 間違って入れたのだろう。私が手にとって食べたのは普通の大福だったが、私には苦痛でたまらなかった。
 甘い。甘すぎる。
 お茶を飲んで流し込もうと思ったけれど、普通に飲むにはいいだろうけど、一気飲みするには熱すぎた。
 「瞬さん、どうしたんですか?顔色悪いですが・・・・」
 察して欲しかった。
 彼は知らないのだろう。私が甘いものが駄目だと言う事を。
 そろそろ限界だった。どうにか頑張って飲み込もうとしたけれど、甘すぎて飲み込むことが出来ない。
 「・・・・・・ず・・・・・・みず・・・・・・」
 「みず?あっ、水ですね!ちょっと待ってください今すぐ持ってきます!」
 慌てて水を取りに行ってくれたけれど、早くして欲しい。今すぐ水が欲しい。
 「お・・・お待たせし・・・・・・」
 渡される前に彼の手から水の入ったコップを奪い取って、口の中の物を一気に水で流し込んだ。
 「はぁ・・・はぁ・・・・・」
 まだ口の中が甘いけれど、これぐらいなら我慢は出来る。
 「大丈夫ですか瞬さん・・・・何かあったのですか?」
 「いや・・・ただ・・・・」
 間違って入れたとしても普通の大福なら私が食べられないほどの甘さではないはずなのに、どうしてこんなに甘いのだろう。
 「もしかして瞬さん、甘いもの駄目なんですか?」
 ようやく気が付いてくれたけれど、今頃気が付いても遅い。もっと早く気が付いていたらこんなことにはならなかったかもしれないけど、まぁ、何も言わなかった私が悪い。
 「瞬さんが今食べた大福、激甘と書いています。もし瞬さんが甘いものが駄目でした当然こうなってしまいますね」
 かさっという音が聞こえる。さっき私の食べた大福の包みを取って見たのだろう。
 前に一度すごく甘い大福があるとおばさんは言っていたけれど、まさか私が食べた大福がそうだとは思わなかった。
 「でも以外です。瞬さんが甘いものが駄目だったなんてまったく知りませんでした」
 何だか彼は私の意外な一面を見ることが出来て、なぜか嬉しそうだった。
 誰にだって無理なもの苦手なものはある。私の場合それが甘いものだったと言うわけだ。
 「あっ、何か取りますか?瞬さん何か食べたいのあるんじゃないですか?」
 口直しをしたい。今度こそ塩大福を食べたかった。
 「え・・・あ・・・うん。じゃあ、お願いしてもいいかな?多分この中に塩大福が入っていると思うの。それを取って欲しい」
 初めからこうして彼に取ってもらえば間違う事などなかった。せっかく彼が取ってくれると言ってくれたのに、自分はバカだ。本当にバカだ。
 「どうぞ瞬さん。塩大福でよかったんですよね?」
 塩大福を受け取った私は、早速包みを開けて恐る恐る大福を口にした。
 「やっぱりおいしい・・・・・・」
 今度は間違っていなかった。
 すごく久しぶりに塩大福を口にしたけれど、全然味が変わっていない。私の好きな塩大福だ。
 「嬉しそうですね瞬さん。とっても幸せそうに食べていますよ。そんなに美味しいのですか?」
 「あつしくんも食べればこの美味しさが分かるよ。本当に美味しいから、早く食べて」
 甘いものが好きな人には物足りないかも知れないけれど、きっと気に入ってくれると信じている。
 「食べてみない事には美味しさが分かりませんね。ではいただきます」
 何を食べたのかは知らないけれど何かを口にするのは分かった。
 「これ・・・・・・すっげーうまいっす!瞬さん、もっと食べてもいいですか?」
 「うん、いいよ。でも、塩大福は食べないでね」
 「分かりました。それ以外ならいいんですね」
 本当に甘いものが好きなんだと思う。
 きっと今の彼の顔は目をキラキラと子どもみたいに輝いているかなっと思い、想像してしまった。
 こんなに喜んで食べてくれるならくれるなら、もっと買ってきてあげればよかった。
 おばさん、この事をしったらきっと喜んでくれるだろう。もし、おばさんの所にあつしくんを連れて行ったら気に入って離してもらえないと思う。自分が作った物を美味しいと言って食べてくれる可愛い男の子が好きだと言っていたから。
 「あつしくん、あんまり食べるとお昼ご飯食べられなくなるよ?」
 「ら・・・らいりょうぶれふ・・・・・・・・俺、甘いものとご飯はまったく別腹なんで、もっと食べていいですか?」
 食べている量が一個や二個なら何も言わないけれど、包みを開ける音を黙って聞いていれば既に四個目を平らげている。
 この辺で止めたほうが健康のためと思い止めたのだけど、言う事を聞いてくれず、五個目を食べ始めている。
 買ってきた和菓子の数は合計七つ。そしておばさんがおまけにと塩大福と、間違って激甘の大福もいくつか袋の中に入れてくれていたので全てをあわせると十個はゆうに超えていると思う。
 一体彼の胃はどんな風になっているのだろう。私なら到底そんな量は食べられないし、食べられたとしても、甘さで耐えられないと思う。
 「いい加減にしないと怒るよ?まだ食べたければ昼食の後おやつに食べたらいいでしょ?それにここにあるだけでは足りなかったまた買ってきてあげるから・・だから、これ以上はだーめっ!」
 そういって私は彼の前から和菓子が入っている器を取り上げた。
 「わ・・・・わかりました。我慢します・・・」
 大好きな物を取り上げられて落ち込むのは分かるけど、まさか声が震えるほど落ち込んでしまうなんて思わなかった。
 少し可愛そうな事をしたとは思うけど、こうしなければ私が何を言っても止めてくれそうもなかったので仕方がなかった。
 「あつしくん、別に私は怒っているというわけではないんだよ?」
 「分かっています・・・・瞬さんに言われて止めなかった俺が悪いんで、気にしないでください・・・・」
 やっぱりかなり落ち込んでいる。
 気にしないでと言われたけれど、気にしてします。彼をこんな風にしたのは私。だから私はどうにかして彼の元気を取り戻したい。
 でも、どうやって彼の元気を取り戻せるのだろう。
 一番手っ取り早いのは取り上げた和菓子を彼にもう一度渡し、好きなだけ食べさせてあげることかも知れないけど、それはどうしても嫌だった。
 それ以外の方法を考えようとしたけれど、いくら考えてもその方法を思いつかなかった。
 最終的に思いついたのは、気分転換にどこか出かけようと思っただけだったけど、それもいいかも知れないともい、彼に言ってみることにした。
 「あつしくん、今から少し散歩に行かない?」
 「さ・・・・さんぽ・・・ですか?」
 「そう、散歩。この近くにね公園があるんだ。まぁ公園といっても都会にあるような公園じゃなく、森の中に小さな小川とベンチがあるような所だけど・・・・」
 私がいつも行っている公園の事を言った。
 行ってくれるだろうかと少し不安になった。
 早く返事が欲しい。どうして返事がないだけでこんなに不安になるのだろう。
 「・・・・いいですよ・・・」
 返事がもらえなかったらどうしようと思ったけれど、返事がもらえてよかった。
 私は彼の気が変わらないうちにと急いで部屋に白杖を取りにいき、家を出て彼と一緒に公園まで散歩に出かけた。
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