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一章「出会いと同居」
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気を使ってくれているのだろうか、公園に着くまで彼は私の歩くスピードに合わせてゆっくりと歩いてくれた。
それどころか、彼は私は少しでも歩きやすいようにと腕を組ませてくれた。
腕を組ませてくれたおかげで、相手の動く行動に身を任せれば大丈夫なので、何も考えずよけいなところに神経を行き渡らせなくてもいいので、歩く事に専念する事が出来る。
どうしても白杖を持って歩くと、慣れている道といっても何処にどんなどんな物があるのか分からないので杖に神経を集中させたり、公園までの距離を時間ではなく、歩数を覚えて歩くのでゆっくりになってしまう。
「瞬さん、瞬さんが教えてくれた通りに歩いてきたのですが、この先どう行けばいいのですか?何だか森の中に入るための入り口みたいな所にいるのですが・・・・」
間違っていたらどうしようと不安になって聞いてきたのだろう。
森の入り口みたいなところと言っているので、公園の入り口には間違いないと思う。
一見この公園は誰から見ても森にしか見えない。
入り口の何処かに公園の案内が描かれた看板が置かれているはずだけど、多分見つかにくい場所にあったはず。だから初めてこの公園に来た人は誰でも不安になると思うけど、ここは本当の森ではなく公園なので迷うことはないと思う。
「このまま真っ直ぐ歩いて、暫くすると道が二本に分かれていると思うからその道を右に行って」
「わ・・・・・・わかりました・・・・」
怖がっているのだろうか。私があつしくんの腕に軽く自分の腕を組んでいたはずなのに、いつの間にか逆になって、私の腕にあつしくんの腕がガッシリと離れないように組まれている。歩きにくいという分けではないけれど、立場が逆転している気がする。
確かにここは日の光があまり入らないので薄暗くなっているかも知れないけど、怖がるような場所ではないはず何に、どうしてあつしくんはこんなに引け腰になっているのだろう。
でも、怖がっているあつしくん、何だか可愛いと思う。暫くはこのままでもいいかなっと思ってしまったけど、すぐにこの道は抜けてしまい、開放感触れる場所に出てしまうのでほんのわずかだけだった。
薄暗い道を抜けるとさっきまでのあつしくんは何処に行ったのかと思うほど元に戻り、腕組みまで元に戻ってしまった。
何もなかったようなリアクションをされたけれど、さっきまでのあつしくんがあまりにも印象的すぎて思い出し笑いをしてしまった。
「な・・・何笑ってんですか!ひどいです瞬さん・・・・」
「ごめんごめん・・・・あまりにも、さっきのあつしくんが可愛いと思ったからつい・・・」
男に対して可愛いというのは失礼だけど、本当にさっきのあつしくんが可愛いと思ってしまった。
「もういいです・・・どうせ俺は怖がりですよ・・・・」
そっぽを向かれたような気がするけれど、多分向いていると思う。
何だか分かりやすい性格をしている。でもそれがあつしくんなのかもしれない。まだ彼と出会ってそれほど日にちは経っているというわけではないのに、どうしてだか、あつしくんのことがよく分かる。
「本当にごめんねあつしくん・・・・」
悪い事をしたと思い、謝るのだけど、さっきのあつしくんを思い出すと、再び笑いが出てしまい、それを堪えるのが大変だった。
「本当にひどいです、瞬さん・・・でも、こんな情けない姿をお見せして笑われても仕方がなんですけどね・・・・それよりも瞬さん、このまま先に進めばいいのですか?」
彼といるとすごく楽しい気持ちになる。
顔など見えないはずなのに、彼と話しているだけで彼の顔がハッキリと見える。
笑った顔、拗ねた顔、落ち込んだ時の顔や、嬉しそうに笑っている顔など見えるはずのない彼の様々な表情が伝わってくる。
「どうしたんですか瞬さん、このまま行っていいんですか?」
「え?あ・・・・うん・・・・・えーっと、このまま真っ直ぐ行って。すぐに川が見えると思うから川に掛かっている橋を渡ったら右に曲がって。すぐにベンチが見えると思うからそこに座ろう」
そこは私がこの公園に来た時にいつも決まって来る場所。
お気に入りの場所ではないと思うのだけど、自然にこの場所に来てしまう。
ここまでの道順など覚えていないと思っていたけれど、ハッキリと覚えていた。
今まで気が付かなかったけれど、私はこの場所が好きなのだと思う。無意識にこの場所に来るということはそうではないかと思える。だからわたしは自分の好きな場所にあつしくんを連れて来たのかも知れない。
「こんな場所あったんですね・・・・・すっごく良い場所です」
どうしてだかわからないけれど、彼ならそう言ってくれると思っていた。
「瞬さん瞬さん、川に行ってもいいですか?」
まるで子どものように声を弾ませてはしゃいでいる。さっきまでの彼は何処に行ったのかと思うぐらい明るくなっていた。
やっぱりここに彼をつれてきて正解だったかもしれない。
「私は別に構わないけど、怪我しないでね」
「えー?瞬さん、入らないんですか?」
「私はここに座っているから、好きなだけ遊んでていいよ」
流石に川に入って騒ぐような年ではない。
ここの川はそんなに深くはない。深くてもひざ辺り、浅ければ足首ほどの水深しかないのでそれほど危険な川ではない。
私はベンチに腰を掛け、あまりはしゃぎすぎて転んでビショビショにならなければいいと思いながら、無邪気にはしゃく彼の声を聞いていた。
「瞬さん瞬さーん!魚、魚捕まえましたよ!わっ・・・・わ・・・・うわー」
ザバーン!
川に泳いでいる魚を捕まえたらしいけど、暴れる魚を逃がさないように捕まえておこうとして、どうやらバランスを崩したらしく、豪快に川の中で転ぶ音が聞こえた。
思ったとおりになってしまった。どうしてこんなに彼の行動は単純で分かりやすいのだろう。
「うへー・・・気持ち悪い・・・」
びちゃびちゃと水の滴る音を立てて川から上がってきた。
「自業自得だよ。せっかく来たけど、風邪引かないうちに家に帰ってお風呂入ろう。私の言う事分かるよね?」
「うー・・・・・はい・・・・・・」
全身水浸しというわけではなさそうだけど、結構濡れただろう。
風邪を引くのは勝手だけど、あつしくんの漫画を楽しみに待ってくれている読者の事を考えると、風邪など引かせられない。
せっかく来たのにすぐ帰ることになったから少し駄々をこねられるかと思ったけど案外素直だった。もしかして和菓子の件が少し効いているのかもしれない。
「は・・・はっくしゅん!」
お風呂場から豪快なくしゃみが聞こえてきた。
川の中で転んでからすぐに家に帰り彼をお風呂に入れさせたけれど、家に帰るまでにすっかり彼の体は冷え切ってしまっていた。
こんなことになるのならタオルか何かを持って家を出ればよかったと思うけど、こんなことになるなど予想もしていなかった。
それに、家に帰ってくるまでの間、彼はずっと私のスピードに合わせて歩いてくれていた。別に私は一足早く家に帰ってお風呂に入るように言ったんだけど、断固拒否された。そのせいでよけいに体が冷え切ったのだろう。
私は風邪を引かなければいいと思いながら、キッチンに立って、冷蔵庫の中からしょうがを取り出し、しょうがには体を温める作用があるので彼に生姜湯を作っていた。
「・・・・・・もう少し甘いほうがいいかな・・・・・」
マグカップにすりおろしたしょうがの搾り汁と蜂蜜をいれ、お湯で割るだけ。
少し味見をして、甘さを調節するが、あつしくんの好きな甘さがよく分からず、少し甘さを足すたびに口に中が甘くなってきて、気分が悪くなっていた。
これ以上蜂蜜を足すと、私が味見を出来なくなるので、もっと甘さが欲しければ自分で入れるだろう。
「・・・・瞬さん、ここにいたんですか?」
「あつしくん、お風呂はもういいの?体は温まった?」
「体の芯まで冷え切っていたせいなのか、まだ少し寒いですが、それなりに温まりました。すいませんご迷惑をおかけして・・・・」
お風呂上りのいい匂いがする。
「本当はゆっくりお湯に浸かれればよかったんだけど、ためていなかったからね・・・だから、多分そうではないかと思って、あつしくんに生姜湯作ったから、これを飲んで体温めて」
帰ってから湯船にお湯を張ってもたまるまで時間が掛かってしまい、風邪を引かせるだけなので、シャワーだけになってしまった。
シャワーだけでは体の表面のみ温かくなるだけで、奥まで十分に温まらない。
だから私は少しでも体が温かくなるようにと生姜湯を作った。
「お・・・・おいしい」
「甘さは大丈夫かな?」
それなりに甘いと思う。
「丁度いいです。ありがとうございます」
「これぐらいのことなら幾らでも作ってあげるよ。さぁ、いつまでもここにいてもしょうがないから向こうに行って座ろう」
カタカタと手が震える音が聞こえる。
少し飲んだだけでは体が温まるはずがない。そう思って私は彼を居間に連れて行き、少しでも彼の体を暖かく出来るようにと思い、自分の部屋に行き、クローゼットの中にしまってある毛布を取り出して、彼の肩に羽織らせた。
「あ・・・・ありがとうございます・・・・」
「今日はもう、何もしなくてもいいよ。昼食も簡単なものしか作れないけど、私が作るから」
あつしくんが作る料理に比べれば全然美味しくはないかも知れないけれど、一人暮らしが長いため、それなりに作る事はできる。
「それは駄目です!瞬さんの料理を作るのは俺の仕事で・・・は・・・はっくしゅん!」
今の彼に料理など作らせられるはずがない。
風邪を引かないためにも体を温めてゆっくり休んでいて欲しい。
そして翌日何もなければ、いつもどおり何でもしてくれて構わないけど、今の様子を考えると、今晩あたり熱を出すのではないかと思う。
「もう作るって決めたから、あつしくんが何を言っても無駄だよ。これでも私は頑固だからね」
誰かに料理を作るのはすごく久しぶりだった。
一人でいたときも、作ることができるのに、まともに料理と言えるような物を作った覚えがなかった。
温かい料理を食べれば少しは体が温まるだろうと思い、ポトフ風具だくさんスープを作ってみた。
「ご・・・・ごちそうさまです。とても美味しかったです。でも・・すいません、少し残してしまいました・・・・・」
声がとても弱弱しかった。熱が出てきたのかもしれない。
「別にいいよ。美味しいって言ってくれただけで嬉しいよ」
次第に食欲が失ってくるのではないかと後々の事を考えて、食べられる時に食べてもらおうと考えて作っただけなので、残しても構わないと思っていた。
「情けないです・・・せっかく瞬さんが作ってくれたのに・・・・・」
本当は全て食べきるつもりだったのだろうけど、残したことで、私に申し訳ないと思っているのだろう。
「やっぱり熱が出てきたね。今日はもう何も考えず薬を飲んでゆっくり寝なさい。えーっと薬箱は・・・・」
普段使う事がないので、何処に置いてあるのかまったく覚えていなかった。
あったとしてもその中に風邪薬があるのかさえ分からない。
このあたりに薬局もないし、病院もない。いい所だとは思うけど、こういうときばかりは不便なところだとしみじみ思ってしまった。
「この部屋の入り口横にある・・・・棚の中に・・・・あります・・・」
呼吸が浅い。辛いのかも知れない。
「棚の中・・・棚・・・・あった、これかな?」
ごそごそと棚の中を探ると、四角い箱があった。十字のマークが浮き出ているので触っただけでこれが救急箱だという事が分かった。
救急箱と取ったまでは良かったけれど、どれが風邪薬なのか分からないので、救急箱ごとあつしくんに渡し、自分でとってもらうことにした。
「薬飲むなら水がいるね。ちょっと待っててねすぐに持ってくるから」
薬を飲まさないといけないのに、うっかり水の事を忘れていた。
慌ててキッチンに向かいコップに水を汲んで持ってきた。
水の入ったコップを受け取った彼は、薬を飲んでからふらふらになった体で、部屋に戻ろうとしていた。
「何処行くのあつしくん」
「・・・部屋に・・・行きます・・・・いつまでもここにいたら・・・瞬さんにうつしてしまいます・・・・」
二階にある彼の部屋に行かせようなど思っていない。
万が一階段に上がっている途中で倒れられてもしたら、私にはどうすることも出来ない。
せめて私の目の届く範囲でいて欲しいと思い、居間ではなく一階の私の部屋に彼を寝かせる事にした。こうすれば一日を通して彼の看病をすることが出来るし、必要な物もすぐに取りに行く事が出来る。
「私の事なんて考えずに、今は体を休めることに専念しなさい」
「で・・・ですが・・・・・」
「寝なさい!」
私は彼のおでこを軽く叩いて一括した。
病人に口答えは許さない。病人に対して本気では怒らないけれど、こういう時は甘えてもいいから言う事を聞いて欲しいのでいう時はガツンと言う。
「は・・・・はい・・・・・・・・」
返事をして間もなく、小さな寝息が聞こえてきた。薬が効いて眠たくなったのだろう。
「ゆっくりおやすみ・・・・あつしくん」
暫くは大丈夫だろうと思い、その場を離れキッチンに向かい、冷凍庫から氷を取り出し、氷枕を用意し、寝ているあつしくんの頭をそっと浮かせ氷枕を置いてから、彼が目覚めた時何か口にさせないと薬を飲むことが出来ないのでお粥でも作っておくことにした。
三日間熱が下がらなかった。
薬を飲んだ後とか下がった時もあったけれど、それも長くは続かなかった。
少しでも食べられるようにお粥など作って食べさせてはいるのだけど、一口二口食べただけ。酷い時は一口も食べる事もできず、少し口にするだけで気分が悪くなり、もどしそうになっていたときもあった。
あつしくんに医者は要らないと言われたけれど、苦しそうにしていあつしくんの姿を見ていられなかったので病院に電話をして遠くからではあるけれど往診に来てもらい彼を見てもらった。
診断は重度の風邪による肺炎の併発。
本来なら入院しなければならないみたいだけど、ここは交通があまりにも不便な所なので絶対安静を条件で自宅療養することとなった。
「す・・・・すいません・・・しゅん・・・・さん・・・・」
「しゃべらない。お医者さんも言っていたでしょ?安静が大事だって」
点滴を打ってもらってので呼吸が安定してきていた。
「は・・・・はい・・・・ですが瞬さん・・・・俺のせいで・・・・先生に・・・・」
先生に怒られてしまったと言いたいのだろう。
「私が先生に怒られたのはあつしくんのせいじゃない。いつまでも医者に見せなかった私が悪いよ」
私のせいだ。もっと早く医者に見せればここまで酷くならなかった。
先生にも言われてしまった。言われても当然だと思う。
今は一日でも早く彼の体を回復してくれるように願うだけ。
次に医者がここに来てくれるのは二日後。それまでの間、少しでも症状が落ち着いてくれたらいいと思いながら、私は彼の看病をし続けた。
それどころか、彼は私は少しでも歩きやすいようにと腕を組ませてくれた。
腕を組ませてくれたおかげで、相手の動く行動に身を任せれば大丈夫なので、何も考えずよけいなところに神経を行き渡らせなくてもいいので、歩く事に専念する事が出来る。
どうしても白杖を持って歩くと、慣れている道といっても何処にどんなどんな物があるのか分からないので杖に神経を集中させたり、公園までの距離を時間ではなく、歩数を覚えて歩くのでゆっくりになってしまう。
「瞬さん、瞬さんが教えてくれた通りに歩いてきたのですが、この先どう行けばいいのですか?何だか森の中に入るための入り口みたいな所にいるのですが・・・・」
間違っていたらどうしようと不安になって聞いてきたのだろう。
森の入り口みたいなところと言っているので、公園の入り口には間違いないと思う。
一見この公園は誰から見ても森にしか見えない。
入り口の何処かに公園の案内が描かれた看板が置かれているはずだけど、多分見つかにくい場所にあったはず。だから初めてこの公園に来た人は誰でも不安になると思うけど、ここは本当の森ではなく公園なので迷うことはないと思う。
「このまま真っ直ぐ歩いて、暫くすると道が二本に分かれていると思うからその道を右に行って」
「わ・・・・・・わかりました・・・・」
怖がっているのだろうか。私があつしくんの腕に軽く自分の腕を組んでいたはずなのに、いつの間にか逆になって、私の腕にあつしくんの腕がガッシリと離れないように組まれている。歩きにくいという分けではないけれど、立場が逆転している気がする。
確かにここは日の光があまり入らないので薄暗くなっているかも知れないけど、怖がるような場所ではないはず何に、どうしてあつしくんはこんなに引け腰になっているのだろう。
でも、怖がっているあつしくん、何だか可愛いと思う。暫くはこのままでもいいかなっと思ってしまったけど、すぐにこの道は抜けてしまい、開放感触れる場所に出てしまうのでほんのわずかだけだった。
薄暗い道を抜けるとさっきまでのあつしくんは何処に行ったのかと思うほど元に戻り、腕組みまで元に戻ってしまった。
何もなかったようなリアクションをされたけれど、さっきまでのあつしくんがあまりにも印象的すぎて思い出し笑いをしてしまった。
「な・・・何笑ってんですか!ひどいです瞬さん・・・・」
「ごめんごめん・・・・あまりにも、さっきのあつしくんが可愛いと思ったからつい・・・」
男に対して可愛いというのは失礼だけど、本当にさっきのあつしくんが可愛いと思ってしまった。
「もういいです・・・どうせ俺は怖がりですよ・・・・」
そっぽを向かれたような気がするけれど、多分向いていると思う。
何だか分かりやすい性格をしている。でもそれがあつしくんなのかもしれない。まだ彼と出会ってそれほど日にちは経っているというわけではないのに、どうしてだか、あつしくんのことがよく分かる。
「本当にごめんねあつしくん・・・・」
悪い事をしたと思い、謝るのだけど、さっきのあつしくんを思い出すと、再び笑いが出てしまい、それを堪えるのが大変だった。
「本当にひどいです、瞬さん・・・でも、こんな情けない姿をお見せして笑われても仕方がなんですけどね・・・・それよりも瞬さん、このまま先に進めばいいのですか?」
彼といるとすごく楽しい気持ちになる。
顔など見えないはずなのに、彼と話しているだけで彼の顔がハッキリと見える。
笑った顔、拗ねた顔、落ち込んだ時の顔や、嬉しそうに笑っている顔など見えるはずのない彼の様々な表情が伝わってくる。
「どうしたんですか瞬さん、このまま行っていいんですか?」
「え?あ・・・・うん・・・・・えーっと、このまま真っ直ぐ行って。すぐに川が見えると思うから川に掛かっている橋を渡ったら右に曲がって。すぐにベンチが見えると思うからそこに座ろう」
そこは私がこの公園に来た時にいつも決まって来る場所。
お気に入りの場所ではないと思うのだけど、自然にこの場所に来てしまう。
ここまでの道順など覚えていないと思っていたけれど、ハッキリと覚えていた。
今まで気が付かなかったけれど、私はこの場所が好きなのだと思う。無意識にこの場所に来るということはそうではないかと思える。だからわたしは自分の好きな場所にあつしくんを連れて来たのかも知れない。
「こんな場所あったんですね・・・・・すっごく良い場所です」
どうしてだかわからないけれど、彼ならそう言ってくれると思っていた。
「瞬さん瞬さん、川に行ってもいいですか?」
まるで子どものように声を弾ませてはしゃいでいる。さっきまでの彼は何処に行ったのかと思うぐらい明るくなっていた。
やっぱりここに彼をつれてきて正解だったかもしれない。
「私は別に構わないけど、怪我しないでね」
「えー?瞬さん、入らないんですか?」
「私はここに座っているから、好きなだけ遊んでていいよ」
流石に川に入って騒ぐような年ではない。
ここの川はそんなに深くはない。深くてもひざ辺り、浅ければ足首ほどの水深しかないのでそれほど危険な川ではない。
私はベンチに腰を掛け、あまりはしゃぎすぎて転んでビショビショにならなければいいと思いながら、無邪気にはしゃく彼の声を聞いていた。
「瞬さん瞬さーん!魚、魚捕まえましたよ!わっ・・・・わ・・・・うわー」
ザバーン!
川に泳いでいる魚を捕まえたらしいけど、暴れる魚を逃がさないように捕まえておこうとして、どうやらバランスを崩したらしく、豪快に川の中で転ぶ音が聞こえた。
思ったとおりになってしまった。どうしてこんなに彼の行動は単純で分かりやすいのだろう。
「うへー・・・気持ち悪い・・・」
びちゃびちゃと水の滴る音を立てて川から上がってきた。
「自業自得だよ。せっかく来たけど、風邪引かないうちに家に帰ってお風呂入ろう。私の言う事分かるよね?」
「うー・・・・・はい・・・・・・」
全身水浸しというわけではなさそうだけど、結構濡れただろう。
風邪を引くのは勝手だけど、あつしくんの漫画を楽しみに待ってくれている読者の事を考えると、風邪など引かせられない。
せっかく来たのにすぐ帰ることになったから少し駄々をこねられるかと思ったけど案外素直だった。もしかして和菓子の件が少し効いているのかもしれない。
「は・・・はっくしゅん!」
お風呂場から豪快なくしゃみが聞こえてきた。
川の中で転んでからすぐに家に帰り彼をお風呂に入れさせたけれど、家に帰るまでにすっかり彼の体は冷え切ってしまっていた。
こんなことになるのならタオルか何かを持って家を出ればよかったと思うけど、こんなことになるなど予想もしていなかった。
それに、家に帰ってくるまでの間、彼はずっと私のスピードに合わせて歩いてくれていた。別に私は一足早く家に帰ってお風呂に入るように言ったんだけど、断固拒否された。そのせいでよけいに体が冷え切ったのだろう。
私は風邪を引かなければいいと思いながら、キッチンに立って、冷蔵庫の中からしょうがを取り出し、しょうがには体を温める作用があるので彼に生姜湯を作っていた。
「・・・・・・もう少し甘いほうがいいかな・・・・・」
マグカップにすりおろしたしょうがの搾り汁と蜂蜜をいれ、お湯で割るだけ。
少し味見をして、甘さを調節するが、あつしくんの好きな甘さがよく分からず、少し甘さを足すたびに口に中が甘くなってきて、気分が悪くなっていた。
これ以上蜂蜜を足すと、私が味見を出来なくなるので、もっと甘さが欲しければ自分で入れるだろう。
「・・・・瞬さん、ここにいたんですか?」
「あつしくん、お風呂はもういいの?体は温まった?」
「体の芯まで冷え切っていたせいなのか、まだ少し寒いですが、それなりに温まりました。すいませんご迷惑をおかけして・・・・」
お風呂上りのいい匂いがする。
「本当はゆっくりお湯に浸かれればよかったんだけど、ためていなかったからね・・・だから、多分そうではないかと思って、あつしくんに生姜湯作ったから、これを飲んで体温めて」
帰ってから湯船にお湯を張ってもたまるまで時間が掛かってしまい、風邪を引かせるだけなので、シャワーだけになってしまった。
シャワーだけでは体の表面のみ温かくなるだけで、奥まで十分に温まらない。
だから私は少しでも体が温かくなるようにと生姜湯を作った。
「お・・・・おいしい」
「甘さは大丈夫かな?」
それなりに甘いと思う。
「丁度いいです。ありがとうございます」
「これぐらいのことなら幾らでも作ってあげるよ。さぁ、いつまでもここにいてもしょうがないから向こうに行って座ろう」
カタカタと手が震える音が聞こえる。
少し飲んだだけでは体が温まるはずがない。そう思って私は彼を居間に連れて行き、少しでも彼の体を暖かく出来るようにと思い、自分の部屋に行き、クローゼットの中にしまってある毛布を取り出して、彼の肩に羽織らせた。
「あ・・・・ありがとうございます・・・・」
「今日はもう、何もしなくてもいいよ。昼食も簡単なものしか作れないけど、私が作るから」
あつしくんが作る料理に比べれば全然美味しくはないかも知れないけれど、一人暮らしが長いため、それなりに作る事はできる。
「それは駄目です!瞬さんの料理を作るのは俺の仕事で・・・は・・・はっくしゅん!」
今の彼に料理など作らせられるはずがない。
風邪を引かないためにも体を温めてゆっくり休んでいて欲しい。
そして翌日何もなければ、いつもどおり何でもしてくれて構わないけど、今の様子を考えると、今晩あたり熱を出すのではないかと思う。
「もう作るって決めたから、あつしくんが何を言っても無駄だよ。これでも私は頑固だからね」
誰かに料理を作るのはすごく久しぶりだった。
一人でいたときも、作ることができるのに、まともに料理と言えるような物を作った覚えがなかった。
温かい料理を食べれば少しは体が温まるだろうと思い、ポトフ風具だくさんスープを作ってみた。
「ご・・・・ごちそうさまです。とても美味しかったです。でも・・すいません、少し残してしまいました・・・・・」
声がとても弱弱しかった。熱が出てきたのかもしれない。
「別にいいよ。美味しいって言ってくれただけで嬉しいよ」
次第に食欲が失ってくるのではないかと後々の事を考えて、食べられる時に食べてもらおうと考えて作っただけなので、残しても構わないと思っていた。
「情けないです・・・せっかく瞬さんが作ってくれたのに・・・・・」
本当は全て食べきるつもりだったのだろうけど、残したことで、私に申し訳ないと思っているのだろう。
「やっぱり熱が出てきたね。今日はもう何も考えず薬を飲んでゆっくり寝なさい。えーっと薬箱は・・・・」
普段使う事がないので、何処に置いてあるのかまったく覚えていなかった。
あったとしてもその中に風邪薬があるのかさえ分からない。
このあたりに薬局もないし、病院もない。いい所だとは思うけど、こういうときばかりは不便なところだとしみじみ思ってしまった。
「この部屋の入り口横にある・・・・棚の中に・・・・あります・・・」
呼吸が浅い。辛いのかも知れない。
「棚の中・・・棚・・・・あった、これかな?」
ごそごそと棚の中を探ると、四角い箱があった。十字のマークが浮き出ているので触っただけでこれが救急箱だという事が分かった。
救急箱と取ったまでは良かったけれど、どれが風邪薬なのか分からないので、救急箱ごとあつしくんに渡し、自分でとってもらうことにした。
「薬飲むなら水がいるね。ちょっと待っててねすぐに持ってくるから」
薬を飲まさないといけないのに、うっかり水の事を忘れていた。
慌ててキッチンに向かいコップに水を汲んで持ってきた。
水の入ったコップを受け取った彼は、薬を飲んでからふらふらになった体で、部屋に戻ろうとしていた。
「何処行くのあつしくん」
「・・・部屋に・・・行きます・・・・いつまでもここにいたら・・・瞬さんにうつしてしまいます・・・・」
二階にある彼の部屋に行かせようなど思っていない。
万が一階段に上がっている途中で倒れられてもしたら、私にはどうすることも出来ない。
せめて私の目の届く範囲でいて欲しいと思い、居間ではなく一階の私の部屋に彼を寝かせる事にした。こうすれば一日を通して彼の看病をすることが出来るし、必要な物もすぐに取りに行く事が出来る。
「私の事なんて考えずに、今は体を休めることに専念しなさい」
「で・・・ですが・・・・・」
「寝なさい!」
私は彼のおでこを軽く叩いて一括した。
病人に口答えは許さない。病人に対して本気では怒らないけれど、こういう時は甘えてもいいから言う事を聞いて欲しいのでいう時はガツンと言う。
「は・・・・はい・・・・・・・・」
返事をして間もなく、小さな寝息が聞こえてきた。薬が効いて眠たくなったのだろう。
「ゆっくりおやすみ・・・・あつしくん」
暫くは大丈夫だろうと思い、その場を離れキッチンに向かい、冷凍庫から氷を取り出し、氷枕を用意し、寝ているあつしくんの頭をそっと浮かせ氷枕を置いてから、彼が目覚めた時何か口にさせないと薬を飲むことが出来ないのでお粥でも作っておくことにした。
三日間熱が下がらなかった。
薬を飲んだ後とか下がった時もあったけれど、それも長くは続かなかった。
少しでも食べられるようにお粥など作って食べさせてはいるのだけど、一口二口食べただけ。酷い時は一口も食べる事もできず、少し口にするだけで気分が悪くなり、もどしそうになっていたときもあった。
あつしくんに医者は要らないと言われたけれど、苦しそうにしていあつしくんの姿を見ていられなかったので病院に電話をして遠くからではあるけれど往診に来てもらい彼を見てもらった。
診断は重度の風邪による肺炎の併発。
本来なら入院しなければならないみたいだけど、ここは交通があまりにも不便な所なので絶対安静を条件で自宅療養することとなった。
「す・・・・すいません・・・しゅん・・・・さん・・・・」
「しゃべらない。お医者さんも言っていたでしょ?安静が大事だって」
点滴を打ってもらってので呼吸が安定してきていた。
「は・・・・はい・・・・ですが瞬さん・・・・俺のせいで・・・・先生に・・・・」
先生に怒られてしまったと言いたいのだろう。
「私が先生に怒られたのはあつしくんのせいじゃない。いつまでも医者に見せなかった私が悪いよ」
私のせいだ。もっと早く医者に見せればここまで酷くならなかった。
先生にも言われてしまった。言われても当然だと思う。
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養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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