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2章「証拠」
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熱を出して医者に見てもらってから一週間が経った。
まだ全快とは行かないけれど、彼の体は順調に回復していた。
その間私は彼の看病に必死になり、一切公園に行くようなことはなかった。いや、彼をほって公園などいけるはずがなかった。
「瞬さん瞬さん大変です!」
体が良くなったとたんあつしくんは私の言う事を聞かず、家事をしていた。
「あつしくん、まだ寝てなくちゃ駄目でしょ!どうして私の言う事聞いてくれないの?」
「そ・・・・それは後で聞きます。どうしましょう・・・・・」
キッチンで料理を作っていたはずのあつしくんが慌てて私の元にやって来て、今にも泣きそうな声ですがり付いてきた。
「プロット・・・・忘れていました・・・・・約束したのに・・・・おれ・・・おれ、どうしよう・・・・怒られる・・・きっと・・・・・」
プロットの事は私だって忘れていた。
約束はしたけれど、この場合は仕方がないと思っているので、今回は何も言わないでいるつもりだけど、何だかあつしくんは何かに恐れている感じがした。
それはきっと私に怒られるからという恐れではなさそうだ。もっと別の事に恐れている。そんな気がする。
「あつしくん、プロットのことは今から頑張ればどうにかなるんじゃない?私も手伝ってあげるから、今からしよう?」
「は・・・はい・・・・ですが・・・・・担当がどういうか・・・・・」
理由を話せばどうにかなると思う。プロットよりも一番重要なのは原稿そのもの。それさえ守っていればどうにかなるようなことだ。
「大丈夫。私を信じて・・・・」
「信じます・・・・・瞬さん、すいませんが、手伝ってもらってもいいですか?」
手伝うといっても手伝う事など何もない。私にできる事は彼を無理させないように見張る事と、相談に乗って助言してあげる事ぐらいしか出来ない。
それなのに彼はそれだけで十分だと言ってくれた。
それから私たちは遅れに遅れてしまったプロットをキッチンであつしくんが作りかけていた料理を作ってそれを食べてからすることにした。
「それで、どんな話のものを描こうと思っているの?」
それさえ決まっていなければ何も進まない。
せめて描く話のジャンルが決まっていれば、そのジャンルにあわせた内容を考える事が出来るけど、どうなのだろう。
うーんっと喉を唸らせ悩んでいる。悩んでいると言う事は決まっていないのだろうか。
「担当さんには何か言われた?こういう話を描いて欲しいとか?」
出来のいい担当なら掲載の依頼をするときにこういう類を描いて欲しいと言ってくれる人がいたりする。
漫画家といっても人によって得意とするジャンルと不得意とジャンルがあったりする。あつしくんは何が得意で何が不得意なのか彼の作品を読んだ事がないし、どんな作品を普段描いているのかも分からない。その分担当は嫌というほど分かっているはず。だから不得意なジャンルを描かせて他の漫画家と歴然の差を見せ付けられるより得意なジャンルで見せ付けるほうがいいと考えて、こういうものを描いて欲しいという人が中にはいる。
「いえ・・・ただ、何でもいいから面白いものを描いて欲しいと言われただけで・・・」
「そっか、分かった。じゃあ、まずは何を描きたいのか先に考えてから、後でまとめてプロットを書こう」
「そうですね、瞬さんの言うとおりですね」
そう言ってあつしくんは、メモ帳を持ってきた。
「まずはどんなジャンルにするかだね。今連載されているあつしくんの漫画の事をさらっとでいいから教えてくれるかな?」
自分もやるからには少しは知っていたほうがいいだろうと思い聞いてみた。
恋愛を重視されたモノこそなかったけれど、今連載されているあつしくんの漫画にそれほど偏りはなく、幅広いものだった。
一誌は小さな子ども向けに描いている漫画で、動物を主とした冒険モノらしく、それ以外に書いているモノが少年から青年向けの雑誌に載せている学園ファンタジーモノやホラー、バトルモノなどといったものだった。
「あつしくんはどういうものが描きたいの?」
「・・・・・・です」
「え?なに?」
何を言ったのか聞き取れなかった。
「分からないんです。担当に面白いものと言われただけですが、何が面白くてなにがつまらないものなのかまったく分からないんです」
頭の中にスランプという単語が浮かんだ。
たぶん彼はスランプに陥ってしまったのかもしれない。
こういうものを描く(書く)人は誰もがとうわけではないけれど、ちょっとした事でスランプに陥りやすい。
スランプの期間は人によって様々。スランプだと思っていたらふとした瞬間にスランプが抜ける人もいる。
中にはいつまでもスランプから抜け出す事が出来ず、描いていく(書いていく)自信がなくなり止めてしまう人もいる聞いたことがある。
そうであって欲しくない。すぐにスランプから抜け出す事は無理だと思うけど、早く抜ければ言いと思う。
あんまりこういうことは自分の力で抜けて欲しいから助言をしたくはないけれど、今回ばかりは言ってられないので、手助けになるかは分からないけれど、私が思ったことを彼に言った。
「分からないよね。それはよく分かる。でも、そんな事を言っていたらいつまでもかくことなんてできないよ?だから少し考えてみようか」
「考えるって・・・何を考えればいいのですか?」
分からないもの仕方がない。
説明の仕方が悪いかも知れないけれど、私なりに順を追って彼に分かるように離すつもりでいる。
「これは例として聞いてね。今のあつしくんは漫画家じゃない。漫画を読むのが大好きな読者」
「俺が・・・・読者?」
「そう、読者。一冊の雑誌を読んでいたら、色々な漫画家が描いた漫画があるよね。ジャンルもバラバラ。でも、読んでいてあつしくんが面白いと思う漫画と面白くないという漫画家があると思うの」
好みの問題もあるかも知れない。
話は面白くても画力が足りない人。話は面白くなくても画力がある人。話も面白くて画力もある人。話も面白くなくて画力も足りない人。
読んでいてこんな人がずっと描いていてくれればいいとおもうことや、どうしてこんな人が雑誌に載っているのだろうと思うこともあると思う。
雑誌を読んでいる読者の人は知らないと思うけれど、それは雑誌編集者たちの計らい。
こんな事知ってしまうとどうしてこんな事をするのだろうと思うけど、こうしなければならない理由がある。
実力や実績がある人ばかりを雑誌に掲載をしていてもあまり意味がない。まだ実力も実績のない者も載せなければ意味がない。
この両者があってこそ、雑誌に掲載される意味があるのではないかと思う。
読む側の人にすれば面白くないかも知れないけれど、雑誌に掲載されると編集者だけではなく、様々な人が読んでくれる。
そして読んでくれた人はアンケートなどで感想などを言ってくれる。中には評価の厳しい人もいるかも知れないけれど、編集者はそこが狙いだったりする。
厳しい評価をもらうという事はきちんとその人の作品を読んでくれているという事になる。厳しく評価をしてくれた人は、何が駄目で何がいいのかも言ってくれるので、実力などない者にとれば今後の過程でどれだけ読者に見てもらえるよう、実力をあげようとする。そして、実力のある者は、追い越されないようにさらに実力を付けようとする向上があり、よきライバルとなる。
「よく、そんな事を知っていますね。ですが、どうして瞬さんは俺にこんな話をしてくれたんですか?俺がプロットを書けない事と何か関係があるのですか?」
関係ないように思えて関係があるから私は話していた。
雑誌に載るという事は、実力や実績だけでは無理な事。
新人は実力があっても、実績など持ち合わせてはいない。
投稿してきた者の中に、何度投稿しても大きく評価はされず、ボツにされる人も多いが、大きく評価されなかったけれど、ボツにされることなく、雑誌に載る人もいる。
どうして同じ条件で評価されたのに、ここまで大きく違うかというのは、その人の中に眠っているまだ開花していない才能があるかないかということだったりする。
「よく・・・・話が分からないんですが・・・・」
「難しいかも知れないね。要するに私が言いたいのは、あつしくんの描いた漫画を描いてどうして投稿しようと思ったのかということかな?」
「・・・・・・ありがとうございます瞬さん!思い出しました。どうして俺が漫画を描きたいと思ったのか、本当にありがとうございます」
回りくどい言い方をしたかもしれないけれど、どうやら彼は分かってくれたみたいだ。
あつしくんに十分と思う実力と実績があるけれど、まだ若い。
行く方向を間違ってしまうと、戻って来れない可能性もある。だからこそ、誰かが正しい道を教えてあげなくてはならない。単にあつしくんの場合が私だったということになるが、その役目が私でよかったのだろうかと思ってしまった。
「あっ、思い浮かんだ。紙・・・・紙」
どうやらスランプは抜けたようだ。
長かったような短かったようなスランプ。
今はこれで良いかも知れないけれど、まだ若い彼はまた今回のようにスランプに陥るかもしれない。もし、また彼が今回のようにスランプに陥ってしまったら、今日私が言った事を思い出してくれればいいと思う。細かい事は覚えていなくてもたったこれだけを覚えていて欲しい。
「初心忘るべからず・・・・・・」
「え?瞬さんなにかいいましたか?」
彼に聞こえないぐらいボソッと呟いたつもりだったのに、手を止めてしまった。
「何も言っていないよ、気のせいじゃない。ほら、手が止まってるよ」
気のせいだといって何とか誤魔化した。
「あ・・・はい!」
一度は止まってしまった手を再び動かし、カリカリとペンを動かし思い浮かぶ事を全て紙に「あーでもない、こーでもない」と言いながら、必死になっていた。
それから二日後、どうにかプロットは完成した。
体調を考慮しながらしていたので、時間は掛かってしまったけど、満足いく出来ならしい。
どんな内容の話を考えたのか聞いてみたけれど、料理モノの話とだけ言ってそれ以上のことは教えてくれなかった。
「ファックスに出来上がったプロットをセットして、送信!」
元気な声でファックスのスタートボタンを押していた。
締め切りをずいぶん過ぎてしまったけれどまだ本当の締め切りではないので、ひとまず安心することが出来た。
後は、プロットに書いた事をネームにしなければならないみたいだけど、それはもう少し体が回復してからでも大丈夫ではないかと思った。
「瞬さん、ありがとうございます。瞬さんがいなければ俺、きっと満足できる話を考えられませんでした」
「私は何もしていないよ。ただ、アドバイスをしただけに過ぎない」
アドバイスしただけといったけれど、アドバイスにすらなっていかったと思う。
思った事を口にしただけで、関係ない話をしていたかもしれない。
でも、その話から何かを気づく事が出来たのはあつしくん自信。だから私は何もしていないに等しい。
「いえ、瞬さん言ってくれなければ俺、いつまでも話を思いつくことがなかったです。本当に感謝しています。ありがとうございます瞬さん!」
深々と頭を下げて感謝をされているような気がする。
感謝をされて頭を下げられるのは嫌な事ではない。嬉しいような恥ずかしいような感じがする。
たいした事を言ったわけではないと思いながら、彼の気持ちを素直に受け止めた。
「俺、これから部屋でネームを描いてきますね。何かあったら呼んでくだ・・・・」
「何を言っているのあつしくん!あと一週間は安静にしていなくちゃ駄目だってお医者さんに言われているでしょ。プロットは仕方がないから目を瞑っていたけれど、もう駄目。ネームを描くのはきちんと体が完治してから。分かったねあつしくん」
本当を言うならプロットさえ書かせたくなかったけれど、彼はプロの漫画家。私に一存でやめさせるわけにはいかない。だからこそ、プロットだけは目を瞑った。
まだネームの締め切りは先だと思う。急ぐようならあつしくんは言ってくるだろうし、彼が言ってくるまでか、体が完全に治りきるまでは描かせるつもりなどない。
「そう・・・ですよね・・・・ネームはまだ急ぎませんので、治るまでは大人しくしています・・・・・」
まだ全快とは行かないけれど、彼の体は順調に回復していた。
その間私は彼の看病に必死になり、一切公園に行くようなことはなかった。いや、彼をほって公園などいけるはずがなかった。
「瞬さん瞬さん大変です!」
体が良くなったとたんあつしくんは私の言う事を聞かず、家事をしていた。
「あつしくん、まだ寝てなくちゃ駄目でしょ!どうして私の言う事聞いてくれないの?」
「そ・・・・それは後で聞きます。どうしましょう・・・・・」
キッチンで料理を作っていたはずのあつしくんが慌てて私の元にやって来て、今にも泣きそうな声ですがり付いてきた。
「プロット・・・・忘れていました・・・・・約束したのに・・・・おれ・・・おれ、どうしよう・・・・怒られる・・・きっと・・・・・」
プロットの事は私だって忘れていた。
約束はしたけれど、この場合は仕方がないと思っているので、今回は何も言わないでいるつもりだけど、何だかあつしくんは何かに恐れている感じがした。
それはきっと私に怒られるからという恐れではなさそうだ。もっと別の事に恐れている。そんな気がする。
「あつしくん、プロットのことは今から頑張ればどうにかなるんじゃない?私も手伝ってあげるから、今からしよう?」
「は・・・はい・・・・ですが・・・・・担当がどういうか・・・・・」
理由を話せばどうにかなると思う。プロットよりも一番重要なのは原稿そのもの。それさえ守っていればどうにかなるようなことだ。
「大丈夫。私を信じて・・・・」
「信じます・・・・・瞬さん、すいませんが、手伝ってもらってもいいですか?」
手伝うといっても手伝う事など何もない。私にできる事は彼を無理させないように見張る事と、相談に乗って助言してあげる事ぐらいしか出来ない。
それなのに彼はそれだけで十分だと言ってくれた。
それから私たちは遅れに遅れてしまったプロットをキッチンであつしくんが作りかけていた料理を作ってそれを食べてからすることにした。
「それで、どんな話のものを描こうと思っているの?」
それさえ決まっていなければ何も進まない。
せめて描く話のジャンルが決まっていれば、そのジャンルにあわせた内容を考える事が出来るけど、どうなのだろう。
うーんっと喉を唸らせ悩んでいる。悩んでいると言う事は決まっていないのだろうか。
「担当さんには何か言われた?こういう話を描いて欲しいとか?」
出来のいい担当なら掲載の依頼をするときにこういう類を描いて欲しいと言ってくれる人がいたりする。
漫画家といっても人によって得意とするジャンルと不得意とジャンルがあったりする。あつしくんは何が得意で何が不得意なのか彼の作品を読んだ事がないし、どんな作品を普段描いているのかも分からない。その分担当は嫌というほど分かっているはず。だから不得意なジャンルを描かせて他の漫画家と歴然の差を見せ付けられるより得意なジャンルで見せ付けるほうがいいと考えて、こういうものを描いて欲しいという人が中にはいる。
「いえ・・・ただ、何でもいいから面白いものを描いて欲しいと言われただけで・・・」
「そっか、分かった。じゃあ、まずは何を描きたいのか先に考えてから、後でまとめてプロットを書こう」
「そうですね、瞬さんの言うとおりですね」
そう言ってあつしくんは、メモ帳を持ってきた。
「まずはどんなジャンルにするかだね。今連載されているあつしくんの漫画の事をさらっとでいいから教えてくれるかな?」
自分もやるからには少しは知っていたほうがいいだろうと思い聞いてみた。
恋愛を重視されたモノこそなかったけれど、今連載されているあつしくんの漫画にそれほど偏りはなく、幅広いものだった。
一誌は小さな子ども向けに描いている漫画で、動物を主とした冒険モノらしく、それ以外に書いているモノが少年から青年向けの雑誌に載せている学園ファンタジーモノやホラー、バトルモノなどといったものだった。
「あつしくんはどういうものが描きたいの?」
「・・・・・・です」
「え?なに?」
何を言ったのか聞き取れなかった。
「分からないんです。担当に面白いものと言われただけですが、何が面白くてなにがつまらないものなのかまったく分からないんです」
頭の中にスランプという単語が浮かんだ。
たぶん彼はスランプに陥ってしまったのかもしれない。
こういうものを描く(書く)人は誰もがとうわけではないけれど、ちょっとした事でスランプに陥りやすい。
スランプの期間は人によって様々。スランプだと思っていたらふとした瞬間にスランプが抜ける人もいる。
中にはいつまでもスランプから抜け出す事が出来ず、描いていく(書いていく)自信がなくなり止めてしまう人もいる聞いたことがある。
そうであって欲しくない。すぐにスランプから抜け出す事は無理だと思うけど、早く抜ければ言いと思う。
あんまりこういうことは自分の力で抜けて欲しいから助言をしたくはないけれど、今回ばかりは言ってられないので、手助けになるかは分からないけれど、私が思ったことを彼に言った。
「分からないよね。それはよく分かる。でも、そんな事を言っていたらいつまでもかくことなんてできないよ?だから少し考えてみようか」
「考えるって・・・何を考えればいいのですか?」
分からないもの仕方がない。
説明の仕方が悪いかも知れないけれど、私なりに順を追って彼に分かるように離すつもりでいる。
「これは例として聞いてね。今のあつしくんは漫画家じゃない。漫画を読むのが大好きな読者」
「俺が・・・・読者?」
「そう、読者。一冊の雑誌を読んでいたら、色々な漫画家が描いた漫画があるよね。ジャンルもバラバラ。でも、読んでいてあつしくんが面白いと思う漫画と面白くないという漫画家があると思うの」
好みの問題もあるかも知れない。
話は面白くても画力が足りない人。話は面白くなくても画力がある人。話も面白くて画力もある人。話も面白くなくて画力も足りない人。
読んでいてこんな人がずっと描いていてくれればいいとおもうことや、どうしてこんな人が雑誌に載っているのだろうと思うこともあると思う。
雑誌を読んでいる読者の人は知らないと思うけれど、それは雑誌編集者たちの計らい。
こんな事知ってしまうとどうしてこんな事をするのだろうと思うけど、こうしなければならない理由がある。
実力や実績がある人ばかりを雑誌に掲載をしていてもあまり意味がない。まだ実力も実績のない者も載せなければ意味がない。
この両者があってこそ、雑誌に掲載される意味があるのではないかと思う。
読む側の人にすれば面白くないかも知れないけれど、雑誌に掲載されると編集者だけではなく、様々な人が読んでくれる。
そして読んでくれた人はアンケートなどで感想などを言ってくれる。中には評価の厳しい人もいるかも知れないけれど、編集者はそこが狙いだったりする。
厳しい評価をもらうという事はきちんとその人の作品を読んでくれているという事になる。厳しく評価をしてくれた人は、何が駄目で何がいいのかも言ってくれるので、実力などない者にとれば今後の過程でどれだけ読者に見てもらえるよう、実力をあげようとする。そして、実力のある者は、追い越されないようにさらに実力を付けようとする向上があり、よきライバルとなる。
「よく、そんな事を知っていますね。ですが、どうして瞬さんは俺にこんな話をしてくれたんですか?俺がプロットを書けない事と何か関係があるのですか?」
関係ないように思えて関係があるから私は話していた。
雑誌に載るという事は、実力や実績だけでは無理な事。
新人は実力があっても、実績など持ち合わせてはいない。
投稿してきた者の中に、何度投稿しても大きく評価はされず、ボツにされる人も多いが、大きく評価されなかったけれど、ボツにされることなく、雑誌に載る人もいる。
どうして同じ条件で評価されたのに、ここまで大きく違うかというのは、その人の中に眠っているまだ開花していない才能があるかないかということだったりする。
「よく・・・・話が分からないんですが・・・・」
「難しいかも知れないね。要するに私が言いたいのは、あつしくんの描いた漫画を描いてどうして投稿しようと思ったのかということかな?」
「・・・・・・ありがとうございます瞬さん!思い出しました。どうして俺が漫画を描きたいと思ったのか、本当にありがとうございます」
回りくどい言い方をしたかもしれないけれど、どうやら彼は分かってくれたみたいだ。
あつしくんに十分と思う実力と実績があるけれど、まだ若い。
行く方向を間違ってしまうと、戻って来れない可能性もある。だからこそ、誰かが正しい道を教えてあげなくてはならない。単にあつしくんの場合が私だったということになるが、その役目が私でよかったのだろうかと思ってしまった。
「あっ、思い浮かんだ。紙・・・・紙」
どうやらスランプは抜けたようだ。
長かったような短かったようなスランプ。
今はこれで良いかも知れないけれど、まだ若い彼はまた今回のようにスランプに陥るかもしれない。もし、また彼が今回のようにスランプに陥ってしまったら、今日私が言った事を思い出してくれればいいと思う。細かい事は覚えていなくてもたったこれだけを覚えていて欲しい。
「初心忘るべからず・・・・・・」
「え?瞬さんなにかいいましたか?」
彼に聞こえないぐらいボソッと呟いたつもりだったのに、手を止めてしまった。
「何も言っていないよ、気のせいじゃない。ほら、手が止まってるよ」
気のせいだといって何とか誤魔化した。
「あ・・・はい!」
一度は止まってしまった手を再び動かし、カリカリとペンを動かし思い浮かぶ事を全て紙に「あーでもない、こーでもない」と言いながら、必死になっていた。
それから二日後、どうにかプロットは完成した。
体調を考慮しながらしていたので、時間は掛かってしまったけど、満足いく出来ならしい。
どんな内容の話を考えたのか聞いてみたけれど、料理モノの話とだけ言ってそれ以上のことは教えてくれなかった。
「ファックスに出来上がったプロットをセットして、送信!」
元気な声でファックスのスタートボタンを押していた。
締め切りをずいぶん過ぎてしまったけれどまだ本当の締め切りではないので、ひとまず安心することが出来た。
後は、プロットに書いた事をネームにしなければならないみたいだけど、それはもう少し体が回復してからでも大丈夫ではないかと思った。
「瞬さん、ありがとうございます。瞬さんがいなければ俺、きっと満足できる話を考えられませんでした」
「私は何もしていないよ。ただ、アドバイスをしただけに過ぎない」
アドバイスしただけといったけれど、アドバイスにすらなっていかったと思う。
思った事を口にしただけで、関係ない話をしていたかもしれない。
でも、その話から何かを気づく事が出来たのはあつしくん自信。だから私は何もしていないに等しい。
「いえ、瞬さん言ってくれなければ俺、いつまでも話を思いつくことがなかったです。本当に感謝しています。ありがとうございます瞬さん!」
深々と頭を下げて感謝をされているような気がする。
感謝をされて頭を下げられるのは嫌な事ではない。嬉しいような恥ずかしいような感じがする。
たいした事を言ったわけではないと思いながら、彼の気持ちを素直に受け止めた。
「俺、これから部屋でネームを描いてきますね。何かあったら呼んでくだ・・・・」
「何を言っているのあつしくん!あと一週間は安静にしていなくちゃ駄目だってお医者さんに言われているでしょ。プロットは仕方がないから目を瞑っていたけれど、もう駄目。ネームを描くのはきちんと体が完治してから。分かったねあつしくん」
本当を言うならプロットさえ書かせたくなかったけれど、彼はプロの漫画家。私に一存でやめさせるわけにはいかない。だからこそ、プロットだけは目を瞑った。
まだネームの締め切りは先だと思う。急ぐようならあつしくんは言ってくるだろうし、彼が言ってくるまでか、体が完全に治りきるまでは描かせるつもりなどない。
「そう・・・ですよね・・・・ネームはまだ急ぎませんので、治るまでは大人しくしています・・・・・」
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