僕は伯爵様の抱きまくら………だったはず?

ゆずは

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番外編

ノルベルト・ジェリーニの証言②




 いつ倒れてもおかしくない日々の中で、唐突に一日の休みができた。

 丁度昨日一つの魔術体系が確立し終わり、彼は数週間ぶりに領地にある伯爵邸自宅に帰っていった。……もちろん、転移魔術で。馬車なら数日はかかる土地にある伯爵領だが、転移魔術なら一瞬だ。

「明日から次の体系にかかる」

 彼はそう言い残し、玄関から外に出る気安さで転移魔術を発動させた。
 見事な魔術。余計な魔力など一欠片もなく、洗練された魔力操作はそこにいた私達の目を釘付けにした。
 残された私達はやっと帰り支度を始め、数週間ぶりになる自宅へと戻った。
 夕食もそこそこにベッドへ倒れ込み、気づけば翌朝を迎えていた。



 一日の始まりはやるべきことが決まっている。
 本来の出勤時間よりもはるかに早く出勤し、気休め程度のお茶を用意しておく。
 今朝も同じようにお茶の準備が終わる頃、ぼちぼちと団員たちが出勤し始めた。
 いつもの面子が揃い始めたあたりで、彼が中々出勤してこないことに疑問を持ち始めたころ、魔術書簡が送られてきた。
 送り主は彼の弟だ。
 何か問題が生じたのかと中を確認すると、孤児院へ慰問に行くため今日一日は休みにしてほしいとのこと。

「き……奇跡だ……!!」

 恐らく、私達の境遇を慮り、彼を連れ出すことにしてくれたのだろう。

「みんな……よく聞いてくれ!今日は一日休息日にする!また明日からは過酷な日々になるだろうが、今日だけは一日ゆっくり休んでくれ…!」

 あちこちから雄叫びが上がった。
 幸いなことに、他の案件は今のところない。
 帰宅の準備をする者、作業台の片付けをする者、連れ立って街に出る者、色々だ。
 簡単な書類仕事をまとめ、私も早々に帰宅しよう。
 ゆったり風呂に浸かり、昼間からワインを飲んでも誰も文句は言わないだろう。
 折角与えられた奇跡の一日だ。
 明日からの日々を乗り切るためにも、今日という日を自分のために使おう。




 一日たっぷり休み、翌日は覚悟して研究の準備に取り掛かった。
 多分、心持ちは皆同じ。
 ゆっくり休んだお陰か、皆表情はいい。

 彼は定時ぎりぎりに転移魔術で出勤してきた。
 彼が現れた瞬間、皆の中に動揺が走る。
 私も例外ではない。
 彼は、口元に笑みを浮かべていた。
 それに加え、「おはよう」と、彼の方から声をかけてきたのだ。
 これは一体何が起きたんだ。
 訝しく思いながらも、研究業務は進む。当然、誰も彼もが今日から何日の徹夜に入るのだろうかと考え、夕刻あたりに栄養剤を飲む者もいた。

 ――――だが。

「では私は帰宅する。皆もゆっくり休んでくれ」
「へ?」

 勤務終了時間になった途端、彼はそう言い残し、さっさと転移で消えていた。

「え、なに?」
「総帥、お体の不調でも…?」
「まさか、何か試されてる…?」

 彼の真意がわからず、帰るに帰れなかった。
 結局、キリのいいところで手を止め、全員帰路についた。
 自宅のベッドで三日も連続で眠ることができるなんて。
 信じられない出来事だった。
 でも多分明日からはいつも通りなんだろうな……と、誰もが思ったに違いない。

 翌日も彼は始業ぎりぎりの時間で出勤してきた。
 的確な指示を出しながら、自らも検証を行う。
 そして終業時間が近づいたとき――――

「ではまた明日」

 と、消えた。

 誰かの手からバサバサと書類が落ちた。
 どこかでグラスの割れる音が響いた。

 本当に、一体何が起きてるんだろう?




 それから、ぎりぎり出勤、定時上がりの日々は続いた。
 研究中、何か思い出したように笑うときもあった。
 今まで一月で二つほどの分野で研究や実証をしてきたが、それが一月に一つの速さとなった。
 これでも十分成果は表れていて、むしろ今までが異常だった、よく投げ出さず頑張ってくれた…と、国王から涙ながらに労われてしまうと、乾いた笑みしか浮かべることができなかった。
 魔術に秀でた天才的な彼は、天才的な異常者から、天才的な常識人へと変貌した。
 たまに魔物討伐の依頼が来ると、騎士団よりも早く現場に転移し、一人であっさりと片付けてくる。

「もたもたしていたら帰宅が遅くなるじゃないか」

 と、こともなげに言い放ち、騎士団長の苦笑を買っていた。






 穏やかな研究の日々を過ごして数年後。

「明日から一週間、婚姻休暇を取る」
「え?」

 唐突にそんな宣言をされた。
 国王の認証も入った書類を私に手渡し、彼はさっさと消えてしまった。
 ここ数年で、彼が急に変わった理由が孤児院から引き取った孤児で、元々眠りの浅かった彼がその孤児を抱き枕にして熟睡しているということを、弟君との魔術書簡のやりとりで知っていたのだが。
 だから、抱き枕になってくれたその子にはとても感謝した。……抱き枕としてという扱いはどうかとも思ったけれど。
 そんな彼が結婚。
 俄には信じられなかった。

 けれどそれからまた数日後。
 大神殿で婚姻の儀をあげると、書簡が届いた。

「……明日?」

 いくらなんでも急すぎる。
 伯爵家の当主で、魔術師団総帥の彼の婚姻なのだから、普通は半年ほど前には招待状が送られてくるはずだ。どんなに遅くても一ヶ月。そうでなければ参列する貴族たちの都合がつかない。
 なぜこれほど急ぐのか理由はわからないが、皆に伝えれば、全員が出席の意志を示した。
 大神殿は城の隣だ。
 一日拘束されるわけでもなく、全員で花嫁を見に行っても問題はないだろう。

 翌日は彼らを祝福するような快晴だった。
 狭くはない大神殿の本殿には、国の重鎮たちがひしめき合っていた。
 国王夫妻も王太子も参列していることに驚いた。
 書簡をやり取りしていた弟君は婚約者殿と参列しており、目が合ってお互いに笑顔で会釈した。
 参列者の中に、おっとりとした雰囲気の夫人がいた。
 どこかで見た気がするのに思い出せない。
 誰だったか考えてるうちに鐘が鳴り響いた。
 本来、バラバラで入場するはずの二人だったが、彼は花嫁を抱いて入場してきた。
 堂々とした様子に誰もが唖然とし、苦笑する。
 花嫁は、どうやら青年のようだ。顔はよく見えなかったが、体つきは華奢に見える。
 彼は漆黒の婚礼衣装を纏っていた。……こう言ってはなんだが、黒髪と黒服で魔王のように見えなくもない。
 反対に、花嫁の青年は純白の婚礼衣装だ。
 花嫁を見るときの魔王な彼の瞳は、これでもかというほど蕩けている。なるほど。溺愛しているのだな。

 その二人を見て涙ぐむ夫人を見て、私はようやく思い出した。
 彼女は孤児院の管理人だ。
 それを思い出して、私はようやくすべて納得した。

 彼は強引に連れて行かれた孤児院で、最愛に出会ったのだろう。その青年を何故抱きまくらにしたのかは疑問だが、彼が変わったのは間違いなく孤児の青年のお陰だ。
 ……つまり、私達の救世主。
 人間らしい生活を取り戻してくれた、敬愛すべき人物。

「よかった……これほど喜ばしいことはない」

 私は人知れず流れた涙を、指で拭った。
 願わくば。
 この先も彼のそばに最愛の青年が寄り添ってくれますように。



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