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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。
51 帰りたい
しおりを挟む空から接近するワイバーンの最後の1体に、気づくのが遅れた。
前線が移動したことで手を止めていた魔法師たちは、その姿を確認して再び魔法攻撃を始める。正確さのかけらもない魔法師の放った魔法は、威力も速さもなく、ワイバーンは難なく躱していく。無意味すぎる。
最後のワイバーンは、そんな魔法には全く見向きもせずに、真っ直ぐ俺に向かってきた。
焦るな。今までと同じ。
羽根を凍らせて地面に落とせば、あとは接近戦でどうにかなる。
クリスのサポートはないけど、大丈夫。さっきだってできた。まだ魔力はある。同じようにやるだけ。
手に魔力を集中させる。威力はなくてもいい。凍らせることができればいい。だけど、範囲は広く。
距離は十分。あとは、放つだけ!
ここまでの思考を最速で終わらせて、氷塊を放つ。それは確実にワイバーンを捉えるはずだった。
「な……!?」
氷塊は、不意に放たれた火球によって、空中で霧散していく。
バクバクする心臓を自覚しながら、火球の発生源を見て、冷や汗が流れた。そこには、ニタニタと笑いながらこちらを見る魔法師長の姿。
「何してるんだよ……!!」
「ああ、申し訳ない。あやつに当てようとして多少軌道がそれたようだ」
「……っ」
意味がわからない。
この生死を分かつ戦場で、いくら俺の邪魔を企んでいたとしても、ワイバーンを落とす手段を打ち消すなんて、正気の沙汰じゃない。
「邪魔するな……!!」
もう一度、氷塊を!
そう腕を伸ばしたところで、近づいていたワイバーンの羽根から、衝撃波に近い風圧が襲いかかってくる。
「っ!!」
だめだ。こんなに近づかれたら、魔法を構築してる時間なんてない。
ワイバーンは俺の頭上をかすめ、旋回し、再び下降を開始する。
「クリストフ……戻れ!!狙いはアキラだ!!!」
ギルマスの叫び声。
「アキ……!!!」
クリスの焦った声。
「終わりだよ」
蔑んだ、不気味な、小さな声。
クリスとギルマスが俺の方に向かってくる。
俺の視界には、襲い来るワイバーンとニタニタと笑い続ける男の姿が映る。
ここは戦場だから。俺にできることをしないと。
でも、腕を持ち上げても、あの男の不気味な笑みが脳裏から離れず、ぶるぶると震えてしまう。
そこからは、酷く、ゆっくりと時間がすぎていった。
下降したワイバーンの鉤爪が、何故か余裕の態度をとっていた男の顔面を切り裂いた。
「ぎゃあああ!!!!」
飛び散る血。上がる悲鳴。
「何故……何故私がああああ!!!!!」
男を切り裂き、血濡れた鉤爪はそのままに、鋭い牙を持つ口が大きく開けられ、俺の眼前に迫る。
喰われる。
そう、思った。
これほど何もかもが遅く感じるなんて。……ああ、スライムに食べられそうになったときも、こんな感じだった。
諦めたくない。けど、何もかも間に合わない。
そう、感じたとき、巨体の横側に魔法が飛んで来る。雷と、氷。致命傷にはならないその衝撃で、ワイバーンの巨体は俺の左側に逸れた。
「――――――――あああ!!!!!」
軌道が逸れたワイバーンの牙が、俺の左肩に深く突き刺さった。
焼かれるような激痛。
抉られていく恐怖。
俺を呼ぶ声が聞こえるのに、耳鳴りがひどくて聞き取れない。
ワイバーンは俺を咥えたまま、飛び立とうとし、羽ばたく。
地面から少し離れたところで、その巨体は突如落下し、俺は振り落とされた。
背中に感じる衝撃。一瞬息が止まる。
声は出ない。
抉られた肩には、もう痛みはない。
ただ、ドクドクと脈打ち、とても熱い。
目が霞む。
錆びた鉄の匂い。
身体は動かせない。
指先もぴくりとも動かない。
「アキ……アキ…!!!」
クリスの声。
よかった。
はっきり聞こえる。
もう耐えられなくて目を閉じた。
身体がどんどん冷たくなる。
……ねえ、クリス。
俺、もう帰りたい。
クリスのそばに………かえりたい。
かえり……たい、よ………。
クリス
ごめんね
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