【完結】魔法が使えると王子サマに溺愛されるそうです〜婚約編〜

ゆずは

文字の大きさ
153 / 560
第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。

52 繋ぎ止める① ◆クリストフ

しおりを挟む



 世界からすべての音が消えた。
 飛竜があげる咆哮も、肉を穿つ鈍い音も、地を踏む音も、何もかも。

「……アキ?」

 左肩は酷く抉られていた。
 そこから流れ出る赤い血液は、血溜まりになることなく、地面に吸い取られていく。

「……アキ?」

 頬に触れる。
 いつものように滑らかなのに、冷たくなる頬。
 少し色白な肌は、今は更に白く目に映る。
 震える指先で唇を辿る。




『恥ずかしいよ?』




 そんな声が聞こえた気がした。
 でも、唇は開かない。
 目元をなでてもぴくりとも動かない。
 何故、どうして。

「アキ……アキ……」

 目を覚ましてほしい。
 黒い瞳で俺を見てほしい。



 ――――ああ、何故、何故、俺はアキの傍を離れたのか。



「アキ……!!!」
「殿下!!!どけて!!!!」

 視界に、薄い桃色の髪色が映る。

「アキラさまはまだ死んでない……まだ!!!貴方が諦めてどうするんですか!?諦める時間があるなら、さっさと魔力を流して祈って!!!僕は全力で癒やすから!!本当にアキラさまを失いたいの!?」
「ラ、ル」
「失礼します」

 そう断りを入れられた直後、頬を叩かれた。パンっと、小気味よい音がして、頬が熱くなる。

「エル、ワイバーンの相手してて!!ディーは誰もここに近づけさせないで!!」
「ああ」
「任せて」
「死なせない……絶対に!!!殿下、アキラさまの服が邪魔!早く脱がせて、殿下のマントをかけて!!はやく!!」
「あ、ああ」

 ラルに叩かれた頬は、まだ熱を持っている。……だが、それが、俺を落ち着かせてくれた。
 ラルはアキの左肩にずっと癒やしの力を流し込んでいる。かなり無理をしているようで、額には汗が浮かび、息遣いは荒くなっている。
 ラルは諦めていない。なのに、俺が諦めて……どうする。

 ごめん、アキ。守れなかった。目が覚めたら、一番に謝るから。

 血に濡れた制服を切り裂き脱がせた。左肩の怪我は正視できるようなものではなかった。左胸にかけての裂けた皮膚、骨まで抉られ肉の落ちた、ギリギリ繋がっている左肩と腕。むせ返るような血の匂い。

「…目をそらさないで、殿下。殿下の力は殿下そのものです。殿下自身が力の塊です。アウラリーネさまの御力は、許された者のみが行使できる。殿下はその御力を使うことを許された。全ての民のためでもいい。たった一人の愛しい者を救うためでもいい。女神はあなたを認めた。貴方に流れる力を認めた。殿下には僕なんかより、もっと強い力が流れてる。それを理解して、アキラさまのためだけに使って。……アキラさまの心臓は、まだ、動いてるんだから…!!」

 ラルはぼろぼろ涙を流しながらも癒やすのをやめない。
 なら、俺は、俺は、アキのために。

「アキ……頼む。俺のところに帰ってこい……っ」

 冷たくなる唇に、己のそれを重ねた。

 女神よ、どうか。
 俺に力があるというのなら、どうか、アキを、俺の唯一の存在を癒やしてほしい。
 少しだけ頭を持ち上げ、唾液を流し込む。
 まだ喉はならない。
 アキ……アキ……、帰ってきて。お願いだから。俺を、置いていかないで。
 女神よ、お願いだから。アキを御下に連れて行かないでほしい。俺のそばに残してほしい。
 アキ、アキ、愛してる。もう、お前がいない世界など、無意味だ。頼むから、アキ。俺の傍に、ずっと、いてくれ――――

 俺の目から涙が落ちた。その雫はいつの間にか溢れていたアキの目元の雫と交わり、流れ落ちていく。
 そのとき、アキの喉が小さく鳴った。弱々しく、それでも、求めるように、確かに飲み込んでいく。
 涙は次から次へと溢れていく。
 アキ……っ。
 流し込んだ唾液は、ゆっくりと、ゆっくりと、嚥下されていった。
 唇を離し顔をしっかりと見ると、瞳は開かないが真っ白だった頬には僅かに赤みがさしている。

「アキ……!」
「よかった……殿下、続けてください…!」
「ラル、お前は一度休め」
「駄目です!!これ以上血を失うわけには行かないんです…!僕は外から癒やします。だから、殿下は内側から癒やしの術をかけてください!!」
「……わかった」
「神官がいるのか!?」

 アキの頭を抱え直し、口づけようとしたとき、聞きたくもない声が聞こえてきた。


しおりを挟む
感想 543

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~

水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった! 「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。 そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。 「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。 孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...