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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。
52 繋ぎ止める① ◆クリストフ
しおりを挟む世界からすべての音が消えた。
飛竜があげる咆哮も、肉を穿つ鈍い音も、地を踏む音も、何もかも。
「……アキ?」
左肩は酷く抉られていた。
そこから流れ出る赤い血液は、血溜まりになることなく、地面に吸い取られていく。
「……アキ?」
頬に触れる。
いつものように滑らかなのに、冷たくなる頬。
少し色白な肌は、今は更に白く目に映る。
震える指先で唇を辿る。
『恥ずかしいよ?』
そんな声が聞こえた気がした。
でも、唇は開かない。
目元をなでてもぴくりとも動かない。
何故、どうして。
「アキ……アキ……」
目を覚ましてほしい。
黒い瞳で俺を見てほしい。
――――ああ、何故、何故、俺はアキの傍を離れたのか。
「アキ……!!!」
「殿下!!!どけて!!!!」
視界に、薄い桃色の髪色が映る。
「アキラさまはまだ死んでない……まだ!!!貴方が諦めてどうするんですか!?諦める時間があるなら、さっさと魔力を流して祈って!!!僕は全力で癒やすから!!本当にアキラさまを失いたいの!?」
「ラ、ル」
「失礼します」
そう断りを入れられた直後、頬を叩かれた。パンっと、小気味よい音がして、頬が熱くなる。
「エル、ワイバーンの相手してて!!ディーは誰もここに近づけさせないで!!」
「ああ」
「任せて」
「死なせない……絶対に!!!殿下、アキラさまの服が邪魔!早く脱がせて、殿下のマントをかけて!!はやく!!」
「あ、ああ」
ラルに叩かれた頬は、まだ熱を持っている。……だが、それが、俺を落ち着かせてくれた。
ラルはアキの左肩にずっと癒やしの力を流し込んでいる。かなり無理をしているようで、額には汗が浮かび、息遣いは荒くなっている。
ラルは諦めていない。なのに、俺が諦めて……どうする。
ごめん、アキ。守れなかった。目が覚めたら、一番に謝るから。
血に濡れた制服を切り裂き脱がせた。左肩の怪我は正視できるようなものではなかった。左胸にかけての裂けた皮膚、骨まで抉られ肉の落ちた、ギリギリ繋がっている左肩と腕。むせ返るような血の匂い。
「…目をそらさないで、殿下。殿下の力は殿下そのものです。殿下自身が力の塊です。アウラリーネさまの御力は、許された者のみが行使できる。殿下はその御力を使うことを許された。全ての民のためでもいい。たった一人の愛しい者を救うためでもいい。女神はあなたを認めた。貴方に流れる力を認めた。殿下には僕なんかより、もっと強い力が流れてる。それを理解して、アキラさまのためだけに使って。……アキラさまの心臓は、まだ、動いてるんだから…!!」
ラルはぼろぼろ涙を流しながらも癒やすのをやめない。
なら、俺は、俺は、アキのために。
「アキ……頼む。俺のところに帰ってこい……っ」
冷たくなる唇に、己のそれを重ねた。
女神よ、どうか。
俺に力があるというのなら、どうか、アキを、俺の唯一の存在を癒やしてほしい。
少しだけ頭を持ち上げ、唾液を流し込む。
まだ喉はならない。
アキ……アキ……、帰ってきて。お願いだから。俺を、置いていかないで。
女神よ、お願いだから。アキを御下に連れて行かないでほしい。俺のそばに残してほしい。
アキ、アキ、愛してる。もう、お前がいない世界など、無意味だ。頼むから、アキ。俺の傍に、ずっと、いてくれ――――
俺の目から涙が落ちた。その雫はいつの間にか溢れていたアキの目元の雫と交わり、流れ落ちていく。
そのとき、アキの喉が小さく鳴った。弱々しく、それでも、求めるように、確かに飲み込んでいく。
涙は次から次へと溢れていく。
アキ……っ。
流し込んだ唾液は、ゆっくりと、ゆっくりと、嚥下されていった。
唇を離し顔をしっかりと見ると、瞳は開かないが真っ白だった頬には僅かに赤みがさしている。
「アキ……!」
「よかった……殿下、続けてください…!」
「ラル、お前は一度休め」
「駄目です!!これ以上血を失うわけには行かないんです…!僕は外から癒やします。だから、殿下は内側から癒やしの術をかけてください!!」
「……わかった」
「神官がいるのか!?」
アキの頭を抱え直し、口づけようとしたとき、聞きたくもない声が聞こえてきた。
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