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番外編:希望の光 (オットー昔語り)
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しおりを挟む忙しかった。
とにかく忙しかった。
これが本当の神官の仕事なんだな…ってことに感動して、今日亡くなってしまった村人たちばかりじゃなくて、父さんも母さんも癒やされた気がして、そのことにも喜びを感じて。
ちょっと、綺麗だなとか、尊敬できると、思ったのだけど。
この男、人使いが荒すぎる。
神官が祈りを捧げることで、死んだ人間は魔物化する危険性がなくなる。祈りを捧げられなかった人間は、夜になると魔物化する場合がある。
だから、現状、今この時点で、この村で死人返りが起きる心配はない(らしい)。
けれど、損傷の激しい亡骸を、いつまでも放置しておくことはできず、現実逃避気味に舞う光を眺め涙していたのに、光が消えかかったときには、「穴を掘るぞ」と現実に引き戻され、涙もすぐに引っ込んだわ。
ああ、うん。確かにそれは必要なんだけど。
『神官』は、祈りを終えて俺たちに穴掘りの指示を出すと、指笛を鳴らした。
それから間もなくして、今までどこに隠れていたのか、数頭の馬が村の中に駆けてくる。
そのうちの一頭は、一目散に『神官』に向かってきた。優しい目をした子だった。
「ヴェル」
『神官』も口元に僅かな笑みを浮かべて優しく顔を撫でている。
馬はあと八頭いた。取り巻きの数だろうか。
そのうちの一頭から、少し大きめの箱が外された。その箱の中から、動ける取り巻きが、治療道具や穴掘りの道具、ランタンやなんやと、とにかく色々取り出し始めたから、俺は唖然とその光景を見ていた。
明らかにおかしいだろう。どうやってあの箱に、穴掘り道具が入るというのか。
『神官』は休む暇なく指示を出す。
唖然としつつも、俺も手を止めない。
村人たちには一つの大きな穴を掘り、そこに全員を眠らせた。少し深めの穴は、動物や魔物に荒らされないため。丁寧に土をかけ、少し大きな岩を二つ、重ねて置いた。
亡くなった取り巻きさんと、元凶は、箱から取り出された布で改めて巻かれ、大きな袋に入れられ、…………箱に収められた。……もう何も言うまい。この世の中には俺が知らないことは山ほどあるんだから…。
そうして魔物の死骸は一箇所に集め、 広場を整え、墓に花を手向け、一段落ついたときには、既にかなり夜が更けていた。
広場の数カ所にランタンがいつの間にか設置され、更に廃材を焚き火にした。
配られた水と干し肉をかじりながら、なんとなくぼーっと目の前の炎を眺めていた。
終わったんだ。
何もかも、終わった。
俺の隣りに座った『神官』から、村が魔物に襲われた経緯を聞いた。教会に残されていた取り巻きたちから聞いたらしい。
昨夜から今日にかけて、『神官』は元凶を拘束した。けれど、昼近くになって、見張り役の取り巻きを振り切って、その拘束を抜け出し、起していた暖炉の火の中に『魔物寄せの葉』を焚べたらしい。……ありえないだろ。なんで神官がそんなもん持ち歩いてんだ。
それからは、言葉に出来ないほどの悲惨な状態が続いて、俺が目の当たりにした光景に繋がる。
亡くなった取り巻きの人は、教会に入り込んだ大型から仲間をかばって致命傷を受けたらしい。
それから、思ってもいなかったことを聞いた。そもそも『神官』たちがここを訪れたのは、とある行商人が奴隷売買をしていたことがわかったから、だと。その行商人は月に一度訪れる村で、村人を他の街まで連れて行ってほしいと頼まれたのだが、その村人を奴隷として売りさばいていたらしい。
元凶がじわりじわりと俺たちの首を絞め、手を差し伸べているように見えた行商人と繋がり、村人を売る。使えない人間は途中の森に捨てていく。
……愕然とした。
村の大人たちが逃してきた子供も若者も、全員、奴隷として売られたか、森の中で置き去りにされ死んだ。奴隷にされた村人たちも、もう生きていないらしい。
俺の同郷の者は、もう誰もいない。
「……はは。一人、か」
夜空を見上げれば、月だけが白く見える。
「この村で、一体何が起きてた」
……ああ、前にも聞かれたな。
俺はその時なんて答えた?
俺は、俺が知る範囲で、俺が知っていることを、全て話して聞かせた。そこに激情はなく、ただ、事実を淡々と話していく。
『神官』は俺の話を神妙な面持ちで聞いていた。
そして最後に、俺に向って頭を下げてくる。
「すまなかった」
と。
「あんたが謝ることじゃないだろ」
「気付けなかった。手を打つのが遅かった。それは、俺の罪だ。俺の怠慢が、お前の家族を奪い、仲間を奪い、故郷すら失わせた」
その表情は、本当に悔しそうで、悲しげで。どうしてたかが『神官』がそこまで気負う必要があるのかと、不思議に思う。
「それでも、最後はあんたに救われた。……救われたんだ」
夜の空を見上げたまま。
月が、滲む。
しばしの無言。
炎の爆ぜる音は、昨日と同じなのに。
それは苦痛でもなく諦めでもなく。
「これからどうするんだ」
「……何も考えてない」
考えられない。
俺にはここしかなかったから。
「なら」
『神官』は一旦言葉を切ると、改めて俺を見据える。
「俺のところに来ないか」
「は?」
「いい腕をしてると言っただろ。腕の立つ部下が欲しかったんだ。……誰かに背中を預けて安心して戦えるなんて、お前で二人目だったからな」
……こいつの、部下に。
頭も身体も疲弊していたからか、こいつ自身の強さを知ったからか、一面だけだとしても為人を知ったからか。
ああ、それもいいな、と、頭の中に浮かんでいた。
「…俺は何をしたらいい」
「立場上、俺は国内どこにでも出向かなければならない。出向いた先で問題を解決するために、多少手荒なことも必要になる。……魔物に囲まれることも多々ある。お前に求めるのは、その、強さだ。剣の腕も、退かない芯の強さも、他人を思いやる優しさも」
優しいかどうかは知らん。
「……ああ、わかった。どうせ俺には帰る場所なんてない。あんたについていく」
そう答えれば、『神官』は口元に笑みを浮かべた。
「じゃあ、改めて。お前、名は?」
出された手を握り返し。
「オットーだ」
「オットー、か。俺はクリス――――クリストフ・エルスター。神官位を持つ、この国の第二王子だ」
俺は握手したまま、暫く固まっていた。
この男、なんて言った?
第二王子だと?
ああ、取り巻きはだから『殿下』と呼んでいたのか。むしろ、取り巻きはこの第二王子の護衛兵ということか?
「おま………っ」
「よろしく、オットー」
騙された。
いや、俺が聞かなかっただけ。
あれだけ不遜な態度を取っていた俺なのに。
不敬だと喚くこともなく。(なんか言ってたな。取り巻きの人が)
俺を認め、俺に来いと言ってくれた。
そして俺は。
それを、嬉しいと感じている。
村を包み込んだ光。
あれは、俺にとって希望の光そのものだった。
救われるかもしれない。
救ってくれるかもしれない。
彼ならば、きっと。
命を助けることはできなかったけど。
「よろしく。……………『殿下』?」
『神官』改め『殿下』は、不敵な笑みを浮かべた。
「……夜が、明ける」
東の空が僅かに光を増す。
白み始めた空には、間もなく太陽が昇るだろう。
俺は崩れかけた家に戻り、両親の遺品を手に取り、広場の積み上げた石の前に膝をつく。まだ柔らかい土を手で掘り、ある程度の深さのところにその遺品を入れ、また、土を被せた。
いずれ、草が芽吹き、運ばれてきた種が芽を出し花が咲くだろう。
この墓の周りは、草花で満たされる。
……ようやく。夜が明けるのか。
いつまでも夜明けは訪れることなく、深い闇の中を彷徨っていた。
永遠に明けることのない闇だと思っていたのに。
突如現れた光は闇を照らし出した。
舞い降りた光の粒は、俺に希望をもたらした。
闇が消え、明るさを増す。
当たり前に夜が明けるのを毎朝眺めていたのに、俺は、……この村の全てが、明けない闇夜に支配されていて、その当たり前のことにも気付けずに。
だから、今。
明るくなる空を眺めて。
眩しい光を発しながら東の空に昇る太陽を見て。
夜が、ようやく、明けたのだと。
明けぬ夜はないのだと。
そう、思えた。
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