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君に出逢えた奇跡
13 また明日
しおりを挟むシエルは扉に手を伸ばした姿勢そのままに固まっていた。
どこか呆然と俺を見上げ、そのわずか後に表情をかすかに歪ませる。
「どこかに出かけるところだった?」
「…や、もう閉めようかと思って」
思わず安堵のため息が出た。
本当にギリギリだったようだ。
「よかった。いつもより遅くなってしまったから、もう閉まってるかと思っていたんだ。間に合ってよかった」
素直に伝えると、シエルは口を噤み、俺から視線を外して自分の胸元を握りしめていた。
「……仕事、忙しかったんだ」
なんだかいつもと雰囲気が違う。
「まあ色々とね。人が集まれば争い事も多いから」
「忙しいなら来なくていいのに」
「シエル?」
横を向いたまま告げられた言葉は、いつもの拒絶とは違って聞こえた。
シエルの中でなにか変わったんだろうか。
シエル自身も自分の言葉に動揺しているのか、視線が定まらない。
胸元を握る手はそのままに、あちこち泳いだ瞳はおずおずと俺を見上げ、俺と視線が合うと揺れ始めた。
「シエル」
シエルが俺を意識している。
自分に都合のいい解釈かもしれないが、本当にほう感じた。
受け入れてもらえるだろうか。
期待に、思わず手を伸ばしてしまったが、それに気づいたシエルはさっと身を離し、店の奥のカウンターまで戻ってしまった。
カウンターの前に置かれている椅子に腰掛け、俺に振り向いた。
「それで、今日は?」
……いつもどおりのシエルだ。
感情を消した表情。
さっきまでの揺れていた瞳はどこにもない。
それを少し残念だと思いながら、店内をぐるりと見渡し、薄紫の花弁の花が目に入った。
近づいてよく見れば、花弁の中心に行くに従い、更に色味が薄くなり、白に近い色になっていた。
「今日はこれを」
いつもと同じように、一輪だけ。
シエルはそれを無言で受け取り、いつものように包装紙を巻きつけながら、手を止めた。
何かを思案しているのか、いつもは手早く丁寧に包まれる花が、まだシエルの手の中にある。
シエルは思考をやめたのかため息をつくと、包装紙ごと花を持ち、店内を見渡した。
そして、白い小さな花をいくつもつけているものを一本、俺が選んだ花に添えて、改めて包装紙を巻きつける。
「どうぞ。おまけだから」
きつい声音だが、手付きは優しく、そっと俺に花の包を渡してきた。
「ありがとう。大切にする」
自然と笑みを浮かべることができた。
花を受け取るときにコインをシエルの手の中に渡すのだが、そのときだけ僅かにシエルの手に触れる。本当に、ごく僅かなふれあいなのだが。
シエルはそれを受け取ると、俯いたまま、また椅子に座った。
「もう閉めるから」
視線は合わない。
「ああ。そうだな。すまなかった」
いつもと変わらないように見えるが、俺の目にはいつもと違うシエルに映る。
何よりも、いつもの激しい拒絶がない。
事務的な会話だけじゃない。
瞳の僅かな揺らぎにも気づけるほど、俺はシエルを見ている。
「また明日」
いつものように、いつもと同じ言葉をシエルにかける。
「来なくていい」
「遅くなるようだったら昼間にでも来るよ。それじゃ」
返事はいらない。
俺がそうしたいから。
二本に増えた花を潰れないよう手に持ち、屋敷への家路を急いだ。
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