【完結】だいすきな人〜義理の兄に恋をしました〜

本編

友兄のことを忘れられる日は

　

「……ただいまぁ」

　どんよりとした気分を抱えたまま、家に帰った。
　友兄からは電話もメールもない。
　俺からも、連絡を取る気になれなかった。
　家に入って靴を脱いでも、母さんが来ない。…というか、どこかはしゃいだような声で電話をしているらしい。
　誰からの電話なんだろう…って思っていたら、声が聞こえなくなった。

「理玖、お帰りなさい！」

　キッチンの方から出てきた母さんは、やたらと嬉しそうにしている。

「…なんかいいことでもあったの？」
「ふふ。今友君から連絡があったんだけど」

　じゃあ、今の電話は友兄からだったんだ。

「今日来るとか？」
「挨拶には来るそうだけど。ほら、この間お会いした大柴美鈴さん」

　ドキリとした。
　なんだか、嫌な展開に、背筋に悪寒が走る。

「お話を受けるって決めたようなの！友君が大学を卒業するまでは婚約者としてお付き合いするそうだけど、卒業したら早々に式を挙げるんですって！」

　満面の笑顔で興奮気味に話す母さんを前にして、俺はただ呆然としているだけだった。





「理玖、熱どう？」
「熱はないよ。頭痛くてくらくらするくらい」
「そう？」

　心配そうな母さんの顔を見て、少し胸が痛む。
　ごめんなさい。どうしても今日はどこにも行きたくないんです。
　友兄の衝撃の婚約決定から一夜明けた火曜日。
　天気は厭味か！？って思うほど突き抜けた晴天。
　昨日からスマホに何度か電話が入った。出るのが嫌で、何度目かの着信の後に着信拒否に設定してしまった。

「風邪の引き始めかもしれないから、ゆっくり休んでるのよ？」
「うん。ごめん、心配かけて」
「いいから。ゆっくりね」

　母さんに嘘をついてしまったことの痛みより、友兄の婚約の方が胸の中を抉っている。
　初めての仮病。はじめてのさぼり。
　明日も休みたい。二日も寝てれば気分は少し晴れるだろうから。

「……友兄」

　不思議と、涙が出ない。
　驚きすぎてて実感として掴めていないのか、それとも、わかっていたことだから、なんだろうか。

「うん……わかって、た」

　そう、だ。わかってた。わかってたんだ。
　俺に向けてくる微妙な視線や、美鈴さんへの態度。
　すごく苦しそうに、俺のことを「愛している」と言っていた。
　何かを、裏に隠して。

「……つまり、そういうことなんだよね」

　きっと、友兄は気づいたんだ。
　俺なんかの傍にいるよりも、「理想の女性」と一緒にいた方がいいんだ、って。俺は友兄から貰うばかりで、何もあげられない。けど、女の人なら……、美鈴さんなら、友兄にあげられるものが沢山ある。

「友兄…」

　目元が熱くなって、こめかみを伝って涙が枕に吸いこまれた。
　昨日から初めて流れた涙は、やたらと冷たく感じた。
　諦めればいい。
　俺が、友兄とのことを、全部全部諦めてしまえばいい。抱き締めてくれた力強い腕も、名前を呼ぶ甘い声も、くらくらしそうなほど熱いキスも。全部……忘れてしまえばいい。

「……っ、…友………っ」

　やっぱり、初恋なんて実らないんだ。
　いくら血が繋がっていなくても…、男で、子供で、弟は……駄目なんだ。だから…友兄は俺のこと抱かなかったんだ。

「友兄……友兄………っ」

　この痛みは、いつ消えるんだろう。
　俺は、いつ、友兄とのことを忘れられるんだろう。