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竜司と子猫の長い一日
竜司は親友のバーで子猫に出会う
しおりを挟む「あー……やってらんね」
土日祝はしっかりと休むと決めていたのに、商品が届かないとかなんとかのトラブル報告が土曜の早朝に入り、止む無く出勤する羽目になった。
休日はプライベートな時間だから仕事の電話など受ける必要はないと言うやつもいるが、悲しいかな、休みだからと言って仕事の電話を無視していたらあっという間に会社は潰れてしまうのが現状だ。
それなりに顧客も付いたし売上も伸びている。なら、多少は我慢も必要だ。
だが、ここのところ忙しすぎて駄目だ。
『お前は下半身で生きてるよな』
俺のことをそう称したのは、小学生からの腐れ縁の親友だった。
自分が男も愛せるバイだと認識したのは中学生の時だったが、もうその頃から見境なく食い散らかして気がする。
そんな俺を知ってる親友だからこその言葉だったが、なるほどなと思ってしまったから苦言が苦言にはならなかった。
そんな俺が、下半身で生きてると言われた俺が、もう二週間も誰ともしていない。
休みのたびに誰かを呼ぼうかと思ったが、どうにもそんな気分にはなれなかった。
朝勃ちはするんだから、機能不全てわけじゃない。万が一そんなことになったら人生諦める。
今日のトラブルは夕方近くまでには解決した。それでもほぼ一日勤務と変わらない状況に、ため息しか出てこない。
このままマンションに戻ったとしても寝て終わりそうだと思い、どうせならうまい飯でも食ってから帰ろう……と、件の親友がマスターをしているバーにむかった。
昔馴染みの親友――――金井大志は、雇われバーテンダーなんかを経て、数年前念願だった自分の店を持った。
派手な店構えではなく、どちらかと言えば隠れ家的な雰囲気の店だ。大志によく合ってると思う。
面白いのはバーだというのに、フードメニューがそれなりにあるってことだ。大志の料理は美味いから、疑問はない。酒だけじゃなく、料理も美味いなんていい店だ。
今日は大志のとこで晩飯……と思い、車を近くのパーキングに止めた。
『Open』と小さな看板がかけられただけの扉を開けると、店内にはカウンターに一人だけ客がいた。
……客?
「いらっしゃーい。……って、なんだ。竜司か。随分早いな?」
「土曜日だぞ、今日」
「土曜日でも仕事だったんだろ」
「まあな」
当たり障りのないいつもの会話をしつつ、俺はカウンター席の隅を陣取るその客に目が吸い寄せられた。
可愛い顔なのに難しい表情で手元の料理を食べている。……その料理は見るからにお子様ランチだったのも目を引く原因だったんだが。
顔立ちが女性ぽいからなのか、妙に幼く見える。なるほど。お子様ランチも相乗効果なんだな。
彼から椅子を一つ分あけて席についた。
椅子に座ってからも見続けていたせいか、眉間に軽くシワを寄せながら、その彼が顔を上げて視線を俺に向けた。
「あの…?」
声も僅かに高い。
それよりなにより、真正面から見れば見るほどその容貌は幼く見えた。
「えと…?」
「なんで子供がこんな飲み屋にいるんだ?」
……俺はやっぱり疲れていたんだと思う。
いつもの俺ならもう少しうまい言葉を選べたはずだ。
可愛い顔は一瞬で不機嫌なものに変わるし、カウンターの中で大志は大笑いを始めるし。
「竜司も飯食ってくか?」
「ん?ああ…そうだな。なんか適当に」
「あいよ」
我ながら適当な注文だなと思いながら、意識は椅子一つ分を空けたむこうにいる彼に向いてしまう。
むすっとして不機嫌そうなのに、料理を口に入れた瞬間はなんとも言えない幸せそうな顔を一瞬見せる。
「……それで?お子様がなんでこんなところにいるんだ」
今更取り繕っても仕方なく、素直に疑問をぶつけた。
彼はそんな俺を威嚇するように睨むと、今度はツンと顎を上げる。
「僕はもう二十歳ですから子供じゃありません。ここに通って三年近くになります。そーだよね、マスター?」
「んー?ああ。そうだな。三年くらいだな」
三年ってことはここがオープンしたころだ。
いや、三年前なら完全に高校生だろう。
接点のあるはずがないバーと高校生の組み合わせ。
しかも、
「色々あってな」
「そうそう。色々あったんです」
って、二人だけがわかるやりとりまで見せられる。
一体なんなんだ。
大志にはなついているが、初対面の俺に対しては塩を通り越した態度。爪を立てて威嚇までしてくるような。
───ああ、そうか。子猫だ。こいつは子猫に似ている。
なつけば甘い声で啼き、見知らぬものは全身の毛を逆立てて威嚇する子猫。
俺は土曜日の夕方の親友のバーで、子猫に出会ってしまったらしい。
その後、大志が出してきた豪華版お子様ランチみたいなワンプレート料理を見て、その子猫は盛大に吹き出していた。
まあ、いいか。子猫だからな。許してやる。
小さなシュークリームを食べたときのなんとも言えない幸福そうな顔にも免じてやろう。
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