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竜司と子猫の長い一日

僕の嫌いな僕の名前を竜司さんが大事そうに呼んでくれる件

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 竜司さんは僕のこと、面倒くさがったり嫌がったりしなかった。

 ――――そんな細かいことでぐだぐだ言うな。女々しいやつだな。お前は足開いとけばいいんだよ!

 そう言って、殴られた。

 ――――愛してるって言ってるだろ?女が使ってたやつ?そんなの気にするの?面倒なやつだなお前。

 唾を吐かれて、その後連絡はつかなくなった。

 ――――俺がいくら女を抱いたって、男はお前だけだよ。なぁ?俺の可愛いノゾなら、わかるだろ?

 そんなのわかんない。嫌だって言ったら僕の知らない人を連れてきて犯された。

 だから、僕は学んだんだ。
 嫌な顔をしちゃいけない。
 嫌なことがあっても嫌って言っちゃいけない。
 こんな僕なんかを好きだと言って付き合ってくれる人のことは、誰よりも信じて好きになって従順にならないとならない、って。
 一生懸命頑張って、その人の好みの自分にならなきゃならない、って。
 なのに、いつもいつも、『飽きた』って言われる。
 『面倒くさい』
 『思ってたのと違う』
 『一度の浮気くらいで』
 『もういらない』
 繰り返し、同じことを、言われ続ける。

 ……でも、竜司さんは違った。
 僕を抱きしめてくれた。
 大丈夫って言ってくれた。
 面倒なんて言わなかった。
 やめたとも言わなかった。

 今までの人と竜司さんは何が違うんだろう。
 背が高くて、手が大きくて。意地悪そうな笑みを浮かべるのに、優しくて。僕のことからかうのに、甘やかしてくれて。
 ずっと、ってどういうことだろう。
 僕のために新しいものを買う、って。ここを使うのは僕だけだって。
 それってどういうこと?
 セフレになってくれるってこと?

 ……僕、マッチング相手にこんな気持ち持ったことがない。
 いつも、することして終わったら、そのままバイバイしてた。ラブホなりビジホなり、泊まったことなんてない。
 湧き上がった性欲をなんとか解消して、それで終わりの関係。時々はセフレのようになって、何度か会うことはあったけど、嫌われたくないとか、思ったこともない。

 大志ひろゆきさんの紹介だったから、友達だったから、マッチング相手とはちょっと違うのかな。
 大志さん恩人からの紹介ってだけで、僕の中で気づかないうちに信頼度とか好感度とかが上がってたのかな。
 ついつい甘えてしまう大志さんマスターの友達だから、無意識に甘えていたのかな。

 竜司さんに抱きしめられると、なんでこんなに安心するんだろう。
 竜司さんに名前を呼ばれるだけで、なんでこんなに嬉しいんだろう。
 竜司さんに僕以外の誰かがいるとわかったら、どうしてこんなに悲しくなったんだろう。
 竜司さんを独り占めできると思ったら、なんでこんなに喜びが沸き起こるんだろう。

 竜司さんは大きい。背中に腕を回しても、回しきれないくらい大きい。
 僕の背中を抱く腕はゴツゴツしてるのに優しい。
 大きく口を開いて貪るように絡め合うキスは、僕の頭の中をすぐにくらくらにさせる。
 じゅるじゅると吸われて、ぐちゃぐちゃにかき回されて。
 冷めてた体が熱を取り戻す。それから余計に熱くなる。
 大きな体が僕に合わせて背中を丸めてる。
 あんなに腰を痛がっていたのに、そんなにかがんで大丈夫なの?

「のぞみ」

 僕は僕の名前が大嫌いだ。

 ――――希望のぞみ

 それが僕の名前。
 何を思ってこんな名前をつけたんだろう。
 僕に希望なんてなにもないのに。
 希望を持つどころか、全てを諦めて生きてきたのに。
 愛されたい――――そんな希望を持ったって、みんなみんな、僕から離れていったのに。
 こんな名前、大嫌いだ。
 あの人たちが残したこんな名前。
 嫌で、嫌で、仕方ない。

「のぞみ」

 でも、竜司さんに呼ばれるのは嫌いじゃない。
 きっと、竜司さんがとても大事そうに僕の嫌いな名前を呼んでくれるから。僕はのぞみだ、って思えるから。
 ひらがなで呼んでと言ったことに、変な詮索をしてこないから。
 ……そもそも、僕の名前をしっかり聞いてくれたのは、竜司さんだけかもしれない。

 竜司さんはどんな人?
 何をしてる人?
 お仕事はなに?
 何が好き?
 どんな料理が好き?
 どうして今、恋人がいないの?
 今まで抱いたのはどんな人?
 子供は嫌い?
 大人の方が良い?
 甘えられるのは好き?

 竜司さんは大志さんのお友達。
 竜司さんはブラックコーヒーが好き。
 竜司さんは甘いものはあんまり好きじゃない。
 竜司さんは土曜日も仕事をする人。
 竜司さんは格好いい車を乗りこなす人。
 竜司さんはスリーピースのスーツがとても似合う人。
 竜司さんは僕のことをからかう。
 竜司さんは僕のことを大事そうに抱きしめてくれる。
 竜司さんは貪り合うキスが好き。
 竜司さんはネコのお尻の中を自分で準備したい人。

「……ふふ」
「なに、のぞみ」
「……ぼく、りゅうじさんのこと、けっこうたくさん、わかった」
「なんだそれ」

 ふふ。
 竜司さんのこと、まだまだ知らないけど、知ったこともたくさんあった。
 最後のだけ、おかしかったけど。

「竜司さん」
「ん?」
「名前、呼んで」
「のぞみ」

 ……ああ、ほら。
 やっぱり、竜司さんに名前を呼ばれるの、好き。





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