ひな鳥たちは楽園をさがす

文鳥亮

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第三章 関東大震災

破壊と再生(四)

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 震災から五日目が明け、九月五日になったが、期待も虚しく陽蔵は戻らない。

 その明け方も、陽蔵の異様な夢で孝子はうなされた。
 縁側に出て雨戸をずらすと夜明け前の薄明だ。薄暗い中でベッドの博一を見ると、すやすやよく眠っている。その寝顔にひとまず安心する。
 しかし、さすがに連夜となると夢の意味を考えざるを得ない。
(お義父さまはいったい何をおっしゃりたいのですか?)
 探しに来いと言っているのか? 二度とも義父は右足に怪我を負っていたが、意味があるのか‥‥‥? 

 着替えて井戸場に行くと父がいる。
「おはようございます」
「おお、孝子おはよう。早いな」
「お父さん、突然ですけど、今日はどうしてもお義父さまを探しに行きたいので一緒に行ってくださいませんか」
「そうだな、そうするか。お前自転車乗れたか?」
「はい」
「そうか、じゃあ濠さんのをお借りして二人で行くか」

 市政は濠宅の修理が丸一日掛かるので行けない。孝子は、一切の用事を母に任せ、父と出かけた。彼女は自転車に乗れるもんぺのような服を持っている。もともと活動的なのだ。

 この頃になると、変電所などへの送電が回復し、市電や電灯が部分的に復旧した。また青木家の周辺でも水道が復旧し始めた。省線も山手線や中央線が一部の区間を除き、前日の四日に復旧している。
 人々も震災直後の大混乱から抜け始めていた。

 しかし二人の行く手には依然として瓦礫が散乱し、迂回しながら進んだ。
 神田に近づくにつれて周囲の状況は悪化する。

 中央線沿いの麹町区北部から神田区は全焼で、一面の焼け野原だ。大通り沿いでは電柱が倒れ、煉瓦造りやコンクリートのビルが半焼けで無残な姿を晒していた。
 二人は絶句した。いくら信じられなくても、目の前にあるのは現実なのだ。彼女は父を見た。父がうなずく。

 ようやく神田区の一人の居処を訪ねたときは昼過ぎだった。二人は焼け跡を聞いて回ったが、どうやら対象の人物は生存してどこかに避難したようだ。
「とすると、仮に陽蔵さまが訪問されたとしても、お一人だけ遭難するとは考えにくいな。つまりここではないということだ」
「はい」
 だが、二人とも疲労が激しく、弁当の持ち合わせもないので、それ以上の捜索は難しかった。酒井はこのときすでに五十八で、無理できる体ではない。
 博一も孝子を待っているだろう。彼女もあまり長く家を空けられなかった。

 帰りがけ濠家の前を通ると、例の補修工事でたくさんの人がいる。市政は二人を見ると門から出て来た。一緒に青木宅に向けて歩きながら、彼女はその日の結果を説明した。
 三人は途中で立ち止まり、酒井は「先に行く」といって青木宅に入っていった。

「しかしそれにしても、そんなに酷いとは想像以上ですね。私も話に聞いただけで、まだこの目では見ていないので」
「はい、まったく‥‥‥。でも私は明日も行かねばなりません」
 彼女は夢の話をした。市政もその手のことは信じないが、二夜となると感じるものがある。
 彼は提案した。

「そうですか。ではいっそのこと本所被服廠跡に行ってみませんか? 噂は聞かれたと思いますが、私はそこが本丸ではないかと思います。外堀から攻めるより早く手がかりが掴めるかもしれません」
 彼女は躊躇した。彼女も被服廠跡の話は聞いている。しかし、そこにもし真実があるとしたら逆に行くのが怖い。もし最悪の事態を知ってしまったら‥‥‥

 ところで濠家の家屋がどうなったかというと、潰れた家屋をそのままの状態で固定しただけで、もはや人の住む家ではなくなった。


 一方、内務省のバラック庁舎では、前日に巻物の件を知らされた博倫が、名簿などで陽蔵の行き先を調べたが、手掛かりはつかめなかった。
(この線はあまり収穫はないだろう‥‥‥おそらく、その長州の巻物に結論はあるのだ‥‥‥)
 外していた上司が戻り、退庁時間になっても特に指示がないので、彼はその晩家に泊まろうと思った。

 食事の後に居間で話し合いがあった。いるのは博倫、孝子、酒井夫婦、市政、涼子だ。
 孝子と酒井は傍目はためにも疲れが酷い。
「孝子さん、お疲れのようですから、明日は私が一人で行きますよ」
 市政が言うが、孝子は受け入れない。
 しかし、彼は神田あたりで孝子をとどめ、その先は一人で行こうと密かに考えた。正直なところ女の足では足手まといな気がしていた。

「私の挙げた人物は見込みが薄いと思うので、後回しにしてください」
 博倫が言った。これには異論も出ない。ちなみに長州で残った四人は、深川区と本所区が二人ずつだ。
「では、まず被服廠跡の様子を見て、帰りにその四人を調べませんか」
 市政が提案し、これも異論がない。その後はこの日の経験を生かして道順を点検した。

 その晩、孝子は泥のように眠り、悪夢も見なかった。
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