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「なるほど・・・」

 玄海町立図書館で、立ち読みしていた真凛は納得した顔で静かに本を閉じた。

「どうしたんだ、真凛」

 一緒に来ていたクラスメイトの樹が近寄って来て、真凛の顔色を覗く。
 けれど、真凛は余韻に浸りたかったのか、にこっと笑顔を返して、受付を指さして、

「この本を借りたら、帰ろっ」

 とだけ、伝えて受付のお姉さんのところに行ってしまう。
 樹は図書館なので、問いただしたいけれど、大声を出すのはマナー違反だと思い、うずうずする気持ちを抑えながら、真凛の隣を付いていった。

「それで、何がどうしの? 真凛」

 二人が図書館を出て、外に出て玄海町立玄海みらい学園の前を歩く。真凛は葵から質問を受けているのに、返事を返さず、部活帰りの友達がいたので、手を振ったり、会釈をしたりしている。

「なぁ・・・聞いてるの?」

 樹は頬を膨らませながら、少し怒り口調で真凛に声を掛けると、ようやく真凛が樹の顔をて、一言

「ねぇ、浜野浦の棚田行かない?」

 樹はその哀愁ただよう真凛の顔に胸がきゅんとした。

「今からか?」

「いやなら、いいけど」

 ★★

「着いたぞ」

「うん」
 
 二人は浜野浦の棚田に着いた。

「きれいだな」

「そうね」

 樹が話しかけると、手すりに腕を預けてもたれかかり、真凛は遠い夕日を見ながら答えた。そんな真凛のつぶらな瞳や、真凛の長くきれいな黒髪が風になびく姿に樹は少し胸が熱くなるのを感じた。

「あそこで・・・写真、とらんか?」

 樹が『恋人の聖地』と書かれたハート型のモニュメントを指さす。

「旅行客じゃないんだから」

「おっ、そうだな。なははははっ・・・」

 ハート型のモニュメントには鳴らす鐘が付いており、そのベルからぶら下がる紐を左右でカップルが持って写真を撮れるようになっている。真凛が言ったように旅行客の人がそこで写真を撮るのが大半だが、地元のカップルだってそこで写真を撮ることもある。ただ、樹と真凛は恋人ではない。

 樹は真凛との距離を詰めるためにそんなようなことを言ったけれど、真凛にはその気がないのを悟って、苦笑いしたのだった。

「それで、さっきのやつ・・・教えてくれないか?」

 樹も真凛と同じように手すりに腕を預けて、同じポーズを取る。

「朝日さす夕日輝く木の元に、小判千両のちの世のため・・・」

 真凛が呟く。

「あぁ、昔話か」

「あっ、やっぱり現地の人だとすぐわかるんだ」

「現地の人って、真凛だって引っ越してきて1年になるんだから、現地の人だろ?」

 樹が真凛の顔を覗くと、真凛はニコっと笑った。

「そうね」

「うーん、でも千両を発見でもしたら、大金持ちになれるよなぁ~」

 絶景とは言え、景色を見るのに少し飽きてしまった樹は、手すりを掴んだまま身体を後ろに倒して、腕と肩のストレッチをしながら、喋る。

「ねぇ、私の独自解釈・・・聞きたい」

「うん、聞きたいっ!!」

 真凛がちらっと、樹を見ると、樹は手すりを引っ張って、体勢を戻して、前のめりになりながら、真凛に近づく。目をキラキラと輝かせて、近づいた樹の顔と、急に近づいて頬を赤らめた真凛の顔は目と鼻の先だった。

(やっぱり・・・かわいい)

「ごっ、ごめん」

 樹は顔を真っ赤にして照れながら、顔を離した。

「・・・ううん」

 真凛も真凛で、前髪で顔を少し隠しながら下を向いてしまった。

「ふぅ・・・っ」

 真凛は胸に手を当てて、息を吐いて気持ちを整える。

「歴女の真凛先生、よろしくお願いします」

 樹が真凛に優しく丁寧にお願いすると、真凛は「こほんっ」と咳ばらいをしながら、話し始めた。

「一応、これは私の独自見解ね」

「あぁ、でも、俺の中では諸説のうちの有力な説として・・・わが心に刻み・・・」

「ちゃかすな」

「ごめん、ごめん」

 真凛が腕を振り上げると、樹が笑いながら謝る。

「もうっ」

「でも、真凛の言うことって俺、凄い納得することが多いからさ、だろ?」

「・・・それでも、聞いてから樹の意見を聞きたいもん」

「もちろんだぜ、任せろっ」

 グッドポーズで、無邪気に笑う樹。
 真凛はやっぱり樹の隣は居心地がいいなと少し嬉しくなって、表情が緩んだ。

「それでね、『朝日さす夕日輝く木の元に、小判千両のちの世のため』だけど」

「まさか、暗号が解けたのかっ!?」

 ジトーっと真凛が樹を見る。

「ごめんなさい、ちゃんと聞きます」

 真凛はため息をついて語るのを続ける。

「さっき見たばかりの言葉だったけれど、私にはこの言葉は小判を埋めた場所の暗号とは思えなかったの」

「じゃあ・・・」

「私はね、これは石田三成からの秀吉公へのメッセージだと思うの」

「・・・どんな?」

 真凛が樹を見ると、ようやく樹が興味を持って聞く顔になっていてホッとした。
 真凛はカバンから先ほどの借りて来た本を取り出そうとしながら、

「石田三成と秀吉の出会いの話って知ってる?」

「あぁ、三献茶だろ? 確か・・・鷹狩か何かで喉がかわいた秀吉が、立ち寄った場所で寺小姓にお茶を所望したら、最初は大きい茶碗にぬるめのお茶が、次はそれより小さい茶碗に少し熱いお茶を、最後の小ぶりの茶碗に熱いお茶を出した話だろ」

「そっ、日本の奥ゆかしさっていうのもあると思うんだけど、石田三成の功績を見ても、黙って手配する人ってイメージが私の中にあったの」

「うん、なんとなくわかるわ」

 共感した樹の顔を見て、ホッとしながら真凛は借りて来た本をめくり、『朝日さす夕日輝く木の元に、小判千両のちの世のため』の文を見つけて、文章の『木』の部分を指さした。

「樹はこれを木だと思って読んだ?」

「うん、そりゃ当然・・・」

「でも、そうすると、朝日さす夕日輝く木って、東が山になっていて、西に水平線が広がるこの町のだとすると、少し変じゃないかしら?」

「いやいや、山の頂上をさしているのかもしれないしさ」

「そうね、その可能性もあるわ。でも、その考えで行くと、千両は見つかっているんじゃない?」

「うーん・・・じゃあ、真凛的にはもう千両はないと?」

 真凛は黙った。
 なぜなら、真凛にとっての千両とは物質的なものではなく、理論上という揶揄したものだったからだ。

「私はこの木は貴殿の「貴」の掛詞だと思っているの。もしくは・・・「日」。日ノ本って言えばいいかしら?」

 その言葉に樹は驚き目を輝かせる。

「じゃあ、この木は秀吉を指しているってことか」

「ビンゴっ」

 本に指を差して、真凛の顔を見る樹。
 そして、そんな彼に指を差す真凛。
 二人はとても楽しそうな顔をしていた。

「それと、さっきの千両だけど・・・」

「もしかして、陣地を乗っ取る「占領」との掛詞かっ!?」

「さすが、樹」

 真凛は同じ感性を持っている樹が自分以上に今の自分の話をワクワクしているのを見て、嬉しくなる。

「朝鮮出兵を窘めた文章・・・そう感じてしまったの」

 真凛が真顔を樹は盲点だったと呆気にとられる。

「朝鮮出兵のために九州を訪れた三成。遣唐使の時代の話になるけれど、日の出ずる国は日本。朝日が昇るそんな日本の夕日が見えるここ玄海町でって意味と、ちょっとすべてではないかもしれないけれど、朝日が昇るように大躍進をしている秀吉に陰りがあるかもよって言う諫言とかそんなイメージ」

「えっ、いいじゃん、いいじゃん。真凛が言っている意味、全然無理やりじゃなくて、凄いわかりやすいっ!!」

 樹が胸のあたりで両こぶしをガッツポーズにして、興奮する。

「それで、この小判。小判の方が耳触りがいいし、なじみ深いけれど、大判の方が価値があるじゃない、確か。安物買いの銭失いってことわざじゃないんだけれど、朝鮮出兵は目先の小競り合いでとても勿体ないことだと伝えようとしているのかなって」

「ふむふむ。それで、お金の千両と出兵の占領が来ると」

 樹は顎に手を当てながら、探偵のように頷く。

「そっ。確か、朝鮮との貿易には確かに小判がたくさん入るけれど、兵士はたくさん死んじゃうし、そのために費用も馬鹿にならない。つまり、大判を失ってしまうという暗喩もあったりするのかなって。秀吉がどう三成に言っていたかはわからないけれど、将来の貿易や日本の発展のために朝鮮出兵するって言っていたのだとしたら、のちの世のためにはどっちが大事だと思う」

「そりゃあ・・・人が大事だ」

 樹は真凛を見る。
 樹は言わなかったが、どんなにすごい宝があっても、隣にいる真凛に比べたら、無価値に等しいと思った。それくらい、嬉しそうに語る真凛の目はキラキラしていて、夕日の映る彼女は淡くも美しかった。

「真凛はどうして・・・そんな風に思ったんだ」

 樹は真凛に質問した。
 真凛の話は真実ではないかもしれない。
 けれど、その町で育った自分が気づかずに転校してわずか一年の真凛がそんな面白いを考え付いたのは少し悔しさもあった。

「これよ」

 真凛は西を見る。
 空は雲に覆われながらも、日が落ちて来た太陽にはそんなことは関係なく、綺麗に輝いており、太陽の光は海に光の道を作って、玄海町の棚田へと繋がっていた。

「光輝く・・・木にも見える・・・か」

 真凛は返事をしなかった。
 それを答えてしまうのは無粋であってし、樹もそれ以上言うのは無粋だと思った。
 けれど、二人ともその光る木の元になるこの町や、日本が宝だと感じた。

「私、この町が好きだ。ここに来てほんとーーーにっ、よかった」

 真凛が嬉しそうに言う。
 「好き」と言う言葉に反応したのか、それともこの玄海町に恋している顔が美しかったからなのか、樹の胸は再び熱くなった。

「なぁ、石田三成が正直に言ったら、歴史は変わったのかな?」

「うーん、どうだろね? っていうか、ごめんね。私この本まだちゃんと読んでないし、もしかしたら、違うちゃんとした理由が埋まっているかもしれないよ。それこそ、千両分の価値のすんごいお話が」

 真凛は悩んだ顔を見せ、

「それに、さっきは自分の意見言いたかったから、少し否定的にしちゃったけれど、千両が本当に埋まっている場所があるかもしれないし・・・」

 と言って、申し訳なさそうな顔をする。

「あっ、私の直観だってさ、国語の先生とか古文の研究をしている大学の先生とか、古文好きな歴女なら同じ発想を持っててもおかしくないし・・・。あぁ、共感できる人って、素敵だよね。私、樹とこういう話できるのも本当に感謝してるの。樹みたいな友達ができて、本当に良かったなぁ」

 そんな風にころころ表情を変える真凛。

(石田三成なら・・・何も言わずに気の利いたお茶か言葉を用意するのかな)

 樹は「友達」と言う言葉が嬉しいようで、ちょっと歯がゆくて、取り除きたかった。
 九州から遠い、東北地方では「いはで思ふぞいふにまされる」という言葉が昔生まれた。
 言わないで想うのは言うよりも想いが勝っているというものだ。

 これも逸話としての真実の一つ。

「なぁ、真凛」

「ん? なに、樹?」


―――俺は真凛を愛している。付き合ってください


 
 けれど、樹は言うことを選んだ。
 彼の場合は言わないで想うのは我慢ができる範囲の想いであり、今回ばかりは言わずにはいられないくらい想いが溢れてしまったのだ。
 
 どこかの逸話では伝説の木の下で告白したカップルは永遠に幸せになれると言う。当然、玄海町にそんな逸話も伝説は今のところない。

 風が吹いた。
 
 風が吹くと、愛の聖地のモニュメントの鐘がひとりでに鳴り出す。
 じゃあ、玄海町の愛の聖地のモニュメントの前で告白した時に鐘がなったら結ばれる?
 そんな伝説もない。

 三成の逸話の言う宝がどこにあるかはわからないし、それは玄海町にないかもしれない。
 けれど、この小さな恋の物語は逸話から始まり・・・逸話になるかもしれない。
 
 Fin
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