器用貧乏なボクと運動部荒らしの嵐山楓さん

12

「うちの野球部のエースごあんなーい」

　楓が茶化しながら、バッターボックスに来る上原を迎えるが、上原はシカトする。
　打つことしか考えていない上原。

「さっ、ツーアウト、ツーアウト」

　楓は守備についているナインに声を出すと、みんな気合を入れ直す。

「えっ、これ、私はどうしたらいいの？」

　サードの太鳳が困惑する。それも無理はない。
　この試合で始めて、サードランナーが来たのだから。
　ファーストの金剛はファーストにランナーがいる時、牽制がいつ来てもいいように片足をベースに付けて待ち構え、楓が投げると同時にベースから離れていたのを頭のいい太鳳は確認していた。
　野球の経験が少ない緊迫した場面で、ピンチの場面でそこまで気が回るのはさすがだなと遥人は微笑ましくなった。

「大丈夫、さっきまでの位置でいいから。ボールが飛んで来たら頼むね？」

「こ、こっちに打たせたら、ゆ・・・ゆるさないからねっ！！」

　必死に強がる太鳳。それを苦笑いで見る遥人。

（さて・・・）

　ホームを見ると、上原が構えている。
　キャッチャーの場所から見ていた上原とは威圧感が全く異なっていた。

（ランナーは３塁。ヒットを打たれれば致命的な１点を取られてしまう。大事な場面でこの人か）

　上原の構えた姿はまるで金剛力士像か阿吽の像のような貫禄があった。

（こっわっ）

　遥人は思わず笑ってしまう。

（でも、これを抑えたら・・・僕ってすごいんじゃない？）

　遥人は守備についているみんな期待をしてくれて、励ましの声を掛けてくれているのに喜びに加え、相手の野球部のベンチが自分に敵意を向けているのも嬉しかった。なぜなら、先ほどのゲッツーのおかげか、彼らは遥人に畏怖を覚えていた。

　ヒーローか、魔王か。

　どちらにしても、今スポットライトを集めているのは自分。
　こんなに嬉しいことがあるだろうか。

（楓先輩に感謝だ）

　遥人は投球モーションに入った。

　シュウウウウッ

（よしっ！！）

　自分が思う、最高の球をアウトローにミットを構える楓先輩に投げつける。
　ボールは寸分たがわぬコントロールでミットへと一直線に飛んでいく。

　グワッ

　上原はバットを力強く振った。

　遥人には一瞬時が止まったように感じた。
　自分の投げた最高のボールが楓に届くことなく、上原のバットの真芯で捉えられて潰されている・・・

　その一瞬が止まって見えるわけもないし、遥人の位置からボールがバットに当たったからといって、潰れているように見えるはずもないけれど、状況の全てを理解した遥人はそのまま、投球のフォロースルーをしながら、下を向き、静かに目を閉じた。